第27話 おじいちゃん王、話が長いニャ。


「田村巡査長、お客さんですう~。」


 糸玉巡査が何かをほおばりながら交番内の部屋に入ってきた。

 田村巡査長は書類から顔をあげた。


「俺に客? 誰だろう?」


「めちゃいい人ですう! アメをくれました!」


「そいつは良かったな…。」


 田村はため息をつきながら立ち上がった。行方不明の香箱巡査の代わりに来た小柄な糸玉巡査は、仕事はできるが色々と個性的だった。


 交番の前に立っていた人物を見て、田村は一瞬息を呑んだ。老婦人と言っていい年齢を重ねてはいるが、何か途方もない気品と衰えない美しさを漂わせていたからだった。


(誰かに似ているような…?)


「あの…、俺…いや、私が田村ですが。」


 いきなり老婦人は田村に巨大なインスタントコーヒーの瓶を押しつけた。


「うわっ! 重っ。」


「いつもタマが本当にお世話になっています! あなたがコーヒー好きの優しい上司のタムラさんですね! わたしはタマの祖母、香箱タミエです!」


「あ、香箱…巡査の? こりゃどうも…。」


 タミエはずかずかと交番に入っていった。


「うわあ、交番の中ってこんな感じなのですね。ここがタマの職場かあ。」


「あ、勝手に中に…。おーい! 糸玉、お茶をお出しして!」



「まさか配属1日目で大切なお孫さんがあんなことに…。心中お察しします。」


 正座して頭を下げる田村に、タミエはお茶をすすりながら言った。


「え? なにが?」


「は? いや、あの、香箱巡査はもう…」


 田村は言葉を濁したが、横から糸玉巡査が口を挟んだ。


「タミエさん! 私たちの間ではタマちゃん…香箱巡査は自らの命とひきかえに小学校を爆弾魔から救った英雄なんですう!」


「いのち?」


 タミエは不思議そうな顔をした。田村は糸玉をヒジでつついた。


「あれ? 私、何かまずいことを言ったですか?」


「糸玉、公式にはまだ行方不明だ。」


「あ、スミマセン…私ったら。」


 老婦人は糸玉巡査を気遣った。


「いいのよ。それよりもあの爆弾犯人は…」


 田村巡査長はうなずいて糸玉巡査に顔を向けた。


「糸玉、何年か前に、警察官が上司の警察官を撃って逃走した事件を覚えているか。」


「そういえば…まだ捕まっていないですね。」


「その逃亡中の犯人が…あの爆弾魔だ。」


「ええっ! 本当ですか!?」


 タミエが湯呑みを静かに置き、そのまま手元を見つめながら言った。


「撃たれた警察官の名は…香箱アイ。私の娘で…タマの母です。」


「ええっ!!」


 二度続けてびっくりしすぎた糸玉巡査がのけぞって壁に頭をぶつけてしまった。

 タミエは顔を上げると毅然として言った。


「あの子は…タマは生きています。生きていて、今、必死で戦っています。私にはわかるんです。」


「タミエさん…。」


「というわけで、もうすぐタマはここに戻ってくるから待たせてもらいますね。糸玉さん、あやとりします?」


「はーい!」


 タミエはあやとりの紐と、大量のミカンや大福を取り出すと机の上に置いた。


(…糸玉、俺はパトロールに行くから、後を頼むわ。)


(了解です!)




