第12話 スランプ的な何か
あのリベンジから二週間が経った。
笹塚さんから、轟君たちも漫才をしてくれないかな? と連絡があり毎月二回、交互に漫才をすることになった。
勇雄が「公平を期すために、今度やるネタは見せん。意見交換はその後からや!」と言ってきて、部長がそれを受け入れた。
その間に、俺たちは次の出番に向けてネタを作っていた。毎日毎日考えているが、どうもピンと来るものがない。
そうしている間に、轟兄弟が漫才を披露する日になってしまった。
俺と部長も見に行くが、二人は初めてだというのに気負うこともなく、入部してきた時同様にギラギラした目をしていた。
客を全員、笑わせてやる! という雰囲気が兄弟揃って醸し出ていた。
「それでは、ご紹介します。轟兄弟のお二人です!」
二人が入り口から、入ってくる。
しかし、優介君は止まることなくマイクの前を素通りしていく。
勇「ちょっと待たんかい! お前、どこまで行くねん!!」
優「あ、マイクそこか。ゴメンゴメン……」
勇「メガネ外したのび太かっ!」
優「緊張しすぎてな……堪忍や」
勇「はよ戻ってこい——って、戻りすぎやっ! そのまま帰ってどないすんねん!」
優「今日もキレッキレやな。これならオモロい漫才出来そうやわ」
勇「ホンマに頼むで」
優「任せとき! そんなキレッキレの兄ちゃんに相談があって……」
勇「何や!? 恋かっ? 恋なんか!?」
優「何で兄ちゃんが嬉しそうなん……。ちゃうよ。趣味や、趣味。僕さ、趣味と呼べるものが無いねん。兄ちゃんはお菓子作りが趣味やんか? ——そうなんですよ、こんな面してますけど、やってることは乙女なんですよ」
勇「やかましいわ! でもお前、趣味あるやん」
優「何かあったっけ?」
勇「食べること」
優「……確かに。食べることも才能やもんね!」
勇「せやで。普通、食べるのが好きやー言うても、そんな体になるまで食べられへんわ。お前の一日の流れ、言うてみ?」
優「まず朝起きて、ベッドの横に置いてたオニギリを食べるやろ?」
勇「はい、そこぉ! お前以外、ベッドの横におにぎりなんか置かんわ!」
優「まぁまぁ。それから朝ごはん食べて、学校行って——」
勇「おにぎり食って、まだ入るのがビックリやわ」
優「二限目くらいになったらお腹空くから、机の中に隠してあるカロリーメイトを食べて——」
勇「何でそんな腹減るねん! ってか、机の中に食いもん隠すなっ!」
優「それから、昼食の弁当を食べます」
勇「その弁当箱は、どのくらいの大きさなんや」
優「弁当……箱? 弁当はお重って決まっとるやん? 世界共通やで?」
勇「……あえてツッコまんといたるわ。それで?」
優「部活の前に残りのおにぎり食べて、夕飯前に冷凍庫に入っとるお好み焼きを食べて、夜食にわかめの茎食べるねん」
勇「犯人は、お前やったんか!? 毎回毎回、ワイの楽しみに買っておいたお好み焼きが消えるなぁ思うとったら!」
優「あっ……今のはやっぱりナシや」
勇「ナシに出来るか! 何か他にも、ツッコまんとあかん事があった気がしたんやが……何やったっけ?」
優「知らんよ。だいぶ脱線したけど、僕は食べる以外で、趣味が欲しいんや」
勇「とは言ってもなぁ……運動は?」
優「キツイから嫌や」
勇「ほなら、裁縫とかどうなん? 編み物だったり、小物を作ったり」
優「手先が器用やないの、兄ちゃん知っとるやん」
勇「そうやったな。なら、映画なんてどうや!?」
優「映画ぁ? あんなん、ポップコーン食べるついでに見るもんやん」
勇「さっきから、ああ言えばこう言う! なら、何ならええんや!?」
優「やっぱり、食べる事かなぁ?」
勇「ほんなら、自分で作って自分で食べい!」
優「それ、出来上がる前に食べてまうやん」
勇「だから、一向に痩せへんのや!」
優「やっぱり、兄ちゃんが作ったデザートを食べるのを趣味にするわ」
勇「今と変わらんやんけ! どうも、ありがとう御座いました!」
優「御座いましたー」
漫才を終えた二人は、万雷の拍手を浴びながらフロアを出ていった。
俺の顔と腹は痙攣を起こす寸前だった。
まず、漫才が始まった時点で笑ってしまった。
あの綺麗な掴みで、俺は一気に二人の世界観に入り込んだ。
隣の部長は終始ゲラゲラ笑っていたし、他の観客も笑っていた。
しかし、冷静になっていくにつれて、二人の漫才との差に悔しさが大きくなっていく。
確かに、これだけ面白いネタを書けるなら、俺の漫才を否定したくもなる。
そんな事を考え始めると、今までの言動を思い出し、どんどん負の思考に陥っていく。
あの時、もっと面白いネタを考えていたら……
あの時、彼女を信頼して芸人として成功できると即答してたら……
あの時、妥協せずもっと練習していたら……
自分の能力の低さと、勇雄たち兄弟との実力の差に愕然とする。
俺がもっと面白いネタを書けたら、こんな事を悩まずに済むのに。
「大丈夫か?」
部長は俺の顔を心配そうに覗き込んだ。
「え? あぁ、大丈夫です」
いや、本当は大丈夫ではない。
今、俺の頭の中は、次のネタを早く書かないと……という事や、兄弟よりも面白いものを書かなくては……ってことで頭が一杯だった。
もう二度と、部長を泣かせるようなネタは作らないと決めていた。
しかし、果たして俺に、そんな面白いネタが書けるのだろうか?
