第4話 猫目石の力
「ここは…。」
光を感じ、タマは目を覚ますと辺りを見回した。
質素なベッドの上に制服のまま寝かされていたようで、部屋には誰もいなかった。
「きっとここは病院だよね。変な夢見ちゃったな。さ、早く帰ろっと。田村巡査長が優秀な新人の帰りを待ってるし。」
タマがベッドから降りようとした時、
ドアが開いてユキが入ってきた。
「あニャ、やっと気がついたかニャ。腹減ったかニャ? なんか食うかニャ?」
ユキはベッドにふわりと腰かけると、
ぐいっと顔をタマに近づけた。
「あ、ここはボクの家だから楽にするニャ。それにしてもキミ、よく見ると人間にしてはめちゃ綺麗な顔してるニャ~。
ま、ボクには負けるけどニャ。しかしまあ、おかしな服だニャ。どこで買ったニャ? ん?」
ユキはタマが口をあけて固まっているのに気づいて、話すのをやめてタマの顔の真ん前で手を振った。
「もしもーしニャ。どしたんニャ?」
「また…猫が…喋ってる…。」
「猫が喋るのは当たり前ニャ。」
だが、タマは固まったまま反応がなくなってしまった。
ユキはうーむニャ、と腕組みをして考えていたが、
ハッと閃くとタマの腰の辺りをモゾモゾとさぐりだした。
タマは我に返るとユキを引き離そうとした。
「ちょっ、な、何するの! や、やめてよ、く、くすぐったい! …あっ!」
ユキの手には拳銃が握られていた。
「ジャジャ~ンニャ! これ、『けんじう』だっけニャ? どうやって使うニャ~。」
ユキは銃口をタマに向けた。
「うわわーっと!! ダメ、ダメ、ダメーッ。こっちに向けない! 相手に向けない!」
「武器なのに相手に向けずに使うのかニャ?」
今度はユキは銃口を自分に向けた。
「だ、だめーっ!! 落ち着いて、ゆっくりと、本官に、それを、返して。始末書じゃ済まなくなる!」
「ケチくさいこと言うなニャ。どうせ大ネズミ一匹も倒せないようなしょぼい武器ニャ。ここかニャ?」
パン!
天井に穴があいて、ポロポロと埃が落ちてきた。
「あわわわわ、あと一発…。」
「にゃはっ。これおもしろいニャ! もう一回…。」
「だから返して! 返せってば、この!」
二人はベッドの上で拳銃を奪い合い、
ついには上になったり下になったりの取っ組み合いになった。
「あのー、取り込み中にすまないが、ちょっといいかね。」
戸口に先ほどの茶トラの大きな猫が立っていて、咳払いをしていた。
思わず二人はピタリと動きをとめた。
「すまない、ドアが開いていたから。まさかもうそんな関係になっていたとは…。」
「ちがーう!」
「ちがーうニャ!」
タマとユキは同時に叫ぶと、
ぱっとお互いに距離をとった。
タマはその隙に拳銃をユキからひったくった。
「子どものおもちゃじゃないんだからね!これは。」
「子どもはキミニャ! ボクは大人ニャ~。」
「ふんだ! そうやって本官を皆でからかって、ホントよくできたコスプレね。
ここは猫のテーマパークかイベントか何か? いい加減にしないと、公務執行妨害で逮捕するよ!」
タマは茶トラの猫に近づくと、
顔や腕やら尻尾やら体中を触り始めた。
「あの、私には妻がおりますので、やめてもらえませんか。」
「村長、だめニャ。こいつ、完全に…。」
そうやってユキは頭の上で手をくるくるをした。
一方で、タマは衝撃を受けていた。
「ほ、ほ、本物だ…。どこをどう見ても触っても本物だ…。いや、まてよ、まだ中身を…。」
タマは村長の服を脱がそうとしはじめた。
「あの、本当にやめてください。怒りますよ。」
「ごめんなさい…。」
床に座り込み、うつむいて急におとなしくなったタマの背中をつっつきながらユキは村長に聞いた。
「村長、こいつどうする? 帝国の出張所につきだすかニャ?」
「うーむ…。だがジャンを助けてくれたし、悪い人間ではなさそうだが…。」
「たしかにニャ。」
ユキはタマの前にスッとしゃがむと、
頭を優しく撫でながら言った。
「キミ、おうちはどこニャ? 迷子かニャ?」
