第9話 逮捕にGO!いきなり強盗?


 翌朝。


 雲ひとつない快晴の下、野猫の村は総出でタマ巡査の見送りに並んでいた。


 村長の妻がタマの手をとり言った。


「子供たちを救ってくれて本当にありがとう。このご恩は一生忘れません。」


「こちらこそ! 洗濯とかありがとうね。」


 タマの制帽と制服は綺麗に洗濯され、裁縫で丁寧に補修されていた。


 茶トラ村長がタマに袋を手渡した。


「これは当面の食料と水、あと帝国首都までの地図です。たいしたお力になれず申し訳ありません。」


「厳しい旅になるやもしれんがのう…。猫目石の加護のあらんことを。」


「みんな、本当にありがと! じゃ、ちょっと行ってくるね!」


 タマはビシッと敬礼すると、スタスタと元気よく歩き出した。


「ユキは見送りに来ませんでしたね。」


「そうじゃな…。」



 村の中心の大木のかげで、ユキは泣いていた。


 村長がユキに声をかけた。


「ユキ、本当にいいのか? 行ってしまわれたぞ。」


「タマちゃんが、絶対に一緒に来ちゃダメだってニャ…。」


 ユキはそれだけ言うとまた泣き出してしまった。


「私も同じ意見だ。いっしょに行けば無事の保証はないが…。」


 村長はユキのそばにしゃがみこんだ。


「ユキ、お前は村の誰よりも強く、誰よりもすばやく、誰よりも耳や鼻が利く。あの方の助けになる者がいるとすれば、お前以外にはいないだろう。」


「村長…。」


「小さい頃に両親を失い、つらい思いをしてきたお前を私は実の娘のように思ってきた。行かせたくはない。だが、もう一度聞く。ユキ、本当にそれでいいのか?」


「いいわけないニャー!!」


 大声で叫んだユキに茶トラ村長はほほ笑みかけた。


「ユキ、このリュックには水と食料と少しだけだが路銀と、地図に道具や武器をいれてある。これを…」


「ありがとニャ! 村長!」


 ユキは村長からリュックをひったくると、

全速力で走っていった。


「ユキ…たのんだぞ。生きて帰ってきてくれ…。」



 タマは荒野の中の道をてくてく歩いていたが、急に背後から目を塞がれた。


「だ~れだニャ?」


「ん~? 誰だろうわからないよ。」


「タマちゃんのいじわるニャ!」


「ユキにゃん…。来ちゃったんだ。」


「うん。どうしてもダメかニャ?」


「そりゃ、本官だって本当は…。」


 一緒に行きたい、という言葉をぐっとのみこんでタマは腕組みをしたり、腰に手を当てたりして考えこんだ。


「やっぱり、警察官が未成年者を危険な目にあわせるわけにはいかないよ。すぐに村に戻って、ユキにゃん。」


「逆ニャボクがいないとタマちゃんは危険なことばっかりするニャ! 連れていくって言うまで離さないニャ!」


 ユキはタマの腰に全力でしがみついた。


「わかった! わかった、ユキにゃん、わかったから離して。もう、馬鹿力なんだから。」


「じゃ、一緒に行っていいニャ? やったーっニャ!」


 ユキは両手をあげてタマのまわりをぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「ただし! 今後は本官の指示に必ず従うこと、いい? ユキにゃん?」


