第19話 本番まであと少し
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「ギャアアアアアアアアアアアアアアア! 来るなっ! 来るなあああああ! 出口は!? 出口はどっち!? 出口はあっち! 冬馬ぁ、早くで——嫌あああああああああ!」
今の状況を説明しよう。
お化け屋敷に入ると予想以上に怖く、部長が狂乱しているのだ。
「冬馬っ! 冬馬ああああ!」
「ハハハハハッ」
「笑ってる場合か! 後ろから貞子が——ギャアアアアア! なんで前にいるんだああ!!」
途中、部長の必死さに笑いが込み上げてきて、笑ってしまった。
「うぅ……あんな怖いなら、先に言ってくれれば良いのに……」
涙をポロポロと流しながら、出口で恨み言を言っている。
事前に怖いですよーと言ってくるお化け屋敷なんて、ある訳ないだろう。
しかし、泣きながら出てきた部長を見て、並んでいた生徒たちはますます怖がっていた。
お化け役の生徒が、満面の笑みで驚かしにくるものだから、怖さが倍増していた。
「もう絶対に、お化け屋敷なんか行かないぞ。ホントのホントに行かないからな……」
虚ろな目で、ブツブツと何か呟いている。部長の方が怖いです。
「早くダンスを見に行こう。後ろからお化けが来る前に……」
「そんなに怖かったですか?」
「逆に聞くが、冬馬は怖くなかったのか?」
「まぁ、お化けと言っても所詮は人間が演じてますから」
「あんな怖いお化け屋敷は初めてだ」
「今までも、お化け屋敷には行った事があるんですか?」
「いや、初めてだ」
行ったこと無いんかい……
それなら今度、本物のお化け屋敷に連れて行っても良いかもな。
それこそ現役バリバリの本物が出るって噂の。
「ほら、あの一番左の子が友達なんだ」
今は、特設ステージで踊るダンス部を見にきている。
先程までの恐怖は何処へやら。
「私もあれ位踊れたら、アイドルを目指しても良かったんだが……」
確かに、部長が踊れたら間違いなくスカウトされただろう。
先週買い物に行った際、芸能事務所から名刺を渡されたらしいし。
その名刺を見せてもらったが、超大手の全国レベルで有名なアイドル事務所だった。
「ここより、吉川とか竹梅みたいな所からなら良かったんだが……」
部長以外の俺たち三人は、この部長のセリフにドン引きだった。
普通は、部長がスカウトされた事務所に行きたい人が多いのに。
今、横でキャーキャー言っている部長が一番可愛いのも皮肉なものだ。
「いやー、カッコよかったな! 踊れるお笑い芸人、目指そうかな」
「ダンスを練習する時間あるなら、もっとネタ合わせしましょうよ」
「フフッ、冗談だ。私は王道の漫才をしたいからな」
そんな軽口を言いながら、四階の茶道部の部室へやってきた。
部室の前には、時代劇に出てくる茶屋をイメージしたベンチと傘が置かれている。
「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞ」
部室の中に入ると、客は誰一人いなかった。
つまり、貸切状態だ。
「濃抹茶とみたらし団子を一つ」
「俺は抹茶と和菓子のセットをお願いします」
部長は絶対に、みたらし団子を頼むと思った。
「ゲン担ぎですか?」
「まあな。本当は担がなくたって大丈夫だと分かっているんだが」
「担げるゲンは担いどきましょう」
「そうだな!」
それから演劇部による『桃太郎〜the after story〜』を観てきた。
この話を書いた劇作家担当は天才と思う。
日本人が一度は聞いた事がある桃太郎を、よくあそこまで面白おかしくアレンジ出来たものだ。
しかも、ただ笑えるだけではなく、桃太郎も人間なんだと思わせる感動シーンもあり部長だけでなく俺まで泣いてしまった。
もしかして、うちの学校は天才がウジャウジャいるのか?