「本官は…警察官なのに…迷子だなんて…。」
「パパとママはどこニャ?」
タマはすこし悲しそうに答えた。
「両親はもういないよ。本官はおばあちゃんに育ててもらったの。」
それを聞いたユキはハッとして手を止めた。
「そか、ごめんニャ。」
「ううん、いいよ。」
「それにしても、さっきからその『ケイサツカン』っていったいなんニャ?」
急に元気になってタマは胸を張って答えた。
「警察官はね、悪い人を捕まえて懲らしめて、市民を守る正義の味方なんだよ! あと、上司にコーヒーを淹れたり…。」
ユキは白けた様子で言った。
「ふう~んニャ。じゃキミが、帝国の奴らをやっつけて懲らしめてくれるってのかニャ?」
「ユキ! 滅多な事を言うな。帝国の役人に聞かれでもしたら…。」
そこへ、子猫のジャンが泣きながら飛び込んで来た。
「パパ! 大変だニャ! キナの様子がニャ!!」
「なんだとジャン、本当か!」
茶トラ猫村長は血相を変えて走って行ってしまった。
「どしたの?」
「キナはジャンの妹ニャ。病気で寝てたはずニャ!」
ユキも慌ててドアから出て行ったので、タマはその後を追いかけた。
「病気って?」
「帝国の奴らのせいニャ!」
「さっきからテイコク、テイコクってなんなの?ここは日本だよ?」
「ニッポン? やっぱりキミの話はサッパリ分からないニャ。」
村長の家に着くと、たくさんの猫にまじって杖を持った長毛で鼻の潰れた猫がいた。
「ペルシャ猫だ…。」
(長老ニャ。失礼のないようにニャ。)
ユキがタマにそっと耳うちした。
長老猫はベッドに苦しそうにして寝ている三毛でたれ耳の子猫の脈をとり首を振った。
母親らしい同じく三毛の猫が泣きながら叫んだ。
「そんな…! 長老、おねがいです、なんとかなりませんか。」
「何とかしたいのはワシも同じじゃ。じゃが、ドクダミ草もないとなるとどうすることもできん。あとは…。」
長老猫は考えるように一旦言葉を切って、
苦しげに言った。
「#猫目石__ねこめいし__#があればのう。」
「猫目石!? あの言い伝えの? そんなもの、この世に実在するわけがないじゃないですか!」
タマは遠慮がちに手をそろりと上げた。
「あの~。本官…。」
ユキがタマにまた耳うちした。
(やめとくニャ! 空気読めニャ!)
(でも…。)
「なんじゃお主は。なんで人間がここにおるんじゃ!」
猫たちは一斉に憎悪の目つきでタマをにらみつけた。
だが、ひるまずにタマは続けた。
「本官、あるんですけど。」
「あるって何がじゃ。」
「その…猫目石が。」
タマがポケットから石を取り出すと、その場は騒然となった。
肉球のある手で震えながら長老猫は石に触った。
「なんと! まさしくこれは猫目石! ワシですら見るのは初めてじゃ! おぬし、これをいったいどこで!? いや、そもそもおぬしは誰じゃ?」
「長老! そんなことより早く!」
「わかっとるわい。ちょっと借りるぞい!」
長老猫が石をキナの上に置いたが、何も起こらなかった。
「おかしいのう? 壊れとるんかの。おぬし、こっちに来てくれんか。」
タマはベッドに近づいてひざまづくと石に手を置いて言った。
「いたいのいたいの、とんでいけー。」
「…おぬし、こんな真面目なシーンでふざけたら猫パンチするよ。もっと真剣にじゃな。」
「でも本官が子供の頃、おばあちゃんがよくこうやって…。」
すると、石が一瞬だけピカッと光り、寝ていた子猫がガバッと跳ね起きて叫んだ。
「治ったニャ!!」
ユキがあんぐりと口をあけた。
「早ッ!?」
周りの猫たちから大歓声と拍手が巻き起こった。
タマは得意げに腰に手を当てて胸を張った。
「えっへん! どうだ! 恐れいったか!」
「いやあ、よかったよかったわい。さて、と。」
長老猫がタマを指差して言った。
「皆の衆! この人間を早く捕まえて檻にいれるんじゃあ!」
「えーっ! なんで!?」
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