第23話 デートの次は、突然のお泊まり会
昼寝をしたせいで、気づけばもうすぐ夕方だ。
日没から一時間後には寮の門限なので、あと一箇所くらいしか行く余裕がない。
ゆっくりランチをする予定を変更して、食べ歩きをしながら目的地に向かった。
場所はミルシア地区にある中央広場の噴水だ。
王都でも若者に人気のデートスポットとして知られている。
夕暮れ時に噴水の前でキスをすると、末長く結ばれるという伝説があるらしい。
噴水に宿る精霊が見守っていて、男女の縁を結んでくれるそうだ。
この世界において、精霊なんて存在はここ百年は観測されていないらしいけど。
なんにせよ、告白するにはうってつけの場所だ。
どうやって誘うか迷っていたところ、クレハがこの場所に行きたいと言い出した。
「あくまでも、学術的な興味ですからね? 私たちは精霊基礎理論を受講しているじゃないですか」
「つまり、実地調査的なことが目的だって言いたいのか」
「なんですか。まるで私に別の目的があるみたいな言い方ですね」
クレハはいつも通り言い返してきた。
てっきり、例の作戦の一部だと思ったんだけど。
クレハが学術的な興味があるのは本当らしい。
一人で噴水に近寄ると、しゃがみ込んで石造りの造形美をじっと観察している。
「ファンタジーな雰囲気の造築物というは面白いですね……ここに描かれているのが噂の精霊でしょうか……?」
クレハは何やら楽しそうだ。
俺は少し遅れてクレハの方に向かうと、後ろ姿を眺めていた。
「リュートくん、これを見てください」
クレハが噴水の壁面を指さしている。
「なんだ?」
俺がクレハに言われるがまま、覗き込むように顔を近づけたその時。
「ほら、ここの……っ!?」
クレハがいきなり振り向いた。
急な出来事で、お互いの顔面が激突しそうになる。
「うおっ……!?」
避けきれなかった結果。
唇と唇が、かすったような気がした。
俺とクレハは、至近距離で顔を見合わせた状態で硬直する。
クレハの顔は真っ赤だ。
小さな息遣いまで、よく聞こえてくる。
クレハの唇は桜色で、潤いを持っている。
俺は吸い寄せられるように、もう少し顔を近づけようとする。
「……無言でいきなりはダメです」
クレハがすっと横に顔を逸らした。
照れくさそうにしながら、クレハは立ち上がる。
「日頃から堪え性がないのはリュートくんのよくないところです」
「そんなそぶり、俺がいつ見せた」
確かに今は、我慢できなくなっていたけど。
日頃からというのは納得がいかない。
「そんなことより、何か言うことがあるのではないですか」
クレハが催促するような眼差しを俺に向けてくる。
「言うこと?」
「今、リュートくんがしようとしていたことをする前に、言うべきことです」
じれったそうな様子のクレハだが、明言はしない。
これは、もしかして。
今この場で告白するように促されているのか……?
まずい。
考えていた予定と違う。
でも、男ならここは思い切るべき場面だ。
俺は真っ直ぐと、クレハを見据える。
「……っ」
クレハは何かを察した様子で、息を呑んだ。
「クレハ。俺は君のことが――」
「あ!リュート兄様、ちょうどいいところに!」
意を決した俺の言葉を、聞き覚えのある声が遮った。
アリア・ミルワード。
この国の王女であり、俺の従妹でもある女の子だ。
「まだ絶妙なタイミングだな……」
「むむ……」
なぜこんな場所にアリアがいるんだろう。
疑問に思って声のした方を見てみると、アリアが切羽詰まった様子で駆け寄ってきた。
「リュート兄様、あの人たちに追われてるから助けて!」
どうせいつもの護衛を撒いて好き勝手歩き回っていたんだろう、と思ったらどうも様子が違う。
アリアが示した先には、見知らぬ屈強の男たちが三名ほどいた。
肌の色や服装から察するに、男たちはこの国の人間ではない。
周囲を見回して、何か……というよりは誰かを探している様子だ。
「これは、ただ事じゃなさそうだな……」
俺はとりあえずアリアに自分の制服を被せて顔を隠す。
異国の人間が王女であるアリアを追いかけているとは、一大事だ。
「わっ」
