第22話 乱闘ニャ!


「法務大臣か!? 貴様、要職の身にありながら帝国への大恩を忘れ、あまつさえ王子である私に裏切りの刃を向けるのか! この痴れ者め、叩き斬ってくれるわ!」


「キーマさん! 今のもっかい言って! 言いまわしが王子っぽくてカッコいいから、メモしときたいんだけど。」


「…変な服のそなた…あとにしてくれぬか…。」


 数えきれないほどの黒布姿の戦闘員に囲まれて、余裕の法務大臣は哄笑した。


「フォッフォッフォッフォッ! 裏切りですと? 私めには元々、帝国への忠誠心などございませぬ。法務大臣は仮の姿、私めは『第三の扉結社』の首領にございますれば。」


「王子! 話してもムダじゃ! こやつら結社の人間は、一国の中枢にまでも入り込み、ネットワークを作っておる。」


「カンフェクシャネリ老公よ、結社が石を狙う目的はいったい…?」


「その話はここを無事に切り抜けられたらにせんか…」


 ベーリンダがリョートラッテをヒジで突っついた。


「おい、おまえ、みんな凍らしちまえよ。得意だろ?」


「ちょっと数が多すぎるっての。アンタこそ、お得意のフンガムンガでやっちゃってよ!」


「…仕方ねえな、俺が敵につっこむからその間に皆で脱出してくれるか?」


「ベーリンダ…アンタって…、ちょっと変わった?」


 サメの刃がついた櫂のような武器を構えたウマイカイが割り込んだ。


「いや、ここは私が囮になろう。皆はその間に…」


「いや、ここは王子である私が…」


「それはダメ! 仕方ないっての、アタシが囮に…」


「俺だっつってんだろ!…」


「ここはいちばん身が軽いボクが奴らを引きつけるニャ!」


「いや、ここは最年長のワシが…」



 わあわあガヤガヤと、もめ始めた一行を首領スワルトジガデルは一喝した。


「だまらっしゃーい!! はよう決めんかい!」


「じゃ、本官がいきまーす!」


「タマちゃん!?」


 両手を広げたタマが、ニセ法務大臣に突進した。


「ニセ大臣のおじいさーん! お願いがありまーす!」


「な! なんじゃね!?」


 タマは、少し何かを期待してドギマギしている相手に近づいてカサカサの手をとった。


「むう、やはり若いモンの手はスベスベだのう~。」


「おじいさん、後ろを向いて頂けますか?」


「…こうかね?」


「…このスケベヘンタイオヤジ!!」


 タマは、スワルトジガデルの尻を思い切り蹴り上げた。


「うっぎにゃあああ~!!!! 尻が、尻の病があ~…。…でも…これはこれで良いかも…。」


 地面で悶絶して震えている大臣を、黒布をかぶった武装集団は呆気にとられて見下ろしていたが、弾かれたようにタマに襲いかかった。


「タマーッ!!」


「タマちゃーん!!」


「だめーっ! みんな、今のうちに逃げて!」


 無数の刃が一斉に、無情にタマに襲いかかった。警棒で防御するも虚しく、タマは全身を斬り刻まれてしまった…


 …かのように見えたが、淡い光が現れてタマを薄く包んでおり、全くの無傷だった。武装集団はどよめいた。


「あれ? ぜんぜん痛くない…。これ、いいかも!」


 一人の戦闘員が、短剣を突き出し襲いかかってきた。タマは身をかわすと、敵の手首と首に警棒の一撃を叩きこんだ。


 昏倒した相手に手錠をかけて、タマは叫んだ。


「どーだ! 全員タイホだ!」


 ひるんだ敵の集団に、ユキとベーリンダも襲いかかった。


「タマちゃん! ボクも戦うニャ! ユキパーンチ、ニャ!」


「タマ! お前をひとりにはさせないぜ!」


「な、何をしておる! 数ではこちらが圧倒的に有利だ! やらんか! あいたたた…」


 たちまち敵味方入り乱れての乱戦が始まった。銀髪の少女が駆け抜けた跡には凍った人柱が次々に屹立した。


 ウマイカイはタマと背中を合わせた。


「タマ殿! 私はまたおぬしに教えられた!」


「ウマイカイさん! 代わりにいつか波乗りを教えてね。」


「心得た!」


 彼が櫂をひとふりすると、数名の黒布戦闘員が吹き飛んだ。


 老王に斬りかかった敵を背後から斬り伏せたキーマ王子は聞いた。


「老公、先ほどの光は…?」


「あれが猫目石の力のひとつじゃ! 『献身の光』と言われておる。」


「ベーリンダ! ちょっと寄ってもらえる?」


