第7話 リベンジするぞー! おーっ!!
月曜日の朝、焦げた目玉焼きを食べていると母さんがサラッと大事なことを言ってきた。
「そういえば、お盆におばさんが帰って来るから客間の掃除よろしくね」
「はいは——えっ!? 沢子おばさん帰ってくるの!?」
俺がお笑い芸人に憧れたきっかけでもあり、諦めた原因でもある人。
大阪に行って、十年以上も帰って来ていない。懐かしいな。
その叔母さんが来月帰ってくるという知らせは、嬉しくもあり気恥ずかしくもあった。
あれから部長から連絡は来ておらず、まだ一昨日のことを引きずっているようだ。
かくいう俺も、表面上は吹っ切れた感を出しているが、実はまだガッツリ引きずっている。
今の悩みは、部室に行って部長に何て話しかけようかという事だ。
落ち込んでいる人に「まだ気にしてるんですか? 次ですよ! 次次!」という人間は友達が少ないはずだ。
俺は友達が一人もいないが、そんな無神経な事は言えない。
では、どうするか?
昨日の夜から悩んだ結果、いつも通りに接するのが一番だということに行き着いた。
そして放課後——
部室に入るといつも通りの部長がいた。いや、寧ろ前より元気な気がしなくもない。
「おぉ、来たか! 一昨日は無惨な結果に終わったからな。次こそ会場を沸かせるぞ!」
「元気そうでよかったです。でもよく切り替えられましたね。また、あんな怖い思いするかも知れないのに」
「切り替えの速さには定評があるんだ。それに次、成功すれば良いだろ? 私は君の才能を信じてる。一度スベった程度で諦めるくらいなら、最初っから君を無理やり入部させたりしないさ」
部長はさも当然だ、と言わんばかりに答えた。
無理やりの自覚はあったんですね……
だが、ここまで俺を信じてくれていた事が嬉しかったし、それを当然のように思ってくれているという事実が何より嬉しかった。
「あれから反省したんだ。私が君の笑いのセンスを上手く表現出来ていなかったから笑って貰えなかったんだとな。もう一度やろう! 次は噛まずに言えるぞ!」
とりあえず、あの時のネタをやってみると確かに前より上手に出来ていた。
あのあと、家で何回も練習をしたんだろう。それこそ、自分が納得するまで、何回も、何十回も。
俺は、この人を見誤っていたかもしれない。
だが——
「いや、ダメです」
「……え?」
「このままだと、また同じ結果になると思います」
「でも、私が変に緊張せずに噛まなければ——」
「そういう問題じゃないんです。もっと根本的な問題があると思います」
あれから一人で考えた。
何がいけなかったのか、どうすれば良いのか。
考えて考えて、考え抜いた結果、問題点が山のように出てきた。
まずは、やっぱり部長の緊張癖。
人はある程度の緊張がないと、良いパフォーマンスは出せない。
かといって、緊張しすぎるとこの前みたいに頭が真っ白になる。
では、どうすれば良いか?
「部長には呼吸をして貰います」
「今もやっているが?」
確かに、今は正常な呼吸だ。
しかし、あの時の部長を思い出してほしい。
「過度な緊張状態では、過呼吸みたいになるんです。部長、おかしかったですからね?」
「そうだったか?」
このように、本人は無自覚な場合もある。
「なので、いつも本番前に深呼吸をするようにしましょう」
「ふむふむ」
「他にも、緊張緩和のツボなんかもあるらしいです。まぁ、それは後で調べましょう」
「分かった!」
元気が宜しいことで、大変結構。
「次は俺たちの欠点です」
「俺……たち?」
「お笑い部は、俺たち二人だけですよね?」
「あぁ、そうだ」
そう、そこが一番の問題なのだ。
「俺と部長……つまり、意見を言ってくれる人がいないんです!」
「た、確かに!」
部員が後二人くらい居てくれたら、ネタを見せ合って意見交換が出来るんだが。
しかし、これから新しく部員を募集しても入ってくれそうな人がいない。
万事休す……だと昨日まで思っていた。
「そこで一つ提案があるのですが」
「何だ?」
「十年以上前に大阪で芸人をやっていた叔母が今度のお盆に帰って来るんです。生憎、全く売れませんでしたがアドバイスくらいなら貰えるかも知れません。夏休み中ですけど、会ってみませんか?」
今朝、母さんから聞いた時に閃いた。叔母さんが快諾してくれたら、の話だが。
勿論、断られる可能性だってある。叔母さんが、父さんと同じくお笑いに対してアレルギーを起こしていたら、本当に万死休すだ。
「良いのか!? 君が良いなら是非とも!」
決まりだ。
「それまでに俺たちはやるべき事をしましょう」
「具体的には?」
「——リベンジです」
あんな負け方をして、次頑張れば良いサ〜となる訳が無い。
次こそはあの場にいた人たち全員を笑わせてやる!
