第18話 それであんなことに。


(ドンドンドンドン!)


 店の扉を叩く音がした。ウマイカイは、木彫りの仮面を装着すると扉を開けた。


 外には不安げな表情の白猫少女が立っていた。


「なんだ、ユキ殿か。こんな朝早くにどうした。」


「それが…タマちゃんもベーリンダも急にいなくなったニャ! この街のことをぜんぜん知らないし、どこを探せばいいかもわからないニャ…。」


 ユキは今にも泣き出しそうだった。


(しっかりしているようだが、まだ子どもなのだな。)


 ウマイカイは腕組みをして少し考えたが、冷静に言った。


「ユキ殿。うろたえずにまずは中で朝食でも食べるが良い。」


 彼の店には丸みを帯びた色とりどりの板が数えきれないくらい置かれていた。


「ここはいったい何のお店ニャ?」


「波乗り用品店だ。この板を使い、海で波に乗るのだ。見たことはないか?」


 ユキは首を振った。


「ボクは海は噂でしか知らないニャ。この辺りには海はないしニャ…。」


「そうだ。だからさっぱり売れぬ。いつかおぬしに我が祖国の美しい海を見せてやりたいものだ。ハッハッハッ!」


 仮面の大男は豪快に笑うと、店の奥に消えた。


(あの人、やっぱりかなり変わっているニャ。でも悪い人ではなさそうニャ…。)


 しばらくすると、彼は木椀を持ってきてテーブルに置いた。

 

「我が祖国の料理だ。白米を焚き、目玉焼きと、ひき肉とつなぎをこねて焼いたものを乗せてソースをかけてある。座って食べるがいい。」


「ありがとうニャ! いただきますニャ!」


 タマの激辛スープ事件があったのでユキは警戒したが、それはかなり美味しかった。


 ウマイカイがユキに語りかけた。


「真の友なら信じて待つことだ。私の考えが正しければ、そろそろ戻る頃だろう。」


(本当の友だちなら…置いていってほしくなかったニャ…)



 ウマイカイの予言通り、しばらくするとタマはベーリンダに支えられながら帰ってきた。


「タマちゃん! ケガしてるニャ!」


 外に飛び出したユキはタマにすがりついた。


「ユキにゃん、これくらい大丈夫! 見て! 盗品をぜんぶ取り返してきたよ!」


 ベーリンダも得意げに言った。


「窃盗団を全員つかまえて役人にひきわたしてきてやったぜ! 金持ちは警備が厳しいから庶民を狙うなんてな、ゲスな奴らだったぜ。」


 ユキが何かを言おうとした時、銀髪の少女の店の扉が開いた。


「ちょっと! 人の店の近くで朝からうるさいっての! 眠れないじゃないっ! って…なんだ、アンタたちだったの? いったいなんの騒ぎ?」


 ベーリンダはリョートラッテを無視してタマに話しかけた。


「タマ、手当をしてやっから、朝メシ食って、盗品を皆に返しにまわろうぜ。」


「そうだね。」


 行こうとするタマにユキが目をつりあげて言った。


「タマちゃん! 話があるニャ!」


 そしてユキは建物の裏庭のほうに走って行ってしまった。


「ユキにゃん! 待って!?」


 慌ててタマがユキを追いかけて行った。


「おい! 二人とも、朝メシはどーすんだ?」


 ベーリンダは所在なさげに頭をかくと、肩をすくめて交番に入っていった。


 その様子を見ていたリョートラッテは、何かを思いついたかのようにニヤリと笑った。


 黙って様子を見ていたウマイカイが諭すように言った。


「少女よ。悪いことは言わぬ。いやがらせの為だけに、人の想いを踏みにじるのは愚行だぞ。」


「ご忠告に深く感謝するっての、筋肉仮面。」




 交番の裏には狭いが庭があった。

 激しく怒っている様子のユキに、タマは動揺しながら聞いた。


「ユキにゃん…、どうしたの?」


 ユキは怒りを爆発させた。


「タマちゃん! 誓いを忘れたのかニャ!」


 頭の毛を逆立てて、しっぽを膨らませて言うユキにタマはタジタジとなった。


「だって…危険だからユキにゃんは連れて行かないってベーリンダが…」


 彼女の名前を出すのは火に油を注ぐ結果になった。


「タマちゃんはベーリンダの言うことの方が大切なのかニャ!! どれだけ心配したかわかってるかニャ!! 昨日の晩にボクが屋上で言ったことをもう忘れたのかニャ!! ボクだったらタマちゃんにそんなケガをさせないニャ!!」


