第20話 タマちゃん救出作戦


「ユキ、ここにいたのかよ。」


 怒りを秘めた表情で、警察官の制服姿のベーリンダはユキを見おろしていた。

 ユキはウマイカイの店の在庫の山の片隅にうずくまり、顔をあげようともしなかった。


「タマを助けに行かねえのか。」


 ベーリンダの詰問にも顔をあげず、ユキはなげやりに言った。


「キミが行けばいいニャ! その方がタマちゃんも喜ぶニャ。」

 

「てめえ、本気で言ってんのか。」


 ベーリンダはしゃがみこみ、ユキの顔をのぞきこもうとしたが、ユキは目を合わそうとしなかった。


 少し考えた末に、いきなりベーリンダは正座して額を床につけて言った。


「たのむ、ユキ! この通りだ。この作戦はお前がいねえとできねえ。俺や他の奴ではダメなんだ。」


 ユキは驚愕の表情で彼女の姿を見つめた。


「あニャ! キミがボクに頭をさげるなんてニャ…。」


「俺が頭を下げるのはこれが人生で二度目だ。ちなみに一度目はサボルカンドの宿屋でだ。覚えてんだろ?」


 ユキはマジマジとベーリンダの目を見つめ、急に吹き出した。


「ニャハッ! じゃ、三度目はタマちゃんを救い出したら見せてもらうニャ!」


「なに言ってんだ! 俺が頭をさげるのはこれが人生最後だ!」


 二人は互いに手をとり合って立ち上がり、一緒に笑った。


「ウマイカイさんとリョートラッテさんはニャ?」


「もう配置についてる。行くぞ、ユキ!」


 ベーリンダは手短にユキに作戦を説明した。




(読者のみなさん! さあ、思いだしていただけますでしょうか。序章と第1話を。

忘れた方はご再読を(=^x^=)

 そして、戻ってこられたら以下から再開です!)




 ギロチン見物の群衆は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。なにせ高みの見物の対象だった死刑当事者が目前に舞い降りたのだ。


 逃げ惑う群衆が盾になり、兵士たちはなかなか迫ってこられなかった。

 だが逆に、タマとユキも群衆が邪魔でなかなか進めなかった。


 ずっとお姫さまだっこ状態のタマが言った。


「ユキにゃん、もう下ろしてくれていいよ!」


「遠慮しないでニャ! 重いけど大丈夫ニャ!」


「失礼な! でも…ありがと。」


 群衆をかきわけて何人かの兵士が迫ってきた。


「次の作戦は?」


「あれニャ!」


 タマの質問に、ユキは向こうを指さした。

その方角から悲鳴があがり、割れた群衆の間をぬってラクダ車が猛スピードで肉薄してきた。


「やったなユキ! ようタマ! 乗れ!」


 ベーリンダが威勢よく叫び、二人は車体に飛び乗った。そのまま急発進し、ラクダ車は広場を横切り、街中へ出る路地へと猛スピードで突っ走った。


「タマ、スピード違反とかいうなよ!」


「言わない、言わない!」


 路地めがけて抜刀した兵士が殺到したが、頭上から大量の何かが降ってきた。

 ウマイカイの店にあった波乗り板だった。


「残念だが在庫一掃処分だ。くらうが良い。」


 頭上の建物の窓から、ウマイカイが火のついたヤシの実をいくつも放り投げた。

 着地したヤシの実は爆発して燃えさかり、追手の兵士たちはパニックに陥った。


 だが、兵士たちも戦車仕様の装甲ラクダ車を繰り出し、何台かが炎の壁を突破してタマたちの跡を追跡した。


 疾走するラクダ車から背後を見ていたユキが叫んだ。


「追いつかれそうニャ!」


 ラクダ戦車が体当たりしてこようとしたその瞬間、敵の車輪が一瞬で凍りついて急ブレーキがかかり、大横転して建物に突っ込み盛大な騒音をたてた。


 後続の車両も続々と転倒して大破し、辺りの歩兵は慌てふためいて恐慌状態になった。


 騒然とした中を悠々と歩く銀髪の少女がいた。


「またあいつにひとつ貸しができたっての。さあて、アタシはもうひと仕事!」


 リョートラッテはつぶやくと、スキップをしながら現場を去っていった。

 



