第20話 調査 その1

「……で、あるからして、皆さんは休みと言えども気を抜くことなく……。」


 壇上では校長先生の長い話が続いている。


 一応、この体育館エアコンがついているらしいんだけど、全然効いてないよね。


 というより、いくら広い体育館とは言え、1000人以上の生徒が集まっていれば、エアコンなんか効く筈も無い。


 まどかがそんな事を考えているうちに、終業式が終わる。


この後は、教室に戻って、いつもと変わらぬ教師の話を聞いたら、解散。ウキウキワクワクの夏休みが始まる。


いつもであれば、まどかも、夏の楽しい予定についてミドリ達と話し合う所なのだが、今年はなぜかそんな気分になれない。


……夏休みなのになぁ。


 まどかは知らず知らずのうちに溜息を吐いていた。



「まどかっ、何暗い顔してんねん。」


 不意に声を掛けられて、顔を上げると、ミドリが心配そうな顔で覗き込んでいた。


「夏休みやで?何するん?」


「うーん、お姉ちゃんの手伝い、かな?なんか忙しいみたいで。」


 そう、姉の真理はこの2~3日、警察に呼ばれたりしてすごく忙しそうなのだ。


 その事が、まどかの心が暗くなっている要因の一つだったりする。


「ウチも、手伝おうか?相談したいこともあるし。」


「うーん、勝手にお願いするとお姉ちゃんに怒られちゃうから。でも、遊びにおいでよ。コーヒーなら入れて上げれるから。」


「砂糖とミルクはたっぷりやで。」


「分かってるよぉ。」


 ミドリの笑顔を見てると、重い気分が少しは晴れたような気がする。


 そう、ミドリと暖かいカフェオレを飲んで、一杯お話をしよう。


 そうすれば、きっと、気分も晴れやかになる筈。


 そう考えたら、少しは気が楽になったまどかだった。



「で、なんやのん?」


 ミドリがストローでアイスコーヒーを啜りながら聞いてくる。


「何って?」


 まどかも、同じくアイスコーヒーに口をつけながら聞き返す。


 喫茶ヴァリティが臨時休業中なのをいいことに、お店のアイスコーヒーを勝手に飲んでいる二人だった。


 勝手に、とはいってもオーナーの真理の許可は取ってあるので別に問題はないのだが、それでも、何と無くいけないことをしている気分になるのは、まどかの持つ生来の気真面目さ所以だろう。


「何か話あるんちゃうの?」


「えー、相談があるって言ってたのはミドリじゃない。」


 真面目な顔で聞いてくるミドリに対し、まどかが反論する。


 彼女は確かに「相談したいことがある」と言ったのだ。


 だからこうして時間を作ったのに……。


「確かに、ウチも相談したいことあるけど、その前にアンタや。朝からずっと元気があらへんで。……ライトはんの事で悩んでんのとちゃうか?」


 真面目な顔を崩さずに、身を乗り出してくるミドリ。


 先日のお泊り会で、抱えている想いを吐き出したまどかは、数日前ほどライトの事だけで思い悩むことは無くなった……と言うか、今は悩んでいてもどうしようもないと、開き直っただけなのだが。


「それとも、また、ヘンな事抱え込んでるんとちゃうか?」


 その顔が少し心配そうな表情に変わる。


「あ、ううん、そんな事はないから心配しないで。」


 まどかはこれ以上ミドリに心配させないためにも、今悩んでいる事を話すことにした。


「ねぇ、霧島先生は大丈夫?」


「おにぃ?なんで?」


「うん、お姉ちゃんとかライトさんがね、……何かあったみたいで、警察が良く出入りしてるのよ。今もお姉ちゃん警察に行ってるし。」


 まどかがそう言うと、ミドリはなにやら考え込む。


「確かに、おにぃの所にも警察が来とったわ。ウチの相談ちゅうのもその事で……何があったん?」


「うん、よく分からないんだけどね、なんでも、昔の知り合いの事故がどうのって言ってたけど……。」


「そう言えば、おにぃが前にゆうとったわ。なんでも8年前に杏南中の生徒が川に落ちた事故があったんやて。休み前の注意がくどいんはその所為やって。ほんでな、その事故にあったんが、おにぃ達の友人やったって話や。」


