第5話  さぁ、やって参りました! 行ってみよう!!

 とうとう、この日が来てしまった。

 本当に、この一ヶ月大変だった……

 

まずネタを最後まで覚えるのに三週間かかり、スラスラ言えるようになったのが昨日なのだ。


 しかし、来てしまったものはしょうがない。


 昨日の晩、部長に対して「緊張しすぎです」と笑っていた俺も、集合場所の最寄駅に着く頃には心臓がパンクしそうだった。


「お待たせ。待ったか?」


 夏服に変えた部長が、集合時間の十分前にやってきた。


「いえ、一時間しか待ってませんよ」


「メチャクチャ待ってたじゃないか!」


 しょうがないだろう? 大事な初舞台なんだ。遅れたりする事があってはならないからな。


「ハハッ。それよりも、早く行かないと遅れますよ」


 電車とバスを乗り継ぎ、初舞台の場へとやってきた。

 館内に入ると、男性職員が俺たちを待っていた。


「初めまして、OBの笹塚です。今日はよろしくね」


 何ともまぁイケメンだこと……


 いかにも好青年というか、どこぞのアイドル事務所にいそうな男性だった。

 間違いなく、お姉さま方に大人気だろうな。


「「今日はよろしくお願いします」」


 笹塚さんから大まかな流れを説明してもらい、楽屋(というかただの待合室なんだが)に待機する。


 本番まであと十五分。


 部長の方を見ると、やはり肩が震えていた。

 いや、手足も残像が見えるくらい振動していた。


「部長、本番まで時間もありますし、最後まで通してやってみましょう」


「あっ、アアア、あぁ……」


 声帯まで震わせなくても……



 一通り練習も終えて、あとは本番を待つのみとなった。


「二人とも、もうすぐ本番だよ」


「「はい!」」


「あ、そういえば……コンビ名は何ていうの? 放送しないといけないから」


 それについては完璧だ。


「「みたらし団子です!」」


「分かった。それじゃあ、行こうか」


「はい」


「ひゃい」


 俺たちの初舞台。ドッと湧かせてやる! ……って部長、大丈夫か?


「さあ皆さん! 今日のオリエンテーションは、なんと! 藁北(わらきた)高校から、お笑い部の二人が来てくれました!」


 オリエンテーションホールの外で待っていると、笹塚さんの声が聞こえる。

 大丈夫。練習では何も問題はなかった。……先輩以外。


「それでは紹介します。——みたらし団子です!」


 笹塚さんの合図で、俺たちは待ちに待った舞台に上がった。


 三畳ほどの小さな壇上の真ん中に——恐らく普段はカラオケなどで使っているのであろう——塗装が剥げたスタンドマイクが一つ置かれている。


 観客席には、車椅子のお婆さんが三人、杖を隣に置いている怖そうなお爺さんが一人、何が始まっているのか分からない様子でシワシワの口をポカーンと開けているお婆さんが職員の人と一緒に座っていた。


 そして、壁際に四人ほど職員の人が立っている。


 観客は十人。なるほど……面白い!


 夏「どうもー、み、みたらし団子です。よろしく、お、お願いしまーす」


 冬「今日は僕たちの初舞台ですからね、気を引き締めてやっていきましょう」


 夏「そ、そそ、そうしましょう!」


 部長はさっきまでの練習の時とは違い、ガッチガチに力んでいた。

 目はどこ見てんのか分からない。瞳孔開いてんじゃ……


 冬「やっぱりまずは、僕たちの自己紹介からした方が良いと思うんです」


 夏「そ、そっそ、そそ、そうだすね! 私からいきますか?」


 冬「どうぞどうぞ」


 夏「皆さん、は、初めまして! うま、生まれたと、時から……み、みんなの、ヒ、ヒヒヒ、ヒロイン……八百坂夏音です!」


 緊張しすぎて部長がカミまくりだ。

 何だよ、ヒヒヒって。魔女の笑い声か!