 ベーリンダはラクダ車を街はずれで停めた。ラクダを逃し、車体を放棄して三人は歩き出した。


 すぐにタマが叫んだ。


「待って! まだちゃんとお礼を言えてないよ!」


 ベーリンダとユキは振り返りながら言った。


「それは後でいいぜ!」


「とにかく無事でよかったニャ!」


 タマは二人にいっぺんに抱きついて言った。


「本当にありがとう!」


 耳まで赤くなったベーリンダが言った。


「よ、よせよ! 時間がねえから急がねえと!」


「素直じゃないニャ~。ボクは嬉しいニャ!」




 やがて三人は寂れた廃墟のような建物にたどり着いた。長年放置されているのか、かなり傷んでいた。


「ここは? 教会?」


「礼拝堂だが今は使われてねえらしい。」


 重い扉を開けると中も相当荒れており、天井も床も穴だらけだった。キイキイ、カサカサといやな音がした。


 中には祭壇のあとのような所があり、床板を外すと下に続く階段が現れた。


「これは…!? どこに通じてるの?」


「街の外までのぬけ道らしいニャ。」


「街の出入口の大門は検問があるからな。地下からこいつで脱出だ。」


 ベーリンダが松明を持って先頭に立ち、階段を降りた。タマとユキが続いた。


「ねえ、ベーリンダ。…なんでこんな抜け道を知ってるの?」


 タマの急な質問に、彼女の背中に少し動揺が走った。


「そ、そりゃまあ…、あれだ。ウマイカイに聞いたんだ。」


「ふうん…。リョートラッテさんといい、いったいあなたのお友達は何者なの?」


 白い瞳の少女の名を出すと、ベーリンダは激昂した。


「あんな奴はダチじゃねえ!」


「リョートラッテさんもあなたを憎んでた…。過去に何かあったの? 本官にあんなことをしてまで復讐しようとするなんて…。」


 ユキとベーリンダがピタリと立ち止まった。タマはしまった!、と口を押さえたが遅かった。


『あんなことって?』


 詰め寄るユキとベーリンダの声がハモった。


「い、いや、なんでもない! なんでも! さあ、先に進も!」


 先に進むと円形の少し広い空間に出た。端のほうに、上へ向かう階段が見えた。ベーリンダがドッと地面に座り込み、水筒の水を飲んだ。


「よし、ここでしばらく休憩だ。後続を待ってから上にでるぞ。」


 ユキも水を飲み、タマに水筒を渡した。


「後続って…ウマイカイさんたち?」


「ああ、あともう一人追加だ。」


「追加?」


(ウマイカイさんと、リョートラッテさんと…あとは誰だろう?)


 タマも座り、待つことにしたが、すぐにユキとベーリンダに挟まれた。


「タマちゃん、捕まっている間に何か恐いことやひどいことをされなかったかニャ?」


 タマはあの帝国軍事顧問…爆弾魔を思い浮かべたが言葉を濁した。


「ううん、大丈夫。ありがとうね、ユキにゃん。」


「よかったニャ! 少し様子がおかしいような気がしたからニャ…。」


 その様子を見ていたベーリンダはしきりに青い髪を触りながら言った。


「タマ…どれだけ心配したと思ってるんだ…。あのさ、…さ、さっきのもう一回だけしてくれねえか?」


「さっきのって? ああ、ハグのこと? いいよ。」


「ずるいニャ! ボクも…」


 タマが二人にハグしようとしたとき、銀色の塊がぶっこんできてタマに抱きつき押し倒した。


「タマさ~ん! 無事だったのね! よかったあ…。また会えて嬉しいっての!」


「あいたたた…。ありがとう…でも、本官とそんなに仲よかったっけ?」


 ベーリンダがナイフを抜いて静かにすごんだ。


「リョート、二秒以内にタマから離れろ。でなけりゃ…」


 リョートラッテはタマに抱きつきながらベーリンダに微笑みかけた。


「でなけりゃなんなの? アタシとタマさんはもう既にコウバンの机の上で激しく求め合ったあいだがら…。悪いけどアタシのものなの。」


 ユキが両手で顔をはさみながら真っ赤になった。


「つ、机の上でってニャ!? いや~んニャ。」


「ユキ! 妙な想像をするんじゃねえ!」


 タマはなんとか手帳とペンを出すとメモりはじめた。


「リョートラッテ、10代前半、銀髪、白い瞳、特技は凍結光線、虚言癖あり…」


 ナイフの投擲態勢に入ったベーリンダを、太い腕がとめた。


「よさぬか。俺が保証する。白銀の少女は嘘をついている。安心せよ。」


 いつも冷静なウマイカイが静かに言うと説得力があった。彼の背後にはもう一人、ボロボロの服を着た誰かが立っていた。

 タマが叫んだ。


「あ! 牢屋のヒゲモジャおじいさん!」


 ヒゲモジャ老人はタマに手をふった。


「イエィ! 脱出できたか。やはりお前さんはよき友に囲まれとるのう!」


 リョートラッテが舌打ちしながら立ち上がった。


「アンタの救出、結構大変だったっての。」


「まあそう言うな。処刑場の騒ぎで地下牢の警備が手薄になってたじゃろ。ご苦労さんじゃったわい、北の白銀女王や。」


 全員が固まった。


 ウマイカイが仮面の上から手を目に当てていた。

 リョートラッテがまた舌打ちをした。

 ベーリンダがふん、と言いながらナイフを収めた。


 老人は頭をポリポリとかいた。


「あれ? 言ってなかったんか…?」



 重い沈黙を破り、タマとユキが目を見開きながら言った。


「ひょっとしてあなたたちは…!?」


「みんな…行方不明の…旧四大国の…王さまニャ!?」

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