第13話「敬語と本音」

「えいっ!!」

「ああっ、愛莉、空振ってるよ、ボールをよーく見るんだ」

「……は、は、恥ずかしいです……」


 私の後ろを転々とするサッカーボールを、私は顔が熱くなりながら拾いに行った。

 私、富岡愛莉とみおかあいりは、さ、最近お付き合いするようになった中川悠馬なかがわゆうまくんと一緒に、スポーツアトラクション施設に来ていた。今はフットサルを二人で楽しんでいるところだ。サッカー部の元部長の悠馬くんは当たり前だがボールの扱いに慣れていた。それに比べてスポーツがあまり得意ではない私は、さっきから空振りをしたりあさっての方向に蹴ったりと、情けない姿を見せてしまっていた。


「愛莉、つま先で蹴るんじゃなくて、足の内側で蹴るとコントロールしやすいと思うよ、こんな感じで」

「あ、な、なるほど……こ、こうかな……」

「そうそう! ちゃんと俺のところまで届いたね、できてるよ!」

「よ、よかったです……こんなにうまくいったの初めてかもしれません……!」


 悠馬くんの教え方が上手なので、私も自分がどんどんできるようになっていくのが分かった。ま、まぁ、普通の人はこれくらいできるのかもしれないけど……。


「……あ、もうこんな時間なのか、そろそろ帰るかい?」


 しばらく二人でボールを追いかけていると、悠馬くんが時計を見て言った。


「あ、は、はい……」


 私は小さな声で返事をした。あまり楽しくないみたいな言い方をしてしまったが、そうではない。帰るということは悠馬くんと離れてしまうということだ。せっかく二人で楽しい思いをしていたのに、離れてしまうのは寂しかった。

 ……でも、わがままを言って悠馬くんを困らせたくない。私はぐっと我慢していた。


「……愛莉? どうかした?」

「はわっ!? い、いえ、なんでもないです……か、帰りましょうか」


 二人で施設を出て、駅へと歩いて行く。悠馬くんがそっと私の手を握ってくれて、恥ずかしかったが嬉しかった。

 電車に乗り、しばらく揺られる。さっきの駅からだと私の最寄り駅の方が先に着く。悠馬くんが色々と話しかけてくれたが、私はどんな返事をしたかよく覚えていなかった。

 電車が私の最寄り駅に着こうとしていた。ゆっくりと速度を緩める電車が、ここで止まってくれればいいのにと思っていた。

 電車が停まってドアが開いた。ここで悠馬くんとはお別れだ。立ちあがろうとしたが、私は動けなかった。いや、動きたくなかった。


「……愛莉? どうかした? 着いたよ」


 悠馬くんが心配そうに私を見る。カッコいい悠馬くんを見た私は――


「……やだ、離れたくない……悠馬くんと一緒にいたい……」


 ぼそっとつぶやいた後、私はハッとした。な、ななな何を言っているんだろう。あ、ドアが閉まってしまう、早く行かないとと思って立ちあがろうとしたら、悠馬くんに右手を掴まれた。


「……ゆ、悠馬くん……?」

「ごめん、ちょっと俺の最寄り駅まで来てくれないかな? まぁ、あと三駅先なんだけど」

「……あ、は、はい……」


 ドアが閉まって電車が動き出す。そのまま私は悠馬くんの最寄り駅まで来てしまった。駅を出て、悠馬くんは私の手を引いてどこかへと歩いて行く。どこへ行くのだろうかと思っていたら――


「……ごめんね、ここに連れて来たかったんだ」


 悠馬くんが笑顔で言った。そこは公園だった。少し大きいのか、遊具がある広場の横にグラウンドのような広いスペースがあった。悠馬くんが「あそこに座ろうか」と言ったので、私たちは広場のベンチに腰掛けた。


「ちょっと寒くないかな、大丈夫?」

「あ、だ、大丈夫です……!」

「そっか、よかった。ここ、向こうに広いところあるでしょ、あそこはボールを使ってもいいところだから、昔からよくサッカーをしていてね。今でもたまにトレーニングで使うことがあるよ」

「あ、そうなんですね……今もサッカーしている子どもさんがいますね」

「うん、あの子たちくらいの頃にはサッカーボール追いかけてたなぁ。でも、いつの間にか最初の頃の気持ちを忘れていたなぁ」


 悠馬くんが少し真面目な顔をした。私は黙って悠馬くんが話すのを待った。


「……俺、サッカーができるからって、ちょっと天狗になっていた時期があったんだ。それで、火野ひの高梨たかなしさんや沢井さわいさんに迷惑をかけてしまった。でも、火野にサッカーでボコボコに負けてからハッとしたんだ。俺は何をやっていたんだろうって」

「そ、そうですか……そんなことが……」

「それから心を入れ替えてね、サッカーも精一杯頑張ったよ。おかげで火野やみんなと一緒に楽しい毎日だったよ……って、ごめんね、こんな話しても面白くないよね」

「い、いえ、そんなことないですよ……! 悠馬くんのことが知れて嬉しいです……!」


 私がそう言うと、悠馬くんは嬉しそうに笑った。


「あはは、ありがとう。さっき愛莉がいつもの敬語を忘れて本音を言ってくれた気がしてね、俺も嬉しくなってここに愛莉を連れて来たくなったんだ」

「はわっ!? す、すみません、わがまま言ってしまって……」

「いやいや、謝らないでいいよ。それにしても愛莉は俺にも敬語で話すよね、普通にタメ口でもいいんだよ?」

「あ、な、なんというか、私の癖みたいなもので……で、でも、悠馬くんが嫌だったら頑張って普通に話しますので……」

「いや、無理しなくていいよ。自然なままの愛莉がいいな……」


 悠馬くんがそう言って私の左肩に手を回して、自分の方に私を引き寄せた。


「はわっ!? あ、その、あの……」

「ごめん、ついこうしたくなっちゃって。嫌かな?」

「い、いえ、その……恥ずかしいけど、嬉しいです……」


 だんだんと顔が熱くなってきたが、私はそっと悠馬くんの肩に頭を乗せた。わがままを言ってしまったが、受け入れてくれる悠馬くんが優しくて、私はフワフワとした気持ちになっていた。

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