第4話 緊張しちゃうんだもん!
……——ピンポンパンポーン——……
「生徒の呼び出しです。八百坂夏音さん、至急、生徒会室に来てください。繰り返します——」
何故、部長が?
「この部のことに決まっている。君も来い」
そう言って部長は、俺の手を引っ張ってズンズンと生徒会室へ向かった。
(手、柔らけぇ……)
なんて変態的なことを考えていると、いつの間にか生徒会室の前まで来てしまった。
部長は気負う様子もなく、ガチャっと扉を開けた。
「おや? 僕は君しか呼んだ記憶はないんだけど」
「彼は、副部長だ!」
彼女以外のこの場にいる全員が、一斉にこちらを向いた。
生徒会長は俺を見るなり、明らかに同情していた。
「あなたねぇ……いくら部員が一人だからって、ここに来る途中で見ず知らずの生徒を捕まえるのは感心しないわ」
会長の隣に立っていた、副生徒会長らしき女子生徒がメガネをクイッと上げながら言い放つ。
他にも生徒会の人たちが、やいのやいのと部長を責め立てる。
「別に彼は拾った訳ではない。正式に私の方からお願いしたのだ」
「そうか。なら、君も関係のある話だ。八百坂さん、この学校における部活動のルールを言ってくれる?」
「——いかなる部活動も認める代わりに、目に見える活動を行い生徒会に活動内容を報告すること」
「そう。ところで、君達お笑い部はどんな活動をしていたんだい? 報告書も何も来ていないけど」
この学校には幾つか特殊なルールが存在する。
そのうちの一つが、先輩の言った部活動のルール。
どんなにおかしな部を作っても良い代わりに、定期的に活動報告書を提出しなくてはならない。
つまり——何やっても良いけど、どんな事してるのか教えろよ? と言う事だ。
「それは……その……」
「今まで何してたの?」
部長にとっては、一番聞かれたくない事のようだ。
「まぁ、僕も鬼じゃない。こちらの条件を飲むんだったら、部の存続を認める」
非常に嫌な予感が……
「実は、ここの卒業生の方が介護施設で働いているらしくてね——」
介護施設? それと俺たちが何の——
あ、会長が次に言う事、分かっちゃったかも……
「そこの副部長君は察しがいいね。君たちには、そこでお笑いをやってもらう。やるか、廃部か。どうする?」
「やるに決まっているだろう!」
えええええええぇぇぇぇぇぇ!?
ネタ考えるの、俺なんですけどぉ!?
何、即決しちゃってんの……
「そう言うと思ったよ。詳細はこの紙に書いてあるから、よろしくね」
生徒会長のキラキラした笑顔の前では、何一つ言い返せなかった。
部室に帰り、会長から貰ったプリントを読んでみる。
・六月十三日(土)の十四時に老人ホーム寿寿寿(じゅじゅじゅ)へ行き、漫才をすること。
「ひ、人前で、漫才をするのか」
「観客のいない漫才がどこにあるんですか」
「そうは言っても……」
幸い、本番まで一ヶ月以上ある。
それまでに、先輩の弱点を出来るだけ克服させなくては。
……——最終下校時間となりました。生徒は、速やかに帰宅して下さい——……
「今日の所はこのくらいにして、明日から本格的に考えましょう」
「そうだな!」
下駄箱で別れ、そのまま帰宅した。
家に帰り宿題をしていると、父さんが帰ってきた。
それから暫くして「ご飯よー。降りてきなさい」と、下から母さんの呼ぶ声が聞こえてくる。
「……」
「……」
父さんと話さないようになったのは、いつからだろうか。
家族三人で食べても、殆ど母さんが話を振る。
俺と父さんの間で会話が起こる事は、ほぼ無いと言っていい。
「今日はどうだったの?」
「いつも通りだ」
「そう……」
何で家族なのに、こんなに会話がブツブツと途切れるのだろうか。
普通、もう少し和気藹々としているんじゃないの? これが普通?
