第17話 やはり親子か
文化祭用のネタが完成したのは、一週間後のことだった。
話し合いの末、みたらし団子と轟兄弟は別々に練習することにした。
ライバルであると同時に、一番近くで見られる観客なのだ。
兄弟は、優介君の教室で。俺たちは部室で。
「そこは、もうワンテンポ早い方がいいと思います」
「今の箇所なんだが——の方が良くないか?」
「それじゃ最初っから、もう一回——」
「もう一回」
「もう一回!」
「もう一回!!」
学校では最終下校時間ギリギリまで、家では暇さえあればネタ合わせをしていた。
休日も返上して公園やカラオケボックスでもやったが、部長が練習するたびに、上手くなっていくのが堪らなく嬉しかった。
俺も、部長も文化祭の舞台に全てを捧げた——
最初で最後の大舞台。
失敗は許されないし、緊張もプレッシャーも今までの比じゃない。
それでも、苦しいはずなのに俺たちは笑っていた。
ワクワクではない。
ゾクゾク、と言った方が正しい。
スランプから抜け出し、書いたネタも五十本は下らない。
その中から、一番面白かったのが今練習しているものだ。面白くない筈がない。
部長も場数を踏んだからなのか、今では噛む事もネタを飛ばす事もなくなった。
そうやって各々練習していたが、文化祭を三日後に控えた今日、久しぶりに全員が部室に集まった。
「いよいよ三日後、本番となった。昨日冬馬から言われて気付いたんだが、どう
やって集客しようか……」
「「「……あっ」」」
俺たちは、一番大事なことを忘れていた。
お客さんに、俺たちが漫才をやると知らせていなかった。
家庭科部や書道部のように学校内での知名度もない。
かといって、今からチラシを作ったところで掲示板などに貼るスペースは残っていないだろう。
部室に来るときに、廊下の掲示板を見たが余す所なくビッシリと他の部活のポスターが貼られていた。
——時すでに遅し。
「チラシを手配りするってのは、どうでしょう?」
「候補一、だな」
「本番当日に、看板持って呼び込みをするのは?」
「出来なくはないが、本番で声を枯らしたくないから呼子を連れてくるしか無いな」
「「「「うーん」」」」
「……あっ」
「どうした? 冬馬」
「新聞部……」
「新聞部がどないし——そうかっ! 新聞部や!」
部長と優介君は、まだ分かっていないようだ。
「クラスの新聞部に所属している女の子が、文化祭当日は新聞部ってやる事なくて暇って言ってました。つまり、ポスターを作って配るんじゃなくて校内新聞に書いて貰えれば……」
「ただ、一つ問題があんねん。向こうにメリットがあらへんのや」
「それなら、私に任せろ!」
部長が渾身のドヤ顔で、部室を出ていった。
「任せろって言うても、部長、どないするつもりやねん……」
「分からんけど、今は部長に任せるしかあらへんやん」
「だな」
それから、十分後。
部長が帰ってきた——かと思うと、彼女に続いてメガネをかけた男子生徒が入ってきた。
赤色のネクタイからして、三年生。何者だ?
「紹介しよう! 新聞部部長の、番田記(ばんだしるし)君だ」
「どうも、初めまして。記です。えぇえぇ」
この特徴的な喋り方、どこかで聞いた気が……
「彼は私の友人だ。どんな無茶でも言ってくれ」
「最近、目新しいスクープもなく退屈だったのでお安い御用ですよ。えぇえぇえぇ。それでは、お笑い部の特集記事を作るって事で宜しいですかな?」
「あぁ、頼む」
「ではでは、記事が出来上がりましたら試作をお届けいたしますよ、えぇ」
番田先輩の話では、新聞は文化祭前日に出来上がり配る予定らしい。
何とかなったな。
「部長、有難うございます。番田さんも」
「こういう時にしか、部長らしい事はできないからな!」
「こちらこそ、面白いネタを教えて頂いたのでね、えぇ。ギブアンドテイクですよ、えぇえぇ」
二日後、番田さんが新聞部員を総動員させ急ピッチで作ってくれた。
——速報!