 ミドリの言葉を聞いてまどかは考え込む。


 ここ最近の真理の表情は暗い。


 いつもまどかの前では疲れた顔を見せない真理が、疲れを隠す余裕も無いほどに、憔悴しているのを見て、まどかは、何とかしたいと考えていた。

 

だからお泊り会を口実に、ちょっと豪華な夕食を振舞って……そしてそれは確かに功を奏したのだが、それも、あの場限りの一時の事で……。


 だから、気づいたらミドリにこう告げていた。


「その事故の事、私達で調べてみない?」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「だから、全部本当の事なんですっ!」


 みやびが大声を張り上げる。


 所内にいた者たちは、何事かと声のした方へ視線を向ける。


 みやびは、もう何度目になるか分からないほど、繰り返し同じ話をしている。


「そんな大声出さなくても聞こえてるよ。」


「だったらっ……。」


「しかしな、こんな事、誰が信じると言うのかね?死者が殺人を告発しましたので再捜査してください、と本庁に言って取り合ってもらえると思うのかね?」


「それは……。」


 みやびが口籠る。


 署長の言う通り、こんなオカルトじみた……というよりオカルトそのものの話を誰が信じてくれるというのだろうか?


 みやび自身、未だ信じられないのに。


「大体、キミがそんな事をするとは思っていないが、悪戯の可能性の方が高いんじゃないかな。ほら、何と言ったかな?そのタブレットを持ってきたキミの友人の仕業とかね。」


「れーじんはそんな事する様な人じゃありませんっ!」


 みやびは声を荒げるが、署長はそんなみやびを冷ややかな目で見ている。


「最近、少し忙しかったからな、キミも疲れているんだろう。今日はもう上がっていいからね。体調が回復するまで、ゆっくりと休むといいよ。」


 署長は「話は終わりだ」という様に手元の書類に視線を落とす。


「くっ、わ、分かりました……。失礼します。」


 みやびは踵を返すと、自分のデスクの上を片付けて出て行った。


 ◇


「ふぅ……あんなことを言い出すような娘じゃなかったと思うんだけどな。」


 署長は、みやびが出ていくのを見届けてから、そんな事を呟く。


「あれ、署長、あの娘は帰ったんですか?」


 白衣を着た男が手に幾つかの資料を持ちながら入ってくる。


「あぁ、疲れていたようだからね、帰らせたよ。」


「そうですか……まぁ、こんなの見たんじゃ、疲れてもしょうがないですか。」


 白衣を着た男はタブレットを署長の前に差し出す。


「何かわかったのか?」


「えぇ、まるっきりオカルトですよ。」


「ん?」


 署長は、白衣の男に目をやる。


 科学偏重主義のこの男が『オカルト』などと言う言葉を使うのは珍しい。


「何かあったのか?」


「いえ、ね。取りあえずバックアップを取ろうとしてみたんですが、例の問題の部分だけが、どうやってもバックアップできないんですよ。」


「古い機械だから、そう言う事もあるのではないか?」


「そりゃあ、この時代の機械は各メーカー独自規格が使われていて、解析に苦労しましたけどね、それでも、他のデータはすべて正常にバックアップ出来てるんですよ。なのに、例の部分だけが出来ない、こんなおかしい事はないですよ。」


「何かの手順を間違えているとかではないのか?」


「そんな素人みたいなことすると本気で言ってるんですかい?」


 白衣の男の声が尖る。


「言ってみただけだ。……原因は分からないのか?」


「……原因は分かってますよ。データがないんです。」


「は?」


 署長は思わず声を上げる。


「だからデータが存在しないんですよ。存在しないものをバックアップできるわけないですよ。」


「何を言ってる?現にこのように表示されているではないか?」


「だからオカルトだって言ってるんですよ。」


 白衣の男は両手を広げて首を振る。


「科学的見解から見れば、このデータは存在しない。この持ち主がなくなってから8年、パスワードが解除された形跡も、彼女が証言していた日以前にはないから、存在しなくて当たり前なんですよ。」