「世の中、天才ばっかりだな」
「ほんとですね。後で脚本書いた人に、サイン貰いましょう。何年後か、絶対有
名になりますから」
「だな!」
残念ながら時間の都合上、軽音部の演奏は聴けないが今年の軽音部はレベル高いって噂だったから悔やまれる。
普段から演奏会とかやってないのか? 部活休んで、見に行くのに。
「まだ一時間前なのに、足が震えてきたぞ……」
「大丈夫です。俺もですから」
体育館では、演劇部が小道具を片付けている為、俺と部長は隅の方で励まし合
っていた。
「二人して何震えとんねん」
チョコバナナとクレープを両手に持った勇雄がヤレヤレといった様子で話しかけてきた。
「緊張してんだよ」
「今まで散々、漫才やってきたやん」
「規模が違うからしょうがねぇだろ」
「それでもワイのライバルか? 緊張は朝のホームルームまでに便所に捨ててきたわ」
俺のライバルか? と聞かれると、意地でも大丈夫と言いたくなるだろ。
「そういう勇兄ぃだって、ここに来る前に緊張しすぎてゲボ吐いとったやん」
「アッ、アホ! お前、要らんこと言わんでええねん!」
「ほぉ、朝に捨てたんじゃなかったのか?」
俺のニヤけ面が相当気に食わなかったらしく、俺の尻を蹴り上げやがった。
痛ぇ……
「あのー、お笑い部の方々でしょうか?」
大人しそうな男子生徒が、恐る恐る訪ねてきた。
「せやけど?」
「あっ、僕は、司会進行の一ノ瀬司といいます。みたらし団子さんと轟兄弟さんのどちらが先に漫才をされるのでしょうか?」
そういえば決めてなかった。
「ちょっと待っとき。——ジャンケンや。部長、ワイとジャンケンして勝った方が先攻、後攻、決めるってのはどないですか?」
「良いだろう。受けて立つ!」
「「最初はグー! ジャンケン……ポイ!」」
「フフフッ。みたらし団子は後にする。私たちがトリを務めよう!」
「なら、轟兄弟が先でお願いしますわ」
「それでは、皆さん、袖裏の照明音響調節室にてお待ちください」
実はこの高校に入学してから、一度も舞台裏に入った事がない。
だから、関係者以外立ち入り禁止と書かれた場所に入るようで、非常にドキドキした。
照明音響調整室と大層な名前だが、入ってみると意外とショボかった。
CDデッキのような長方形の機材が二、三個置いてあり、あとは室内の照明スイッチの下に『壇上:照明』と書かれたボタンがあるだけ。
部屋自体も三畳ほどで、非常に狭い。
「ほな、ワイらはこっちの端っこでやりますんで」
「分かった。私たちも最後のネタ合わせをしようか」
「はい」
ネタの最初から、いつも通りに通していく。
一語一句、ゆっくりと噛み締めながら。
「——よし! 完璧だな!」
「これで間違えたりしたら、終わったあと笑いますからね?」
「ハハッ……」
「こっちも終わったで。……って、さっきから何かうるさいねんけど」
「……確かに」
「……僕もそう思う」
「もしかして——」
俺は、コッソリと舞台袖から客席を覗いた。
あ、これ、部長には見せない方が良いかも……
一番最後の出し物という事で、体育館の一階から二階までビッシリとお客さんで埋まっていた。
端の方なんか、入り切らず立っている人でいっぱいだ。
辺り一面、人、人、人——
これだけ居れば、そりゃあ五月蝿くもなるよな。
「ど、どうだった!? お客さん、どの位いた?」
「……部長は知らない方が良いと思います」
「そんな事を言われると、余計気になるだろう!」
「ワイもちょっと見てくる」
「あ、僕も!」
「待ってくれ! 私も——」
俺と同じく、袖から隠れるように見た三人は固まってしまった。
「おーい、大丈夫か?」
「「「……」」」
ダメだこりゃ。
三人を調整室に連れ戻したが、動く気配がない。
「——ハッ!」
勇雄が最初に意識を取り戻した。
「……あれ? 僕、客席の方を見にいった筈なんやけど」
続いて優介くんが、記憶をなくしながらも現実へと戻ってきた。
「……」
約一名、未だに固まっている人がいる。この人、部長なんだけど……
「部長ー、戻ってくださーい」
「……」
「夏音!」
「——ハッ!」
あんまり下の名前で呼びたくないが仕方がない。
「勇兄ぃ、夏音やって。下の名前やで……フフッ」
「悔しいけど、ラブラブなんやな……フフッ」
この兄弟にだけは、茶化されるから聞かれたくなかったんだ。
「自分が誰で、どこにいるのか分かりますか?」
「私は……神? ここは……下界?」
「ボケる余裕があるなら、大丈夫ですね」
「いやいやいや! あの観客の数はなんだ!? てっきり、五十人くらいだと思ってたぞ!?」
「明らかに、二百人以上は居てはりますね」
「そんだけ目立つんやから、ええやないか!」
「勇雄……足」
彼の足は、ガクガク震え……ん?
よく見ると、小刻みに震えているだけでなく、前後左右に動いていた。
股を閉じては広げて、閉じては広げを繰り返している。
「どんな震え方だよっ!」
思わずツッコんでしまった。
「足に力が入らんねん!」
「い、勇兄ぃ……僕も……」
優介くんは、膝の揺れが腹を通って顎に伝っていた。お腹と顎がプルンプルンと揺れている。
「だから、何でだよっ!」
部長はというと、ブリキのロボットみたいに体がカタカタと揺れていた。
「ゼンマイでも付いてるのかよ!」
なんで本番前なのに、こんなにツッコまなくちゃいけないんだ……
「轟兄弟さん、本番五分前です! 準備お願いします」
「はいな!」
「はーい」
一ノ瀬くんに呼ばれた瞬間、芸人としてのスイッチが入ったのか今までの緊張などウソのように真剣な顔つきになった。
「ほな行くで」
「行ってきます」
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