第28話 婚約者に看病される
「頭が重い……」
アークライト家からの帰り道に雨に打たれた翌日。
俺は風邪をひいた。
現在は、寮に隣接した医務室のベッドで横になっている。
「前世よりも病弱になってないか……?」
今世は公爵家の後継ぎとして、前世よりも過保護に育てられてきたからだろうか。
その後もくだらないことを考えようとしたが、頭が回らない。
「あー、熱い……」
体温を計るまでもなく、高熱だと自分で分かる。
今はお昼前の授業中だろうか。
医務室は静かだ。
ベッドの周りはカーテンで囲われているが、周囲に人の気配を感じない。
……とりあえず、今は体を休めよう。
そのまま俺は、眠りについた。
しばらくして、良いにおいと柔らかい感触を感じて、俺は目を覚ました。
「あ、起こしてしまいましたか?」
目を開けると、ベッドの横にクレハが座っていた。
「いや……君、どうしたんだ」
「リュートくんが汗をかいていたので、拭いていました」
「そういう意味じゃなくて、授業は?」
「ふふっ、今はお昼休みですよ」
クレハに笑われた。
「そうだったのか……」
「はい。なのでご飯を持ってきましたが、お腹は空いていますか?」
「言われてみれば、少し」
「じゃあ、少し体を起こしてください」
俺はクレハに支えられながら、体を起こした。
「はい、どうぞ」
クレハはベッドの脇に置かれた皿から、スプーンを差し出してきた。
「これはもしかして……おかゆか」
「はい。この世界にもリゾットはあるので、似た要領で作ってみました」
俺は差し出されるがまま、おかゆを口にした。
「美味いな……」
「では、もう少し召し上がってください」
俺は何口か食べて、満足した。
「ふう……ありがとう。やっぱりクレハって料理上手だな」
「そんなふうに褒めても何も出ませんよ?」
「まあ、すでにおいしい料理を食べさせてもらった後だからな」
「り、リュートくん……熱があるから変なことを言っているのではないですか?」
そんなことを言って、クレハが額に手を触れてきた。
冷たくて、小さい。
「クレハって、体温低いんだな」
ちょうどいい気持ち良さだったので、俺はクレハの手を掴んで額に押し当てる。
「……!?」
クレハの手が、驚いたようにピクリと跳ねた。
「今日のリュートくんは様子がおかしいです」
「当然だろ、風邪をひいてるんだから」
「病人であることを理由に、好き勝手していませんか……?」
「はは、そんなことは……ゴホっ」
「大丈夫ですか!?」
少し咳き込んだ俺を、クレハは大袈裟なくらい心配してくれた。
心配するクレハの顔もかわいい。
俺のことを様子がおかしいと言うけど、いつもと違うのはクレハだと思う。
いや、俺が困っているときにクレハが助けてくれるのは、元からだったか。
普段ツンツンしていても、いざと言う時は手を差し伸べてくれる。
俺はクレハのそういう点も好きだ。
そんな調子で俺が見惚れていると、クレハがますます不安そうにしていた。
「あの、リュートくん?」
「あ、うん。大丈夫だ」
「では、もうすぐお昼休みが終わるので私は行きます」
「ああ、じゃあな」
俺はクレハの手を離した。
「放課後に、また来ますね」
クレハはそう言って、医務室を出ていった。
また来ます。
その一言を聞いて安心感に包まれながら、俺は再び眠った。
○
夢を見た。
キスをする夢だ。
実は俺とクレハは、今世で一度だけキスをしたことがある。
あれは前世の記憶が蘇る前の話だ。
まだ中等部に通っていた、一年ほど前の出来事。
婚約者らしく二人で演劇を鑑賞したことがきっかけだ。
劇の内容は恋愛もので、最後のシーンで主人公とヒロインがキスをしていた。
甘ったるいエンディング。
その余韻に当てられたからだろうか。
最初に興味を持ったのはクレハだった。
帰りに劇の感想を語り合うために立ち寄ったパーラーで、当時は仲が良すぎるくらいに良好な関係だった俺たちは、自然とそういう雰囲気になった。
「リュートくんは、興味ありませんか?」
クレハが熱っぽい眼差しを向けてきて。
その後は、どちらからともなく吸い寄せられるように、キスをした。
その時の感触は、まだ覚えている。
唇と唇が触れ合うだけの、よく言えば年相応のキス。
直前までパフェを食べていたからか、それとも相性が良いのか。
とにかく甘かった。
クレハの唇は柔らかそうで、実際に柔らかかった。
そう、ちょうどこんな感じで。
(うん……?)
なぜだろう。
過去のことを夢で振り返っているだけのはずなのに、妙にリアルな感触が伝わってきた。
まるで、現実で同じことが起きているかのような。
俺は目を開ける。
鼻先が触れ合いそうなほど近くに、クレハの顔があった。
「……クレハ?」
「リュートくん!? あ、えっと」
クレハは何やら慌てた様子で、俺の額に自分の額を合わせてきた。
「お、おい?」
「さっきよりも、だいぶ熱が下がったようですね。これなら明日には回復しているでしょう」
「それは……よかった」
「私は寝込んでいるリュートくんの分まで実行委員の仕事を頑張ってきますので、それでは!」
クレハは俺に質問の余地を与えることなく、逃げるように去っていった。
「なんだったんだ……?」
ベッドの横にある棚の上には、皮を剥いてカットされたリンゴが、皿に盛られている。
「クレハが用意してくれたのか?」
その中の一つが、かじられている。
クレハがつまみ食いしたんだろう。
「ん?」
口元に、ほのかに甘い風味を感じた。
でも、俺はまだリンゴを食べていない。
「まさか、な……」
俺は目覚める直前まで見ていた夢のことを思い出して、すぐに自分で否定した。
◇◇◇◇
次回はこの話の裏でクレハがどんなことをしていたのかを描きます。
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