「では、この目の前に見える文字は何だというのだ?」


 署長はタブレットに目を向ける。


 そこにはみやびからきいたままの文章がつづられている。


「だからオカルトだと言ったんですよ。もしくは、この私ですら知らない新技術ですかね?」


「ウーム……。」


「署長、これを本庁に送ってもよろしいですか?」


 白衣の男の声に、署長はしばらく考え込む。


「いや、そもそも、この事件は8年前に終わっているのだ。今更蒸し返す必要もあるまい。」


訳の分からない現象だろうが、事件性がなければ、警察組織が動くことは無い。

そして、今言ったように、この事件はすでに終わった事なのだ。


「そうですか……。では、これは署長から戻してあげてくださいね。」


 白衣の男は心なしか、がっかりとした感じでそう言うと、部屋を出ていく。


「オカルトか……。」


 所為長は一言呟くと、他の溜まっている書類を手に取る。


 次の瞬間には、みやびの事も、タブレットの事も署長の頭の片隅へと追いやられていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……っていうのよっ!あのハゲ!」


 みやびがさっきから喚き続けている。


 その手にはビールの缶が握られているが、まだ封は開けられていない。


「ハイハイ、分かったから落ち着けって。」


「うぅ……ぎゅっ。」


「は?」


「ギュってしてって言ってるのっ!それくらい分かれっ、バカッ!」


「分かんねぇよ!」


 ライトはそう言いながら、みやびを宥めるために、頭を撫でる。

いくら本人の希望とは言っても、付き合ってもいない女性を抱きしめるのはハードルが高すぎるのだ。。


「分かって……いるんだよね。信じてもらえないって事。……私だってまだ信じられないんだもん。」


 みやびは、ライトに体重を預け、されるがままになりながらそう呟く。


「俺だってそうだよ。だけど、現実にまどかの文章が書かれたタブレットが存在する……誰にも書けなかった文章がな。信じられなくても、科学的根拠が無くても、目の前にある現実は事実として受け入れないとな。」


