第30話 婚約者たちは羞恥プレイを楽しむ

 翌日には、俺の風邪は治った。

 その後は実行委員として、王宮でのパーティーに備えて準備に全力を尽くした。

 一週間後。

 あっという間にパーティーの本番がやってきた。

 パーティー当日の昼。

 俺とクレハは、日没後に控えた本番を前に、王宮に来ている。

 普段王宮に顔を見せる時はそれなりにきちんとした服装を準備して行くが、今回は学生として来ているので制服姿だ。

 俺の実家である公爵家の屋敷も、前世の家と比べたらかなり大きいが、王宮はさらに格が違う。

 実行委員である俺とクレハは、クラスの代表者として他のクラスメイトとは別室に呼ばれた。


「えへへ、二人とも久しぶり!」


 呼ばれた部屋には、アリアが待っていた。

 今日の主役である少女は、まだ支度をする前なのかパーティー用ではなく日常用のドレスを着ている。

 アリアは甘えるように俺とクレハにまとめて抱きついてきた。

 俺とクレハは元々隣に立っていたが、アリアに抱きつかれたおかげで3人で密着するような状態になってしまう。


「久しぶりだな……アリア」 

「アリア様、元気にしていましたか?」

「うん!」


 アリアは元気いっぱいにうなずいた。


「今日の職場体験では、私がアリア様のお世話係を拝命したので、よろしくお願いしますね」

「ってことは一日中姉様と一緒だね!」

「はい、ですのでそろそろ離してもらえると……」


 喜ぶアリアに、クレハは遠慮がちに申し出る。

 アリアは気づいていないと思うけど、窮屈すぎるくらい密着しているこの状況に気まずさを感じているのだろう。


「アリア様、これからパーティーに向けた準備がございますので、そろそろ」


 部屋の片隅に控えていたアリア専属のメイドが、口を開いた。

 それは暗に、一日中遊んでいるわけにはいかないと指摘しているように聞こえる。


「えー」

「今日はアリア様の晴れ舞台ですからね。全力でおめかしするために、時間をかけて支度をする必要があるでしょう?」


 不満げなアリアを、クレハが諭す。


「何時間もじっとしてるのは退屈だもん……」

「では、私がなるべく近くにいるようにしますので、一緒に頑張りましょう」


 女性の支度は色々時間がかかると聞く。

 今から風呂で体を清めて、ドレスや髪のセットをして、何時間もメイドたちにされるがままで動かずに待機する必要がある。

 活発なアリアには居心地の悪い時間だろう。

 ……もしかしたら、お世話係はこのために用意されたのかもな。


「じゃあ、絶対来てね」


 アリアは意外にも大人しく引き下がり、俺たちに抱きついていた手を離す。

 すっかりクレハのことを姉として認識しているのか、やけに聞き分けがいい。


「はい。私も支度ができたらすぐにアリア様の所に行きますね」


 クレハは優しくアリアの頭を撫でた。

 心地よさそうに目を細めたアリアは、支度のためにメイドたちに連れていかれた。

 その姿を見守っていると、入れ替わりで別のメイドが部屋に入ってきた。

 手には、何やら衣装を携えている。


「クレハ・フラウレン様ですか?」

「はい、そうですけど……何か?」

「クレハ様は、本日こちらを着用してください。アリア様付きメイドの制服です」

「こ、これは……」


 手渡されたメイド服に、クレハは絶句する。

 この世界で貴族として生きていればメイド服を目にすることは珍しくはない。

 しかしアリア付きのメイドが着用するそれは、特徴的なことで有名だった。

 普通のメイドが機能性重視の、地味とも言える格好をしているのに対し、アリア専属のメイドはやたらフリルがあしらわれていてかわいらしい衣装だ。

 前世の現代日本では、こんな感じのメイド服の方が人気だったと思う。

 

「うぅ……まさかこんな格好をすることになるとは」


 部屋の近くにある更衣室で着替えて、クレハが戻ってきた。

 あの、いつもツンツンしていた婚約者が。

 クレハ・フラウレンが……フリフリのメイド服を着ている。

 普段の彼女とは、真逆の服装。

 これは滅多に見られない光景だ。


(アリアの趣味に感謝だな……)


