第16話  仲直り そして、これぞ正真正銘のライバル!

 次の日、部室へ行くと既に部長が座っていた。


「あの、ちょっと話があるんですけど」


 部長は力無く微笑んだ。


「場所……移したほうが良いか?」


「はい」


 出来れば二人っきりで話せる所がいい。

 途中で勇雄か雄介君が入ってきて、気まずくなるのは勘弁願いたい。


「私の教室でもいいか? 今なら誰もいないだろうし」


「わかりました」


 部長について行き、もぬけの殻の様に静まり返った三年生の教室に入っていった。


 他学年の教室ってだけで妙に緊張してしまう。

 部長は自分の席に座り、俺はその横の席に座った。


「何から話していいか分かんないんですけど、俺の話を聞いて下さい」


「分かった、どんな内容であっても最後まで聞こう」


 部長の目は真っ直ぐに俺を見つめていた。


「まずは、俺の父親の事についてです。夏休みに芸人を目指していた叔母と会いましたよね」


「沢子さんだな。あの人のおかげで、この前のライブでうまく話せたが」


「はい。以前聞いた通り、叔母は芸人を辞めて自暴自棄になっていました。それで父親は芸人なんて職業を目指すより、堅実に公務員になって安定した給料と生活を送る人生が良いって人でして」


「まぁ、親なら誰しもがそう思うだろうな」


「でも、俺はお笑いが好きなんです。最初は乗り気じゃなかったですけど、部長と一緒にやってみて部活動で終わらせたくないと言いますか……その……本気でプロになりたいんです。勇雄たちの発表の頃から部長を避けてました。すみません!」


 部長は怒りもせず泣きもせず、ただ真顔で俺の話を聞いていた。


「一つ、聞かせてくれ。なんで避けてたんだ?」


「俺が部長に釣り合うのか分からなくなって……。部長はネタを作る才能は絶望的ですけど、お笑いに対する情熱というか愛情は誰よりもあると思ってます。そんな本気でプロを目指している人の相方が、俺で良いのか不安になったんです。小さい頃からなんでも中途半端にやってきて、部長の勢いに押される形でコンビを組んだ俺が相方で良いのだろうか? って考えが日に日に大きくなっていって。一生懸命に何かを目指している人のパートナーを半端な俺が? って……」


「そうか」


「——だから、今日はお願いがあるんです」


「お願い?」


「これからも、一緒にお笑いをやらせて下さい! もう、半端な気持ちでやりません。本気で部長と芸人を目指したいんです。お願いします!」


 俺はこれ以上下がらないという所まで頭を下げ、懇願した。

 告白などしたことはないが、恐らく同じくらい緊張している。


 心臓の鼓動がうるさい。さらに手先は震え、太ももに力が入らない。

 横からチョンと押されでもしたら、その場で崩れ落ちてしまいそうだ。


「——っ」


 恐る恐る顔を上げてみると……部長が号泣していた。


「よ……゛よがっだ……。わだじ、てっぎり解散しようって、言われると、ウゥッ、お、思って——」


 もしかしたら許してくれないかも、と怖かった。


「すみません」


「急に素っ気なくなったから、部長とはもうやっていけませんって言われるんだと思って、だんだ。ぎ、君を強引に誘っただろ? 嫌嫌付き合ってくれてるんじゃないかと、入部してくれた時から、ずっと不安だった」


 部長の泣き顔を見ていると、罪悪感がジワジワと俺を蝕んでいく。


「本当に申し訳ないです」


「グスッ……まったくだ! 私は君としか漫才をやりたくないんだ! これから私が日本一のお笑い芸人になるまで解散は許さないぞ!」


「はいっ!」


 部室に帰ると、勇雄と優介君が部長を見た瞬間固まってしまった。

 優介君に至っては、パニックになってオロオロしている。


「ど、どないしたんですか!? やっぱり冬馬先輩、部活やめてまうん……ですか?」


「いや、逆だ。これは嬉し泣きというか、安心泣きというか」


 勇雄と目が合ったが、何か言いたそうだった。


「僕ら、先輩が全然来なくなって心配しとったんです。もしかして、知らないうちに嫌なこと言っとったんやないかって」


「心配かけてごめん。恥ずかしい話だけど、スランプに陥ってたんだ」


 そして、ずっとダンマリだった勇雄が口を開いた。


「部長さん泣かしたらアカんやろ」


「あぁ、反省してる。もう泣かせるような事はしないから安心しろ」


「フンッ、ならええ」


「もう、勇兄ぃってば素直やないんやから。実は一番心配しとったんですよ」


「いらん事言うな!」


「ほんとの事やんか!」


 こいつも何だかんだ、心配してくれたみたいだな。


「ありがとう」


「ハッ、ずっとスランプになってた方が、文化祭でワイらが目立つから良かったんやけどな!」


 ほんと、素直じゃねぇな。


 一件落着、と言いたいところだったが部活を終え帰ろうとした時、勇雄に呼び止められた。


「……ちょっとええか」


 何だ? また嫌味でも言うつもりか?


