第11話 婚約者に餌付けされる

 ミルワード王立学園では、高等部からは寮暮らしだ。

 貴族の子息や令嬢にとっては、実家の屋敷からの解放を意味する。

 自立を求められるので、使用人の手を借りられないのは不自由だが、送迎という名目の家からの軽い監視がなくなるし、門限は存在するが実家ほど厳しくない、という場合も多い。

 つまりある程度の自由度が増え、活動範囲や時間を広げることができる。

 学園と家の往復以外に、外出の申請さえしておけば親の目を憚らずに出かけることが可能になったのだ。

 そんなわけで俺たちは、学生街で流行りの店に出向いて、腹ごしらえすることにした。

 教科書を買いに行くのが目的の外出ではあるが、あえて昼時を選んだのには、新たに得た自由を謳歌したかったから、という理由もある。

 幸いそれほど待たずに入店し、テーブル席に案内された。

 

「ここは元々、庶民の学生の間で大流行していたらしい」

「最近では、貴族の学生にもその流行が広がってきたそうですわ。私も領地が隣の令嬢から話を聞いたのです」


 この店に行こうと提案してきたのは、テレンスとフレデリカだ。

 二人は俺やクレハよりも色々な貴族と交流があるので、流行にも詳しい。

 店内は貴族御用達のレストランとは大きく異なり、どちらかと言えば庶民的だ。

 そのこと自体は別に気にしていないのだが、この店の内装はどことなく見覚えがあった。

 

(なんていうか、ものすごく和風な内装だよなあ……)


 少なくとも、中世ヨーロッパ風な世界観のこの国では見慣れない雰囲気だ。

 例えるなら、日本にある昔ながらの定食屋、みたいな感じだ。

 隣に座るクレハの様子を窺ってみると、何か思うところがありそうな顔をしていた。

 きっと、俺と同じ感想を抱いているんだろう。

 メニューは一種類しか存在しないとのことで、席に着いた段階で四人前が注文されたが、 一体何が出てくるんだ。


「ちなみに、この店ではどんな料理が食べられるんだ?」

「オニギリ、という珍味が人気のようですわ」

「聞いた話だと、手で食べるらしい。色々な具材を米で包む料理なんだってさ」


 これは間違いない。

 まさか、おにぎりがこの世界にも存在しているとは。

 前世で慣れ親しんだ日本の味は、異世界の珍味になっていた。


「おにぎりと言えば……確かリュートくんは、鮭と梅干しが好きでしたよね?」


 さりげなくそう口にした直後、クレハはハッとした表情を見せた。

 テレンスとフレデリカが、不思議そうな顔をする。


「あら、お二人はオニギリを食べたことがあったのですか?」

「あ、えっと、その」


 クレハはあからさまに動揺している。

 ……まあ、前世で食べたことがありますなんて言えるわけがないよな。

 ここは助け舟を出してあげよう。


「昔二人で食べたことがあるんだ」

「へえ、だからクレハはリュートの好みまで把握してるんだな」

「ふふ、さすがはクレハさんですわね」


 テレンスとフレデリカの微笑ましげな視線が、クレハに注がれている。

 クレハは視線を右往左往させていたが、隣に座る俺と目が合って余計に挙動不審になっていた。

 逃げ場を求めてクレハが反対を向いたところで、救世主が現れた。


「お待たせしました」


 注文していた料理……というかおにぎりが届いた。

 正真正銘、前世で慣れ親しんだおにぎりと同じ見た目をしている。

 さっそく食べようとしたところで、フレデリカが不思議そうな視線を向けてきた。


「お二人は、いつものあれはやらないのですか?」

「あれ……?」


 いつものって、なんだったっけ。

 心当たりのない俺に、テレンスが答えを教えてくれた。


「ああ、あの『あーん』ってやつか! 俺たちは恥ずかしくてできないけど、リュートたちはよくやってるよな」


 ……言われてみれば、そんなことをしていたな。

 ただ、俺とクレハは所構わず「あーん」して食べさせ合うようなバカップルではない。

 前世の記憶を思い出す前の俺たちですら、さすがに人前ではやらないようにしていた。

 けれど今日みたいにこの二人とダブルデートをしていた際、クレハが癖で差し出してきたスプーンに、俺がうっかり食いついてしまったことがある。

 以来、テレンスとフレデリカからからかわれるようになっていた。


「……」

「……」


 俺とクレハは、無言で顔を見合わせる。

 やがてクレハは、意を決したようにおにぎりを手に取った。


「まあ、今日に限ってやらないと言うのもおかしな話ですし? せっかくなので、食べさせてあげましょう」


 なんだかんだと言い訳を重ねながらも、クレハはおにぎりを俺に差し出そうとしている。

 もしかして仲の良い婚約者を演じるために、恥や俺に対する嫌悪感とかを忍んでやってくれているのか……?


「無理はしなくてもいいんだぞ?」

「……リュートくんがどうしても嫌ならやめますが」


 どういうわけか、クレハはしゅんとした様子を見せた。

 俺としては、気遣ったつもりだったんだけど……何か間違ったらしい。


「別に、嫌ってわけじゃない。食べさせてくれるって言うなら……頼む」

「……! 婚約者であるリュートくんの頼みですから、仕方ないですね」


 一転して、クレハはすました顔を浮かべた。

 だが心なしか、口元がつり上がって見える。

 ……よく分からないけど、機嫌が良さそうだ。

 今度は間違っていなかったらしい。


「では、どうぞ」


 ぐっと押し付けるような勢いで、クレハはおにぎりを口元に運んでくる。

 頼まれたから不本意ながら、といった態度の割に、何故か真っ直ぐこっちを見ているから破壊力抜群だ。

 じーっと、俺の反応を窺うように、クレハの視線が注がれている。

 ……好きな人からこんなに見つめられたら、むしろこっちが目を逸らしたくなる。


「じゃあ、いただきます」


 差し出されたおにぎりをかじると、見た目通り、前世の日本で食べた物とほぼ同じ味だった。 

 米の中には塩っぽい魚の具が入っている。

 鮭のようだが、この世界に鮭は存在しないので、似た食感の魚だろう。


「おいしいですか?」

「ああ、うん。懐かしい味だ」

「では、もっと食べてください」


 一度だけで終わりかと思ったら、クレハは更に食べさせようとしてきた。

 なんだか、目が輝いているような気がする。

 テレンスとフレデリカがニヤニヤと見ているんだけど、気づいてないんだろうか。

 店内にいる他の客まで好奇の眼差しをこちらに向けている。

 しかしクレハは、周囲のことなど気に留めていない様子だった。

 ……ここで指摘したら、二度とやってもらえない気がする。

 俺は黙って二口目を食べた。


「……ん?」


 クレハに餌付けされるようにおにぎりを食べていて、俺はふと思う。

 テレンスとフレデリカは当然のように受け入れていたけど……クレハはどうして俺の好みを把握していたんだろう。

 前世のどこかで知ったんだろうけど、俺は竜斗だった頃にも紅羽に対してそんな話をした覚えはない。

 ……嫌いな奴の好みをわざわざ把握するなんてことがあるんだろうか。



◇◇◇◇


次回はダブルデートの続きをクレハ視点でお送りします。

ぜひフォローをしてお待ちください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る