第10話 仲間(ライバル)出現!?
短かった夏休みも終わり始業式当日、事件は起こった——
ジメジメした体育館で、苦行のような長く聞き取りづらい校長の話が終わり、連絡事項を聞き流して教室に戻る。
クラスメイトの何人かは日焼けして焼き栗のようになっていたが、それ以外真新しい変化は特になかった。
「はーい、嬉しいお知らせがあります。今日から皆さんの仲間が一人増えます。入ってきてー」
俺は何年経っても、今日の事を忘れないだろう。
教室のドアが勢いよく開くと、小柄で髪がツンツンしている男の子が大股で入ってきた。歩き方からして、気が強そうだ。
まさか自分がこんなイベントを体験するとは思わなかった。
漫画やアニメの中での転校生は、これからの学校生活への期待と不安でオドオドしつつも目はキラキラしているイメージだろう?
しかし、こいつは違った。
——キラキラではなく、ギラギラしていた。
捕食者や独裁者のような目だった。まるで、この世は自分を中心に回って当然……と言いたそうな目だ。
「大阪から来ました、轟勇雄(いさお)いいます。好きなもんはお笑いや! よろしゅうお願いします!」
まだ先生から何も言われてないのに、自己紹介をしやがった。
「轟君の席は——」
「あそこですね! ……あ、すんまへん。どうも、どうも。……よろしく!」
彼は席の間を歩いて俺の後ろまで来ると、いつの間にか——始業式の間に用意したのだろう——並べられていた席にどっかりと座り、俺の肩を叩いて挨拶してきた。
俺は彼のような人間が苦手だ。話さなくても分かる。
「……どうも」
ホームルームが終わると、予想通りクラスの皆が彼の周りにワラワラと寄ってきて、少しでも彼の事を知ろうと質問の嵐を投げかけた。
「何でも聞いてや!」
特に嫌そうな素振りも見せず、片っ端から質問に答えていた。
いや、寧ろこの状況を喜んでいるようでもあった。
先程の自己紹介と、俺の真後ろで答えている内容から察するに、彼がお笑い部に入るのは時間の問題だろう。
できる事なら、郷土料理同好会でも作って、たこ焼きかお好み焼きを作ってくれ。
俺は週末のリベンジマッチに向けて集中したいんだ。
しかし、そんな儚い願いが叶うはずも無く彼……いや、彼らは放課後に部室へとやってきた。
「ここがお笑い部かいな。えらい寂れたとこやな」
俺と部長が練習していると、轟勇雄と彼を縦と横に引き伸ばして性格を気弱くしたような男子生徒が入ってきた。緑色のネクタイからして、一年生のようだ。
「勇兄ぃ、そんなこと言ったら、部員の人に失礼やろ……」
似たような顔と同じ関西弁を喋っている所から察するに、兄弟のようだ。
「あれ!? 君、確か前の席やんな? なんや、君もお笑い好きな——」
そう言いかけて、固まってしまった。
——かと思うと、部長の前まで歩み寄り馬鹿げた事を言い出した。
「お、お名前は何て言いますの!? ワイは轟勇雄いいますねん! こんな別嬪さん初めて見ましたわ! どうです? ワイとコンビ組みまへんか?」
「勇兄ぃ、僕はどうすんの……?」
完全に置いてけぼりの弟くんは、困惑した声で恐る恐る聞いていた。
「お前なら、そこの彼と組めばええ。ワイが鍛えたんや、上手くやれるわ」
弟くんの方を見ることなく、部長から目を離さずにそう言い放った。
「すまないが、彼と組んでいるんだ」
ほんの少し、声のトーンがいつもより低かった。
俺ですら、ちょっとムカついた。
それでも彼は食い下がる。
「こんな冴えへん男と組むより、ワイと組んだ方がええと思いますよ? 貴方とならええもん作れる気がします!」
自分が何を言っているのか、理解しているのだろうか?
