第23話 雪と氷と帝国軍


「あニャ~。寒いニャ~。寒いニャ~。寒いニャ~…(以下繰り返し)」


「あーッ、寒っ! だから来たくなかったんだよ!」


「おかしら…。」


 ハムナンがベーリンダの肩をつついて、口に指をあててシーっ、と言ったが遅かった。


「くおら! 寒い寒いって文句ばっか言ってんじゃないっての! そこの●●猫! ●●盗賊! 気に入らないなら出ていけっての! 帝国軍の追跡をひとりでかわせるならね!」


※一部不適切な表現を伏字にしています。


「●●猫…。(ガーン!)」


 リョートラッテの心ない罵倒にユキは落ち込んでしまい、氷の床にしゃがむと肉球で字を書き始めた。

 タマがユキをなでながら言った。


「リョートラッテさん! ひどいよ! パワハラ女王だよ!」


「タマの言う通りだぜ! 寒すぎんだよ!」


 タマたちは雪と氷でできた砦にいた。あたり一面、雪に覆われた銀世界。空は暗く厚い雪雲で占められていた。草木は凍りつき、立ってるのは樹氷ばかり。

 山猫族の戦士たちはあまりの寒さにキレてみんな帰ってしまった。


 他の生き物たちは…


 冬毛でモコモコのユキウサギ、雪豹、白狐、貂、シロクマ、ペンギンなどの生き物たち、そして幹に顔がある歩く樹氷が砦の中庭に集結して大歓声をあげていた。


「女王陛下おかえりなさい!! 女王陛下のご帰還だー!! 帝国への反攻開始だー!!」


「うーん、盛り上がってきたっての! サイコー!」


 持ち上げられてゴキゲンなのはリョートラッテだけだった。チラホラと雪が舞う中を、銀髪の少女は集まった生き物たちにブンブンと手を振った。

 

「ちょっと、聞いてるの?」


「あ、タマさん。そこ、危ないよ。」


(ザクッ!!)


 巨大なつららが落ちてきてタマの目の前の床に突き刺さった。ユキが腰を抜かしたタマに耳打ちした。


(タマちゃん、ひょっとしてとんでもないところに来ちゃったのかもニャ…。)


(ホントだ…。ユキにゃん、食事も心配だよ…。)




 砦の中に入ると広間になっており、壁も柱も氷でできていた。


「はいはいはーい! それではしばらくここ『ヒュッケアイス砦』に滞在いただくので、部屋割りを発表しまーすっての!」


 リョートラッテはえへん、と咳払いをすると、丸めていた紙を広げて読み上げ始めた。


「結晶の間はご老公さん。ドカ雪の間はユキちゃんとバカのベーリンダ。あずきバーの間にはウマイカイとハムナンさん。偉大な女王の間はアタシとタマさんね。」


「いい加減にしろ! てめえが法律か!」


 ベーリンダから怒声があがったが、女王は全く意に介さなかった。


「だって、ここ、アタシの国だし。」


「ウマイカイも老公もなんか言えよ!」


「ワシはとにかく、はよう熱い風呂にはいりたいわい。」


「私は…鍛えているから寒いのは平気だ。」


「仮面の下で鼻をすすってんじゃねえよ!」


 怒りのあまり、ベーリンダは部屋から出て行ってしまった。タマ警官がおずおずと手をあげた。


「あのー…しばらくって、どのくらいの間、この素敵な砦に滞在するの?」


「あの顔だけ王子が帝国の実権を握って、兵をひきあげて平和条約を締結するまでね。まあ、それまでのんびりここで待ちましょ。ね? タマさん。」


 リョートラッテの視線に、寒さ以外の悪寒を感じたタマであった。



 砦の一番高い物見台で、タマは白い息を吐きながらひとり考えていた。

 寒いとばかり文句を言ったが、落ち着いて見ると一面に広がる広大な雪景色は美しくて壮観だった。


(ここでもう本官の旅はおわりなのかな。王子が帝国の王さまになって…平和になったら…石を返してもらって…)