 アリア専属のメイドに誰がこんな格好をさせているかといえば、当然主人であるアリア自身だ。

 俺は羞恥に悶えるクレハを遠慮なく眺める。


「リュートくんも着替えなくていいんですか」


 恨めしさと恥ずかしさが入り混じった声を、クレハが漏らした。

 するとその声に呼応するかのように、先ほどのメイドが今度は別の衣装を持ってきた。


「リュート・アークライト様はこちらの服を着用してください」


 黒を基調とした執事服を手渡された。

 クレハから、好奇の視線を向けられているのを、俺は感じた。


「おお……」 


 執事服に着替えて戻ってきた俺を見て、クレハが感嘆の声をあげた。

 ピシッとした服装に、普段下ろしている前髪はオールバックにしている。

 というか、された。

 着替えに行った先に王宮の執事らしき中年男性がいて、思いっきり前髪を上げられたのだ。


「リュートくん。ちょっとその格好で言ってほしい言葉があるんですが」

「なんだ?」

「私のことを、お嬢様と呼んでみてください」


 ……急にどうしたんだ。


「今世のクレハは実際に貴族のお嬢様なんだから、呼ばれ慣れてるはずだろ?」

「だとしても、私には専属の執事なんていないんです。両親や兄弟がやたらと過保護なので、私の周囲には女性の召使いしかいないんですよ」


 やけに熱弁するクレハを前に、俺は納得する。

 そう言えば、クレハの屋敷を訪ねた時、彼女の近くで男性の執事や使用人を見た記憶がない。


「ですので、少しくらいは私の前世からの憧れを叶えてくれても良いではないですか!」

「憧れてたのか……」

「美人の専属メイドさんがいるリュートくんには私の気持ちなんてわからないに決まってます」

「ネリーがいてもいなくても、わからないけどな……」

「とにかく! 女の子は大体、格好いい自分だけの執事にお嬢様と呼ばれたいものなんです!」


 メイド服を着たクレハが、ぐいぐいと迫ってきた。


「リュートくんには、婚約者のささやかなお願いを叶える甲斐性もないんですか?」


 自分の願いをゴリ押しするためだろうか。

 最近は陰りを潜めていたクレハのツンツンぶりが、存分に発揮されている。

 まあこれはツンツンしているというか開き直っていると表現した方が正しいかもしれないけど。


「そこまで言うなら仕方ないな……」

「おお!」


 俺が折れると、クレハが期待の眼差しを注いできた。


「ご機嫌いかがですか、お嬢様」 


 俺は思いついたそれっぽい言葉をクレハに向かって口にした。


「むふふ……」


 クレハは何やら嬉しそうにニヤニヤとしていた。

 よくわからないけど、満足したならなんでもいいか。

 メイド服を着ているのに、すっかりお嬢様気分のようだ。

 実際に、お嬢様なんだけど。


「あ、そうだ」


 クレハがおもむろにそんな声をあげた。


「今度は何を思いついたんだ……」

「リュートくんを自分の執事にできて気分がいいので、私も一つくらいならお願いを聞いてあげますよ?」


 俺にお嬢様と呼ばれて上機嫌そうなクレハは、軽はずみな提案をしてきた。

 ……ちょうど恥ずかしい思いをさせられたところだし、一矢報いてやろう

 昔から口喧嘩ばかりしてきたせいだろうか。

 変な部分で、俺の対抗意識に火がついてしまった。

 ここでお返しの一つくらいはしておかないと、気が済まない。


「そういうことなら……せっかくメイド服を着ているんだし、俺のことをご主人様と呼んでもらうか」

「なっ……!?」


 クレハは戸惑う様子を見せた。


「人にお嬢様とか呼ばせたんだし、断らないよな」

「む、むぅ……」


 反論される前に、俺はクレハの退路を断つ。

 クレハは少しの間、ためらう様子を見せていたが、やがて意を決したように俺の目を見据えてきた。


「お、お帰りなさいませ、ご主人様」


 クレハが顔を真っ赤にしながら、定番のセリフを口にした。


「おお……」


 なるほど、これは確かに気分がいい。

 なんとも言えない高揚感に浸れるというか。

 ……もう一つくらい、何か言わせてみたいという欲が出てきた。


「よし、じゃあ次は――」


 言いかけたところで、俺は部屋の扉の方から視線を感じた。

 恐る恐る、そちらを見る。


「こ、これが大人の関係ってやつなんだね……私も見習わないと」


 アリアが半開きの扉から顔を覗かせていた。

 入浴やら着替えやらでじっとしているのが嫌で、さっそく抜け出してきたのだろう。

 どうやら、俺とクレハの恥ずかしい一部始終を目撃していたらしい。

 アリアはからかったりするのではなく、なぜか尊敬するような眼差しを俺たちに向けていた。


「待ってくれ、これは違うんだ!」

「そうです、今のはなんでもありませんからねアリア様!?」


 俺とクレハは、感心した様子で立ち去ろうとするアリアを慌てて呼び止めた。



◇◇◇◇


今回はまあお遊び回という感じです。

次回はクレハ視点でのお話を予定しています。

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