「なにそれニャ? そんなのつまんないニャそうだ、タマちゃん、誓いをたてようニャ!」


「誓いって?」


「そうだニャ~、まず、『どんなに苦しくても絶対に途中で旅を終わらせないこと』ニャ!」


「誓うよ!それから?」


「あとは…『旅の間、ボクがタマちゃんを守るから、タマちゃんはボクを守ること』ニャ!」


「了解!誓うよ!」


 タマとユキはお互いの手を出してハイタッチすると、手をつないで再び歩き始めた。



 ここはアダラカブダラ帝国首都。

 王宮内の某所。


「王子! 王子! 大変ですぞ!」


 頭に迷彩柄の布を巻いたハープーン国防大臣が王子の部屋に駆け込んできたが、

慌てて後ろを向いた。


「失礼! 湯浴みの最中でしたか。」


「かまわん。話せ。」


 王子と呼ばれた、優雅に果汁の入ったグラスを持ちながら湯に浸かっているのは長身長髪で整った顔立ちの人物だった。


「は、帝国南方領から急報です。第52帝国鉱山が壊滅しました。」


「なんだと。」


 思わず湯から立ち上がりかけ、王子は思いとどまった。


「原因は。敵襲か?」


「それが…帝国出張所も浸水で大破。生存者が少なく情報が錯綜しております。脱走した山猫族の仕業かも…。」


「例の石は? 見つかったのか?」


「不明です。不思議な光を目撃したとの情報もありますが未確認でして。直前に、猫目石が麓の野猫の村で見つかったとの報せもありましたが誤報だったようです。」


「結局、不確かな話ばかりではないか。それでも国防大臣か。愚か者。」


 王子は切長の目で大臣を睨み、厳しく叱責した。

 ハープーン大臣は平伏したが、見えないようにあかんべえをしていた。


「念のため、南方領からの街道に兵を配置してあやしい奴を片端から捕らえよ。」


「恐れ入りますが王子、軍を大動員となりますと陛下のご裁可も必要かと…。」


 大臣は暗に、王子の権限不足を揶揄していた。


「猫目石と虎目石の探索は陛下から賜った私の使命だ。それでは不足か?」


「はあ、それがしには何とも…。」


「ふん、まあよいわ。ならば…そうだ、あの辺りの野盗どもに触れを出せ。あやしい奴を捕まえたら無罪放免、さらに石を見つけたら好きなだけ褒美を出すとな。」


「なるほど、それはグッドでナイスなアイデアですな。即実行いたします。それと…。」


「まだあるのか? なんだ。」


「例の妙な奴、いかがしますか。ぜひ王子に謁見したいとしつこいのですが。何やら不思議な兵器や乗り物や技術を提供できるなどとほざいておるそうですが。」


「ふむ。まあよい。5分だけなら会ってやろう。つまらぬ者ならたたき斬ってやるわ。」


 王子が湯から出る音がしたので、大臣は慌てて退室した。そしてつぶやいた。


「えらそうに…。今にみておれ。」



 荒野に並ぶ岩山の上で望遠鏡をのぞいていたその人物は、いきなり驚きの声をあげた。


「うわわわわわっ。マジかよ! どストライクだぜ! ついに見っけた!」


 隣で寝ていた大男が慌てて跳ね起きた。


「おかしら! ついに見つけやしたか! やりやしたね! 早く手下全員に知らせやしょう!」


「ああ、見つけたとも!」


 そして大男とその人物が同時に叫んだ。


「猫目石と虎目石!」


「超イケメンの彼!」


 少しの沈黙の後、大男は首を傾げて言った。


「…はあ?」


「見てみろ、ハムナン! あんなイケメン、そうはいねえぞまあ服のセンスは最悪だがな。絶対捕まえて飼ってやるぜ、へへ。早く全員たたき起こせ!」


「またおかしらの悪いクセですかい…。」


「早くしろ! 行っちまうだろ!」


「相手は何人でやす? えっ二人? じゃおかしらとあっしで十分でしょ。わかりやしたよ、行きやしょう。」


 ハムナンと呼ばれた大男は、ぶつぶつと文句を言いながら巨大な歪曲刀をよっこいしょと肩にかついだ。



「ち、ち、ち…じゃあ…ちくわ!」


「タマちゃん、ちくわって何ニャ? 他のにするニャ!」


「じゃあね…血みどろ!」


「そっちにいくかニャ!?」


「次はユキにゃんだよ。」


「ろ、ろ、ろ、…路上強盗ニャ!」


「ユキにゃん、物騒なことを…。ゴホゴホ。」


 タマの足元に、曲がった刃が三方向についた変わった形の投げナイフがストン、と突き刺さった。


「う、う、う、…うそも方便!ってあれ?本官の負け?」


「タマちゃん、ちがうニャ! ホントに強盗ニャ!」


 荒野を突っ切る細い道の周りには大岩が立ち並んでおり、その上に二人の人影があった。


「おいコラてめえ! どんなファッションセンスしてんだ! 見せつけるように手なんかつないで歩きやがって!」


 そう叫んだ人物は、真っ青の髪を不思議な輪の形に結っており、

同じく目の覚めるような青い色の布を体に巻き、

肌のあらわな部分には精巧な模様のタトゥーが彫られていた。


 もう一人は赤銅色の体躯に筋骨隆々の大男で、巨大な歪曲刀を肩にのせて無言だったが既になぜか疲れている表情だった。


 タマとユキはぽかーん?と口をあけて相手を見ていた。


「おかしら…まだガキじゃないすか。しかも一匹は野猫族の子猫ですぜ。完全にびびってますよ、かわいそうに。もう帰りましょう。」


「うるせえ! お前はすっこんでろ!」


 青い髪の少女は大岩の上から飛び降りようとしたが、急にバランスを崩した。


 タマがいきなり警笛をピリピリピリピリ! と鳴らしたからだった。


 タマは少女を指差して叫んだ。


「そこのあなた! おりてきなさい!」

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