お笑い部!

紅掛 天音(べにかけそらね)

第1話  あの頃は……良かったよ。うん。

「せやけど——」

「——は、——や! 何言うとんねん!」


 テレビの中では、二人の男が漫才をしていた。

 二人の名前や見た目は覚えていない。俺はそれを叔母さんと一緒に眺めている。

 

幼い俺にとっては、この時間が何よりも好きだった。


「沢ちゃんもテレビに出るんでしょ?」


 隣に座ってタバコを吸っている沢子叔母さんに、俺は子供特有の無邪気なナイフを投げかける。


 子供というのは時々、大人が聞けないようなことをズバズバと聞いてしまうものだ。


 それを周りの大人が注意するも、当の本人は何故怒られているのか分からない。

 幼い子供に気遣いをしろと言う方が無理な話ではあるのだが。


この時の俺も例に漏れず、さも当然のように聞いてしまった。そんな俺の質問に叔母さんは、バツが悪そうに答えた。


「う、ウチらの漫才をテレビで見せたら、カメラマンが笑いすぎて映像にならへんのや!」


 今思えば、こんな誤魔化しを信じてしまう人間はいないと思うが当時の俺はまんまと騙された。


「スゲェ! 僕も大きくなったらお笑い芸人になる!」


 叔母さんにとっては俺の純粋な笑顔が眩しかったのだろう。申し訳なさそうに苦笑いを浮かべ、俺の頭を撫でてくれた。


 それからというもの、浴びるように色んなお笑い番組を見ながら、落書き帳に何十個というネタを書いて叔母さんに披露していた。


 漫画家を目指す子供がノートに落書きをするように、授業中、頭の中で繰り広げられる漫才をノートに書き出していた。

 

 それが全くウケなかったら、もっと早く芸人という無謀な夢を諦めていたに違いない。

だが、運悪く誰もが笑って面白いと言ってくれた。


 そこから自分は才能があると勘違いして、天狗になったのも当然といえば当然だろう。


 しかし、そんな日々は当然終わりを迎えるわけで、ネタ帳が十冊を越えた辺りで現実を見てしまった。

 

 大阪で大活躍していると思っていた叔母さんは、芸人を辞めバイトをしつつ酒やタバコに溺れていた。

 憧れていた人が、実際には自堕落な生活をしていたこと。

 

 あの叔母さんでさえ心が折れてしまうほど厳しい世界だったと言う事実に、俺は絶望した。

 

 さらに父親からは「お前は芸人なんか目指すな。沢子みたいになるぞ!」と言い聞かされてきた。

 

 これらの理由によって、俺がお笑いに対する気持ちを封印するのに何ら躊躇いもなかった。

 

 中学に上がると同時に、ネタ帳などお笑いに関する全てを押入れの奥へ仕舞い込んだ。

 


 そして、高二になる頃には、もう俺の中からお笑いは死んだ



 ————はずだった。

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