「あいつらに見つかる前に、ここを離れよう。クレハ、悪いけど……」
俺は男たちに見つかる前に広場を離れることにした。
「まあ、仕方がないですね」
クレハは名残惜しそうだったが、緊急事態であることを察して了承してくれた。
○
とりあえず王宮よりも近場だったので、アリアは一時的に男子寮の俺の部屋で匿うことにした。
女子寮は警備が厳重だが、男子寮はそれほどでもない。
それだけ聞くと女子寮に逃げ込んだ方が良さそうだが、実際は逆だ。
女子寮は部外者の侵入を徹底的に阻止するので、そもそもアリアを連れて入ることができない。
男子寮は警備が手薄だが、上手くやれば誰にも見られずに入ることができるので、追っ手もすぐにはここに逃げたとは気づかないだろう。
テレンスには訳ありだと言って、今日だけ別室に映ってもらった。
そうして、追っ手や学園の人間たちに見つからないよう、こっそりと自室に帰ってきたのだが。
「ここがリュートくんの部屋ですか……」
「クレハまでついてくる必要はなかったのに」
「リュートくんを王女様と密室で二人きりにできるわけがないでしょう」
「変な心配は無用だ」
「そうは思えませんけど」
クレハはじーっと疑うような視線を俺に向けてくる。
「アリア、ここがリュート兄様が暮らしてる部屋なんだ!」
その横で、アリアが先ほどのクレハと似たような反応を見せていた。
「寮のお部屋って狭いんだね?」
「アリアはアリアで、追われている割に随分楽しそうだな」
「えっ、そうかなー……?」
あ、これはアリアが隠し事をしている時の反応だ。
これはもしかすると、当初想像していたよりも大事じゃなかったのかもしれない。
事情を聞くと、追いかけてきたのは隣国の兵士で、この国の人間と協力してアリアを探していたとのことだ。
アリアは隣国の王子の婚約者になる予定があるらしい。
「でも、それが嫌だから逃げ回ってたの……」
アリアは俺に問い詰められてしゅんとしている。
要するにこのおてんばな王女様は、家出をしてきたらしい。
「今頃王宮は大騒ぎだろうな……すぐに帰るべきだ」
「えー、せっかく兄様の部屋に来たのに」
「遊ぶために連れてきたわけじゃないからな」
「じゃあ、今夜だけでも!」
何が「じゃあ」なのかはよくわからないけど、アリアはここに泊まって行くつもりらしい。
「そんなわけにはいかないだろ」
「泊めてくれないと、兄様にさらわれたって告げ口しちゃう!」
「権力を乱用するな」
「あたっ」
俺はアリアの額を小突いた。
「大体、王女様がこんな狭い部屋で男と一緒なんて問題だろ」
「だったら、兄様の婚約者の……クレハさんも一緒ならいいでしょ?」
ここで駄目だと言えないから、アリアはおてんばな性格に育ってしまったんだろう。
「……明日になったら君の護衛を呼ぶからな」
薄々分かってはいても、俺は断れなかった。
「本当に大丈夫なのですか? アリア様をすぐに王宮に帰さなくて」
「アリアはわがままだけど、最低限の分別はついている子だ。それが家出するなんて、よっぽどのことだと思うんだよ」
「なるほど……」
「逃げ道を求めて俺のところにやってきたんだから、無碍にあしらうのもよくないだろ」
「だから今夜だけ、様子見ということですか」
「ああ。一晩立てば、落ち着くかもしれないしな」
「あれ? でもさっきの話だと、私も今晩ここに泊まるってことですよね?」
「やっぱりまずいか」
「……」
クレハは頬を仄かに赤く染めて、迷っている様子だ。
「いえ、自分の婚約者を他の女の子と二人きりにするなんてさせません!」
しかしすぐに決断した。
そうして俺は婚約者と従妹と共に、狭い寮の部屋で過ごすことになった。
アリアは「お泊まり会だ!」などと言って喜んでいた。
◇◇◇◇
そんなわけで告白はお流れとなってしまいましたが、次回は女の子たちとのお泊まり会です。
ちょっとえっちな要素があるかも……?
あとは、ここまであまり描いていなかったクレハとアリアの絡みが見られます。
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