『お笑い部が明日、体育館で漫才を披露!?』
お笑い部に所属する、みたらし団子の稲荷冬馬と八百坂夏音、そして轟兄弟の轟勇雄と優介が、明日十五時に体育館で漫才ライブを実施する事が関係者の取材で明らかになった。
二組は以前にも、老人ホーム寿寿寿で漫才を披露した経験がある。
みたらし団子は初めての舞台の際、緊張とプレッシャーにより本来のポテンシャルを発揮することは叶わなかった。
残酷にも誰一人笑わなかったが、その悔しさが二人のハートを熱くさせた様だった。
そして、二度目。会場は沸きに沸いた。
我が新聞部は、独自のルートにより関係者の一人に独占取材をする事ができた。
施設の職員であり、彼らのことをよく知るS氏に印象を語ってもらった。
「初めての漫才という事もあり、二人とも緊張してどこか固い印象がありました。肩に力が入り過ぎて、全てが空回りしているようで見ていて苦しかったです。
しかし、二回目に玄関から入ってきた彼らを見て私の心配は杞憂だと確信しました。
二人の目はギラギラしていて、前回の屈辱を晴らしてやる! という決意が感じ取れたんです。それに、以前のような固さはなく堂々として自信に満ち溢れていました」
最後列で見ていた私ですら、アマチュア特有の気恥ずかしさや遠慮気味の雰囲気は一切見られなかった。
実力はプロとは程遠いかもしれない。
しかし、彼らは明日の文化祭でやってくれるに違いない。そう思わせるに十分な活躍をしたのだ。
さらに、お笑い部はみたらし団子以外にも、轟兄弟というコンビが在籍している。
轟勇雄と優介の兄弟は、実に息のあった掛け合いで——
「すげぇ……」
週刊誌に特集された大物芸人の気分だ。
書き方も面白く、興味をそそられる。
「あれ? でも、僕らの漫才の時、新聞部の方いてました?」
言われてみれば、俺たちの時も兄弟の時も居なかったはず。
それなのに、最後列で見ていたって……
「記事は、一摘みの嘘があった方が面白いんですよ。えぇえぇ」
番田さん曰く、新聞部に言い伝えらている秘伝の技らしい。
「これで誰も来なかったら、しょうがない」
「ですね」
ここまでやったんだ。来てくれるに決まってる。
……来てくれたら良いなぁ。
最後の練習をして、帰宅した。
部屋でカツ丼を食べていると、誰かが階段を登ってくる音が聞こえた。
この足音は、母さんだ。
「冬馬、入るわよ」
そう言ってドアを開けて、ノックし、入ってきた。
母さん、入る前にノックしてくれ……
「どうしたの?」
「ちょっと話があるの」
何だろうか? こんな改まって言う事なんて。
「お父さんのことよ」
父さんという言葉を聞いた瞬間、素直に聞けない気がした。
「あのね……お父さん、文化祭を見に行くために有給取ってたの」
「えっ」
「それでね、あなたと喧嘩した後、すごく落ち込んでたわ」
「……あんな事言われたら、誰だって来て欲しくないよ」
「違うわ。冬馬に言われた事で落ち込んでいるんじゃないの。カッとなって言い過ぎた自分に後悔しているのよ」
「え?」
まさか……父さんが?
「冬馬と喧嘩した夜は、いっつも言い過ぎた……どうやったら仲直りできるかな? って寝室で私に言ってくるのよ? おかしいでしょ?」
俺の中での、父さんのイメージが音を立てて崩れていく。
てっきり寝る直前まで、ブツブツ文句言ってるかと思ってた。
「あの人もね、本当は応援したいのよ。ただ、素直じゃないの」
何、その面倒臭い性格……
「冬馬には言ってなかったんだけどね、沢子ちゃんが芸人をやっている時、一番応援していたのはお父さんなのよ。知り合いみんなに、俺の妹は日本一の芸人になるんだ! って自慢してた位なんだから」
えぇ……
それがなんで、あんな堅物に?
「一番期待していた分、裏切られたって気持ちも大きかったんじゃないかしら」
あんなに応援していたのに、芸人を辞めたどころかパチンコに行ったり酒を浴びるほど飲んでたりして、人気芸人を目指してる姿はもう無かった。
それで、芸人やお笑いに対して、嫌悪感を持っちゃった……て事か。
「最初はお父さんも、芸人なんて目指して欲しくないって言ってたわ。でも、本気でお笑いを目指してるって分かって応援したくなったのかもね」
それなら、そうと言えば良いのに。父親のツンデレとか誰得だよ……
あっ、もしかして俺の性格って父さん似?