 俺は心の中でツッコミつつ、そのまま進めていった。


 冬「そして、どこにでもいそうな顔をしている相方の稲荷冬馬です! よろしくお願いしまーす」


 夏「実は、こ、この前……稲荷君だ、とお、思って、声を掛けたら、五十歳くらいのおじゃんや、や、やったんです」


 冬「いくら平凡な顔してるからって、そんな間違いする事あります!?」


 夏「だ、だって、男の人だったし……」


 冬「男性なら、みんな僕のそっくりさんだと思ってるんですか!?」


 予定では、ここで笑いが起こるはずなんだが誰一人クスリともしていない。

 部長は相変わらず、正面を凝視し、直立不動のまま震えている。


 夏「そ、そういえば、一つ、そ、相談が、あ、あああ、ありまして……」


 冬「何ですか?」


 夏「じ、実は、好きな——がで、できて……」


 冬「え!? もう、告白はしたんですか?」


 夏「まっだ!」


 まっだ! って何だよ。公園から全然帰らない子供かよ。


 稲「誰かに、先越されても良いんですか?」


 八「やっ!!」


 だから子供かっ! しかも、そんな目をカッと見開いて言っても怖いだけだろ……


 呼吸までおかしくなってるし。


 吸って、吐いて、吐いて、吸って、吐いて、吐いて、吐いて、吸うかと思ったら吐いて——


 呼吸もマトモに出来ないのに、ボケを上手く言えるはずも無く、会場の誰もが何を言っているのか分からないという顔をしている。


 冬「なら、告白しちゃいましょう!」


 夏「な、なんて、イェバ!?」


 冬「そんなの、ずっと好きでした! 付き合って下さい! で良いんじゃないですか?」


 夏「ずっと、す、好きだっ、た訳じゃ、ないのに?」


 冬「えっ? な、なら、最近好きになりました。付き合って下さいはどうですか?」


 夏「付き、あ、合いたい、わけでは……ないのに?」


 冬「…………じゃあ、最近好きになりました。友達になって下さいで良いですよ!」


 夏「えっと……も、もう友達みたいなものなのに、また申し込みが、ひっ、必要な、なのか?」


 冬「いや、別に申し込みをしないといけない訳では無いですけど……って、友達ってのは市役所の手続きみたいに面倒臭いものじゃ無いですからね!?」


 夏「そう……なのか? 書類をまっ、また書かないと、いけないかと、おっ、お——思った!!」


 急に大声出すから、最前列のお婆さんがビクッてなったじゃん。心臓が弱い人もいるんだから、気を付けて下さいよ。


 それにしても、何回も笑うポイントがあったのに、誰もクスリとしないな。

 笑わないにしても、ニヤけたりしたっていいだろうに……


 冬「じゃあ、先輩はどうしたいんですか? 恋人になりたいわけではない、ずっと好きだった訳でもない。好きなのに友達のまんまで良いんですか!?」


 夏「やっ、やだ! 家族にな、なりたい!」


 冬「色々すっ飛ばしましたね!? 恋人にすらなってないのに、家族は厳しいんじゃないですか?」


 夏「かっ、金を出せば、家族くらい、な、なら、なれるゾ!」


 冬「金っ!? それ違法ですよ! 嫌ですからね!? 相方が警察に捕まって解散とか……」


 夏「でもっ! か、金で、買うか、分けてもらうしか、な、なな、無いと思うんやけど」


 冬「ルームシェアみたいに、パートナーシェアですか!? そういうのは、漫画の中だけかと思ってました……」


(笑ってくれ。お願いだから——)


 夏「しょ、食費や、びょ、病院代に、一緒に過ごっ、ごす時間も、かかか、確保しないとあかんから、やっぱり、あ、諦める」


 冬「もしかして、養うつもりだったんですか!? 流石に学生で人一人養うのは難しいんじゃ……。自分達でさえ、一日三食必要ですし病院は医療保険で安くなるからと言っても、限度がありますし」


 夏「えっ……いや、ちょっと噛み合って、な、ない気が……」


 冬「そうですか? 好きな男性の話ですよね?」


(誰も笑わない……。笑えよ。愛想笑いでも良いから笑えよ……笑えってんだよ!!)


 夏「いや、私はずっと——」


 ……ここで一番恐れていた事が起こった。

 部長が急に口をパクパクさせながら黙ってしまった。


 喉に餅が詰まった人のように、何かを一生懸命出そうとするも出てくるのは空気のみ。


 彼女の様子を見た瞬間、悟ってしまった。


 ——セリフが飛んだのだ。


(あとは犬の話と言うだけですよ!)


 練習ではあれだけスラスラと噛まずに言えていたが、壇上に上がった途端に噛み噛みだった。


 その時点で薄々嫌な予感はしていたが、よりにもよって、オチのセリフが飛んでしまった。


 それと同時に、この舞台が終わったことも悟ってしまった。


 諦めるしかない。思い出しそうな雰囲気では無いのだ。恐らく、控室に戻ってから思い出すだろう。


 部長は俺と目が合った瞬間、我慢していた涙が次々と流れ始めた。ダムが決壊したかの如く。


 (——終わった)


 もっと練習をしていれば、変わっていたのかもしれない。

 そうすれば、彼女も恥をかかなくて済んだかもしれない。


 俺のせいだ。俺がこれくらいで良いだろう、と慢心していたから。

 まだ漫才は終わっていないのに、俺の脳内では既に反省会が開かれていた。


 部長が黙り込んで五分が経った。


 もう……うん、終わろう。

 

 夏・冬「「どうも……ありがとうございました」」

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