「お前はお笑いの才能なんか無いわ!」
以前、勇雄に言われた言葉が脳裏をよぎる。
「どうやった? ワイらの漫才」
帰る時、ニヤニヤと笑みを浮かべた勇雄が聞いてきた。
「あぁ、面白かったよ」
「せやろ。クックック……あまりに面白すぎて、嫉妬したんやろ」
「……あぁ」
俺の返事が予想外だったのか、勇雄は一瞬固まって目をパチクリさせた。
部長も優介君も、勇雄同様に驚いていた。
「な、何や? 変なもんでも食うたんか?」
「朝から何も食ってねぇよ」
自分でも、今は攻撃的になっている事くらい分かっている。
だが、悔しさと焦りと色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合い、どうしようも無かった。
「ちょっと一人になりたいんで、先帰ります。すみません」
家に帰っても、この感情がどういうモノなのか分からずに苦しかった。
「こんな事してても、何も変わらないんだよなぁ……」
俺は起き上がり、机に向かった。
ネタ帳を広げ、ペンを持ち————
(この後、どうするんだっけ?)
指が動かず、何をどう書けば良いのか分からない。
いや、ネタを書かなくちゃいけないのは分かる。
分かるのだが、どうやって書くのかが分からないのだ。
ネタってどうやって書くんだ?
面白いネタって何だ?
そもそも、面白いって何なんだ……?
昨日まで答えられていた事が、何一つ分からなくなっていた。
「違う、これじゃ面白くない」
「これもダメ……」
「こんなの、誰も笑ってくれないに決まってるだろ」
「……ボツ」
「これも」
「これも!」
「これもっ!!」
この日、俺は野球でいうイップスのようなものに陥った——
兄弟の漫才を見てからというもの、部室に行っても雰囲気が悪くなるだけだった。
「何かあったのか?」
「僕たちの漫才見てから、ずっと元気ないやないですか」
二人とも、俺を心配してくれているのは素直に嬉しかった。
「いや、何もないですよ。ハハッ」
作り笑いをするので精一杯だった。
「……」
「どうしたん?」
「……何でもあらへん」
勇雄は、こんな情けない俺を見てイライラしているようだ。
家に帰り、足の踏み場もない自室に入る。
机にネタ帳を広げ、ペンを持つ。
「っ——」
しかし、いつもここで止まってしまう。
ネタ帳はずっと白紙だった。
破れた跡があるだけで、何一つ書けてはいなかった。
(——クソッ!)
こんな所で足踏みしてる場合じゃないのに……
苦しかった。
部長は毎日練習して頑張っているのに、俺は……何一つ進んでいない。
ずっと部長の陰に隠れて、努力したつもりになっていただけだった。
今の現状が、なんとも惨めで情けなかった。
こんな姿は誰にも、特に部長には見せたくない。
「書かないと……何か一つでも良いから…………書かないと」
だが、そう思えば思うほど、底なし沼にハマっていく。
床に転がっているネタを書き変えたら——
そう思って幾つか拾い、広げてみるがやっぱりダメだった。
そもそも、自分がボツにしたものに手を出してる時点で終わってる。
……ダメだ。
白紙のまま一週間が経ったが、何一つ進展はなかった。
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