「あぁ。部長たちは先に帰ってて下さい」


 優介君たちを先に帰らせ、この部室には俺と勇雄しかいない。


「——すまんかった!」


「……へぁ?」

 突然、予想外の出来事が起こり、あまりにも間抜けな声が出てしまった。


「実はな……そのぉ、転校初日に、お笑いの才能ないって酷いこと言ったや

ろ? それをな……ずっと後悔しとった。あん時は友達できるか不安でピリついとったんや。それで、謝るタイミング逃してしもうて……。ほら、俺って素直やあらへんし頑固やから——いや、言い訳はナシや! ホンマに済まんかった!」


「許す——というか、もう気にしてねぇよ」


「そ、そうか。良かった……。実はな、冬馬が漫才してウケてた日覚えとるか?」


「二回目のリベンジに燃えてた日だろ?」


「せや。あん時な、家帰ってごっつ泣いてん。一日中泣き喚いて、凹んでたんや。ワイな、自分が日本で一番漫才が上手いって思うててん。せやのに、お前の実力に嫉妬して頭下げとうない! って意地張ってしもうたんや。ホンマ済まんかった」


 勇雄は耳を真っ赤に染めて、もう一度深々と頭を下げた。

 まさか、あの勇雄が謝るとは思っていなかったし……


「ちょっと待てよ。それじゃあ、あれか? いつも冷たかったり、舞台が終わってすぐ帰ったのって俺に対する嫉妬ってことか!?」


「せやで」


「マジかよ……」


「何でや。そんなに俺が嫉妬するんがおかしいんか?」


「違ぇよ。俺がスランプになった原因の一つは、お前らの漫才見た時に実力差がありすぎてショックだったからだぞ? 最初の掴みから面白かったし、最後の終わり方も綺麗に纏められてたし」


 こうやって面と向かって誉められた事がないのか、勇雄は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「そんな誉めたって、何も出えへんで!」


「本音なんだから仕方ないだろ。それに、転校してきた日にキレただろ? あれで、覚悟が足りなかったって思い知らされたし、部長の相方が俺で良いのかって考えさせられた」


「何や……お互い嫉妬してたんかい」


「……」


「……」


「「——プッ、ハハハハハ!」」


 俺たちは、酸欠直前になるまで笑い合った。


「ハァ、ホンマに何やねん。腹痛いわ。ヨシッ、決めた! 今日からお前は俺のライバルや! 文化祭ん時は、正々堂々と勝負や!!」


 そう言って、勇雄は右手を差し出してきた。そして、俺はその手を握り返した。


「あぁ。受けて立つ。だが、勝つのは俺たちだ」


「ワイらも、とっておきのネタを用意したるわ!」


 この日から俺は、吹っ切れたようにネタがスラスラと書けるようになり、また寿寿寿で漫才が出来るまで回復した。


 結果はもちろん、大成功だった。

 勇雄が悔しそうに笑っていた事が嬉しかった。


 しかし、文化祭まで三週間となった日。俺と父さんの溝はますます深くなった。


 いつものように、家族三人で夕飯を食べていると、母さんがこんな事を聞いてきた。


「そういえば、もうすぐ文化祭よね。冬馬は何するの?」


「クラスの出し物? それとも部か——あっ……」


 俺が気が付いた頃には、すでに遅かった。


「部活入ったのか。何部だ?」


 ここで嘘をついてもしょうがない。

 俺は、本当の事を言うことにした。


「……お笑い部だよ」


 その瞬間、リビングの空気が凍りついた。


「何だと?」


「お笑いをやる部活だよ。文句ある?」


 父さんは、青筋を立てながらプルプルと震え出した。


「ふざけるな! 俺はお笑いなんていう、つまらんものをさせる為に学費を払ってやってる訳じゃない! 絶対に認めん!」


 もう、ここまで来ると病気としか思えない。アナフィラキシーショックみたいな。


 だが、俺はもう引き下がらない。


 お笑いは胸を張れるものだ。父さんの言うような、下賎なものなんかでは決してない。


 今度は歯が折れようが、血反吐吐くまで殴られようが、一歩も引かない。


 俺は何一つ、悪いことはしていない。

 いつまでも、父さんの顔色を伺う生き方はしたくなかった。


「認めてもらわなくても、俺はお笑いで食っていくって決めたんだ! 俺の人生は俺が決める!」


「生意気なこと言いやがって……。お前は世の中の厳しさを知らないから、そんな夢物語を言えるんだ! 俺は、お前のためを思って——」


「現実ばっかり見てたって夢が叶う訳ねぇだろ! 夢すら持てない父さんに言われたくなねぇ!」


「お前は何も分かってないから、そんな事が言えるんだ!」


 売り言葉に買い言葉で、俺たちはどんどん頭に血が昇っていった。


「叔母さんの例があるからかよ!」


「そうだ! お笑いをやるなら、俺は見に行かん! 時間の無駄だ!」


 顔を真っ赤にさせて、ご飯の残りを食べ始めた。


「あぁ、そうかよ! 俺も父さんが来てくれない方がノビノビ出来るね!!」


 これ以上、父さんと同じ空間にいたくなかった俺は、そのまま階段を駆け上がった。


 あんな言い方しなくたって良いじゃないか。

 ……悔しかった。


 自分の好きな事を親に否定された事が。そして、納得させるだけの実績がない自分が。


 老人ホームで、二、三十人のお客さんを笑わせるだけじゃダメだ。

 もっと……それこそ、百人、二百人規模のお客さんを笑わせるくらいの……


(——俺に出来るのか?)


 そんな不安が、一瞬よぎる。


 しかし、今の俺は自信を持って言える。

 大丈夫だ、と。

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