しかし、部長は俺よりカチンときたようで先程より語気を強めてハッキリと言い放った。
「私は、その冴えない彼と漫才をしたいんだ。それに、私からしたら君より彼の方が魅力的だがな!」
部長が怒ってくれた事が嬉しくて、少しむず痒かった。
顔を真っ赤に染め上げた勇雄は、親の仇とばかりにこちらを睨んでいる。
やめてください、怖いです。
「僕たちは喧嘩しにきた訳やないんです。ただ、入部届を出して挨拶に来ただけですから。ほら、勇兄ぃも失礼なこと言うたんやさかい謝らんと」
そう言って、兄の頭を無理やり下げさせる。
どうやら、弟君の方がしっかりしているようだ。
「ぐぬぬ……」
ぐぬぬ、なんて言う人初めてみた。
漫画の中だけじゃないんかい。
「あの……」
「ん?」
「いつもどんな活動をしとるんですか?」
「今週の土曜に介護施設で漫才をやるんだが、それに向けて練習している」
「施設で漫才出来るんですか!?」
兄弟の喜びようは予想以上だった。
何でも、中学や転校する前は漫才部などは無く創部から始まって、何とか部員が集まったら部室で細々とお笑いライブをやるくらいしか出来なかったらしい。
「あ、でも、二人はまだ出来ない……かも……」
部長の声が段々小さくなっていく。
それに比例して、轟兄弟の顔も悲壮なものとなっていった。
「な、何ででっか!? ワイらはただ漫才をしたいだけなんに!」
「もしかして、実力が分からへんから入部を認められへんのですか?」
「いや、そうじゃなくて、先方には私たちしか部員がいないから一組分の時間しか取ってもらえてないんだ」
「てことは、その次からは出来るかも知れへんっちゅう事か!」
「可能性の話だが、一応そうだ」
「……どうする? 優介」
「……どうしよっか」
兄弟はコソコソと、部室の隅で作戦会議を開き始めた。
そして、話が纏まったのか優介君が一つ質問をしてきた。
「そのお二人の漫才、僕たちも見ることは可能ですか?」
「聞いてみない事には分からないが、多分大丈夫だと——」
「よっしゃ!」
「やったね、勇兄ぃ」
二人とも、喜ぶのが早すぎる。
「ほんなら、その時じっくりとお二人の漫才を見せて貰いましょか」
勇雄は俺にガンを飛ばしながらそう言った。
面白い、お前もろとも笑い転がせてやる。
「あ、それとこれは提案なんですけど、せっかく四人も居るんですからお互いのネタの感想を言い合ったりするのはどうですか?」
「阿呆! そんな事出来るわけ——」
「それは名案だな! 自分達だけでは分からない所もあるだろうし」
「——ですよね! ワイもそう思ってましたわ!」
「「「……」」」
それから、今度やるネタを披露して兄弟から意見などを貰ったりした。
勇雄からの意見が、俺のことばっかりだったのが気になるが。
しかし、夕方から雨が降ると言っていた天気予報が当たりそうになってきた為、少し早いが今日は解散する事となった。
荷物を纏めて帰ろうとした時、勇雄に呼び止められた。
「冬馬クン、ちと話があんねん」
部長と優介君には先に帰ってもらい、部室には俺たち二人だけが残った。
「それで話って何だ?」
「さっきのネタ考えたんは、君か?」
「そうだけど」
「あんなネタでプロになろうとしとんのか」
「どういう意味だよ」
少しイラッとして、語気を強めて言ってしまった。
落ち着け、俺……
「お笑いは暴力やろがい! 観客のほっぺた思いっきりぶん殴るくらいの漫才せんで、何がお笑いや!」
急に俺の襟を掴んできた。
つまり、面白くなかったということか。
「そういうお前はどうなんだよ。ぶん殴るようなネタ書けんのか!?」
「当たり前やろ! ワイは大阪で小さい頃から揉まれてきたんや! 美人な先輩
と芸人ごっこして満足しとる人間に分かるか!」
「……ごっこだと? ふざけんな! 俺だって本気で芸人になりてぇんだ! 俺の漫才を馬鹿にするんじゃねぇ!!」
とうとう我慢の限界だった。
俺と部長がやってきた漫才を馬鹿にされて、プツンと糸が切れてしまった。
「あんなネタでウケるんやったら、ワイらは何やってもウケるわ!」
「今度の漫才でウケたら、お前のお笑いを見る目は無かったってことだな!」
「お前は——」
今思うと、本当の意味でのきっかけはこの言葉だったのかもしれない。
「お前はお笑いの才能なんか無いわ! お前に部長は勿体無いわ!」
そう言って彼は部室を出て行った。
「そんな事っ——」
あいつの言葉が耳の奥で何度も流れる。
確かに、俺には部長は勿体無いのかもしれない。
無茶苦茶な事を言われたのに、何も言い返せなかった自分が恥ずかしい。
あの人は俺が馬鹿にされた時、本気で怒ってくれたじゃないか。
それなのに——
「そんな事、俺が一番分かってるさ……」
大粒の雨が部室の窓を叩きつける中、俺はただ呆然と立ち尽くすしか無かった。
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