 ユキは大きな目をうるませながらひと息に言った。


 タマは居心地悪そうに聞いていたが、言われっぱなしに少し気分を害して言い返した。


「なんでそんなに怒るの…? 少しはほめてくれたって…。頑張って戦ったんだよ…」


「もういいニャ! タマちゃんのバカ! もうしらないニャ!」


 ユキは走り去ってしまった。


 タマはみるみる小さくなっていくユキの背中を追いかけようとしたが、傷の痛みのせいで転んでしまった。


「ユキにゃん…。」




 タマは交番の机でボーっとしていた。あれからユキは戻ってこなかった。ベーリンダはタマのケガを気遣ってひとりで出かけていった。


 一人で考えれば考えるほど、タマはユキに謝りたい気持ちが膨らんできた。


(ベーリンダに逆らってでも、ユキにゃんもいっしょに連れて行くべきだった…)


 タマは深いため息をついた。


「ダメだなあ、本官って…。」


 机に突っ伏していると、誰かが交番に入ってきた。


「タマさん! どうしたの? 落ち込んじゃって。はい、差し入れなの。」


 リョートラッテは机に、果物やクリームやチョコがのったかき氷を置いた。タマが教えて爆発的にヒットしている商品だった。アンコはさすがになかったが。


「ゴメンね、今日はバイトに入れなくて。」


「いいのいいの! それより、タマさん、ユキちゃんとケンカでもしたの?」


「うん…。ちょっとね…というか、かなり。」


「ふう~ん…。ねえねえ、タマさんはユキちゃんとベーリンダと、どっちが好きなの?」


 直球を投げてきたリョートラッテに、タマはうろたえた。


「えええっ!? 好きって…二人とも、友だちとしては好きだけど…。どういう意味?」


 リョートラッテはこずるそうにニヤニヤしながらタマにスッと近づいた。


「そっかあ、ただの友だちなんだ。じゃあさ、アタシと付き合うってのはオッケーなのね?」


 タマは更に驚いてのけぞった。


「ええええっ!? なにを言ってるの!? リョートラッテさん、本官は…。」


「あんな下品なやつにタマさんはもったいないっての! 今、ちょうど誰もいないし!」


 いきなりリョートラッテはタマに飛びついた。


(ガッシャーン!!)


 大きな音と共に、二人は椅子ごと床に倒れこんだ。


「ちょっ、いたた! な、なにするの!? いい加減にしないと、タイホするよ!」


「タイホでも何でもしてみろっての。おとなしくしないとまた凍らすよ。」


 タマはあの時に感じた冷たさを思い出し、恐怖ですくんでしまった。

 リョートラッテは勝ちほこったかのように笑った。


「あはは、アタシがアンタを奪ったって知ったら、ベーリンダがどんな顔をするかめちゃくちゃ楽しみっての!!」


「…リョートラッテさんはいい人だと思ってたのに…。」


「んなわけないでしょ。アタシは北の…。」


 何か言いかけた少女の体が急に空中に持ち上げられた。

 筋骨隆々の腕が少女のえり首をむんずと持ち上げていた。


「ウマイカイさん!」


「こら! 離しなさいよ! この筋肉仮面!」


 小柄な少女は空中でジタバタしたが、ウマイカイは全く動じなかった。


「見苦しいぞ、少女よ。それでも人の上に立つ者か。恥を知れ。」


 彼の声には静かな怒りが込められていた。


「ほっといてよ! あいつのせいで、どうせもう祖国なんかないっての! せめてあいつに復讐したっていいじゃない!」


 銀髪の少女は降ろされると、今度はふてくされてわめきだした。


 タマは彼女を落ち着かせようと肩に手を置いて話しかけた。


「リョートラッテさん…。いったいベーリンダと過去に何があったの? あなたは…何者?」


 だが、ウマイカイが緊迫した声でさえぎった。


「タマ殿! 申し訳ないが今は説明している時間がない。おぬしは早く逃げたほうが良い。ここに帝国兵が迫っている!」


「えっ!?」


 ウマイカイはリョートラッテを抱き抱えると、すばやく出て行ってしまった。


 タマはしばらく床に座り込んでいたが、腰をさすりながさ慌てて立ち上がった。


「と、とりあえず逃げる? でもなんで!?

せっかく交番を作ったばかりなのに…。どうしよう…。」


 こんな時、ユキがいてくれたら…、とタマは思い、しばらく迷ったすえに出て行こうとした。


 しかし交番の外は、円月刀を持った兵士で既に埋め尽くされていた。

 その光景に立ち尽くすタマに、指揮官らしい兵士が怒鳴った。


「貴様が異国の民、タマか! 帝国民を惑わし騙した罪により連行する! おとなしくしろ!」

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