第3話 素直な心って大事
本心ではない。お笑いを拒否することが癖になっているのだ。
「——即答だな」
「俺は、お笑いだけはしないって決めてるんです」
これもまた本心ではない。素直じゃない自分が嫌になる。こんな面倒くさい性格、誰に似たんだ……
「それは知らん。この部屋にきた時点で、私と共にやる事は決定事項だ」
人生で一番の暴論だった。まだジャイアンの方が優しさがあるぞ。
いや、まぁ……ここに来てる時点で漫才はしたいんですけどね?
「私は君じゃないとダメだし、他の人間とはやりたくない。だから、君が私とコンビを組むのは決まりだ」
そこまで言われて、嫌ですとは言いづらい。
そもそも、俺をそんなに求めてくれる人は初めてだった。
「今までどんな活動をしてたんですか?」
コンビを組もうと言うくらいだから、今までピンでやっていたはずだ。
「一人で……その……」
「?」
要約すると、放課後にこの部屋で毎日お笑いライブをやっていた。
初日は友人が何人か来てくれたが、次の日から誰も来なくなり一人でネタを考える日々を送っていたらしい。
「じゃあ、そのネタを見せてください」
「えっ!?」
「まだ相方になると決めてませんが、どういう風にやってるのかを知っておいた
方が良いと思うんです」
まぁ、聞こえていた練習から何となく察するが実際に見てみないことには……
「わ、分かった……」
まだマイクの前に立ってすらいないのに手足はガタガタ震え、声も裏返っていた。
なるほど、緊張しいなのか。
それからの部長の漫才は酷かった。
「ど、ドウモ! 八百坂デス……あのっ! 最近、あ、暑くないですか? って何でやねん! い、いいい、今は冬やんねん! いや春やないんかい! それに——」
……うん、誰も来なくなる理由がよく分かった。
「なるほど」
「どうだった?」
「はっきり言ってダメですね。色々と壊滅的に……」
「……」
結構落ち込んでる。
だが、ここまで酷いと俺が入った所で変わらないんじゃないか?
「頼む。私には……お笑いしかないんだ」
彼女が呟いたその一言で、俺の中の何かがまた反応した。
もう、お笑いなんて一生やらないと思っていたんだがな。
『お笑いしかない』
叔母さんの口癖だったその言葉を、幼い俺はよく真似をしたものだ。
何に対しても中途半端だった俺が、唯一、人より優っていると思っていたのはお笑いのセンスと情熱だった。
そんな俺は、幼いながらもお笑い芸人になって食っていくと決意したものだ。
まさか、部長からその言葉が出てくるとは思ってなかったが。
「はぁ……どこまでやれるか分かりませんが協力しますよ。その代わり、意見は聞きますが俺の書いたネタをやらせてください。それが条件です」
「勿論だっ! ありがとう!」
俺が組んでくれると思っていなかったのだろう。
涙目で俺の手を握り、鼻がくっつきそうな距離まで近づいてきた。
ち、近い……
女性特有の甘く優しい香りがブワッと鼻をくすぐる。
改めて見ると、部長ってすげぇ美人なんだよな。
こうやって距離が近いと、嫌が応にも納得させられる。何でこんな美人がお笑いをやるのか、未だに分からない。
「と、とりあえず、ネタを作りましょう」
「うむ!」
まずは部長のネタ帳を見せてもらった。
私「どうもー、八百坂でーす。いやぁ、最近、急に暑くなってません? 私、暑いのが苦手でー」
私その2「何でやねん! 今は真冬やん!」
私「いや、春やないんかい!」
(あとはアドリブ)
私その2って誰だよ! 一人二役やるってこと!?
ていうか、あとはアドリブって何だよ! お笑い舐めてんのか!?
「あの……これ以降のページが白紙なんですけど」
「それはそうだ。私はアドリブでやった方が向いていると思ってな」
あのぉ……部活ってクーリングオフとか出来ますか?
