第35話 恋人になってからのとある休日と疑問

 日曜日の朝。

 女子寮の自室にて。

 私、クレハ・フラウレンは、平日よりも少しだけのんびり起床しました。

 ルームメイトのフレデリカさんは先に起きていたらしく既に部屋にはいません。

 私は今日、特に何かをする予定はありません。

 何もない、のんびりとした一日。

 だからといって何もしないのはどうなんでしょう。

 そんなことを、私はベッドの前で小さく欠伸をしながら思います。

 あ、そうだ。


「リュートくんに会いたいですね……」


 この時間なら、まだリュートくんは男子寮にいるはずです。

 ……行ってみましょうか。

 せっかくなので、夏服を着ていきましょう。

 私はクローゼットから半袖の白いスクールシャツを取り出します。

 衣替えは週明けからですが、一足先にリュートくんにお披露目です。


(髪型も少し変えてみましょうか)


 最近は暑くなってきたので、後ろ髪を束ねてポニーテールにしてみましょう。

 私は鏡の前に立って、鼻歌交じりで支度を整えていきます。

 夏服に着替えた私は、男子寮に向かいました。

 寮生に用事がある場合でも、部外者は寮の出入り口にある受付の前までしか入れません。

 そこで用のある生徒の名前を伝えて、呼んできてもらう仕組みです。

 私はリュートくんに用があると伝えて、受付の前で待っていました。

 程なくして、リュートくんがやってきました。


「やあ。クレ、ハ……」


 顔を合わせた途端に、リュートくんが黙り込んでしまいます。

 何やらじっと、私のことを見つめていました。 


「リュートくん?」

「あ、ああ……今日のクレハは新鮮な格好をしてるなと思って」

「はい。少し早いですが、思い切って夏っぽい装いにしてみました」

「その……すごく似合っててかわいいと思う」


 リュートくんに褒められました。

 ちょっと慣れていない感じで言ってくれるその姿に、私は思わず胸がキュンとします。

 普段の紳士的なリュートくんもかっこいいですが、こっちもありです。

 ……なんてことを、私はリュートくんにかわいいと言われて内心舞い上がりながら考えていました。


「ふふふ……」

「クレハ?」

「あ、えっと。リュートくんにそう言ってもらえて何よりです」


 嬉しくてニヤニヤしていたら不思議そうにされてしまいました。


「ところで今日はどうしたんだ? 特に予定はなかったはずだけど」

「予定がないと、会いに来てはいけないのですか?」

「……そんなことはないけど」


 そうして私たちは男子寮を出て歩き出しました。

 予定はないし明確な用事もない。

 でも、リュートくんに会いたいから来た。

 前は何をするにも建前が必要だったのに。

 我ながら、大きな進歩です。

 最近薄々気付いたのですが、素直になった方が何かと得です。

 堂々とリュートくんといちゃいちゃできますから。

 今日は夏服に着替えて、いつもより開放感があるからでしょうか。

 もう一歩思い切ったことができそうな気がします。

 私はリュートくんの腕に抱きついてみました。

 

「えいっ」

「なっ……!?」


 リュートくんは驚いた様子です。


「リュートくんはこういうの嫌でしたか……?」

「いや、嬉しいけど……あまりくっつきすぎると、刺激が強いから」

「……刺激?」

「その、柔らかいものに腕が挟まれて」


 リュートくんは、視線を少し下に向けます。


「……なるほど」


 密着感を味わいたいあまり、リュートくんの腕に胸を押し付けるような状態になっていました。

 さすがに恥ずかしくなった私は、腕に抱きつくのをやめます。

 代わりに手を繋ぐことにしました。


「これなら大丈夫ですよね?」

「あ、ああ」


 うなずくリュートくんを前に私は幸せを実感するのでした。



 私とリュートくんは散歩をしながら、学園近くのカフェに向かいました。

 遅めの朝食として、サンドウィッチとコーヒーを頂きます。

 木目調で落ち着いた雰囲気の店内で、テーブル席に座りながら、私はリュートくんと雑談していました。


「この前、進路希望のアンケート用紙をもらいましたよね」

「ああ、そういえば」

「実は私、あのアンケートに何を書くか迷っていまして。参考までに、リュートくんは何を書いたのか聞いてもいいですか?」

「ああ。進路希望……って言っても俺の場合はある程度決まってるからそのまま書いたよ」

「リュートくんは公爵家の後継ぎですから、やはり「宰相」と?」

「まあ、そうだな。前世と違って迷わないのは楽だけど、我ながら大それたことを書いてるよなあ」


 リュートくんはそう言って苦笑します。


「私は、大それているとは思いませんよ」

「そうか?」

「はい。リュートくんならきっと将来は立派な宰相になれると思います」

「だといいな」


 リュートくんは少しだけ、自信を持った様子です。

 私も、リュートくんの将来について話していたら、自分のことが具体的に想像できるようになってきました。


「私の将来は……やはり、そんなリュートくんのお嫁さんということになりますね」

「ご、ゴホッ……婚約者だから、将来的にはそういうことになるな」


 コーヒーを飲んでいたリュートくんが何やらむせ返っています。


「高校を卒業して少ししたら、私もアークライト家で暮らすようになりますよね」

「……多分な」

「そうしたら、まずは猫を飼いたいですね。そしていずれは、子供ができて……」


 私は未来に思いを馳せていきます。


「あ、子供は何人くらいがいいですか? この世界だと、性別も大事ですよね。私は男の子と女の子、どっちもいると賑やかで嬉しいなとは思いますけど……」

「あ、ああ」


 なぜでしょう。

 私たちの未来を話しているというのに、リュートくんの反応が悪いです。

  

