第10話「私のお兄様」

『お兄様、今日はありがとうございました。本当に楽しかったです』


 スマホをポチポチと操作して、私、沢井真菜さわいまなは、お兄様……日車団吉ひぐるまだんきちさんにRINEを送った。

 今日、お兄様と初めて二人でデートをしたのだ。私の誕生日プレゼントとして、お兄様とデートがしたいとお姉ちゃん……沢井絵菜さわいえなに伝えると、お姉ちゃんがお兄様と話してくれて、今日デートするということになったのだ。

 お兄様と初めてお会いしたのは中学二年生の時だった。転校して右も左も分からなかった私に、お兄様の妹の日車日向ひぐるまひなたちゃんが優しく話しかけてくれて、それからよく話したり遊んだりするようになった。そして日向ちゃんのお家におじゃました時に、お兄様と初めてお会いした。お兄様は優しそうな可愛い顔をしていて、言葉も丁寧だった。

 なんだか懐かしいなと思っていると、スマホが鳴った。お兄様からRINEが送られてきたようだ。


『こちらこそありがとう。楽しかったよ。でも、誕生日プレゼントがこれで本当によかったの? 何かモノとかの方がよかったような……』


 私はお兄様のRINEを読んで、ふふっと笑ってしまった。私はあたたかい気持ちになっていた。


『もちろんです。昼間も言いましたが、お兄様とデートするのが私の夢だったので』

『そっか、なんか恥ずかしいけど、真菜ちゃんが楽しいと思ってくれたなら僕も嬉しいよ』


 お兄様が優しい言葉をかけてくれた。やっぱりお兄様は優しい。出会った時からずっと変わらなかった。

 私がお兄様に恋をしていると気がついたのは、出会ってから数か月後のことだった。お兄様はいつも通り笑顔で優しく話しかけてくれていたのだが、私は胸がドキドキした。お兄様のそばにいたいなと思うようになった。

 ……しかし、お兄様への想いは今日まで言えなかった。なぜなら――


「真菜、なんかニコニコしてるけど、いいことあったのか?」


 お姉ちゃんが私に話しかけてきた。お姉ちゃんは中学の時から金髪で、言葉も少し乱暴なところがあったが、最近は優しくなって丸くなってきたような気がする。


「あ、うん、お兄様に『今日はありがとうございました』ってRINE送ってたところだよ」

「そっか、団吉とデートできてよかったな。真菜の夢だったんだよな」

「うん! お兄様優しかったなぁ、お姉ちゃんと二人の時もきっとあんな感じなんだろうね」


 私がそう言うと、お姉ちゃんは「あ、そ、そうかな……ま、まぁ今日は見てないけど」と、ちょっと恥ずかしそうにしていた。そんなお姉ちゃんが可愛かった。

 ……そう、お姉ちゃんとお兄様はお付き合いをしている。私がお兄様のことをいいなと思い始めた後、お姉ちゃんはお兄様に告白されたと言っていた。

 私は二人がお付き合いをするようになって嬉しかったのだが、その時から私の想いは心の中に封印しようと思っていた。二人の恋を応援しようと。でも、今日お兄様と二人になって、つい本当のことを言ってしまった。


「そ、そういえば、団吉とどんな話したんだ……?」


 お姉ちゃんが恥ずかしそうに訊いてきた。今日のことが気になるのかな? 私は一瞬だけ迷ったが、ちゃんと話すことにした。


「それがね、私がお兄様をずっと想っていたことを伝えたんだ」

「そ、そうなのか……だ、団吉はなんて言ってた……?」

「お兄様は『真菜ちゃんの気持ちに応えることはできない。でも、絵菜と真菜ちゃんを守っていく。絵菜だけじゃなくて、真菜ちゃんも大事に想ってるよ』って言ってくれたよ」

「そ、そっか……」


 お姉ちゃんがどこかホッとしたような顔をしている。もしかして私がお兄様を奪ってしまうとか思ったのだろうか。


「ふふふ、お姉ちゃん大丈夫だよ、私がお兄様を奪うようなことはしないよ。私、お兄様のことが大好きだけど、お姉ちゃんのことが大好きなお兄様も大好きなんだなって気づいたから」

「え!? あ、ま、まぁ、そうなのか……」

「うん、だから安心してね。お姉ちゃんは昔から心配性なところがあるからね。まぁそんなところも可愛いんだけど」

「あ、いや、まぁ、団吉のこと、す、好きだけど、団吉がどう想うかは団吉次第だし……」

「ふふふ、大丈夫だよ、お兄様はお姉ちゃんが大好きだよ。よかったねお姉ちゃん」


 私がそう言ってお姉ちゃんの綺麗な金髪をなでてあげると、お姉ちゃんは「そ、そっか……」と、ちょっと嬉しそうだった。

 きっとお姉ちゃんが丸くなってきたのも、お兄様が近くにいるからだ。これまで友達も高梨優子たかなしゆうこさんくらいしかおらず、他の人には冷たかったお姉ちゃんも、家でも笑顔が増えて優しくなってきた。学校でも友達が増えたみたいだし、料理が苦手なお姉ちゃんが自分から料理がしたいと言い出したり、お姉ちゃんは確実に変わった。そんなお姉ちゃんが大好きだ。


「あ、これお兄様がお姉ちゃんにって。トラゾーのキーホルダーだよ。私にも買ってくれたんだ」

「あ、ありがと、ショッピングモールでトラゾーのグッズなんて売ってたっけ……?」

「なんか最近グッズ売り場ができたみたいだよ。今度お兄様と一緒に行ってみたら?」

「うん、そうだな、ちょっと行ってみたくなった。あ、団吉にお礼言っておかないと……」


 そう言ってお姉ちゃんがポチポチとスマホを操作する。きっとそのままお兄様と楽しいお話するんだろうな……と思っていたら、


「あ、真菜、団吉がビデオ通話しないかって言ってる。日向ちゃんもいるみたい」


 と、お姉ちゃんが言った。


「あ、うん! やろうやろう。今日はありがとうございましたってもう一度言いたいな」


 それから四人でしばらくお話していた。私は四人で話すこの時間も大好きだった。

 もしかしたらこの先、私も誰かを好きになったり、好きになってもらったりするかもしれないけど、お兄様はお兄様だ。私の神様はずっと私のことを守ってくれる。そう思うと嬉しくなった。

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