第8話 警察官タマの決意


 タマとユキの全身が大量の熱湯で焼けただれるかに見えた瞬間、

強烈な光がユキのポケットからあふれ出した。


 そして、その光は二人を優しく包みこんだ。


 そのまま、熱湯の濁流の中を二人はしがみつき合いながら流されていった。


(あれ? ぜんぜん熱くないニャ!?)


(息もできる!! なんで?)


 熱湯の量はどんどん増していき、二人がトロッコで落下した縦穴を満たしながら、

タマとユキを上方へどんどん押し上げていった。


(山猫さんたちは大丈夫かな?)


(レオなら心配ないニャ!)


 そのまま縦穴から横穴へ、来た道を引き返すかのように二人は流されて行った。


 トロッコもレールも、帝国の作業員や監督たちも次々に熱湯に飲み込まれていった。


(ユキにゃん、見ないほうがいいかも。)


(帝国の奴らには同情しないニャ!)


 ザッパーン!!


 ついに二人は、鉱山の入り口から勢いよく吐き出された。


 噴き出す熱湯の勢いは止まることを知らず、

作業場の建物や機材や人員を次々に押し倒していき、あたり一面は湯気のたつ川となっていた。


 タマは流れてきた樽につかまり、

ユキを引き上げた。


「ぷはあ! 息はできてたけど、なんか変な感覚…。」


「あニャ、いつのまにか虎目石の光が消えてるニャ!」


「おーい! ユキに人間のねえちゃん、無事やったか!」


 レオの声がした方向を見ると、

お湯の川の中に、樽や木箱をつなげた急ごしらえのいかだに乗った山猫の一団がいた。


「レオ! やっぱり無事だったニャ!」


「あったりまえやん! それにしても帝国鉱山が見事にぶっつぶれたな! もしかしてお前らが?」


「い、いやあ、まあ、結果的に…。」


 帽子の上から頭をかくタマにレオが言った。


「変な服の人間のねえちゃん、見直したで! ワシらはこれから故郷に帰って反乱軍を旗あげするつもりや。気が向いたら来てんか!」


 いかだに乗った山猫たちは、タマとユキに手を振りながら離れていった。


 タマとユキは手をふり終えると、少し冷めてきた湯を手でバチャバチャとかいて樽を川岸につけた。


「こっちから山を降りられるニャ! 早く村に戻ろうニャ!」


「本官は生存者を救助しないと…。」


「帝国に見つかったら死刑になるニャ!」


 ユキはタマを無理やりかつぎ、山を駆け下りた。村に戻ると、既に帝国兵たちはいなくなっていた。


「ユキ! あなたも! 無事でしたか! よかった…。」


 出迎えた茶トラ猫村長は二人を家に招き入れた。

 そこには長老ペルシャ猫も来ていた。


 猫村長の奥さんがタオルや着替えを用意してくれて、お茶とお菓子も出してくれた。



 ホッとひと息ついてから、長老猫がまず口を開いた。


「本当にすまんかったのう。帝国兵は鉱山壊滅の報で慌てふためいて帰りおったわい。あれはお主らのしわざかの?」


「あはは、いやまあ…。みんな同じことを聞くね、ユキにゃん。」


 ユキは鉱山で起こったことをかいつまんで長老と村長に説明した。


「なんと! お主らは虎目石まで見つけたのか! なんということじゃ! これは吉凶いずれのことなのじゃ…。」


「長老、我々にもわかるように話していただけませんか。」


 村長の問いに、長老は問いで返した。


「その前に、次は人間のお主じゃ。タマといったかの?お主はどこからどうやってここに来たか教えてくれんか。」


「ボクも聞きたいニャ!」


 タマは自分の身に起こった事をたどたどしく話し始めた。


 だが、あまりにもタマの説明がど下手な上に、

日本?警察?小学校?コンビニ?トラック?爆弾魔?

