第11話 リベンジマッチ……ファイッ!!
あれから数日が経ち、発表の日となった。
四人で施設に向かうと、笹塚さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい、君たちは初めましてだね。笹塚といいます、よろしくね」
「今日はお世話になります。ワイは轟勇雄いいます」
「僕は弟の優介です」
「早速だけど、二人は待合室で待っててくれるかな? 勇雄君と優介君は僕についてきて。案内するよ」
「「「「はい」」」」
兄弟と別れ、俺たちはあの待合室へ向かった。
あそこには良い思い出がない。
今でも泣いていた部長が時折フラッシュバックする。今日は、笑って帰ろう。
「二人とも、時間だよ」
十分ほどすると、笹塚さんがドアを開けて呼びにきてくれた。
「「はい!」」
もう、以前の俺たちはいなかった。
いるのは、自信に満ち溢れたお笑い芸人志望の高校生が二人。
「さあ、行きましょう」
「あぁ!」
舞台に上がると、俺と先輩は一瞬固まってしまった。
以前は数人しか観客がいなかったが、今俺たちの目の前には二十人以上の入居者の方々が座っていた。
しかも、入居者だけで二、三十人。施設の職員も合わせると四十人ほどが俺たちの漫才を聴きに来てくれた。
後ろの方には優介君たちが座っており、勇雄に至っては腕を組んでこちらを値踏みしているような目線を送っていた。
客席からは、以前とは比べ物にならない程の拍手が俺たちに浴びせられた。
ならば、その期待に応えようではないか。
部長の方を見ると——笑っていた。あの時のように震えておらず、目はキラキラしていた。
俺はこの瞬間、今日の成功を確信した。
冬「どうもー! みたらし団子の稲荷冬馬と」
夏「八百坂夏音です! よろしくお願いしまーす。あぁ、どうもどうも! 沢山
の拍手をありがとうございます!」
冬「今回、二回目になりますけど、どうですか?」
夏「この前は見窄らしい姿をお見せしたからな、ばっちし準備してきたぞ!」
冬「おお! これは皆さんも期待しちゃいますね!」
夏「それでこの場を借りて、一つ聞いてもらいたい事があるんだ」
冬「そうだったんですかっ!?」
夏「まだ何も言ってないぞ!? 最後まで、聞いてくれ。実は……おばあちゃんが今度施設に入る事になってな」
冬「ほぉほぉ」
夏「どうしても施設に入りたくないって言うんだよ」
冬「そういう方も居るってよく聞きますからね」
夏「でも、うちでお婆ちゃんを介護する余裕はないから施設に入ってくれないかな? って説得したんだ」
冬「確かに、お婆ちゃんを介護しつつ自分たちの生活も〜ってのは難しいですからね」
夏「そしたら、施設に入るくらいなら私はここで腹を切る! って言い出したんだ」
冬「えぇ!? 切腹ってやつですか? この令和の時代に!?」
夏「そうそう。それで、辞世の句を詠ませろって言うんでそこら辺にあった落書き帳と油性マジックを渡したんだよ」
冬「もっとマシな物あげたげて!? 最後の句を自由帳にキュッキュキュッキュ鳴らして書いてるわけでしょ? そんなの可哀想ですよ!」
夏「それで、書いた! って言ったんで詠んでみたんだ」
冬「なんて書いてあったんですか?」
夏「——おじいさん 今からそちらへ参ります みっちゃんチヨちゃん 待っててね——」
冬「なんて感動的な……」
夏「それ持って、お爺ちゃんがいる施設にウキウキして行ったんだが——」
冬「お爺ちゃん、生きてたの!? あれだけ嫌がっていたのに、ウキウキで行っちゃったよ……」
夏「そしたらみちよさんとチヨさんと同じ部屋にしてくれてな——」
冬「お二人も生きてらしたんだ!? いや、良いことですけどね!?」
夏「今でもお爺ちゃんとお婆ちゃんに会いに行くと、イチャイチャしてるんだよ」
冬「何年経ってもオシドリ夫婦ってやつですね……もしかして、お婆さんが行きたがらなかったのって……」
夏「知り合いみんなに、ラブラブな所を見られたく無かったかららしい」
冬「幾つになっても少女のようですね」
夏「そんなお婆ちゃんから、昨日連絡があってな」
冬「どうしました?」
夏「今度来るときに、柔らかいお菓子を何種類かと二リットルのコーラを買って来てくれと」
冬「お菓子にコーラ? 職員の人にでもプレゼントするんですかね?」
夏「いや、さっきのお二人と女子会やるからその時に食べるんだ! コーラがねぇとやってらんねぇ!って言っててな」
冬「まさかのシルバー女子会!? ファンキーなお婆さんですね!」
夏「それに、今はみんなでお菓子作りをしているらしいんだが、お爺ちゃんが婆さんから一個も貰ってないって落ち込んでるんだ」
冬「自分で食べちゃった、とか?」
夏「それが……そこの若くてイケメンな職員さんに全部あげちゃってたらしくて」
冬「お爺さあぁぁん! 奥様が若い男に貢いでますよおおぉぉ!」
夏「私もね、お婆ちゃんみたいにいつまでもお茶目で若々しい人間になりたいな」
冬「まぁ確かに人間、いつまでも心は少年少女のまま生きていたいですからね」
夏「まだまだ若造のわたしたちですが」
冬「何卒何卒、宜しくお願い致します」
——決まった!
お辞儀をした俺は、顔がニヤけるのを我慢するので精一杯だった。
隣にいる部長は、最後まで堂々としてハキハキと喋れていた。
この前の彼女を見た者は、あまりの変化に驚くに違いない。
俺もあれから色々と努力したつもりだが、部長の方が何倍も努力していた。
叔母さんに言われたアドバイスを参考に、学校から帰って寝るまで何回も練習していたらしい。
改めて、部長のお笑いに対する情熱は相当なものだと感心する。
俺がツッコむたびに客席からは笑い声が飛び交い、勇雄たち以外の全員が笑ってくれた。
これを成功と呼ばずに何というか。
ステージを降りて待合室に入ると、部長がへたり込んで泣き出してしまった。
「良かっ゛たっ……最後まで ヒグッ い、言えた……」
「——よく頑張りましたね」
彼女の背中に触れると、震えていた。
いくら噛まずに失敗しなかったとはいえ、緊張はしていたのだ。
それを表に出さないようにしていただけで。
この人の頑張る姿には、いつも勇気をもらう。
勇雄たちは既に帰ってしまったらしく居なかった。
二人とも、最初っからクスリともせずに、ずっと真顔だったからな……
面白すぎて、家で泣いてるのかもな。あれだけ啖呵を切ったのに、ウケたんだ。
俺なら、恥ずかしくて途中で帰る。
「帰りに祝勝会でもやらないか?」
目を腫らせた部長が、スキップしながら提案してきた。
「どこでやるんですか?」
「ファミレスでいいだろう。私たちはまだ学生だし、お金も無いからな」
そういう訳で、俺たちは盛大に祝勝会をして帰った。
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