第12話 ボクはキミを守れるかニャ?


 田村巡査長は、ふと気配を感じて書類から目を上げた。

 交番の入口に、ピンクのランドセルが見えた。


「アミちゃん、今日も来たのかい?」


 田村が声をかけると、アミは交番の中に入り、うなずいた。


「おねえちゃんおわまりさんは…。」


「ゴメンな、アミちゃん。香箱巡査は今日も行方不明でな…。」


 警察や自衛隊、ボランティアまで協力した捜索活動は既に打ち切られていた。


(警察官、身を挺して小学校を守る!)

(爆弾犯人の生死不明に不安の声)

(献花絶えぬ交番、香箱巡査はどこに消えた!?)


 香箱巡査も犯人もトラックも全く発見できず、テレビやネットや新聞では報道が加熱していたが、それも今はおさまっていた。


「そう…。」


 アミは、香箱巡査の机上の山盛りの花束をじっと見つめた。


 その視線に気づいた田村巡査長が説明した。


「ああ、まだ全国から送られてくるんだ。他にも手紙やお菓子が…。あ、お菓子食うか?」


 ふいに、アミは泣きそうな顔になった。


「おねえちゃんおまわりさん、死んじゃったのかな?」


 田村巡査長は慌てて言った。


「ま、まさか。あいつがそんな簡単に死ぬわけないだろ。大丈夫さ。」


「ほんとに?」


「うん。俺には、あいつは今ごろどこかでのんきにメシでも食ってるような気がしてならないんだ。だから、アミちゃんもあきらめずにな。」


「うん!」


 アミは元気よく返事すると、交番をあとにした。



「いただきまーす!」


「イタダキマス、ニャ?」


 南方の街サボルカンドのレストラン。


 香辛料の香りや肉の焼けるにおいが食欲を誘い、夕食をとる客で店はごったがえしていた。


 タマとユキのテーブルの上にはナンような食べ物、水、干し魚、干し肉があった。


「ユキにゃん、育ちざかりなのにゴメンね…。本官のせいでお金が…。」


「タマちゃんのせいじゃないニャ! さあ、たべようニャ。」


 ようやくタマの背中のケガも治ってきたが、滞在が長くなりすぎていた。


「何かお金を稼ぐ方法を考えないとね。」


「ホントだニャ。」


 二人が話しながら食べていると、テーブルにどん!と香辛料の良い香りがする何かの鳥の丸焼きが置かれた。


「あれ? たのんだっけ?」


「まちがいかニャ?」


 だが、それからも肉や魚や続々と美味しそうな料理が運ばれてきてテーブル上はいっぱいになってしまった。


「すみません! 頼んでいないのだけど?」


「いえいえ、あちらのお客さまからお代は全て頂いております。どうぞごゆっくり。」


 そのあちらのお客さまの方を見ると、青い髪の少女が満面の笑みでカウンター席から二人に手を振っていた。


「あニャ! またあの路上強盗ニャ!」


 ベーリンダはツカツカ歩みよってくると、

勝手にタマの隣にピッタリと座った。


「もう俺は盗賊じゃねえよ、善良なる一市民てやつだぜ。ま、遠慮すんなよ。金ねんだろ? さ、じゃんじゃん食え。」


「まだこの街にいたのかニャ! キミのおごりなんかお断りニャ!」


「ヨダレを垂らしながら言っても説得力ないぜ、チビ子猫。」


 ベーリンダはユキをからかうと、タマにもたれかかりながら言った。


「なあタマ、背中の具合はどうだ? なんなら二人きりで俺がじっくりと診てやろうか?」


「タマちゃんから離れるニャ! このストーカー! タイホしちゃえばニャ?」


「…逮捕よりベーリンダさんには少しお説教が必要だね。」


 ベーリンダは鳥の肉をかじりながら言い返した。


「美味いぞ、いっしょに飯食うくらいはいいだろ? 俺は金ならタップリ持ってるからさ。」


「どうせ人から盗んだお金ニャ!」


「人聞きのわるいコトゆーなよ、チビニャンコ。これでも俺は帝国の荷しか襲わなかったんだぜ?」


「罪を憎んで人を憎まず、ね。せっかくだし、食べよっか!」


「よくわからないけど、タマちゃんが食べるならボクもニャ!」


 たらふく食べて満腹になったあと、青髪の少女がデザートの菓子をつつきながら二人に聞いた。


「ところでお前ら、どこに向かってんだ?」


「帝国首都ニャ!」


「そ、テイコクさんを逮捕しに行くんだ!」


「あ、あんだって?」


 驚きのあまり、変な聞き返しになったベーリンダは、気を取り直して小声で確認した。


「お前ら、正気か!? 帝国が血まなこで探してる石を持ってんだろ? わざわざ敵の懐に飛び込むのかよ?」


「だって本官は警察官だから逃げる必要ないし、テイコクさんの犯罪は許せない!」


 ベーリンダは目を見開き、マジマジとタマを見たあと、ニヤリとした。


「そうか、俺も帝国には恨みしかねえ。わかった! ますます気に入ったぜ。」


「ごはんのお礼は言うけどニャ、ついてこなくていいニャ。」


「そりゃ、お前らじゃなくて俺が決めるこった。」



