第7話「そばにいたい」

 二年生になり、さらに勉強が難しくなってきたが、私、大島聡美おおしまさとみは、油断することなく勉強を頑張っていた。

 今日は初めての生物の授業がある。二年生から化学と生物は選択制となり、生徒がどちらか自由に決めることができる。私は迷うことなく生物を選んだ。その理由は――


「あ、大島さんも生物なのか、一緒だね」


 私の目の前である男の子が言った。その子の名は日車団吉ひぐるまだんきち。日車くんとは一年生の時から一緒のクラスだった。名前はめずらしいが優しくて可愛い顔をしていて、勉強ができる男の子だ。

 実は私が生物を選んだのも、以前日車くんと話していた時に、彼が生物を選ぶと言っていたからだった。私も生物を選べば、日車くんのそばにいれるのではないかと思ったのだ。

 ……そう、私は日車くんのことが気になっていた。高校に入って初めての定期テストで彼に負けてから、私はずっと彼を追いかけてきた。まぁ、今のところテストは負け続けているのだが、いつか彼に勝ちたい気持ちもあった。

 だが、それとは別にひとつ問題もあった。それは――


「そうね、化学でもよかったんだけど、どんなことやるのか気になってね。一応化学も勉強するつもりよ。あれ? 沢井さんもいるのね、ちょっと日車くんにくっつきすぎじゃないかしら?」


 私はそう言って日車くんの右腕をツンツンと突いた。そう、日車くんはいいのだが、隣にいる沢井絵菜さわいえなさんが問題だった。沢井さんは一年生の時に一緒のクラスで、髪は肩までの長さの金髪で、化粧も少しだけしている、一見するとちょっと怖そうな女の子だ。

 え? それがどうしたって? 実は日車くんと沢井さんがお付き合いをしているのだ。そのことに気がついたのは一年生の二学期だった。その前から何となく二人は仲が良さそうだなと思っていたのだが、まさかお付き合いしているとは。


「そんなことない……大島こそ離れろよ……」


 沢井さんが日車くんの袖をきゅっとつまんで言った。


「あ、あのー、二人ともお願いだから仲良くしてくれないかなーなんて……あはは」


 日車くんがちょっと引きつった顔で言った。ごめんね日車くん、沢井さんはライバルなの。簡単に仲良くするわけにはいかないわ。


「あ、私、ここに座っていいかしら?」

「あ、うん、いいよ。こうして集まるとなんだか一年生の時を思い出すね」


 日車くんが笑顔でそう言った。やっぱりよく見ると、いや、よく見なくても可愛い顔をしている……私は密かにドキドキしていた。


(……なんとか生物でも日車くんと一緒になれたわね。まぁ、二年生でも一緒のクラスになれたから、それだけでも嬉しいんだけど。ふふふ、沢井さん残念ねクラスが違って)


 心の中で沢井さんにちょっと勝ったつもりでいた。ふふふ、二人に何かあったら私が日車くんを奪っていくからね……。



 * * *



 その日の放課後、帰ろうかなと思って準備をしていると、少し離れた席で日車くんも帰る準備をしていた。私は話しかけてみることにした。


「日車くん、お疲れさま。もう帰るの?」

「あ、お疲れさま。うん、そろそろ帰ろうかなぁと思っていたところだったよ」


 日車くんがまた笑顔で言った。うう、やっぱり可愛い……私は何度ドキドキすればいいのかしら。


「そうなのね、ま、まぁ、よかったら途中まで、一緒に帰らないかしら……?」

「あ、うん、いいよ……と言いたいんだけど、なんだろう、どこからかすごく視線を感じる……」


 日車くんがそう言って少し震えたような仕草を見せた。視線? と思って周りを見渡すが、別にこちらを見ている人はいな――


「……あ」

「……あ」


 二人で同じ言葉を言ってしまった。そう、教室にはいなかったのだが、廊下から沢井さんがすごい目でこちらを見ていた。放課後なんだから別に入ってきてもいいと思うのだが、違うクラスの教室には入りにくいのだろうか。


「お、大島さんごめん、絵菜も一緒にいいかな? たぶんそうしないと僕がボコボコにされそう……」

「な、なんか日車くんも大変なのね……私はいいわよ」


 たしかに、優しい日車くんとちょっと怖そうな沢井さんだと、沢井さんの方がぐいぐいと引っ張っていきそうな感じはする。日車くんも苦労しているのね……。


「え、絵菜ごめん、待たせてしまったかな」

「ううん、大丈夫……って、二人で何の話してたんだ……?」

「え、あ、いや、一緒に帰らないかって大島さんが言ってただけで……」

「そうよ、日車くんが帰ろうとしていたから、私が声をかけただけよ。沢井さんどうしたの? まさか私に嫉妬してるのかしら?」

「……なんで大島に嫉妬しなきゃいけないんだ……」

「あ、あのー、二人ともケンカはよくないよ、な、仲良くね……あはは。じゃ、じゃあ帰ろうか」


 日車くんを真ん中にして、左に私が、右に沢井さんが並んで帰る。沢井さんが日車くんの袖をきゅっとつまんでいるのを見て、私は日車くんの左腕に抱きついた。


「え!? お、大島さん!?」

「ふふふ、日車くんモテモテね、まぁ私みたいな可愛い子が腕組んであげるんだからね、ありがたく思いなさいよ」

「……自分で言うセリフじゃないな」

「さ、沢井さん? ふ、ふふふ、沢井さんより私の方が可愛いんだからね、それはもう決まっていることよ」

「……ふふっ、可愛い子にしては恋の噂が全くないよな」

「さ、沢井さん!? くっ、勝ったつもりでいるのかしら、今に何も言えなくしてやるわ……!」

「ちょ、ちょっと二人とも、僕を挟んでケンカするのやめてくれないかな……そしてすごく歩きづらいんだけど……あはは」


 私がぐいぐいと日車くんに迫ると、沢井さんも負けじと日車くんの右腕に抱きついていた。

 

(……ふ、ふふふ、まぁいいわ、二年生も始まったばかりだからね、私は簡単にあきらめる女じゃないのよ。沢井さん、覚悟しておきなさいよ……!)


 日車くんとのテストの勝負もそうだが、沢井さんにも負けたくない。私はこれまで以上に色々なことを頑張っていこうと強く思った。

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