「部長には、もう一度笹塚さんに連絡してまた漫才をする機会をもらって来て欲しいです。俺はその間に、改善点などを書き出しておきます」
「分かった! 電話を借りてくる!」
部長はパタパタとどこかへ走って行った。職員室だろうか?
俺はというと、部屋の隅に置かれていたホワイトボードに話し合わないといけない事や改善すべき点を書き出していく。
・衣装はどうするか
・ネタの方向性
・話す時の方言は?
・部長のすぐ緊張する癖の改善方法
・最終目標
・次のネタ
今、パッと思いつくだけでこんなにもある。
どれから片付けていこうか、と悩んでいると部長がニコニコしながら帰ってきた。
その様子だと、うまくいったみたいだ。
「夏休み明けの土曜日なら、と言ってもらえたぞ! ——って、これは?」
「今、俺たちの課題です。一個一個解決していましょう」
「う、うむ」 最初は、すぐに終わるものから決めていく。
「衣装についてですけど、制服のままで良いですか?」
「問題ない」
「じゃあ、最終目標は?」
「やっぱり芸人になる……と言いたい所だが、当面は文化祭だろう」
そうだよな。部長にとっては、最後の大舞台だもんな。
全校生徒が観に来る可能性も……ゼロではないと信じたい。
「ここからが大事なとこですが——この前の漫才の時、俺たち標準語と関西弁が
ゴチャゴチャになってましたよね?」
「そうだったか?」
そうだった。俺たちは関西で生まれ育った訳ではない。
「生まれも育ちも東京だから無理してエセ関西弁で話すより、標準語で話したほうが良いかと思ってあのネタを書きました」
「ふむふむ」
「ですが今をときめく芸人たちは、六、七割と言っても良いほど関西弁ですよね?」
「確かに。ワンセントとか野球グローブ、金刺身、山川たかよそのこ、にホワイトケチャップスもみんな関西弁だな」
他にも、オンリースタイル、かまたぬき、市街地、などなど——
まぁ、全員大阪出身だから当たり前なのだが。
「部長はどっちが良いですか?」
「うーむ……」
仮に関西弁で話すなら、イントネーションから話し言葉まで全て学び直す必要がある。
だが残念な事に、俺の友達に関西弁を話す人はいない。……あ、そもそも俺、友達がいなかったわ。
「私は——標準語でいきたい! 今から話す練習をするとしても今度の舞台に間に合わないかもしれない。それに、標準語でも面白ければ笑ってくれる!」
「ですね。そこは俺の腕の見せ所ですから、何とかします。あとは、部長の欠点とネタの方向性ですか」
「方向性と言うと?」
「ネタを作るにしても、内容の好き嫌いがあると思うんです。ネタによってはやりにくいモノもあるでしょう?」
相方の容姿をネタにする芸人もいれば、リズムネタ、毒舌ネタ、と千差万別。
「とは言ってもな……。こんな芸風がいい! と言えるほど、色々やった訳でもないし」
「じゃあ、逆にこんな漫才はしたくない! ってやつありますか?」
「それならあるぞ! 悪口みたいな人の見た目とかをイジったり、今流行りの大声を出すネタとか」
実は俺も少し苦手だった。
まさか部長も同じだとは思わなかったが。
「つまり、今まで通り王道の喋りで観客を笑わせる方向で良いですね?」
「あぁ! 私がやりたいのは、やっぱりしゃべくりで沸かせる漫才だ!」
あとは、緊張しい問題だけだが……
はっきり言って、解決策が深呼吸以外、思い付かない。
俺自身、人前に出る事は苦手ではないし部長の気持ちがイマイチ分からないのだ。
「残りは、宿題ですね」
「場数を踏むしかないのか……?」
「それが確実ですけど、俺たちはそんなに沢山チャンスがある訳ではないですから」
俺の方でも、調べてみよう。
そうとなると、どれだけ俺が面白いネタを書けるかにかかってくる訳だが……
正直、全く思い付かない。
どうし——あっ、あったわ! 宝の山が。
確かまだ、捨ててなかったはず!
放課後、まっすぐ家に帰り、着替えもせずに押入れの中身を引っ張り出した。
幼稚園の頃、父さんから貰ったクマのぬいぐるみ。家庭科の授業で作ったナップサック。冬服を入れた段ボール。小中学で使っていた教科書やノート——
そしてお目当ての物が出てきた。
「……あった」
お笑いにハマっていた頃に書いていたネタ帳だ。
いくつか読んでみる。
ラーメンを食べたいのに冷やし中華を間違って食べるネタ。
殺人鬼が介護施設に就職するネタ。
お菓子は二百円までと言われているから、近所の人たちに食べないお菓子をタダで貰ってくるネタ。
お婆ちゃんが入院中に、パーティーを開くネタ。
今読んでも、くだらないと笑ってしまうものから、意外と面白いものまで沢山あった。
ネタ帳は十冊。
この中から参考になるモノがあれば良いのだが……
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