「こうか?」


 白い瞳からほとばしった光線で、死角からベーリンダに大剣を振り下ろそうとしていた敵が一瞬で氷結した。


「またひとつ貸しだからね。」


「たのんでねーよ。」


 二人は敵と激しく戦いながらも世間話を始めた。


「ねえねえ、タマさんってさ、王子よりマジでカッコいいかも。とりかえっこしない?」


「てめえ、ここを切り抜けたらじっくりと話し合おうぜ。」


 奮戦は続いたが、倒しても倒しても黒布の戦闘員は湧いて出てくるように数が減らなかった。次第に皆には疲れが見え始めた。


「タマちゃん! 光が消えかかってるニャ!」


 タマに群がる戦闘員を、回転しながら連続ユキパンチ!でぶっ倒したユキが駆け寄ってきた。


「やっぱり敵が多すぎるニャ…。」


「あきらめたらダメ、ユキにゃん!」


「フォッフォッフォッフォッ! 質より数で押しつぶせ! 猫目石と虎目石を我が手に!」


 尻をさすりながら勝利を確信した法務大臣は、大剣を持った大柄な部下を引き連れてタマににじり寄った。


「さあ、石をおとなしく渡さんか。渡せば奴隷船に売りとばすくらいで堪忍してやろう。お前たちなら高く売れるだろうて。」


「…タマちゃん、こいつの尻をもう一度蹴りあげていいかニャ?」


「ユキにゃん、それは本官がするよ!」


「おおっと、同じ手はくらわぬわ。」


 尻を手で防御したニセ法務大臣だったが、その上から矢が突き立った。


「うっぎにゃあああー! また尻がー!!」


 他の戦闘員たちにも次々と矢が降りそそぎ、あたりは激しい悲鳴や怒号につつまれた。


 大剣を折られた黒布戦闘員が何人も宙に舞った。巨大な歪曲刀を軽々と振りまわす赤銅色の巨漢の仕業だった。


「おかしらー! 無事でやすか?」


「おせーよ、ハムナン!」


 久々の登場の巨漢ハムナンの背後には、これまた巨体の山猫族の武装戦士がズラリと並んでいた。


「すいやせん、なんせ遠くてね。んじゃ、みんな、やりやすか!」


 山猫やハムナンが刀をふるうたび、結社の戦闘員は紙人形のように斬り飛ばされた。

 援軍の活躍で、結社の陣営は総崩れになり逃げ出し始めた。


「こらーッ! にげるな! くそう、おのれら、覚えておれ。」


 尻から矢を生やしたスワルトジガデルは部下にかつがれて逃げ去っていった。

 追おうとしたキーマ王子を老王が引き止めた。


「放っておけ。あれだけダメージを与えたら、しばらくは何もできまい。」


「しかし…。」


「帝国を改革したいというお前さんの気持ちはわかった。あとはどう実行するかじゃよ。」


 老王はポン、と王子の肩を軽くたたくと仲間の方へ歩いていった。

 その方向ではタマとハムナンかグータッチをしていた。


「ハムナンさん! 久しぶりー! ありがとう、ギリギリ助かったよ。」


「首都で公開処刑だってんで、レオのダンナが心配してね。間に合ってよかったでさ。」


「キーマ王子もありがとうね!」


 タマはニッコリと王子に微笑みかけた。王子はタマの前に進み出ると、再び頭を下げた。


「改めてお願いしたいのだが…。そなた達の石を私に…貸してくれないか? 必ず返すことを約束する。」


「う~ん…。」


「タマちゃん、ボクはタマちゃんに従うニャ!」

 

 タマは腕組みをしてしばらく考えてから言った。


「わかった! 貸すけどひとつだけ約束して!」


「約束とは?」


「あのばくだ…軍事顧問にだけは石を絶対に渡さないって約束してくれる?」


「わかった。私も奴は信用していない。戻ったら拘束するつもりだ。」


 タマは猫目石を取り出し、虎目石をユキからもらい、キーマ王子に手渡した。


「じゃ、ここで一旦お別れだね。」


「そなた達はどこを目指すのだ?」


 王子の問いに、リョートラッテがタマの代わりに答えた。


「ここからいちばん近いから、とりあえずみんなでアタシの領土、北の白銀女王国に向かうわ!」


「あニャ? 女王の国は帝国に滅ぼされたはずニャ?」


「うん。でも、ひとつだけ…今でも頑強に抵抗している氷の砦があるの! さあ、白銀の女王が久しぶりにご帰還だっての!」

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