第12話 婚約者とダブルデート クレハ編
私、クレハ・フラウレンは、婚約者であるリュートくんと、友人であるテレンスさん、フレデリカさんと一緒にミルシア地区に出かけています。
ダブルデート、というやつです。
まずは腹ごしらえを済ませ、いよいよ目的である教科書を買いに書店に来ましたが……ここまでで既に、羽目を外しすぎてしまった気がします。
リュートくんと手を繋いだり、あーんしておにぎりを食べさせたり。
最初は「以前はいつもこうだったから」という言い訳のもと、アリバイ程度にやるだけのつもりでしたが……気づけば夢中になってリュートくんといちゃいちゃしてしまいました。
とても恥ずかしいですが、今更後悔しても遅いです。
……正直、あまり後悔はしていませんけど。
「来る度に思いますが、壮観な眺めです……」
私たち四人がやってきたのは、ミルシア大書庫。
学生や研究者御用達の、様々な本が販売されている書店です。
書庫の名の通り、街の古本屋のようなこじんまりとした規模感ではなく、二階建ての巨大な本屋で、古今東西、学問に関係のある書物から関係のない雑誌まで大体なんでも置いてあることで有名です。
ミルシア地区の一等地に堂々と建っている店舗内に足を踏み入れると、私の背丈を遥かに上回るほど高い棚が無数に並んでおり、その全てに隙間なく本が収められています。
「ここにある本を全部売ったら、いくらになるんだろうなあ」
「あまりはしたないことを言っていると、警備員に目をつけられますわよ」
本の量に圧倒されて俗っぽいことを言うテレンスさんを、フレデリカさんが指で小突いてから、入り口の端に立つ男性を指差します。
この世界ではまだ現代日本ほど印刷技術が発展しておらず、本は貴族でも余裕のあるような人々しか自由に買えないような品です。
そんな代物が大量に置かれているお店とあって、屈強な警備員が出入り口を固めています。
「そんな高級品を買う費用を、学生に対して気前よく負担してくれるなんて、この国はすごいですね……」
「宰相である俺の父と、財務大臣であるフラウレン侯爵が色々手を回したらしい」
「そうだったのですか……?」
リュートくんに言われて初めて知りました。
私もまだまだ勉強不足です。
「さて。リュート、クレハ。ここからは一旦別行動でもいいか?」
「お互い履修する科目も違うことですし、その方が都合がいいと思いますの」
テレンスさんとフレデリカさんが、そんな提案をしてきましたが……友人として長年この二人を見てきた私には分かります。
きっとダブルデートと言いつつも、二人きりになるタイミングが欲しいのでしょう。
「はい、そうしましょう。私もリュートくんと二人で見て回ることにします」
「えっ」
私はこう見えて、他人の色恋沙汰には敏感なんです。
二人の気持ちなどお見通し。
自然とリュートくんを引き取って、テレンスさんとフレデリカさんが二人きりになれる状況を演出します。
リュートくんが何か言いたげでしたが、構いません。
「じゃあ、決まりだな」
「それでは、買い物が終わったらお店の前で集合ということで」
そう言って、テレンスさんとフレデリカさんは奥の方にある本棚を見に行きました。
ふと、私は隣を見ます。
当然ながらそこには、リュートくんがいます。
「……」
「……」
あれ。
私もリュートくんと二人きりになってしまいました。
いや、四人いるところから二人引いたら、そうなるのは当たり前なんですけど。
……意識すると途端に、体温が熱くなってきました。
「……私たちも行きましょうか」
「あ、ああ」
リュートくんの返事を聞くと、私は足早に歩きはじめました。
今顔を見られると恥ずかしいので、数歩前に出ることで隠します。
もしこれで放っておかれたら……という気持ちが少しだけよぎりますが、背後にはしっかりとリュートくんの気配を感じます。
些細なことですし、リュートくんは例え疎ましく思っていたとしてもここで私を一人にするほど薄情な人ではないと分かっていても、少しだけ嬉しい気持ちになります。
私は軽い足取りで目的の本がある棚の前に向かってから、あることに気づきました。
(本に手が届きません……!)
