第18話 文化祭——スターティンッ!
昨夜、あんなに遅く寝たのに起きたのは朝の六時だった。
四時間しか寝てないのか……
リビングへ行くと、母さんがおにぎりを握っていた。
「あら、おはよう。早いわね」
「目が覚めちゃってさ」
「朝からカツ丼は嫌でしょうから、おにぎりとタコさんウィンナー、それと卵焼き作っておいたわよ」
「ありがとう。……なんかいい事あった?」
「今日は息子の晴れ舞台だからね。嬉しいわよ」
しかし、それだけではないと思う。息子の勘だ。
「フフッ、あとは本番になってのお楽しみよ」
どう言う事だ? 母さんの知り合いを沢山連れてくるのだろうか?
母さんの含みのある笑顔の意味が分からぬまま、俺は準備を済ませ学校へ向かった。
いつもの通学路のはずなのに、初めて通うような新鮮さがあった。
今日は文化祭。
お笑い部に入り、二人の目標にしていた文化祭の舞台に立つ。
ここまで長く苦しかった。
でも、それ以上に充実した毎日だった。
楽しいことは、あっという間に終わると言うが、まさしくその通りだと思う。
そんな事を考えていると、いつの間にか学校に着き、教室に入ると既に勇雄が座っていた。
「早いな。いつもは遅刻ギリギリなのに」
「朝の三時に目が覚めてん。昨日の夜も目がギラギラ冴えて、寝れへんかったわ。雄介もやで」
なんだかんだ言って、お笑い部のみんなは寝れなかったようだ。
「俺も緊張と不安で寝れなかったさ」
「なんや、冬馬もか。それより、約束は覚えとるな?」
「愚問だ」
部長には言ってないが、どちらが笑わせられるか勝負する。
勝ったからといって特に景品などは何もない。
これは、男のプライドとプライドの勝負なのだ。
俺のライバルである轟兄弟には、是が非でも負けたくない。
「って言っとるけど、ほれ、見てみぃ。家出る前からこんなんや」
勇雄の足は、残像が見えそうなほど震えていた。
子鹿のような——と言いたいが、間違いなく勇雄の足の方がもっと震えている。
貧乏ゆすりを三倍速にした感じ……といった方がわかりやすいかも知れない。
足だけなら、まだ良かった。
台本の紙もプルプルと震えている。
「大丈夫か?」
「アホ抜かせ! こ、これはやな、むむむ、武者震いや!」
声まで震えてる勇雄に、説得力など皆無であった。
「俺に負けるのが怖いのか?」
「——何ぃ? ワイが怖いやと? 冗談やないわ! ワイこそ今日の主役や!!」
冗談のつもりで言ってみたが、思いのほか効果はあったみたいだ。
アドレナリンのおかげか、自称武者震いは止まり顔が真っ赤だった。
そんなに俺を意識しなくたって……
「そういうお前は、余裕そうやな」
「まぁな。今日のために毎日やってきた訳だし、今更緊張したって遅いだろ」
「そう言うとる割には、目がウロウロ泳いどるで……」
まっ、そういう時もあるよね!
いくら練習したって、緊張はする。
そういうもんだ! うん!
「そういえば、本番まで何するんや?」
「一応、部長を誘って色々見て回ろうと思ってる。一人で回っても面白くないし、他に誘う奴もいないからな」
「冬馬は友達いなさそうやもんな。気になる女の子とかおっても、誘えへんやろ」
図星だが、素直に認めるのは癪だった。
「俺だって誘えはするさ。誘わないだけで」
「……それを誘えへん言うんやで」
幸い、俺たちのクラスは授業で発表した物を展示するだけだった為、隣のクラスの様に演劇のセリフを覚えたりする必要はなかった。
クラスメイトが面倒臭がりばかりで助かった。
「冬馬ー、いるか?」
目の下にクマを作った部長が、教室のドアを開けた。
「居ますよ」
「おはよう! 今日なんだが、私と一緒に見て回って良いのか? 他に友達とか好きな女の子を誘っ……あっ、すまない」
「何を察したんですか!? 返答次第では、傷ついて泣きますからね!?」
一応、冗談を言える元気はあるようだ。
「私の所は、出し物とか何もないから一日中見て回れるぞ!」
「じゃあ、全部制覇しちゃいます?」
「しよう!」
「——あの、ワイの前でこれ見よがしにイチャつくの止めて貰うてエエですか?」
あ、忘れてた……
「なんなら、勇雄くんも一緒に来るか?」
「……いや、止めときますわ。ワイがおったらお邪魔虫になってまう。それに、実は先約があるんですわ」
何っ!?
勇雄……お前、いつの間に!
