第18話「後輩たちと」

「日車先輩、ここはこうなるんですよね?」

「ああ、そうだね。その考え方で合ってるよ。実はこれ応用としてここがこうなるとこうなって……」

「ああ! そうなんですね! さすが日車先輩! カッコいいです!」


 二学期のある日、僕、日車団吉ひぐるまだんきちは、クラスメイトの九十九伶香つくもれいかさんと大島聡美おおしまさとみさんと一緒に、生徒会室に来ていた。僕たち三年生は夏休みで生徒会の仕事は終わったが、その後も後輩たちのことが気になって、たまに生徒会室に来るようにしているのだ。まぁ、今日は生徒会の仕事をしているのかと思ったら、なぜか四人で勉強をしていたので、僕たちが教えてあげることにしたのだが。


「うふふー、日車先輩、この空間ベクトルの証明問題、美しいですね~、思わず見とれてしまいましたよー」


 数学に取り組んでいるのは、橋爪葵はしづめあおいさん。理系女子の彼女は、数学が得意だった。な、なんか僕と距離が近い気がするが、きっと気のせいだろう。


「そうだね、図で表すとそうなるよなって思うけど、実際証明するとなるとなかなか難しいところもあって、逆にそれが美しさを引き出しているのかもしれないね」

「そうですよね~、ああー数学って面白いなぁ! あ、こっちの問題はこうなるんですかね?」

「ああ、そうだね、それもその考え方で合ってるよ……って、ち、近――」

「ねーねー、だんちゃん、私のも見て見てー、ここの英文の意味が分からないよー」


 英語に取り組んでいるのは、潮見梨夏しおみりかちゃん。僕の妹の日向ひなたと同じクラスの女の子だ。自分を変えたいと生徒会で頑張っている子だ。や、やっぱり僕と距離が近い気がするが、考えない方がいいのかもしれない。


「ああ、ここはこういう意味をして、この単語を使って……」

「あーなるほど! さすがだんちゃん、できる男は違うねー!」

「い、いや、そんなにできる男というわけでもないけど……って、ち、近――」

「ちょ、ちょっと、二人とも日車くんにくっつきすぎじゃないかしら、私が教えてあげるから訊きなさいよ」


 なんだか僕と距離が近い橋爪さんと梨夏ちゃんを見て、大島さんが言った。


「あ、大島先輩はいいっス、日車先輩の教え方が完璧っス」

「あ、さとっこはいいっスー、だんちゃんに訊きたいっスー」

「だ、だからなんで黒岩くんの真似するのよ……あ、黒岩くん、さっきの問題できたかしら?」

「……うーん、一応できたんスが、物理もなかなか難しいもんっスね……」


 物理に取り組んでいるのは、黒岩祥吾くろいわしょうごくん。体が大きく威圧感はあるが、真面目で優しい男の子だ。


「ああ、できてるじゃない、大丈夫よ。たしかに物理は難しいわ。私の足も何度も引っ張ってくれたし……ブツブツ」

「お、大島先輩……? あ、九十九先輩と天野先輩がずっと話し込んでいるっスね……」


 黒岩くんがぽつりと言った。見るとたしかに九十九さんと天野蒼汰あまのそうたくんが教科書とノートを見ながら話し込んでいる。天野くんは生徒会長になった真面目な男の子だ。難しい問題を解いているのだろうか。まぁ九十九さんは学年一位だし、何でも教えてあげられると思うが。


「ふー、疲れてきましたね。九十九先輩さすがです。僕一人じゃこの問題は手も足も出なかった……」

「ううん、天野くんも基本は分かってるから、あとはそれをうまく使ってあげるといいよ」

「なるほど……それがなかなか難しいですよね。あ、みんな休憩しているみたいですね、集中してると時間があっという間ですね」


 ふと時計を見ると、一時間くらい勉強していたようだ。たしかにあっという間のように感じる。


「そうだね、あまり集中しすぎてもよくないから、ほどほどにね」

「さすが日車先輩! 心と身体のケアも大事ってことですね! あ、そうだ、みんな集まっているところでちょっと訊いてみたいことがあったんだった!」

「ま、まぁ、そんな感じなのかな……って、橋爪さん、訊きたいことって?」

「はい! 私や梨夏ちゃんは以前生徒会に入りたい理由を言ったと思うのですが、黒岩くんのことは聞いてなかったなと思って!」

「……え? じ、自分っスか……?」


 自然と黒岩くんに視線が集まる。黒岩くんは恥ずかしそうにしていた。


「そういえば、たしかに黒岩くんのことってあまり聞いたことがなかったわね。さぁ話しなさい! これは先輩命令よ!」

「な、なんなんスか大島先輩……じ、自分はまぁ、人の役に立ちたかったというか……実は、中学までは柔道をやっていて、主将もやってたんス。その時も後輩に頼られたりしてたんスが、もっと他の道でも人の役に立ちたいなと思って……」


 あまり話すのが得意ではない黒岩くんが、恥ずかしそうにしながらも話してくれた。そうか、人の役に立ちたい……か。素晴らしいことだなと思った。


「そっか、黒岩くんもしっかりした考えを持っているね。大丈夫、これから生徒会でこの学校のみんなの役に立つことが多くなると思うよ」

「つ、九十九先輩……なんか、そう言われると恥ずかしいっスね……」

「うんうん、しょーりん立派だねー、可愛い私がよしよししてあげよーか?」

「……まぁ、潮見さんは九十九先輩みたいにもっとおしとやかになるべきだと思うっス」

「なにー!? しょーりん、生意気なこと言ってるー! こいつめー!」


 そう言って梨夏ちゃんがポカポカと黒岩くんを叩いている。まぁ、いつもの光景というか、なんというか。


「まぁ、みんなしっかりした考えを持っているから、大丈夫だよ。ただ、あまり抱え込まないようにしてね」

「そうね、日車くんの言う通りだわ。一人で抱え込まず、四人で力を合わせるのよ」

「そ、そうですね、僕がけっこう突っ走りがちだからな……気をつけないといけませんね」


 僕と大島さんの言葉を聞いて、天野くんがぐっと拳を握った。うん、この四人ならこれからも力を合わせてうまくやっていけるだろうと、僕は思っていた。

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