 店を出た3人は既に暗くなった通りを歩き始めた。


 ベーリンダがタマの腕をとり、言った。


「なあタマ、もう宿代もねえんだろ? 俺の宿の部屋に来いよ。いっしょに飲もうぜ。」


「あなた未成年だよね?」


「タマちゃんにベタベタするなって何度言ったらわかるニャ!」


「なんだよ、ケイサツカンてのはおかたいねえ。それとさ、チビ子猫、お前にタマが守れるのかよ?」


「チビじゃないニャ! ユキニャ!」


「はいはい、チビユキ子猫。じゃ、お前、気づいてたか?」


「あたりまえニャ! 後ろに5人、前に3人ニャ!」


 いきなり、ベーリンダはどこに隠し持っていたのか、投げナイフを目にもとまらぬ早業で投げた。


 どさり、と音がして横の細い路地で人影が倒れた。


「やるじゃん、チビユキ。ま、正確に言うと横にも1人、だったけどな。前は任せていいか?」


「もちろんニャ!」


「え? え? なに? なに?」


 タマひとりがうろたえていたが、ユキは前方に突進し、ベーリンダは曲がった刃が三方向にある特異なナイフを両手に持ち、後方の人影に襲いかかった。


 前の三つの影はナイフで武装していたが、全くユキの素早さについていけず、瞬く間にユキパンチとユキキックで失神した。


 後方は更に一方的な戦いだった。


 青髪の少女は布をはためかせながら、流れるような動きで珍しい形のナイフを体の一部のように使いこなし、瞬く間に4人の人影がドサリと倒れた。


 1人がおじけ付いて逃げていったが、ベーリンダが投げたナイフが背を切り裂き、ナイフは彼女の手元に戻ってきた。


 タマは警棒を手に前後のなりゆきを見ていたが、横の路地からナイフを手にした人影が襲いかかってきた。


「あぶねえ!」


 ベーリンダが声をあげたが、

タマは落ち着いて相手のナイフを警棒で受け流すと、腹に重い一撃をお見舞いした。


「うげえ…。」


 倒れた相手の腕をねじあげて、手錠をかけたタマはハンドライトで顔を照らした。


「あなたは!?」


 それは、タマを鞭打った鞭打ち係の男だった。



 ベーリンダの泊まっている宿の部屋はムダに広かった。

 夜警に男と一味を引き渡した後、結局2人は来てしまっていた。


「贅沢な部屋だニャ~、タマちゃん。」


「だね、ユキにゃん。」


「ま、楽にしろよ。それにしてもお前らなかなかやるな。ますます気に入ったぜ!」


「刃物所持の犯人相手の格闘は、いやというほど教練で習ったからね。」


「…? まあ、タマもユキも疲れたろ。風呂いこ、風呂。この部屋のは広いぜ。」


「なんでキミといっしょに入る必要があるニャ?」


「わかったわかった、じゃあお前ら先に入ってこいよ。邪魔しねえからさ。」


「…のぞいたらスーパーウルトラユキキックニャ。」


「見ねえよ!!」



 タマの背中をそっと流しながら、ユキがため息をついた。


「どったの? ユキにゃん。」


「逆恨みで仲間と襲うなんてニャ…。人間ってこわいニャ。」


「本官も人間だよ?」


「タマちゃんは別ニャ!」


「ありがと。でも、ため息の理由はそれだけ?」


「うん…もしもボクひとりだったら、タマちゃんを守れたかなって思うとなんだかニャ…。」


「ユキにゃん、すごく強かったよ! 本官も、もっと強くならないといけないね。」


「タマちゃんはもう十分強いニャ!」


 2人の笑い声を聞きながら、青髪の少女は爪を噛んでいた。


「なんでえ、ふたりでばっかり仲良くしやがって…。俺だって…。」


 そして、自分が少し泣きそうになっていることに自分で驚くと、彼女はそっと寝室に戻った。



 アダラカブダラ帝国首都。

王宮内の某所。


 すっぽりと布でおおわれた巨大な物体の側に、3人の人物がいた。


 ひとりは長身長髪の王子であった。


「工業大臣。これが何かわかったか?」


 トテカーン工業大臣は、首をふりながら答えた。


「申し訳ございません。帝国一の職人にみせましたが、仕組みさえもわかりません。」


「そうか…。他はどうだ?」


「は、同じく持ち込まれた物を分析しましたが、おてあげです。」


「わかった。下がってよい。」


 工業大臣はうやうやしく礼をすると、3人目の人物をチラリと見た後、引き下がった。


「さて、貴様。この『とらっく』や『じげんばくだん』の他に、我が帝国に何をもたらすことができるのだ?」


 王子に問われた人物は、隅に影のようにうずくまっていた。

 黒い布をすっぽりと被り、顔は口もとしか見えなかった。


「知識。」


 一言だけ答えた相手に王子は近づき、また問うた。


「どのような知識だ?」


「より多くの人をより効率よく殺す方法。」


 そう言うその人物の口もとは、恐ろしく歪んだ笑みを浮かべていた。

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