第14話 デートも終わりか……
それから気を取り直しゲームセンターへやってきた。
「よしっ、これをやるぞ!」
夏音が指差したのは、パンチングマシーンだった。
これ、俺が圧倒的に不利だろ……
ゴリラと人間では、勝負にならない。
「良いですけど……」
「まずは冬馬からだ!」
こういうシチュエーションでは、カッコいい所を見せたくなるのが男ってものだ。
俺はグローブをキツく締め、的に全体重を乗せた渾身のパンチを叩き込んだ。
画面の中の銀行強盗が吹っ飛びソファを倒しながら……そこで終わった。
あれ? 後ろの窓を突き破って行くんじゃないの?
——あなたのパンチ力は……83! ——
画面にはスコアが映し出された。
これ、高いのか?
「あと二回あるぞ!」
そうだった。
今のはたまたま、当たり所が悪かっただけ。うん、そうだ。
二回目——101!
三回目——96!
マジで?
俺ってもやし野郎だったのか……
何気にショックだった。
「ま、まぁ……うん」
あ、今、同情したな?
俺がひ弱な男だって現実に、かける言葉を見つけられなかったな!?
「私も同じくらいだろうし、気にするな」
俺からしたら、テストの直前に勉強してなかったわ〜とか、持久走で一緒に走ろうぜって言ってる奴と同じ位、説得力はなかった。
「行くぞ……フンッ!」
あ、あれ? あれれ?
おかしいな……銀行強盗どころか銀行自体ぶっ壊れてんだが……?
——あなたのパンチ力は……155!
………………は?
中々眠れなくて、幻覚でも見てんのかな?
頬をつねっても、目をゴシゴシ擦っても、画面の数字は変わらない。
「よしっ! 二回目だな! ……ハッ!」
さっきより、吹き飛んでないか?
——あなたのパンチ力は……163!
ウッソだろ……マジで?
ハイヒール履いて、動きにくい格好しているはずなのに回数を重ねるにつれて数値が上がっていく。
三回目なんて179とか出てるぞ。
美少女がおかしな数字を叩き出している様子が目に留まったのか、俺たちの周りには人だかりができていた。
「冬馬! 見てくれ! ランキング二位に入ったぞ!」
ゴリラとは思っていたが、まさかここまでとは……
入部する時、逃げなくて良かった。
腕が握りつぶされる所だった……
「ハハッ……」
これから彼女には逆らわないようにしないと。
俺はこっそり心に誓った。
因みに、野次馬の会話から聞こえてきたんだが、一位はプロの格闘家らしい。
それもボクサー。
得点も大差ないじゃないか。
怖っ!
野次馬の中には、眼帯をつけて出っ歯な丸坊主のおっさんが「逸材を見つけたぞ……」とブツブツ言っている。
「他の行きましょう!」
俺は彼女の手を握って、人混みの中を突っ切っていった。
危ない危ない。
もう少しで、未来のチャンピオンを生むところだった。
「あっ……」
「どうしました?」
彼女の視線はあるクレーンゲームで止まっていた。
「可愛い……」
ケース内には疲れ切った顔の熊がスーツを着ているぬいぐるみが、取れるか取れないかギリギリのところに置いてあった。
か、可愛い……か?
