第2話 前世の記憶を打ち明けたら

 俺の生まれたアークライト家は、王国において代々宰相を努めている。

 この国において国王に次ぐ権力を持っており、その屋敷は相応に広い。

 そんな屋敷の庭園で、俺は婚約者と会っていた。

 庭に設置されたテーブルを囲んで、ティータイムを楽しんでいる。


「お久しぶりです、リュートくん」

「久しぶり……って言うほど会ってなかったっけ」

「中等部の卒業式以来会っていませんでしたから、一週間ぶりくらいです」

「確かに、それくらい経っていたか。クレハと会えて嬉しいよ」


 一週間は多分久しぶりと言うほど期間が空いていないと思うけど、あえてそこに言及するのは野暮というものだ。

 これがリュートではなく竜斗だったら、前世で好きだった人に対してツッコミを入れていたところだろう。


「私も、リュートくんと会えて嬉しいです」

 

 そう言ってはにかむのは、幼い頃からの婚約者であるクレハ・フラウレンだ。

 名門貴族の末娘であり、亜麻色のさらさらした長い髪が特徴的だ。白い肌に、少しあどけなさの残るかわいらしい顔立ちをしており、貴族の中でも屈指の美少女だと評判だ。


 子供の頃はあまり意識していなかったけど、最近は体つきが少しずつ女性的になってきた気がする。

 将来は、王国一の美人として名を馳せることになるだろう。

 俺の自慢の婚約者だ。


「……」

「……」


 会話が、続かない。

 いつもなら大好きな婚約者との談笑に花を咲かせるところなのだが、前世の記憶が蘇ったばかりの俺は、どうしてもそういう気分になれなかった。


 今の俺はリュート・アークライトとして生きている。

 本来なら、気持ちを切り替えて、目の前にいる婚約者のクレハと向き合うべきなんだろう。

 でも、前世で最期に一緒だった紅羽くれはがどうなったのか、気になって仕方がなかった。


(……このままは、良くないな)


 いっそ、前世のことを打ち明けてしまおう。

 クレハのことを大切に思うなら、こんなモヤモヤした状態で向き合うべきではない。


「「実は話したいことがあるんだ(です)」」


 二人とも同じタイミングで似たようなことを言ってしまった。


「……クレハの方からどうぞ」

「いえ、こういう時はリュートくんの方から」

「クレハがそう言うなら……分かった」


 譲り合った結果、俺の方から話すことにした。


「実は俺……今朝、前世の記憶を思い出したんだ。前世ではこことは別の世界にある日本という国で暮らしていて、大白おおしろ竜斗りゅうとって名前の高校生だったんだけど……事故で死んで、この世界にリュート・アークライトとして転生したんだ」

「リュート……くん?」


 クレハは俺の話を聞いて呆然としている。


「まあ、急にこんな話を聞いても意味がわからないよな。おかしくなったと思ってくれても」

「まさか、本当にあの大白竜斗……!?」

「え?」


 なんだその、まるで前世の俺を知っているかのような口ぶりは。


「こんなことって……竜斗くんがリュートくんに転生しているなんて……」 

「クレハ? 大丈夫か?」


 独り言を呟くクレハに、俺は声をかける。


「実は、私も今朝、前世の記憶を思い出したんです」

「なんだって?」

「私は前世で、種崎たねさき紅羽くれはという名前の女子高校生でした。竜斗くんなら、ご存知ですよね」


 種崎紅羽。

 まさしく、俺が前世の最期に一緒に下校していた女の子の名前だ。


「嘘だろ……紅羽も転生していたなんて……」


 驚愕が隠せない俺だったが、そこで一つの事実に気づく。


「待て。転生したってことは、もしかしてあの時紅羽も」

「はい。私も事故で死んで、この世界に生まれ変わったみたいです。今朝まで、知らずに暮らしていましたけど」


 クレハは小さくうなずいた。

 まさか、種崎紅羽がクレハ・フラウレンに転生していたなんて。

 

(待てよ。それってつまり……)


 前世で散々口喧嘩をしていた犬猿の仲のクラスメイトと、今世ではその記憶をさっぱり忘れた状態で、婚約者として散々いちゃいちゃしながら15年間も生きてきたってことか。

 知らなかったとはいえ、思い返すと途端に恥ずかしくなってきた。


(なんでもっと早く前世を思い出さなかったんだ、俺……!)


 恐る恐る、クレハの方を見る。

 きっと彼女も同じことに思い至ったのだろう。


「うぅ……なんでもっと早く前世を思い出さなかったんでしょう、私」


 うわ言のように呟く中、透き通るような白い肌が、耳まで赤くなっていた。



◇◇◇◇


どうもりんどーです。

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