第20話「三年間」

 ほんの少し暖かくなったかなと思う、三月一日。

 僕、日車団吉ひぐるまだんきちは、高校を卒業した。三年間があっという間で、もう終わりなのかという気分になったが、これも大人になるためには避けて通れない道だ。楽しかったことやきつかったこと、たくさんの思い出が僕の頭の中を駆け巡った。

 最後のホームルームが終わり、クラスメイトのみんなと話していた。高校に入った頃は友達も少なく、一人でも別に構わないという気持ちだったが、三年間で友達も増え、楽しい毎日だった。みんなのおかげで僕はここにいる。嬉しい気持ちでいっぱいだった。


「――団吉? ボーッとしてるけど、どうかした?」


 三年間のことを思い出していると、沢井絵菜さわいえなが僕の顔を覗き込んできた。絵菜は僕の大事な人だ。最初は絵菜が上級生に殴られているところを見てしまうという、ちょっと普通ではない出会いだったが、あれから絵菜と一緒に過ごすようになり、どんどん仲良くなっていった。これも高校生活の思い出だ。


「ああ、ごめん、三年間のことを思い出していてね」

「そっか、私も色々思い出してた。あ、そろそろ下に行くか?」

「あ、そうだね、じゃあ行こうか」


 僕と絵菜はみんなに挨拶をして、一緒に一階へと行く。玄関で靴を履こうとしていると、


「お、団吉と沢井だ。おーっす、お疲れー、終わったなー」

「あ、やっほー、終わったねー。なんか寂しくなるねぇ」


 と、声をかけられた。見ると火野陽一郎ひのよういちろう高梨優子たかなしゆうこさんの二人がいた。僕と絵菜がいつも一人でいた頃から、二人は気さくに話しかけてくれていた、大事な友達だ。


「お、お疲れさま」

「あ、お疲れさま。終わったね、たしかに寂しいなって思ったよ」

「そうだよな、勉強地獄は終わったけど、なんかそれも寂しいっつーか」

「うっ、陽くん、それは言わないで~、でも、あれもいい思い出なのかなって思うねぇ」


 二人がそう言って笑ったので、僕と絵菜もつられて笑った。たしかに勉強は大変だったが、それもまたいい思い出だ。


「あはは、みんなでよく頑張ったよね、毎年夏休みの終わりに課題が終わらないって言ってたのも懐かしいな」

「おう、団吉のおかげで助かったぜー。よし、最後にみんなで一緒に帰るか」

「そだねー、楽しかった思い出を話しながら帰りますかー」


 玄関を出て、玄関前の広場に行くと生徒がたくさんいた。在校生として出席した二年生もいるようで、わいわい賑やかだった。


「火野先輩! ご卒業おめでとうございます!」

「高梨先輩! おめでとうございますー! いなくなるの寂しいー!」


 部活の後輩だろうか、火野と高梨さんが囲まれていた。な、なんかキャーキャー言われている気がするが……くそぅ、これだからイケメンと美人は困る。


「――あ、お兄ちゃん!」


 急に聞き慣れた声がしたので見ると、僕の妹の日向ひなた、絵菜の妹の真菜まなちゃん、そして後輩の長谷川健斗はせがわけんとくんがいた。あれ? 一年生は卒業式には出ないようになっていたのだが。


「あ、あれ? みんな来てたのか」

「うん、みなさんをお祝いしたくてねー。みなさんご卒業おめでとうございます!」

「お兄様、お姉ちゃん、火野さん、優子さん、ご卒業おめでとうございます!」

「み、みなさんご卒業おめでとうございます! なんか寂しくなります……」

「あはは、みんなありがとう、長谷川くんはこれからもサッカー部を引っ張ってもらわねぇとな」

「は、はい! 頑張ります!」


 火野と長谷川くんが固く握手をしていた。


「みんなありがとー! 今日も可愛いねぇ、お姉さん最後だしまとめてペロリと食べちゃおうかな……ふふふふふ」

「た、高梨さん落ち着いて……みんなありがとうね」

「ふっふっふー、はいはい! 日車団吉くん! みんなを代表してここで一言どうぞ!」


 そう言って日向がマイクを向けるようにして右手を出してきた。


「えぇ、なんだよ急に言われても……まぁいいや。じゃ、じゃあ……コホン。みんなありがとう、そしておめでとう。みんなのおかげで僕も卒業することができたよ。本当に感謝してます」


 僕はそう言って軽くお辞儀をすると、みんな笑顔で僕を見ていた。


「おう、こっちこそありがとな。みんながいてくれたから俺も頑張れたよ」

「うんうん、私もほんとに感謝してるよー。くじけそうになっても頑張ることができたよー。ありがとねー」


 火野と高梨さんはいつも通り笑顔で言ってくれた……のだが、絵菜が何も言わなかった。見ると下を向いている。


「え、絵菜? どうかした?」

「……ごめん、また……これで終わりなんだなって思うと、寂しくて……みんなと離れるのが……いやだ……うう……」


 絵菜がそう言って顔を手で覆った。目のところを何度も拭っている。


「え、絵菜? もー泣かないでよー、この前も泣いてたじゃん……ああ私も涙が出てきたよー」

「やべぇ、俺もこみ上げてくるものがあるぜ……沢井もよく頑張ったよな」

「え、絵菜さん……うう、僕もなんかもらい泣きしそうです……」


 高梨さんと火野と長谷川くんが涙を拭っている。僕も絵菜の涙を見ると、ぐっとくるものがあった。今日くらいは涙を流してもいいかな……と思っていると、真菜ちゃんがそっと絵菜に近づいて、


「お姉ちゃん、卒業おめでとう。頑張ったね。お姉ちゃんがどんどん笑顔になって、私嬉しかったよ。これからも可愛いお姉ちゃんでいてね」


 と言って、絵菜の手を握った。絵菜は「……うん、ありがと」と小さく返事をして真菜ちゃんと握手をしていた。


「絵菜さん……はっ!? お兄ちゃん、何してるの! ここは絵菜さんを抱きしめてあげないと!」

「ええ!? あ、いや、まぁ……お、押すなって」


 日向に背中を押されたので、僕は絵菜に近づいて、そっと綺麗な金髪をなでた。


「絵菜、卒業おめでとう。たくさん頑張ったね。絵菜がいてくれたから僕も頑張れたよ。ありがとう」

「……団吉……私も団吉がいてくれたから頑張れた……ほんとにありがと……」


 絵菜がそう言って僕にぎゅっと抱きついてきた。み、みんな見てる……けど、まぁいいか。みんな涙を拭いながらも笑顔になっていた。

 その後、後輩の東城とうじょうさんと天野あまのくん、橋爪はしづめさんと梨夏りかちゃんがやって来て、みんなで話していた。これで高校生活も終わりだ。これからも大変なことはあると思うが、みんなで頑張った日々を思い出せば、どんなことでも乗り越えていける気がした。

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笑われても、君が好き。短編集 りおん @rion96194

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