「ふむ……?」 


 リュートくんの表情を窺うと、どこか照れている様子です。 

 不思議に思った私は、先ほどの発言を振り返ります。

 

「あ」

 

 私は将来、リュートくんとの間に産まれる子供の人数とか性別について語っていましたが。

 子供ができるということは、当然その前にすることがあるわけで。

 ……これではまるで、私がそういうことをしたいと言っているみたいです。

 リュートくんの反応からして、私の考えすぎではない気がします。

 遅れて私も恥ずかしくなってきました。



 なんとも言えない気持ちになった後、私とリュートくんは喫茶店を出てミルシア地区を歩いていました。

 おいしそうなアイス売っているのを通りすがりに発見したのでなんとなく見ていたら、リュートくんに買ってもらってしまいました。


「……この世界にアイスクリームがあったとは驚きです」

「ここ最近売られ始めたらしいな。誰が発明したのかは知らないけど」

「おいしいですね……前世で食べたチョコアイスそのものです」


 私は中世ヨーロッパ風のこの世界において、現代日本と遜色のないクオリティのアイスを堪能してから、ふと気づきました。


「はっ! 最近私、食べてばかりです!」

「そうか? 俺としてはそんなイメージはなかったけど」

「実は毎日のお弁当を作る時に周到な味見をしていたので、最近少しだけ体重が気になっていたんです……」

「別に、まだまだ小柄に見えるけどなあ」


 リュートくんは呑気なことを言っていますが、この言葉に甘えていたら私はぶくぶくと太ってしまいます。


「私、運動します!」

「良いことだとは思うけど……クレハって体力ないよな。昔から運動音痴なところがあるし」

「むむ……ひどい言われようですね」


 しかし、リュートくんの言うことは事実です。

 私は高等部に入ったばかりの時に実施した運動力テストでも最下位に近い順位でした。

 ただでさえ小柄な体つきの上、両親が過保護すぎて本格的な運動をする機会がなかったせいです。

 決して私が努力を怠ったせいではありません。


「正直、俺としてはクレハに無理をしてほしくはないと思ってる」


 リュートくんとしては、私を心配してくれているのでしょう。

 私は体重を気にしていますが、リュートくんにとってはまだまだ小柄な女の子に見えているはずです。


「だとしても……私にだって、できる運動はあるんですから」

「例えば?」

「乗馬です。私は動物に好かれるので、乗馬は得意なんですよ? お父様からはなぜかあまり推奨されていないのですが……」

「まあ、落馬の危険があるようなことをクレハの父親がやらせるわけないよな」

「まったく、お父様の過保護も考えものです」

「君の父親……フラウレン侯爵から許可が出たとして、乗馬なんてどこでするつもりなんだ?」

「学園にも馬がいたはずです。厩舎を見た記憶があります」

「あれは騎士科の連中が普段から授業や訓練で使ってるから借りられないと思うぞ」

「む……どうしましょう」


 私の計画に狂いが生じてしまいます。


「だったら、夏休みにアークライト家が所有してる馬の名産地にでも行くか?」

「そんな場所があるのですか?」

「ああ。山の方の避暑地で、馬の他には温泉が有名なんだ」

「ぜひ行ってみたいです!」

「じゃあ、決まりだな」

 

 リュートくんと避暑地に旅行。

 小さい頃も家族ぐるみで出かけたことはありますが、恋人になってからは初めてです。

 今から楽しみで仕方がない私ですが……一つ懸念があります。


「夏休みまではあと一ヶ月ほどありますから、ダイエットは別の方法を考えたいですね」

「俺としては、今のクレハは軽すぎるくらいだと思うけどな」

「り、リュートくんの甘言には釣られません……!」


 私はダイエットのため、固い決意をするのでした。



 その後、夕方までリュートくんと一緒に過ごしてから寮に帰りました。

 フレデリカさんはまだ帰っていないので、部屋には私一人です。

 私は自分のベッドに寝転んで、枕を抱え込みながら思います。


(今日も充実した一日でした……夏休みにはリュートくんと旅行して、将来は結婚して……)


 なるほどこれがリア充というものなのか、と私は実感します。

 しかし同時に、私の中で一つの疑問が思い浮かびました。


(リュートくんって、いつから私のことが好きだったんでしょう……)


 少なくとも、今世では両想いであることを確かめ合って、恋人になりました。

 でも、前世ではどうだったんでしょう。 

 私にとって、リュートくんと恋人になることは前世からの念願だ。

 しかし、リュートくんも同じだとは限りません。

 実は前世の大白竜斗には嫌われていて、今世で物心ついた時から一緒に過ごしてきた記憶があったからこそ好きになった、とかだったらどうしましょう。

 ……別に、だからと言ってどうするわけでもないですけど。

 とはいえ、リュートくんがいつから私のことが好きだったのかは、正直気になります。

 

「いっそ、私の方から打ち明けてみましょうか……?」


 前世の時から好きでした、と。

 でも、それを伝えて何か良いことがあるのでしょうか。

 かえって、重いと思われて引かれてしまうかも……?

 あるいは、気持ち悪いと思われて振られたり?

 

「リュートくんのことですから、そんなことはないと思いますけど……」


 私は妙に気になって、モヤモヤとした感情を抱えたまま、夏休みまで過ごすことになるのだった。




◇◇◇◇


今日中にもう1話投稿しないとカクヨムコンの規定文字数に達しないので、なんとか投稿します!

時間は未定です。

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