第1話「デートの約束」

(ど、どうしよう……デートの約束してしまった……)


 通話が終わって、私はスマホを持つ手が震えていた。

 とんでもないことをしてしまった。今度の日曜日に男の子と映画を観に行く約束をしたのだ。言い出したのは私だが、彼はいつものように『いいよ』と言ってくれた。


(どうしよう、男の子と二人で出かけるなんて初めてで、どうしたらいいのか……こ、これってデートなんだよな……あれ? 私が間違っているのかな……)


 とりあえずスマホを置いて深呼吸してみる。それでも落ち着かず、立って部屋をうろうろしたり、ベッドに腰掛けたり、私は慌しかった。


(で、でも、やっぱり一緒にいたい……)


 そう、私、沢井絵菜さわいえなはクラスメイトの日車団吉ひぐるまだんきちという男の子のことが気になっていた。めずらしい名字と名前で、昼休みには教室から消えるし、いつも一人でなんだか暗そうな子だなというイメージしかなかったのだが、話してみると優しくて、私のこともバカにしたり笑ったりせず、丁寧に勉強も教えてくれた。そんな日車のことがだんだんと気になっていた私は、クラスでもチラチラと目で追うことが多くなった。

 今日、日車がスーパーでバイトをしている姿を見に行ったのだが、キリっとしていて学校で見る姿とはまた違ってカッコよかった。さすがに一緒に行った優子ゆうこ火野ひのの前ではデートの話ができず、帰ってからRINEを送ったのだ。そして通話をして、デートの約束をした。


(そ、そうだ、どんな服着ていけばいいんだろうか、あ、あまり派手な格好は嫌われるよな……)


 私は慌ててタンスやクローゼットの中を漁った。しかしどの服もピンと来ない。どうしよう、服を買うべきなのだろうか……。

 

 コンコン。

 

 その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。「は、はい」と言うと、妹の真菜まなが入ってきた。


「お姉ちゃんどうかした? なんか物音が聞こえてたけど……って、服いっぱい出してどうしたの?」

「あ、い、いや、それが……」


 真菜に言うべきか迷ったが、隠しきれないと思ったので言うことにした。


「そ、その、で、デートの約束してしまって、どんな服にしようか迷って……」

「え、デート!? 誰と!?」

「あ、その……ひ、日車と……」

「日車……って、まあまあ! お兄様と!? それは一大イベントじゃない!」

「ま、まぁ、そうなのかな……」

「うんうん、そっかーお姉ちゃんとお兄様がデートするのかぁ。あ、そしたら私がファッションチェックしてあげるよ!」

「え!? い、いや、まぁいいか……このへんに服を出してみたんだけど、どれもピンと来なくて……」


 私はベッドの上に出してあった服を指差して、決めきれないことを伝えた。


「うーん……お姉ちゃん、ショートパンツとかデニムとかのパンツ系ばかり出してるね、スカート持ってないの?」

「う、うーん、そんなに持ってないかも……」

「そっかー、動きやすい格好もいいけど、ここは女の子らしい格好が……あ、そうだ、ちょっと待ってて」


 真菜がそう言って私の部屋を出て行った。何をしているのだろうかと思っていたら、すぐに戻ってきた。


「私、この前このスカートお母さんに買ってもらったんだけど、ちょっと大人すぎたかなと思って。これいいんじゃない? お姉ちゃんにも入ると思うよ」


 真菜が手にしていたのは、薄いピンクのフレアスカートだった。私と真菜の背は二センチくらいしか違わないし、体型も似ている。私でも入らないことはないと思うが、こ、これは……。


「……ん? お姉ちゃん、どうしたの?」

「あ、いや、そ、そんなのあまり着たことがなくて、恥ずかしいというか……」

「なんだー、恥ずかしがることないよー、さあさあ、今すぐはいてみて!」

「え!? い、今……!?」


 真菜がぐいぐいと押し付けてくるので、私は仕方なくそのスカートをはいた。うう、恥ずかしい……。


「うん、お姉ちゃん、似合ってるよ! そして上はこれを着てみて!」

「え!? う、上も……!?」


 スカートだけでなく、上着も用意していた真菜。黒のブラウスだった。とりあえず言われるがままに袖を通してみる。


「まあまあ! これでいいんじゃないかな、お姉ちゃん金髪だから黒が似合う気がするね。あ、靴は私の黒のサンダル履いていいからね!」

「え、あ、いや、自分のスニーカーあるし、それを履こうかと……」

「スニーカーなんてダメだよー、せっかくここまでしたんだから、私の言う通りにサンダルにして!」


 もはやどこかのスタイリストだろうか、真菜がぐいぐいと勧めてくる。従っておかないと怒られそうな気がしたので、「わ、分かった……」と答えておいた。


「ふふふ、お兄様もビックリするんじゃないかな、お姉ちゃんがとっても可愛くて!」

「そ、そうかな……恥ずかしいな……」

「もー、恥ずかしがったらダメだって! それにしても、お姉ちゃんがデートだなんてめずらしいね、どっちから誘ったの?」

「あ、わ、私が映画観に行かないかって、日車に言った……」

「まあまあ! 映画デートかぁー、いいなー私もいつかお兄様とデートしたいなぁ」

「え!? そ、それは、どうなのかな……」

「ふふふ、大丈夫だよ、お姉ちゃんからお兄様をとるつもりはないから!」


 なんだか日車が私のものみたいな言い方だったが、ツッコミを入れるとまた怒られそうな気がしたので、何も言わないことにした。

 でも、本当によかったのだろうか。日車は優しいから、無理して私に合わせているのではないだろうか。そう思うとちょっと不安になってきたが、さっき通話した時に日車は『僕も楽しみにしてる』って言ってくれた。無理をしているわけではないと思うことにしよう。

 普段着慣れない服を着て、恥ずかしい気持ちもあるが、日車は私を見てどんな顔をするだろうかと、少し楽しみになってきた。

 

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