「タマちゃんは元の世界に帰っちゃうのかニャ?」


 いつのまにか背後にユキが立っていた。考えを読まれたようで、タマは驚いた。


「タマちゃん、温かいスープをもらってきたニャ。」


「ありがとう、ユキにゃん。」


 しばらく無言でカップのスープをすすっていた二人だったが、タマが静かに口を開いた。


「誰かに…おじいさん王か王子かに…石で第三の扉を開く方法を調べてもらったら…元の世界に帰れるかも…。」


「…タマちゃんは元の世界に帰りたいのかニャ?」


 ユキを見ると、大きな目にいっぱいの涙をためていた。いまにもこぼれ落ちそうな涙。


「…わからない。なんだかわからなくなってきちゃった。」


「タマちゃん、だったら…この世界で…ボクと…暮らさないかニャ?」


「ユキにゃん…。ありがとう。」


 タマは遠くを飛ぶ白い鳥を眺めながら答えた。


「本官は警察官だから…その前にあいつを逮捕しないと。」


「あいつって誰ニャ?」


「ユキにゃん、本官はね、地下牢であいつに会ったの。暗くて激しくて深い復讐心に囚われた奴…」


「復讐ってニャ?」


「ユキにゃんは、お父さんの仇のヤブラヒムさんを許したよね? 本官はあいつを許せるのかな…?」


「どうしたのニャ? タマちゃん? いったい何の話ニャ?」


「ゴメンね、支離滅裂で。あいつは…本官の…お母さんの命を奪った犯人かも…」


「なんだってニャ!? 本当かニャ!?」


「あいつは、元の世界では凶悪な犯罪者で…今は帝国の軍事顧問になってるの。」


「…なんで黙ってたニャ!? 早くみんなに知らせて相談しようニャ!」


「ユキにゃん、やっぱり石を王子に渡したのはまずかったかも…。」


「大丈夫ニャ! ボクは何があってもタマちゃんの味方ニャ!」


 雪が舞う中を、タマとユキはお互いに微笑みあった。二人は、凍てつく寒さをその時だけは忘れることができた。



 氷の広間に机や黒板が運び込まれ、伝令のユキウサギ兵が慌ただしく出入りしていた。机には地図が広げられ、砦の模型や、兵士や戦車の駒が並べられ、黒板には無数のメモやスケッチが貼られていた。


 部屋には全員が防寒服を着て集まっていた。


「それ、ホントにホントなの? タマさんが異世界の人って?」


 リョートラッテは銀色のドレスから白い雪山迷彩の戦闘服に着替えていて、銀髪の上には白いベレー帽をかぶっていた。


「ワシにはわかっておったわい。」


 熱いココアをすすりながら老王がしたり顔で言った。


「で、そのバクダンマの犯罪者…帝国の軍事顧問? も同じ異世界の人で、かなり危ない奴ってことなの?」


「うん…。黙っていてゴメンなさい…。」


「異世界人だろうとタマはタマだ! 何も変わらねえよ、な?」


「ありがとう…ベーリンダ。」


 ウマイカイやハムナンも同意した。


「タマ殿が心配する通り、私も何か不穏なものを感じる。まずはご老公、貴方が一番、猫目石や虎目石に詳しいようだが…。説明してくれぬか。」


 老王が話そうとしたとき、ユキウサギの伝令兵が飛び込んできた。


「陛下! 大変ピョン! 帝国軍の大軍が砦を包囲したピョン! 敵軍兵力、約三万五千ピョン!」


「なんですって? ちなみにアタシの軍の兵力は?」


「五百とちょいピョン!」


(パン!)


 リョートラッテは机を思い切り叩いた。


「あのバカ王子! なにやってんの!? まさか…裏切ったの?」


 今度はペンギン兵士が飛び込んできた。


「陛下! 帝国首都の密偵から報告ペン! 帝国軍の大軍が首都から進軍を開始したペン!」


「またあ!? 更に増援?」


「違うペン! 大陸東海岸の港を目指しているペン!」


「えっ? 港? どういうコト?」


「我が海洋連邦軍の残党掃討か?」


「違うわい!」


 老王が激しく動揺しながら叫んだ。


「虎猫島に行くのじゃろう。奴ら、『第三の扉』を開くつもりじゃ!」


「なんだよ、そのトラネコ島って? じいさん、わかるように説明してくれよ。」


 話を聞いていたタマが慌ててペンギン兵士に聞いた。


「ペンギンさん! 港に向かう帝国軍に何か変わったところは?」


「あるペン! 見たこともない乗り物…『とらっく』とかいうらしいのが、数えきれないくらい並んでいたそうペン!」


 タマはめまいを覚えながらさらに聞いた。


「…ほかには?」


「『とらっく』に、山ほど『ばくだん』とかいう武器を積んでいるらしいペン!」


 それを聞くと、タマはその場にへたり込んでしまった。タマの様子に驚いたユキとベーリンダが駆け寄ってタマを支えた。


「タマちゃん! どうしたニャ!?」


「タマ! しっかりしろ! 何か知ってるのか!?」


「本官の…本官のせいだ…。」


 タマは絞り出すように言った。


「あいつの目的は…一斉同時多発爆弾テロだ…。本官の世界で…。」

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