番外編

バレンタイン特別編 前編

 冬のある日。

 週末の午前中。

 俺、リュート・アークライトはミルシア地区を一人で歩いていた。

 王都ミルワードの冬は寒い。

 俺は高等部の制服の上から、コートを羽織っている。

 文房具のストックが切れてきたので買い足した帰り道で、俺は街並みの異変に気づいた。 

「やけに甘い匂いがするな……」


 ふと気になって、俺は周りの店を見る。

 視界に入ったのは、茶色い菓子。

 チョコレートだ。

 お菓子屋はもちろん、喫茶店や学生向けの飲食店などが揃ってチョコレートを販売している。

 小綺麗に包装された定番のアソートから、期間限定のチョコドリンクやチョコフォンデュなど様々だ。

 ミルシア地区は学生街なので、比較的手頃な値段で色々売られている。

 

「……なんか見覚えがある光景だな」


 どこの店でもチョコや関連商品を扱っているこの様子。

 今世で見た光景ではない。

 俺が冬のチョコレート商戦を以前目にしたのは、前世でのことだ。


「もしかして、バレンタインか?」


 この世界にはバレンタインの起源となった宗教や人物が存在しない。

 暦も前世とは違うので、厳密には2月14日という日付すらない。

 そもそも、俺にはこの世界でリュート・アークライトとして15年間生きてきた記憶がある。

 その記憶の中に、バレンタインデーに近い文化がこの世界にあった覚えはない。

 俺はミルシア地区の不思議な光景を前に、首を傾げるしかなかった。



「ってことがあったんだけど、何か知ってるか?」


 街でのチョコレート商戦を目にしてから少しして。

 俺は学園内にあるカフェで、とある人物と昼食を共にしていた。

 クレハ・フラウレン。

 俺の恋人であり、婚約者でもある女の子だ。

 寒がりなクレハは、制服の上にブランケットを肩がけしている。

 俺はクレハに、ミルシア地区で見た光景について話した。

 

「あ、それなら私も最近聞きましたよ」

「お、そうなのか」

「どうやらこの世界にも、バレンタインデーのような文化があるそうです」

「それはつまり、好きな人や友達に対して、特定の日にチョコを贈る文化ってことか?」

「はい。この世界では今のところ、女性から意中の男性に対して贈るのが主流みたいです」

「でもそんな話、去年までなかったよな?」

「フレデリカさんが言うには、今年から流行らせようとしているそうです」


 フレデリカはクレハの親友で、俺とも昔から交流がある。

 彼女の家は名門の貴族でありながら、王都でも屈指の大商会を営んでいる。

 

「チョコ……というか砂糖を売りたい商会の戦略って感じか」


 この世界では近年、砂糖が大量生産されるようになり、甘いお菓子は安価で供給されている。

 一方で今年は供給過多という話も聞いていたので、在庫を売り捌くために思いついたアイデアだろう。

 買い手に対して、購入する動機を売り手側から提案して売りつける。

 現代日本でもよくあった。 

 バレンタインのチョコとか、クリスマスケーキとか、節分の恵方巻とか。

 

「もしかして、リュートくんもチョコがほしいのですか?」


 考え込んでいた俺をじっと見て、クレハが首を傾げる。


「いや、そういうつもりじゃ……」

「そうなのですか? てっきり、さりげなく催促しているのかと思いました」


 クレハはそう言ってくすくすと笑う。

 

「確かに、知らなかったとはいえ話題に出した時点で催促しているのも同然か……」

「では、知った上でどう思いましたか?」


 改めて、クレハに問われる。

 高等部の一年。

 恋人になってから初めて迎えた冬。

 大好きなクレハから、バレンタインにチョコをプレゼントされる光景を想像してみる。


「……正直ほしいな。クレハのチョコ」

「そういうことなら、私がリュートくんのために手作りのチョコレートを用意してあげましょう」


 クレハはどこか満足げにそう言った。


「もしかして、俺が言う前から準備してたとか?」

「そ、それは察したとしても言わなくていいではないですか……!」


 照れて頬を赤くするクレハは相変わらずかわいかった。



◇◇◇◇


どうもりんどーです。

バレンタインの話を書きたくなったので時系列とか無視して書いてみました。

後編は2/14に公開しようと思います。

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