全てに質問が入り、話は長時間に及んだ。


「…で、気がついたら山の中に倒れていたの。あちこち歩きまわってたらジャン君が倒れているのを見つけて、あとは知ってるよね。」


 全員、あまりの突拍子のない話に黙ってしまったが、また長老が話しだした。


「お主、そんな大事な話をなんで黙っとったんじゃ?」


「いきなり本官を監禁したくせに!」


「だから悪かったと言っておるじゃろ。お主の話は半分も理解できんが…嘘ではないようじゃの。これはおそらく石の力で『第三の扉』が開いたとしか思えん。」


『第三の扉!?』


全員の疑問に長老が答えた。


「さよう。古い言い伝えにある。『猫さんと虎さんがごっつんこ。あいたたごめんよ、その拍子、第三の扉が開いちゃった。』おそらくこれは猫目石と虎目石のことじゃろう。」


「…長老もふざけてない?」


「ワシはいたってマジメに話しておるわい。猫キックくらうか?」


「…『第三の扉』ってことは、第一と第二もあるの?」


「うむ、第一の扉は天国、第二の扉は地獄、そして第三の扉は異世界への入り口と言われておる。」


「異世界って!? ここは日本じゃないの? 外国?」


「ちがうぞい、タマ君。国どころか星、いや宇宙や時間さえも異なる世界じゃよ。」


「そんな…! じゃ、本官はどうすれば交番に戻れるの? あ! そうだ! 長老ペルシャ猫さん、本官の猫目石を返して!早く!」


 長老猫が猫目石をタマに渡すと、タマはユキから虎目石も受け取った。


「『猫さんと虎さんがごっつんこ』、だよね?だったら…。」


「や、やめんかー!! みんな、伏せるのじゃ!」


 タマ以外、全員が床に伏せて頭をかかえた。タマは二つの石をテーブルの上でくっつけた。


 静寂…何も起こらなかった。


「次からは予告してやって頂けませんか。」


 茶トラ村長の抗議にタマは謝った。


「ごめんなさい…。でも、本官はどうやって帰れば…。」


 珍しく、涙ぐんで青ざめてどよ~んとうつむいてしまったタマをユキが励ました。


「ここでいっしょに暮らせばいいニャ。タマちゃんでもできる仕事を探してあげるニャ。」


「たとえば?」


「野ネズミ集めはどうニャ?」


「それ、いちばん集めたくないよ…。」


「村長としては歓迎したいですが、帝国が狙う石が二つともそろったとなると…。」


「いずれ帝国の軍が押し寄せてくるじゃろうな。」


「その…テイコクさんって悪い奴だよね?山猫さんたちを鉱山で無理やり働かせたり、虐待したり…。」


「アダラカブダラ帝国、キーチン・カレタンドリ大皇帝が治める超強大な国じゃよ。北の女王国も南の族長連合も、西の列国同盟も東の海洋連邦も平定して今や覇権国家じゃ。」


「…? そんなテイコクさんがなんで本官の猫目石を狙っているの?」


「わからん…石自体がほしいのか、あるいは石を使って第三の扉を開けたいのやも?」


「それはどうして?」


「わからんと言っとるじゃろ。」


「タマちゃん…。」


 ユキは不安になって思わずタマの手を握った。


しばらく考えていたタマは、晴々とした顔で宣言した。


「了解しました! 本官はすぐにでもこの村を出ます!」


「タマちゃん!」


「これ以上、猫さんたちに迷惑はかけられないし。でも、それだけではないの。」


 タマは一旦言葉を切ると、決心したかのように立ち上がり言った。


「鉱山を見てわかったの! テイコクさんは他にもたくさん犯罪を犯しているに違いないよ! 本官は警察官として絶対に見過ごせない!だから…。」


「タマちゃん?」


「お主、まさか…。」


「ひょっとして…。」


「本官はこれから、そのテイコクさんを逮捕しに行きます!!」


「やっぱり~!?」


 タマ以外の全員が、椅子に座ったまま後ろにこけた。


「あいたたニャ、タマちゃんらしいけどニャ。」


「お主、正気か!?たった一人で、四つの国家を滅ぼした超大国 に戦をしかけるというのか!?」


「違うよ、戦争じゃなくてこれは法に基づいた犯罪捜査だよ! 正義は我にあり!! なんだか急にやる気がでてきたー! 目指せ、警視総監表彰!」


 一人で盛り上がっているタマを他の3人はあ然として見つめていた。


 しばらくして、村長が提案した。


「ま、まあ…今日はもう遅いし、お疲れでしょうから、入浴して泊まって下さい。」


「お風呂!? やったあ!!」



「いきかえるね~。」


「ホントだニャ~。」


 タマとユキ、そしてジャンとキナも一緒に湯舟に浸かっていた。


「鉱山の湯は熱すぎたもんね。」


「タマちゃん、あれはホントに死ぬかと思ったニャ。」


「おねえちゃん! あとで鉱山での冒険のおはなししてニャ!」


「ボクも聞きたいニャ!」


 ジャンとキナがねだったが、ユキがたしなめた。


「タマちゃんは疲れてるから、またこんどニャ! ところでタマちゃん…。」


 ユキが心配そうな表情で言った。


「本当に明日、出発しちゃうニャ?」


「うん、世話になったね。ユキにゃん!」


「そうかニャ…。タマちゃん?」


「なあに? ユキにゃん。」


「もしも…もしも第三の扉を開く方法がわかったら、タマちゃんは元の世界に帰っちゃうニャ?」


「うん、そだね。コーヒー好きのこうるさい上司も待ってるし。」


「そうかニャ…。今夜はいっしょに寝ていいかニャ?」


「もちろんいいよ! イビキかいたらゴメンね?」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 結局、その晩はジャンとキナも一緒のベッドで休んだ。


 タマとユキはずっと朝まで手を繋いで眠りつづけた。

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