「うん……でもね、オカルトを信じるより、悪戯だって方が信じられるって言うのも分るのよ。……、心の中にね、誰かの悪戯じゃないかって疑ってる自分がいるのよ。」


「そう考えるのが普通だよ。無理しなくていい。」 


 ライトがそう告げる。


「でも、れーじんは信じてるんだよね?」


「……色々な事がこうも続くとな。そういう事があってもおかしくないって思うよ。」


 ライトは優しくそう言いながら、みやびの頭から手を離す。


「うん……。」 


 みやびも小さく頷き、離れていくライトの手を名残惜しそうに見つめながらその手ての動きを視線で追う。その時、偶然にもが視界の片隅に入ってくる。


「ちょっと待ってっ!」


 みやび素早くライトを押しのけ、を手にして、じっと見つめる。


 ライトはみやびが手にしたものを見て、しまったっという顔をする。


「ねぇ、れーじん?は何かなぁ?」


 みやびはソレ……ライトのスマホの画面をライトに突きつける。


 そこにはセーラ服姿の見知らぬ少女が写っていた。


かなぁ?」


 みやびが笑顔でライトに聞く。


 真夏なのに、ライトの周りの温度が氷点下まで下がったような気がした。


 ◇


「で、誰だったの?」


 真理がスマホを操作し終えて、みやびに目を向ける。


「Yukiだって。Yukiの中学時代の写真だって。」


「えっ?Yukiって私達と同じ年じゃなかった?」


「その筈だよ?」


「だったらあやちゃんが中学時代のYukiを知ってるのっておかしくない?」


「そんなこと知らないよっ!」


 みやびはそう言い捨てて、手元のグラスの中身を飲み干す。


「お代わりっ!」


 みやびがグラスを突き出す。


「ウーロン茶にしておきなさいよ。今は見た目的にも外聞がよろしくないんだから。」


 真理はウーロン茶のグラスを、姿のみやびに渡す。


「で、みやびは対抗するためにそんな格好してるんだ?」


「そうよ、悪い?」


「悪くはないけどねぇ、いきなり来て「セーラ服貸してっ!」って言われた方としてはねぇ……。」


 真理はクスクス笑いながら、コーヒーを入れ始める。


「いいのよっ、泥棒猫に対抗するためにはこれ位……。」


「泥棒猫ねぇ……果たしてが泥棒猫なのかしらねぇ?というより、まだ泥棒じゃないでしょ?」


 そう言いながら、ネコミミの付いたカチューシャをみやびの頭につける。


「分かってるわよ……って、どっちがってどういう意味?」


「さぁね?」


 不思議そうに首を傾げるみやびを見ながら真理がクスクス笑う。


「それより、さっき、あやちゃんに連絡しておいたから、もう直ぐ迎えが……って、来たわね。」


 カランカラーンとドアベルが鳴って、ライトが店内に入ってくる。


「悪い、遅くなっ……た……。」


 みやびの姿を見たライトが固まる。


「あによぉ、来たならさっさと座りなさいよぉ。他のお客に迷惑でしょぉ!」


 みやびがそう言ってライトを手招きするが、店内にいる客はみやびとライトだけだったりする。


「あ、あぁ……。」


 ライトは、ぎこちなくみやびの傍まで行くと、隣に座る。


「みやび、その格好……。」


「貸してっ!」


「えっ?」


「スマホ貸してっ!」


「あ、あぁ……。」


 ライトはみやびの迫力に押されて、スマホを差し出す。


 みやびは、スマホをサッと操作すると、自分の顔をライトの顔にすり寄せ、片手を目いっぱい伸ばしてシャッターを押す。


 スマホの画面には、セーラ服姿にネコミミを付けた笑顔のみやびと、茫然とした表情のライトの顔が写っている。


「笑顔が足りない!」


 みやびは再度手を伸ばし、ライトに「笑顔!」と言いながらシャッターを数回押す。


 そして最後に、ライトの頬に口づけをした瞬間をカメラに収めて、ようやく離れる。


 呆気に取られているライトをそのままにして、みやびは、更にスマホの操作を続ける。


「……送信っと。はい、ありがとね。」


 みやびが笑顔でライトにスマホを返す。


「あ、あぁ。」


 ライトは、訳が分からないって顔のまま、スマホを受け取る。


「どこに送信したの?」


 ライトの前にコーヒーを置いた真理が、ニヤニヤしながら聞いてくる。


「うん、Yukiさんのとこ。」


 ぶふっっ!


 隣にいたライトがコーヒーを吹き出す。


 と同時に、ライトのスマホにメッセージが届いた事を知らせる音が鳴る。


「お、おまっ、どう……。」


「メッセージ来てるみたいよ?見なくていいの?」


 声にならない声を上げるライトに、平然とした感じで答えるみやび。


「くっ……。」


 渋々とスマホの画面を見るライトだが、その動きが途中で固まる。


「わぁぉ!」


 興味津々という感じで覗き込んでいた真理が、楽しそうな声を上げる。


「ほらほら、元カノからの挑戦状よぉ。」


 真理が、ライトのスマホを取り上げてみやびに見せる。


 その画面には、寝ているライトの頬にキスをしている女の子……同じ布団で添い寝していて、布団から少しだけ出ている少女の素肌、それだけを見ればなにも着ていない状態で同衾しているように見える…………写真だ。

そして、その下に『今度会いに行くから、を紹介してよね。』というメッセージが添えられていた。


「あれっ、まだ下に何か……。」


 みやびが画面をスクロールすると、メッセージが出てくる。


「えっと、追伸……。」


『このロリコンっ!』


 画面一杯にその一言が書かれていた。

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