第13話  急な飯テロ注意!

 スランプになって十日目の夜、部長から連絡があった。


「もしもし」


「今、大丈夫か?」


「はい」


「何があったんだ?」


 部長の声は、俺に何か問題が起きたと確信しているようだった。

 悩んだが、一人で溜め込んでも仕方がない。


「実は……ネタが書けなくなったんです」


「スランプか?」


「みたいなものだと思います」


「そうか……。そういう時は息抜きが大事だ!」


「息抜き?」


「そうだ。明日どこか遊びに行こう!」


「二人で、ですか?」


「他に誰がいるんだ。丁度、行きたい所があったんだ! 付き合ってくれ!」


 部長が、どんどん予定を決めていく。


「いつもの駅に十時集合だ! ちゃんと来るんだぞ!」


 そう言って、電話が切れた。


 これって、デート……になるのか?

 いや、でも俺に必要だったのは、彼女のいう通り息抜きなのかもしれない。


 当日の朝、朝食を食べるとクローゼットのいちばん手前のTシャツを着て、集合場所へ向かった。


 電車の中でも、ずっとネタのことを考えていた。

 しかし、やはり何も思いつかず到着してしまった。


 待ち合わせ場所に行くと、美女がこちらを見て手を振っている。

 誰だ? あんな綺麗な人は、知り合いにいないぞ?


 近づいていくと、その人が部長だと分かった。


「ちゃんと来たな! では、行くか!」


 うん、間違いない。彼女だ。

 お盆の時以来、制服姿しか見た事がないから、完全私服の部長が誰だか分からなかった。


 髪を巻き、うっすらだがメイクをして、白のワンピースに黒のアウターを羽織っている。


 そして、少し高めのハイヒールを履いているからか高校生にしては大人びて見えた。


 服装だけ見ればあまりにもシンプルだが、彼女の美しさはそんなコーデでもおかしく無かった。


 むしろ、他のものは蛇足とさえ思ってしまう。

 それくらい、美しく大人びて見えた。


「まずイヤリングを見に行きたいんだが、いいか?」


「あっ、はい。大丈夫です」


 部長はアクセサリー店に吸い寄せられるように入って行った。そして俺は彼女の後ろをついて行く。


 女性には無縁な人生を送ってきた俺にとっては、あまりにも場違い感が凄かった。


「これとこれ、どっちが良いと思う?」


 ここに来て、人類の男どもが古代から頭を悩ませてきた究極の質問を投げかけられた。


 俺の頭はまだ寝起きモードなんだぞ? そんなの分かる訳ないじゃないか……


 右は雫型の赤いイヤリング。左は水色の蝶の形をしたイヤリング。

 うーん……


「え、えっとぉ……右?」


「なぜ疑問形なんだ。でも、私も右が良いと思ってたんだ。君が言うんだから間違いないな!」


 右だと思ってたんなら、聞かなくても良いだろ……。俺の寿命がちょっと縮んだぞ。


 他にも、ネックレスやら髪留めなどを見て回る。

 一つ三百円のものから数千円の物まで。


 その中から部長はイヤリングと、ワインレッドのカチューシャ、金魚の模様が入った髪留めを買った。

 つけた部長を想像したが、全てしっくりくる。


 部長の買い物に付き合って分かったんだが、女性の買い物ってものすっごく歩く。


 あっちのが良いな……いや、でもさっきのも良かったな……

 そう言って店内をウロウロしては、同じ質問をしてくるのだ。


 何なら、さっき行った店を往復しどっちが良いかを悩む。


「いやぁ、買った買った。そろそろお腹空いてないか?」


 少しでも座って休めるなら、どこでも良い。


「めちゃくちゃ空きました!! どこか入りましょう!」


「そ、そうか。何が食べたい?」


 俺は視界に入った中で、一番客が少なそうなタイ料理店を指差した。


「あそこです! 俺、パクチー食べたいです!」


 部長、すみません……俺、本当はパクチー嫌いです。


「分かった。では行こう。——はい、二名で。はい」


 やった。やっと座れる……

 少し泣きそうだった。


 席につき、メニューを見るが料理名だけが書かれており、写真はない為ガパオライスとカオマンガイ、パッタイ以外、何一つ分からない。


 何だよ、ガイヤーンって。


 他にも、ヤムウンセンだとか、ソムタムとか、ノム・カイ・ノッククタラーって書いてあるが、俺からしたら呪文にしか見えない。


「決まったか?」


「いえ。部長は決まりましたか?」


「……」


「どうかしました?」


「今日くらい、部長っていうの止めないか?」


「でも、部長って言い慣れてますし」


「そうか。なら部長権限で、今日一日、私のことは夏音と呼ぶように!」


 えぇ!?

