第12話「母さんの」

 満開だった桜も散っていて寂しいなと思っている。昨日の雨も影響しているのかもしれない。

 今日は四月十日。僕、日車団吉ひぐるまだんきちと、妹の日車日向ひぐるまひなた、ぼ、僕の彼女の沢井絵菜さわいえなと、絵菜の妹の沢井真菜さわいまなちゃんは、四人で僕の家であれこれ準備をしていた。

 準備というのは、今日は僕と日向の母、日車沙織ひぐるまさおりの誕生日ということで、四人でお祝いしようと思って飾り付けをしたり料理を作ったりしているのであった。今日は日曜日だが休日出勤だと母さんが以前言っていたので、それを聞いた日向が「じゃあお母さんの誕生日をお祝いしてあげない?」と提案したのだ。その話は日向から真菜ちゃんに、真菜ちゃんから絵菜へと伝わっていった。


「ふーむ、お母さんまだ帰って来ないのかなー」

「もう少しかかるんじゃないかな。あ、日向、ボーっとしてるとハンバーグ焦げちゃうぞ」

「ああ! 危ない危ない、せっかくいいお肉買ったのにー!」


 慌ててハンバーグをひっくり返す日向だった。


「ふふっ、二人とも本当に仲が良いよな」

「ほんと、お二人はいつも仲が良いです」


 キッチンに立つ僕と日向を見て、絵菜と真菜ちゃんが言った。


「あ、そ、そうかな、まぁ世の中の兄妹というのがよく分からないけど、こんなもんじゃないかな……」

「はい! お兄ちゃんとは仲良しです! ラブラブです! 相思相愛です!」

「だから誤解を招くような言い方やめてくれるかな!?」


 僕と日向のやりとりに、絵菜と真菜ちゃんが笑った。


「よーし、できてきたねー、あとはお母さんの帰りを待つだけか!」

「あ、母さんからRINE来てた。『今から帰ります』だって。ちょっと前に来てたからもうすぐじゃないかな」


 四人で話していると、『ただいまー』という声が玄関から聞こえてきた。母さんが帰ってきたみたいだ。


「――あら? あらあら、絵菜ちゃんと真菜ちゃんが来てたのね、いらっしゃい」

「あ、お、お帰りなさい、おじゃましてます」

「お母さんお帰りなさい、おじゃましてます」

「ふふふ、二人ともいつ見ても可愛いわねー……って、あれ? 今日は何かあるのかしら?」


 母さんがリビングをキョロキョロと見ながら言った。


「お母さんお帰り! はいはい! お母さん、今日は何の日でしょう?」


 日向が母さんにマイクを向けるようにして手を差し出した。


「え? うーん、日曜日というくらいで特に思いつかないけど……」

「えー!? お母さん大丈夫かな……今日はお母さんの誕生日だよ。だからお祝いしようと思ってこうして飾り付けもして待ってたんだよー」

「……ああ! そういえばそうね、この歳になると自分の誕生日も歳も忘れるわー……って、おばさんみたいなこと言っちゃった、いやねー」


 母さんが笑ったので、僕たちも笑った。僕は持っていたあるものを母さんに差し出した。


「母さん、誕生日おめでとう……って言うのは恥ずかしいけど、これ、僕たち四人で用意したプレゼントだよ。気に入ってもらえるといいけど」

「え!? あらあら、そうなの? ありがとうー、開けてみてもいいかしら?」

「あ、うん、いいよ」

「何かしら……あら、お財布!? なんか可愛い色ねー」

「うん、小銭入れが大きく開いて使いやすそうだし、いいかなと思って」

「あらあら、ほんとねー、高かったんじゃないの? でもありがとう、大切に使わせてもらうわ」

「お、お母さん、誕生日おめでとうございます……」

「お母さん、お誕生日おめでとうございます!」

「ありがとうー、ふふふ、絵菜ちゃんと真菜ちゃんにも祝ってもらえるとはねー、ほんとに娘みたいな気持ちになってきたわ」


 それから僕と日向が作った夕飯をみんなで食べることにした。メインはいいお肉で作ったハンバーグだ。


「あら、ハンバーグ美味しいわー。あ、そういえば、二年生になって団吉と絵菜ちゃんは一緒のクラスにならなかったんだよね?」

「うっ、か、母さん、それは言わないで……」

「……お、お母さん、世の中って厳しい……ような気がします……」


 僕と絵菜が二人でどんよりとした顔になった。


「ふふふ、大丈夫よ、別のクラスになったからって二人の愛が消えるものじゃないわ。二人なら何の問題もないわよ」

「え!? あ、まぁ、そうなんだけど……」

「ふっふっふー、お兄ちゃん大丈夫だよ、絵菜さんを想う気持ちは誰にも負けないもんね!」

「ふふふ、お兄様、お姉ちゃんもお兄様が大好きですから、大丈夫です」

「なっ!? あ、いや、まぁ……」

「え、あ、そ、そうだね……って、なんで僕たちの話になってるの……?」


 僕はだんだんと顔が熱くなってきた。絵菜も顔を赤くしてちょっと俯いていた。


「ふふふ、それと日向と真菜ちゃんは中学三年生だから受験生ね」

「うっ、お、お母さん、それは言わないで……」

「お母さん、ついに受験生になってしまいました……大丈夫かなと不安になります……」


 今度は日向と真菜ちゃんがどんよりとした顔になった。


「ふふふ、大丈夫よ、二人とも頑張り屋さんなのはお母さんも知ってるわ。それに勉強だったら分からないところは団吉に訊きなさい」

「ああ、そうだね! お兄ちゃんがいれば頑張れそうな気がする……たぶん」

「そうですね、お兄様、また勉強教えてもらえますか?」

「あ、うん、いいよ。日向もたぶんじゃなくてしっかり勉強するんだぞ」

「う、ううー、お兄ちゃんが勉強しろって言う……バカー、アホー」


 ぶーぶー文句を言う日向を見て、みんな笑った。

 五人で楽しい夕飯となった。母さんも喜んでくれたし、日向も絵菜も真菜ちゃんも楽しそうだったので、こうしてみんなでお祝いができてよかったなと思った。

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