やっぱり、この人とコンビ組むのやめようかな……
どこの世に、全てアドリブでやるお笑い芸人がいるんだよ。
今売れている芸人は全員、予めネタを作って練習している。
長年組んでいる芸人であれば、ネタが飛んだ時やお客さんの反応を見てアドリブで出来るらしいが、それでも偶にしかやらない。
それは何十年も組んできたベテランがやるものであって素人やアマチュアがやるべきではない——とお笑いの審査員が昔言っていた気がする。
「部長はお笑い好きですか?」
「え?」
「お笑いを舐めないでください。人を笑わせて飯を食ってるプロでも、ネタを書いて本番ギリギリまで練習するんです。アドリブで出来るほど甘くないですよ」
言ってしまった後でハッと後悔した。
「すみません。偉そうなこと言って」
「あ、いや、その……うん。こちらこそすまなかった」
部室の中が、非常に重たい雰囲気で包まれた。
き、気まずい。
何とか雰囲気を変えるべく、話題を変えた。
「あの、部長はどうして漫才を?」
「ん? あぁ……小さい時、学校でイジメられてな。多分私の美貌に対する嫉妬だったと思うが、そんなことを考える余裕もなかった。毎日毎日泣かされて家に帰っていたが、そんな時に漫才の番組を見てゲラゲラ笑ってな……。それがきっかけで、お笑いにハマっていったんだ。母親にルミノ・ザ吉川に連れて行ってもらったりもしたものだ」
「それで、自分も漫才師になろうと?」
「うん」
なるほど。本気ではある、と。
「部長には直してほしい所が数え切れないくらいありますが、今はいいです。とりあえず、どんなお笑いをしたいのか教えてください」
この答え次第で、ネタの方向性が変わってくる。
漫才、コント、リズムネタ……などなど。お笑いの形は、芸人の数だけあるのだ。
部長は、ウンウン唸ってパッと顔を上げた。
「しゃべくりだけで笑いが取れる漫才!」
よりにもよって、一番難しく俺が好きな答えを言ってきた。
でも、もしかしたら……
「あとは、誰がどんな時に見ても笑えて元気が出る漫才だな!」
もっと難しくしてきやがった!
作る身にもなってくれ……
ま、まぁ、それが出来たら日本一の漫才師になれるかもな。
「分かりました。とりあえず、今から一個ネタを作るのでテーマを一つ言ってください。食べ物でも乗り物でも、形容詞でも何でも良いです」
「じゃあ、ダイエット」
目を瞑り、脳内で俺と部長がステージの上で漫才をするイメージを流す。
俺がツッコミで部長がボケだ。
ステージの上では、学校の制服を着て目の前には大観衆。皆が俺たちの漫才を聞きに来たお客さんだ。
そこからは、俺の手が勝手に動き出す。
要は、脳内で流れる映像を文字に起こせば良いのだ。
「どうもー、八百坂稲荷でーす」
「ちょっと聞いてくれ」
「どうしました?」
「最近ダイエットを始めたんだが、中々痩せなくて……」
「初耳なんですけど……。いつから始めたんですか?」
「昨日」
「短っ! そんなの結果が出る訳ないじゃないですか」
「でも、一週間後に友達と海行く予定なんだ」
「今冬なのに!?」
「三月は春だ!」
「いや、それよりも一緒に行く人って誰なんですか? もしかして、先輩の彼氏さ
んですか?」
「そういうのじゃ……ないんだがな。一緒に居て安心すると言うか……」
「それを彼氏と言うんですよ。でも、こんな寒い中よく行こうって話になりましたね」
「そりゃあ、ダニエルは寒さなんて感じないし——」
「ん? んんんっ!? ダニ……エル?」
「何だ?」
「留学生なんて、ウチの学校にいましたか?」
「居ないな」
「じゃあどこで知り合ったんですか」
「知り合ったも何も、エア友達なんだから心の中にずっと居たぞ?」
「あぁ……」
「そんな可哀想な目で見るな!」
俺がネタをどんどん書いていると、隣で部長が目をキラキラさせていた。
最後のオチまで書き終わる頃には、拍手までし始めた次第だ。
「凄い……凄いぞ! やはり、私の目に狂いはなかった」
と一人でブツブツ言っている。ちょっと怖いです。
「どうですか?」
「私が書いたネタをより面白くしている。私はネタづくりの才能がなかったのか……」
寧ろ、今まで気が付かなかった事に驚きだわ!
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