父さんがテレビの電源をつけて、チャンネルを切り替えていく。
「チッ、どこに変えても芸人ばっかり……。何が面白いんだか」
父さんは明らかに不機嫌になり、結局テレビの電源を切ってしまう。
そして、ムシャムシャとエビフライに齧り付き、俺と母さんは何も話せなくなった。
父さんがお笑いに対して、嫌悪感を抱くようになった理由は分かっている。
昔はそうではなかったのだ。
嫌いではなかった。いや、むしろ好きだったと思う。
しかし、今は頭でっかちで自分が正しいと思い込む面倒臭いおっさんになってしまった。
俺は父さんの態度にイライラして、一秒でも同じ空間に居たくなかった。
「ご馳走様」
俺は、食器を片付けそそくさと部屋に戻った。
あんな気まずい空間に、いつまでも居られるか。
それよりも、俺にはネタを作るという仕事があるんだ。
こればっかりは、父さんに見つからないようにしなければ……
机の引き出しを漁り新品のノートを取り出すと、思いつく限りネタを書いていく。
日常での出来事、学校行事、最近話題の時事問題、などなど——
書いては消し、書いては消しを繰り返し、どんどんページを埋めていく。
五つ目のネタを書いている途中、ふと今の自分の顔に気がついた。
——笑っている。
楽しいのだ。テストで解答を思い出した時や頭の中でパズルのようなものがハマっていく時と似た快感が脳内を満たしていた。
あぁ、この感覚……懐かしいな。まだ純粋にお笑いを楽しんでいた時、ネタを考える時間が一番好きだったっけ。
楽しい時間は早く過ぎゆくもので、気が付けば外は明るくスズメが囀っていた。
「マジか……」
久しぶりに徹夜した。しかし、そのお陰でノートの三分の一が埋まった。
先輩の驚く顔が楽しみだ……クククッ。
「こ、こんな量を……一晩で……?」
案の定、部長は口をあんぐりさせ手品でも見ているかのように驚いてくれた。
ネタは作った。あとは、その中にピンとくるものがあるかどうか。
「どうですか?」
「うーん……これが良いと思う。他のも面白かったが、これが一番面白かった!」
部長は一番の自信作を選んでくれた。
そうと決まれば、あとは練習だ! ……と言いたい所だが、その前に彼女の欠点を克服しなければ。
大丈夫、時間はまだある。本番は一ヶ月先なのだ。
とりあえず、今日は部長の問題点を洗い出していく。
「部長は、自分の弱点は何だと思いますか? 挙げられるだけ挙げて下さい」
「そうだな……。やっぱり、本番に弱い所だろうか」
「そうですね。なら、どういう時に緊張するんですか?」
「本番はもちろんだが、練習でステージの上に立った時の事を想像するだけで、喉がカラカラになってセリフとかが全部飛ぶ」
想像以上に深刻だった。
プレッシャーに弱い人は結構いるが、想像しただけで緊張する人は少ないんじゃなかろうか。
よく言えば、想像力が豊かでイメージトレーニングが上手。
悪く言えば、豆腐……いや、ところてんメンタル。要はクソ雑魚メンタルだ。
「そういう君はどうなんだ?」
「特に緊張したりとかは——」
「裏切り者!」
何でだよっ。部長ほどではないが、本番前は緊張するぞ?
それでも声が裏返ったり手足が震えるレベルではないが。
「本番とは思わなくて良いですから、練習してみましょう」
「わ、分かった」
埃被ったスタンドマイクを挟んで立ってみる。
「もう少し、寄った方がいいんじゃないか?」
これ以上近づけっていうのか!? 無理に決まってるだろ!
部長の近くに立つと、石けんのいい香りがフワッと鼻をくすぐり心臓の鼓動が早くなるのだ。
しかし、こちらの事などお構いなしに部長は半歩、近づいてきた。
「——っ!」
ダメだ……女性とこんな近くに立つなんて事が今までなかったせいで、変に緊張してしまう!
「そ、そうだ! コンビ名は、な、何にしますか!?」
「あっ、決めてなかったな……。ていうか、顔赤いぞ? 大丈夫か?」
誰のせいだ! と言いたくなる衝動を抑えつつ、名前を考えてみる。
「八百坂稲荷っていうのも語呂は良いですけど、安直すぎるというか……」
「確かにな。うーん……みたらし団子」
「え?」
「みたらし団子、はどうだ?」
「良いですけど、何でみたらし団子?」
「私の大好物だからだ」
もっと安直じゃねぇか!
でも、別のを考えるというのは面倒臭い。みたらし団子でいっか。
「じゃあ、最初の所はみたらし団子のーで始めますよ」
「分かった!」
最初は、台本を見ながらやっていくつもりだった……
「じ……実はっ、す、好きな人が——」
このように、初めのセリフから言えないのだ。
台本見て、書いてあることを言うだけなのに……
これじゃ、先が思いやられる。
「それは、俺のセリフですよ!」
「す、すまん!」
「さっきと同じ所を読んでますよ!」
「わ、分かっているんだが……」
それ、分かってない人が言うセリフですよ。
結局、六時になり帰る事になったが最後までいけなかった。
初めてなんだし、こんなもの……か?
進捗で言うと、一歩進んで五歩下がるって感じだな。
明日は最後までいけたら良いな。
——しかし、この時の俺は大きな計算間違いをしていた。
進んだ一歩が二歩、三歩に増えたところで、下がる歩数も十歩、十五歩と増えると言うことに……
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