「いやあ、こりゃ難しいのう~。」


 船室でカンフェクシャネリ老王がタマとあやとりをしていた。


「懐かしいなあ。おばあちゃんがよくこうやって遊んでくれたから。うまいでしょ?」


「そうか、そうか、タミーがのう。」


 タマをとられたと思ったのか不機嫌なリョートラッテが頬を膨らませながら言った。


「なんだか、孫を猫かわいがるおじいちゃんみたいね。」


「まあ、ある意味そうかのう。タミーはワシの妻だったからの。」


 今度はタマが驚いた。


「えーっ!? タミエおばあちゃんのこと!? 本当に同一人物なの?」


「間違いないわい。やれやれ、ようやくゆっくり話せる時間ができたの。」


 老王の話を聞こうとテーブルに皆が集まってきた。


「猫目石と虎目石はの、元々我が国の国宝だったのじゃ。なんでもその昔、はるか遠方のコトノハという国の将軍から友好の証にもたらされたという…」


「国宝だったんだ…。」


「うむ。石には病気や怪我を治すなど様々な不思議な力があっての。代々の王は国民の為に役立ててきたのじゃが。」


「あの光のことかニャ?」


「そうじゃ。だが石を使うには必ず条件があある。自分のためだけはなく、誰かのため…自分を犠牲にしなければ石は力をださんのじゃ。」


「老公、それで『献身の光』というのですね!」


「さよう。そしてその内、自己犠牲をもとめるような石の力を危険視する人々が現れたのじゃ。」


「それが『第三の扉結社』ってやつか?」


「正解! で、タミーは元々、結社のメンバーだったのじゃよ。」


「なんと! だがタミー殿とタミエ殿が同一人物だという証拠はいずこに?」


「タミーはのう、ある日、石を盗みに城に侵入して捕まったんじゃ。ワシの前に引き立てられてきて…。」


 ここで老王の顔はデレデレになった。


「そのタミーの美しさときたらもう! まだ若かったワシはひと目ぼれしてもうてな。本来なら重罪じゃがワシは許し、結婚を申し込んだのじゃ。」


「このすけべジジイっての! それからどうなったの?」


「幸せな日々だったがの、ある日、帝国から使いがやってきおった。当時は先代の王、キーマ王子の祖父が帝国の皇帝じゃった。国民が病で困っているから石を貸してほしいとな。ワシは迷ったが、タミーが人々のためなら自分が行くと言い、石を持って帝国へ赴いたのじゃ。」


「私の…祖父が?」


「それで、どうなったの!?」


 タマが急かしたが、老王は急に悲しげな顔になった。


「結局、タミーも石も戻ってこんかった…。」


『えーッ!? なんで!?』


「それはのう…」


 全員が続きを聞きたがったが、ドアが荒々しく開けられた。


「おかしら! 大変ですぜ、帝国海軍の船がこっちへ向かってきやす!」


「あれ? ハムナン。お前、いたのかよ。」


「…ひどいっすよ、おかしら…。」



 全員が慌てて甲板に出ると既に、帝国の帆船が何隻か乗組員の様子がわかるくらいに迫って来ていた。

 帆船の縁には巨大なYの字の柱がいくつも備え付けられていて、先端には太いゴム紐が付いていた。

 乗組員たちは、黒い丸い球をゴム紐に挟み、数人がかりで引っ張り、伸び切ったところで手を離した。


(どーん!)


 すぐ近くに水柱が立ち、ボロいタマたちの帆船は揺れ、海水がザブンと降りかかってきた。


「あニャ! ばくだんを撃ってきたニャ!」


「あんなのを食らったらひとたまりもないぜ!」


「神聖な海を汚すとは、許さぬ!」


 タマがウマイカイにすがりついた。


「ウマイカイさん! なんとかならない?」


「任せておけ!」


 ウマイカイは呼吸を整えると、揺れや水しぶきを物ともせずに優雅に踊りを始めた。

 すると、急に風が強くなり始め、タマたちの帆船は滑るように海面を進み始めた。


「すごいニャ! 速いニャ!」


「こりゃいけるぜ!」


 帆船は帝国船の包囲を突っ切り、距離を離し始めた。誰もがホッとしたその時、リョートラッテが背後からタマの肩を叩いた。


「ねえねえ、タマさんてば。」


「あとにしてくれる?」


「これ、なんなの?」


 振り返ると、リョートラッテの手のひらには丸い黒球、爆弾がのっていた。


「あぶない!」


 タマは女王にとびついた。


「やだ、こんなとこで? アタシはいいけど…。」


「ちがーう!」


 彼女の手から離れた爆弾はコロコロと甲板を転がった。


(どーん!!!!)


 大爆発が起こり、タマたちの帆船はこっぱ微塵に砕け散ってしまった。

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