 それじゃ、まるで恋人みたいじゃないですか。


「ほら、呼んでみろ」


「か、か——夏音……さん」


「夏音!」


「か、夏音……」


「うむ!」


 彼女はご機嫌になり、ご満悦なようだ」


「それで、どれにするんだ?」


「無難にガパオライスにしようかな、と。ぶちょ——夏音は?」


「私は、カオマンガイとガイ・ヤーン、カノムモーケンにする!」


 よくそんな得体の知れないモノを頼めるな……

 注文し終えると、彼女が聞き辛そうに口を開いた。


「冬馬は、その……書けなくなった理由に心当たりはあるのか?」


 まぁ気になるよな。

 ただ、思い当たる原因は幾つかある。


「一つは、勇雄たちとの実力差ですかね」


「この前のあれは、確かに面白かったからな」


「俺はどうしてもネタの内容ばかり考えてしまって……。その前の掴みの部分とか俺たちより面白かったです」


 俺たちも掴みをやっていない訳では無い。

 ただアイツらの方が、観客の心をより掴めていたというだけだ。


「しかも、優介くんの体型をネタにする辺りが上手かった」


「ですね。俺たちの場合、夏音は可愛くてキャラが濃いですけど俺が普通すぎるんで、ネタにできないんです」


 今からハリウッドスターみたいに人体改造でもするか?

 いや、間に合わない。仮に間に合ったとしても、ムキムキの俺とかキモすぎる。


「かっ、可愛っ——!? キャラが濃いのは分かるが……。私はそんなに可愛くないと思うぞ?」


 この人は何を言っているのだろうか?


「夏音が可愛くなかったら、ほとんどの女性は可愛くないって事になりますけど……」


 彼女は頬を真っ赤に染めて、俯いてしまった。


「そ、そんな真正面から言わなくても……」


 彼女のいつもとは違う一面を目の当たりにして、不覚にもキュンッとしてしまった。


「だ、だが、原因はそれだけでは無さそうだが?」


 もう一つの方は、まだ俺自身、整理出来ていない。


「他のは、まだ……言えないです。すみません」


「分かった。その代わり、私に言えるようになったら教えてくれ。もう、私たちは唯の先輩、後輩ではないんだ。みたらし団子というコンビ——一心同体だ。君の悩みは私の悩みでもあるんだから」


「……はい」


「さっ、湿っぽい話は終わりだ! 食べ終わったら、カラオケに行くぞ! 一度も行った事がないから気になっていたんだ」


 俺も、部長の切り替えの早さは見習いたい。

 抜けてる所もあるけど、頼りになる。


「オマタセシマシター」


 料理が運ばれてきたが、量がおかしかった。


「あのぉ、僕たちは普通盛りで頼みました、よね?」


「ハイ。フツウモリ、デース」


 マジか……


 ガパオライスって、もっとこう——OLさんとかが食べるから少なめのイメージがあったんだが。


 俺の目の前に置かれたガパオライスは、違った。


 カレーを入れる皿に、ギッチギチに盛られていた。


 俺は、フードファイターじゃないんだが……


 夏音の方も同じだった。


 皿の縁から溢れそうなほど山盛りのタイ米の上に、極厚の鶏肉がこれでもか! って程盛られている。


 そして、ガイ・ヤーンと呼ばれたデカい焼き鳥が六本もあった。


 厨房の方を見ると、店主らしき小太りの男性がグッと親指を立ていた。

 ニカッじゃねぇんだよ!


 こんなに食べられる訳ねぇだろ!


 俺が目の前のガパオライスに、怖気付いている間に夏音はどんどん胃袋の中に入れていく。


 ガツガツ食べている訳ではないにも関わらず、料理はみるみる減っていった。


(凄ぇ……)


 俺は彼女に負けじと、無心になってガパオライスを食べ続けた。


「——もう、無理……ウプッ」


 大食いの人たちも、終盤はこんな気持ちなのかな。


「ご馳走様でした!」


 彼女の方はというと、あんだけあった料理たちをペロッと食べ干していた。


「すみませーん。デザートの方をお願いします」


 そういえば、あと一個頼んでいたな。

 確か、カイモノモーイケンって名前みたいなヤツだったはず。


「カノムモーケンだな」


 それそれ。

 出てきたのは、焼きプリンみたいなものだった。


「んっ!? 美味しい!」


「どんな味なんですか?」


「そこまで甘くないが、ほんのりココナッツの風味があるから食べやすい! 一口食べてみろ!」


 それって……間接キスになるんじゃ……

 しかし、食べないと失礼だし……


 えぇい、ままよ!


 俺はパクリとカイノムを食べた。


 う、美味いっ——!? 何だこれ!?

 プリンやアイスみたいに、くどい甘さではなくふんわりと優しい甘味が口の中に広がっていく。


 シルクのハンカチに優しく触れたような、あの優しさ!

 それでいて、他の素材を殺さない、いや寧ろ相乗効果だ。

 甘味と風味が手をつないでスキップしているっ!!


 ——急に変な食レポみたいになったな。いかんいかん。


 カイノミバーゲンを食べ終え、二つ上の階にあるカラオケへ向かった。


 結論から言うと、彼女はドがつくほどの音痴だった。

 採点を入れてみると、三十二点を叩き出した。

 三十点代とか、初めて見た……

 

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