どう見てもキモいんだが。
「これをやろう!」
マジか……
クレーンゲームってプロでもない限り、金を溶かす機械だと思うんだが。
しかし、やるといったら聞かないからなぁ……
「これで取れたら、百円で買った事と同じだからな!」
世の中、そんな甘くないと思いますが……
「——いける! 落とすな……落とすなよ? ——あっ!」
案の定、クレーンのアームがユルユルで一番上まで持ち上がった瞬間、ぬいぐるみは真下に落下した。
「まぁ、私も一回で取れるとは思ってなかったさ! もう一回だ!」
俺は今、ギャンブル中毒者でも見ているような気分だった。
百円、二百円と投入口に入れる度に、彼女の顔から笑顔が消えていった。
「もう……ここまで来たら、引き返せない……取らないと……」
因みに、これで二十七回目だ。
そういえば、さっきアクセサリー店で三千円のネックレスを諦めていたような……
いや、それを言ったら間違いなく膝から崩れ落ちるに違いない。止めておこう。
「あと一センチなんだ。そうすれば、熊リーマンが……」
これ、そんな名前だったんだ……
ていうか、もう見てられない。
「俺に一回やらせて下さい。取れなかったら、諦めましょう」
「……そうだな。引き際も大切だって言うし」
実は俺、クレーンゲームは初めてだった。
はっきり言って、こういうのは取れないように出来ているものだ。
だから、俺も先輩も、そして先程から此方をチラチラ見てくる店員さんも、全員期待なんてしてなかった。
「……あっ、取れた」
「ええええええぇぇぇぇぇ!?」
神様の悪戯なのか、ご褒美なのか、ぬいぐるみは獲得口に転がり落ちていった。
ぬいぐるみを取り出した彼女は、満面の笑みでおっさん熊を抱きしめた。
「ありがとう! 冬馬!」
(あぁ、今日来て良かった……)
彼女の笑顔は、あまりにも眩しく可愛かった。
時計を見ると、五時半。そろそろ帰る時間か。
楽しい時間はあっという間だな。
「もうこんな時間か。よし、最後にプリクラを撮るぞ!」
実はプリクラなんて生まれてこの方、撮った事はない。
友達がいないんだから当たり前なのだが。
お金を投入し、入り口のディスプレイで人数やフレームの柄を選択する。
俺は夏っぽいスイカ柄、夏音は水色の単色柄。
俺たちがポチポチしていると、隣の機械に並んでいた女子高生たちの声が聞こえてきた。
「ねぇ見て……凄い綺麗……」
「分かる。あんな綺麗なら、プリとか使わなくても盛れるっしょ」
俺もそう思う。
何なら、ノーマルカメラで自撮りしても可愛いだろうな、と思う。
さっきのパンチングマシーンさえ見なければ……
中に入り、いよいよ撮影だ。
「ほら、ポーズ決めるぞ!」
「は、はい」
最初は指でハートを作り、次は虫歯ポーズ、ガオガオポーズ——
何だよ、虫歯ポーズって……
プリ撮ってないで、歯医者行った方がいいだろ!
夏音は友達と撮り慣れているらしく、モデルのように次のポーズに移るまでがスムーズだった。
初プリクラの俺は、彼女のポーズを見よう見真似でやってみるが、やはりぎこちない。
撮り終えたら、隣の落書きベースへ移動した。
大音量でK~POPアイドルの可愛い歌が流れてくる。
あまりにも音量が大きすぎて、クラクラする。
ペンを握り、早速落書きをするんだが……何を描けばいいのか分からない。
「好きなように描けばいいんだ」
そうは言ってもだ。
リップやチーク、目の大きさや輪郭の大小など、項目が多すぎて混乱するのだ。
とりあえず一つずつ試してみる。
おぉ……一昔前のプリクラみたいに目がデカすぎる化け物が生まれると思っていたが違った。
自然なのだ。
誰が見ても違和感のない範囲で、最大限可愛くなっている。
ここまで来ると、魔法の箱だろ。
写真の中だけとはいえ、自分の理想形が形に残るんだから、五百円払ってでも行くよな。
落書きに夢中になっていると「落書きタイムがもう少しで終わっちゃうよ!」と警告してきた。
「まだ全部終わってないのに!?」
世のJKたちは、こんな短時間で書いているのか。凄いな……
「大丈夫だ。これが終わったら……フフッ、サービスタイムだから」
「サービスタイム?」
俺が聞くのと同時に、スピーカーから「サービスタイム、スタートォ!」と可愛い声が流れてきた。
(な、何故、最初っから長めにしてないんだ……)
だが、もう少し描けるのはありがたい。
残り時間——が存在するのか不明だが——全てを使って、俺自身を美少年に改造した。
外で出てきた写真を半分に折り、財布の中に入れる。
……やっぱりこれ、デートでは?
駅の改札の前まで来ると、もう少しだけこの幸せな時間が続けば良いな、と思ってしまう。
「今日は、楽しかったぞ。ありがとう!」
彼女の顔は、夕日に照らされ真っ赤だった。
「俺も、楽しかったです」
俺の顔、誤魔化せてるかな?
「また明日。待ってるぞ、冬馬」
別れ際の、彼女の笑顔に不覚にもドキッとしてしまった。
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