「沢子ちゃんにアドバイス貰いに行ったり、施設で漫才をしてるって言ったら、あの人なんて言ったと思う?」
「そうか……とか?」
「本気で目指せるものが見つかって良かった。やる気になった冬馬は天才だ……って」
叔母さんの件以来、父さんは俺を褒めることはなくなった。
テストでいい点取ろうが、人から褒められようが、そうか……としか言わなかった。
そんな父さんの新たな一面を知り、素直に嬉しかった。
「私が泣いて寝室に逃げた日あったでしょ? あの日の夜、お父さんったらずっと謝ってきたのよ。可愛いから許したんだけどね」
急に両親の惚気を聞かされた俺は、勘弁してくれ……と言いたくなった。
「でも今日、緊急の仕事が入ったみたいで文化祭に行けなくなったらしいわ。泊まりがけでやらないと行けないらしくて。お父さんは、アイツからしたら俺が行かないのは嬉しいだろうなって言ってたけど……。冬馬はどうなの?」
まさか、言霊が本当にあるとは思っていなかった。
父さんの話を聞かなかったら、何とも思っていなかっただろうが、今となっては来てほしい。
そして——仲直りしたい。
「ホント、誰に似たのかしらね。顔に出てるわよ。明日、帰ってきてから仲直りしなさい。漫才はお母さんがビデオに撮って、お父さんに送ってあげるから」
「そうする。母さん、その……ありがとう」
「冬馬はお父さんにそっくりね。明日、頑張りなさいよ」
「もちろん!」
自信満々に答えたが、夜は緊張して眠れなかった。
緊張もしているが、観客が誰も来なかったら……と想像して無駄な心配をしてしまう。
あれだけやったんだ、大丈夫! と自分に言い聞かせてみるも、心臓の音は大きくなるばかり。
それだけではなく、明日のことを想像して布団の中で足がガクガクしたりもした。
目を瞑っても一向に眠気が来ない。
〈明日、いつも通りやりましょう〉
こんな夜遅くに送っても、返信は来ないのに送らずにはいられなかった。
話し相手が欲しかったのかも知れない。
そんな事を考えてくると〈あぁ、頑張ろう。緊張して眠れないが……〉と一分も経たぬうちに返信がきた。
部長も同じなのだ。俺と同じように——いや、俺以上に緊張して眠れないようだ。
〈ちょと、怖くなってきた……〉
〈部長が怖がってたら、俺まで怖くなるじゃないですか〉
〈そうなんだが……。もう、直すところはないよな?〉
〈はい。部長が初歩的なミスさえしなければ、大丈夫です〉
〈君に言われると安心する〉
普通の男なら、今のでキュンッとするだろうな。
俺もキュンってしたが……
〈俺より、今日までの部長の頑張りを信じてください〉
こんなクサいセリフを送ってしまうのだから、深夜テンションってのは恐ろしい。
〈ありがとう。君を誘って正解だった〉
〈俺も部長と組めて良かったですよ。でも、あの誘い方はどうにかならなかったんですか?〉
〈それはすまなかった。でも私も必死だった。どんな手を使ってでも私と組んでほしかったんだ〉
〈怖っ……。そんな事をして俺がドン引きしてたら、どうしてたんですか〉
〈私と同じくらいお笑いが好きだと、直感で分かってたから考えてもいなかった〉
すぐそうやって嬉しい事を言うんだから! もう!
……今、オネエになってなかったか!?
いかんいかん、早く寝なければキャラ崩壊してしまう。
〈ありがとうございます。でも、もう夜遅いので寝ましょう。遅刻して漫才できませんでした……なんて笑えないですからね〉
〈漫才だけに?〉
……は?
二分ほど考えたが、何と掛けたのか分からなかった。
向こうも深夜テンションと、睡魔でおかしくなっているんだ。そうに違いない。
〈……おやすみなさい〉
俺も、眠くはないが無理やり眠ることにした。
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