第8話 入学式の後、距離感が近すぎる婚約者
ミルワード王立学園。
王国の次世代を担う人材を育成するという目的の下、三十年ほど前に設立された。
この国では依然として上流階級が優遇されており、貴族出身であれば学費さえ払えば無条件で入学することが可能だ。
平民も成績が優秀だったり特技があれば費用は全て国が負担の上で教育を受けることが可能で、最近では全学生の四割に達している。
宰相や大臣などの要職は慣例的に世襲によって後任が決められるが、官僚や騎士は身分を問わず登用の機会が増えており、学生たちは将来の出世を目指してこの学園で己を磨いている。
中等部と高等部が併設されており、高等部は全寮制だ。
高等部では、経済学や政治学、軍事学や剣術など、国家を運営するために必要な学問であれば一通り学ぶことが可能で、学生は一般教養に加え、自身の適性や目指したい将来に合わせて専門科目を受講する。
リュートとクレハは高等部一年の総合科特選クラス所属だ。
端的に言うと、成績も家柄も優秀な学生が所属するクラスで、学生の中でも特に将来有望な人材が集まる。
「それで、どうしてクレハが隣にいるんだ」
「私だって、成績優秀者ですから。このクラスに所属していて当然です」
「そうじゃなくて、なんで俺の隣の席に座っているんだ」
現在、俺とクレハは所属するクラスの教室で、隣り合わせの席に座っている。
自由席なのでどこに座ってもいいはずなのに、クレハは俺の真横にいた。
これはもしかして……と期待の眼差しを向けたら、返ってきたのは冷たい視線だった。
「それは私のセリフです。なぜリュートくんは私の隣に座っているのですか」
「……どうしても気になるなら、他の席に移動するけど」
「いえ、このままで結構です」
「それはどうして」
色々言いつつも、俺の隣にいたいと思ってくれたり……。
「私たちは中等部の頃から、仲の良い婚約者としていつも隣にいたんですから。今更離れたら不自然でしょう」
「それもそうか……」
残念ながら想像したような理由ではなかった。
その割には、肩が触れ合うほどの距離感に座っているのは気になるけど。
きっとこれも、大好きな婚約者と少しでも近くにいたいから……ではなくて、記憶を思い出す前の癖とかだろう。
「……」
「……」
会話が途切れ、互いに無言で前を向く。
何を話したらいいか分からない。
クレハはどんな様子だろう、と横目で見たら、目が合った。
「っ!?」
声にならない声を微かに漏らし、肩を跳ねさせながら、クレハは目を逸らした。
気まずい……とは違うだろう。
少なくとも俺は居心地が悪いとは思っていないから。
大好きな婚約者がこんな近くにいて、気を悪くする人間などいない。
とは言え話題に困っていた俺のところに、助け舟がやってきた。
「よう! リュート、クレハ! さっきのスピーチはさすがだったな」
「ありがとう、テレンス。久しぶりだな」
一組の男女が、俺とクレハのところにやってきた。
二人ともこのクラスに所属している一年生だ。
ガタイの良い長身の男子生徒がテレンス・バークリーで、金髪縦ロールが特徴的な女子生徒がフレデリカ・ヘインズだ。
二人は騎士団長の息子と王弟の娘で、婚約している。
それくらいの立場でないと、俺やクレハには話しかけにくいらしい。
前世の記憶を思い出す前から誰とでも分け隔てなく接していたので、俺としては身分で会話する相手を選ぶつもりはない。
いつ誰に話しかけられても基本的には歓迎なのだが、他の学生としては自分とかけ離れた身分の相手に気軽に接するのは難しいようだ。
まあ、家柄に目をつけて擦り寄られるよりは、その方が気楽で良いか。
「ごきげんよう。リュートさん、クレハさん」
「フレデリカさんも、お久しぶりです」
俺とクレハにとって、テレンスとフレデリカは学園に入る前から付き合いのある、親友のような関係だ。
フレデリカは俺とクレハを交互に見ると、口元を手で押さえて笑った。
「それにしてもお二方。相変わらず仲がよろしいのですね。肩が触れ合うような距離で座るなんて、わたくしとテレンスでもしませんわ」
「なっ……!? わ、私はそんなつもりでは……!」
クレハが飛び跳ねるように立ち上がった。
……まさか、今まで意識していなかったのか。
指摘を受けて、クレハの頬が少し赤くなっている。
「リュートくん、なぜ言ってくれなかったのですか……!」
「いや、だって……」
大好きな婚約者と触れ合えて好都合だから黙っていた、なんて言えない。
「はは。この調子だと、声をかけに来て正解だったな」
「ええ、そのようですね」
テレンスとフレデリカが、顔を見合わせる。
「なんの話だ?」
「この後四人で一緒に出かけないか? 教科書とか、寮で必要なものを買いに行く必要があるだろう」
この学園では貴族と平民が混在している。
貴族が優遇される傾向にはあるが、使用人などを敷地内に連れて入ることなどはできない。
そのため、身の回りの支度や買い物なども学生自ら行う必要がある。
要するに、買い出しに――
「要するに、ダブルデートのお誘いですわ」
「だ、だぶるでーと……」
立ったままのクレハが、フレデリカの言葉をうわ言のように繰り返した。
「もちろん、どうしても二人きりで出かけたいって話なら、俺とフレデリカは引き下がるつもりだけどな?」
「ど、どうしても……と言うほどではありません。ですよねリュートくん」
「まあ、そうだな。良いんじゃないか、四人で出かけるのも」
断ったところで、クレハと二人きりで出かけるなんて多分無理だし。
ここはダブルデートの案に飛びつこう。
「じゃあ、決まりだな。昼前に正門で待ち合わせってことで!」
テレンスはそう言うと、フレデリカと共に別の友人の方へ話しかけに行った。
立ち上がっていたクレハが、座り直す。
今度は、さっきよりも少しだけ距離が離れている。
「楽しみですね、リュートくん」
「……!? あ、ああ……うん」
クレハから突如として向けられた、自然体な笑み。
俺の心臓を跳ね上がらせるには、十分な破壊力だった。
少しして、クレハも自分の発言の違和感に気づいたらしい。
「い、今のはあくまで、『みんなで出かけるのが』という意味ですから……変な勘違いはしないでくださいね!」
必死に言い訳されると、他に意味があるみたいに聞こえますよクレハさん。
◇◇◇◇
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