「そうだったのか。なら、二人で全部回るぞ!」
「はい」
そう言うと、部長はそのまま帰って行った。
「何か用だったんじゃないのか?」
「さあ……?」
ホームルームが終わると、皆ゾロゾロと教室を出て行った。
「冬馬!」
部長が俺を呼ぶと、その場にいた男子たちが皆振り返り、俺に嫉妬の目を向けてきた。
傍から見れば、一つ上の可愛い彼女がわざわざ迎えにきてくれた感じだろう。
正直、優越感があった。
「今行きますから。出し物は逃げていきませんよ」
「実は既に回る順番を決めているんだ! まずは、フランクフルトからだ!」
部長は俺の手を引っ張って、中庭の出店へ歩いていく。
部長の手は、ほんのり温かく柔らかかった。
それに彼女の歩いた後は、柑橘系のいい香りが鼻をくすぐる。
「三つ、あ、やっぱり四つください!」
あの……最初っから飛ばし過ぎでは?
しかし、それは杞憂に終わった。部長はフランクフルトをペロリと平らげ、次の出店へと向かった。
「友達がやっているんだ」
部長と並んだのは、たこ焼きカレーなるもの。
読んで字の如く、カレーにたこ焼きを乗せた物らしい。
しかもトッピングなどではなく、たこ焼きが乗っているのがノーマルらしい。
「さぁさぁ、どんどん焼いていきますよおおぉぉ! えぇえぇえぇ!」
どこかで聞き覚えのある声がする。
カレー鍋の横では、新聞部部長の番田さんがメガネをクイクイ上げながらたこ焼きを焼いていた。
「たこ焼きカレーを二つくれ!」
「あ、夏音ちゃんだ! ちょっと待っててね! ……って隣にいるのは彼氏さん!?」
受付をしていた女子生徒が、驚きのあまり目が飛び出しそうなほど見開いていた。
「いや、その——」
「そういう事なら言ってくれたら良かったのに! はい、どうぞ。サービスでたこ焼き一つ増やしといたよ」
他の客に聞こえない程度の小声で、女子生徒は囁き、俺に向かってグッと親指を立てた。
(お幸せに!)
声には出さなかったが、なんと言ったのかは完全に分かった。
だから、俺も親指を立てて返事をした。
(俺もカレー大好きなんですよ!)
お互い目があったのは一秒にも満たなかったが、会話は成り立ったと思う。
……多分。
そして、優介くんのクラスでやっているカフェへ向かった。
教室の中はオシャレに装飾されていて、教室だと思えない。
「部長に稲荷先輩! いらっしゃい!」
優介くんは真っ白な捻り鉢巻を頭に巻き、腰巻エプロンを着てカクテル風のジュースを作っていた。
「お決まりでしたら、お伺い致します」
「私はバージンブリーズを」
「俺は、シンデレラをお願いします」
「かしこまりました。——バージンブリーズとシンデレラお願いしまーす!」
メニューにはジュースの名前、写真、簡単な作り方が載っていて、高校生の俺たちでも大人っぽく注文できた。
ちなみに、バージンブリーズはグレープフルーツとクランベリージュースを一対一で割ったもの。
シンデレラは、レモン、パイナップル、オレンジの果汁を混ぜたものらしい。
流石にバーテンの様にシェイカーを振って作ってはいないが、十分雰囲気は出ている。
……優介くん以外は。
一人だけ居酒屋の店長みたいな格好をしている為、彼の周りだけ空気が違った。
しかし、そのギャップが面白く、皆笑っていた。
「ああいう細かい所でも笑いを取っていくか……やるな」
「優介くんのキャラだから成せる技って感じですね」
注文した飲み物がやってくると、部長はパンフレットにチェックを入れた。
「もしかして……その赤丸で囲った所は全部行く気ですか?」
「当たり前だ。せっかくの文化祭なんだ、制覇するって言っただろう?」
なに、当然だろ? って顔してるんですか。てっきり言葉のあやかと思ってました……
「でも、そんなに飲み食いして本番前にお腹痛くなっても知りませんよ?」
「うぐっ……」
どうやら痛い所を突かれたようだ。
「で、でも、全部美味しそうだし……」
「そんなしょんぼりしたってダメです。幾つか減らしましょう」
「ぐぬぬ……分かった。クレープと、おにぎりとホットドックは諦める……うぅ……」
涙目の部長は、赤丸にバツと書き込んでいく。
全部食い物じゃねぇか!
何故か物凄く罪悪感を感じるが、ここで折れたら今までの全てがパーになる。
「これ飲んだら、どこに行くんですか?」
早く話題を変えたかった。
「この後は、えぇっと……お化け屋敷に行ってダンス部のパフォーマンスを見たら、茶道部の和喫茶で休憩。それから演劇部の公演だな。もし、時間に余裕があれば軽音部の演奏会も観たい」
今が十時半。俺たちの出番は閉会式の前だから三時。
うん、ギリギリ。
「ちょっと早めに見て回りましょう。本番前に最後のネタ合わせしておきたいので」
「分かった! それじゃあ、早速行ってみよう!」
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