前世の紅羽であればもう少し背が高かったので届いたでしょうが、クレハ・フラウレンは身長150cm足らずの小柄ぶりです。
本来なら高い所の本を取るための足場が用意されているはずですが、近くに見当たりません。他の方が使用している最中でしょうか。
……背伸びすればギリギリ届くかもしれません。
試してみましたが、やはりダメでした。
「う、うーん……」
「これが欲しいのか?」
ふと、背後に気配を感じました。
目一杯伸ばしても届かない私の手の高さを軽々と越えて、気配の主は目当ての本を掴んで本棚から抜き取ります。
「ほら、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
振り返ると、そこには本を私に差し出すリュートくんがいました。
私はお礼を言って受け取りますが、目を合わせることができません。
……これくらいでドキドキするなんて、チョロすぎませんか、私。
リュートくんに優しくされて嬉しくないわけがないのですが、彼は困っていたらさりげなく助けてくれる親切な人です。
それが、いつも喧嘩ばかりしている相手であっても。
私は悶えたくなる気持ちを抑える先を求めて、受け取った本を抱きしめます。
……それにしても、今世の本は分厚くて重いです。
なんとなく抱きしめましたが、そもそも抱えないと運ぶことが難しいようなーー
ひょい、とリュートくんに本を取り上げられました。
「あ、悪い。気が利かなかった。こんなに分厚い本だと、重いよな」
何食わぬ顔で重い物を持ってくれるとか、私の婚約者はカッコ良すぎます。
いや、まあ。ベタといえばそうなのかもしれませんが。
既にリュートくんのことが大好きな私は、気遣われたり意外と力持ちな一面を見せられたら、惚れ直してしまうのです。
「精霊基礎理論……クレハはこの授業も取ってるのか」
「はい、やっぱり変でしょうか……?」
この世界にはかつて、精霊が存在していたそうです。
現在では姿を見なくなったので、空想上の生物だと人々から認識されている場合も多く、考古学的な位置付けの学問の中でも超マイナージャンル扱いです。
せっかく異世界に転生したのですから、ファンタジーっぽい授業も選択してみようと思ったのですが……リュートくんからは変な趣味の女だと思われてしまったでしょうか。
「いや。実は僕も取ってるんだけど、こんな授業を選択するもう一人の物好きの正体が、君だったとは思わなくて」
「……もう一人の物好き?」
「精霊基礎理論の講師とたまたま話す機会があって聞かされたんだけど……今期、この授業を選択した学生は二人しかいないんだ」
「え? じゃあ私以外のもう一人というのは」
「ああ、この授業は僕とクレハの二人きりで受けるらしい」
リュートくんの言葉を聞いて、私は胸が高鳴るのを感じました。
二人きり。
なんて素敵な響きでしょう。
中等部の時は全学生が同じ科目を受講していたのでこんなことはありえませんでしたが、高等部では全教育課程の半数ほどが選択科目です。
「でも、普通は二人しか受講者がいなかったら開講しないはずでは?」
「学園側が変な気を回してくれたらしい。俺たちの親は学園から身分の制限を取り払った立役者だから、それなりに影響力があるらしくて」
「つまり、アークライト家とフラウレン家の子供だから、特別扱いされていると?」
「ついでに言うと、婚約者だから……だな。学園としては、俺たちにいい思いをさせておいて、次の世代でも手厚い支援をしてほしいってことだろう」
「だから、私とリュートくんしか受講者がいなくても授業が成立してしまうんですね」
学園からの、特別扱い。
これではまるで、私たちが学園公認のカップルみたいです!
「……」
私はにやけそうになる顔を隠すため、リュートくんに背を向けます。
「どうしたんだクレハ」
「なんでもありません。他の本も探しましょうか」
「……? ああ」
不思議そうな反応をするリュートくんをよそに、私は平静を装って歩き始めます。
しかし心の中では二人きりの授業を待ち遠しく思いながら、買い物の続きに戻るのでした。
学園側の思惑に乗せられているような気がしますが、まあいいでしょう。
◇◇◇◇
ちょっとだけネタバレというか予告をしておくと、次回はリュートが前世の紅羽のあられもない姿を思い出す回です。
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