第6話 根岸美音子

困った……どうしよう。


約束の時間まで後少しあるけど……。


大体中学生の身で3万円などという大金がそう簡単に手に入るわけ無いのに……。


これが都会なら、と美音子は思う。


都会ではリフレとかパパ活とか言って女子高生が短期間で大金を稼げるって聞いたことがある。


自分はよく年上に見られるから、女子高生って言ってもバレないはず、と美音子は考えている。


ただ、美音子はリフレとかパパ活が何を意味して、どう言うことをするのか、などは分かっていなかった。


ただ「お金が稼げる」と言うだけを知っていただけだった。



「仕方がないよね。」


美音子はそう呟くと、呼び出された場所へ向かって歩き出す。


呼び出されたのは、あまり人通りのない寂れた神社の境内。


管理人もいなく、普段から人気がない上に、周りが林で覆われているため、悪いことをするにはうってつけの場所だった。


「遅かったじゃないか。」


美音子が指定の場所にたどり着くとそんな声が出迎えてくれる。


「金は持ってきたんだろうな。」


 3人の女子中学生が、美音子を取り囲む。


くるぶしまで隠れるロングスカート、適当にひっかけてあるだけのスカーフタイ、顔にはマスクをして、手には木刀を持っている。三人とも同じ格好だけど、いつの時代の不良だよとツッコみたくなる。


運が悪かった、と美音子は思う。


あの日、この中の一人に、美音子はぶつかった。


正確に言えばぶつかってきたのだが、その時に彼女が持っていたゲーム機が落ちて壊れたらしい。


本当に壊れたかどうかまでは分からないけど、弁償として3万円を要求された。


最初は突っぱねていたけれど、囲まれて脅され、周りの人にまで危害を加えると言われたら、屈服し、要求を受け入れる事しか出来なかった。


コイツ等にとって、カツアゲ出来ればという相手は誰でも良かったのだろう。


たまたま、そこに居合わせた美音子の運がなかっただけだ。


思えば、私の人生、運のよかったことなんかない……。

あ、でも一つだけあったかな?


美音子はお人よしの友人二人の顔を思い浮かべる。


私の人生の中で、あの子たちに出会えたことだけは運がよかった。

というかそれで運を使い果たしちゃったのかな?


それでもいいと思えるほど、あの二人の存在はかけがえのないものだった。


だからこそ、あの二人にだけはこいつらと関わってほしくなかった。



「お金は無い。」


「あぁん?それで済むと思ってんのかぁ?」


 リーダー格の女が美音子に凄み、他の二人が左右から美音子を拘束する。


「お前等そのまま抑えていろよ。……金がないなら、その身体で稼いで貰うよ。」


 カシャッ、カシャッと、少女の持つ携帯からシャッター音が響く。


「最近はネットでこういう画像が売れるんだよ。」


「イヤッ、離してっ!」


 美音子は必死に抵抗するが二人の拘束から逃れることは出来ない。


「やめてっ、お願い」


 美音子の懇願も虚しく、スカートが捲り上げられ、下着が露わにされる。


「もう少し、おろせよ。丸出しより、こう、ギリギリ見えるぐらいがいいんだって。」


「チャコもマニアックぅー。」


 不良少女たちがケタケタと笑いながら、美音子の下着姿を携帯に納めていく。


「そろそろ、上いってみようか?」


 撮影してた少女がニタニタしながらそう言う。


「チャコぉ、どうせなら動画にしない?こいつの手縛ちゃってぇ、こう二人羽織りみたいに手だけ私達が出せば、自分でシてるように見えない?」


「いいねぇ、イヤッと言いながら止まらない手。イッてもイッても辞められない。エッチな私を許して、ってか?」


 彼女たちがニヤニヤしている。


 イヤっ、そんなの絶対イヤっ!


 美音子は力の限り藻掻くが、拘束が解ける事は無い。


「イヤっ、やめてっ!」


「大人しくしろよ、このっ!」


 ピシッ!


 美音子の頬が叩かれるが、藻掻くことをやめない。


「このっ……。」


 再び叩かれたその時、近くに石が飛んでくる。



「ネコちゃんを放してっ!」


 そこには、まどかが石を片手に立っていた。


「金ならあるで、これ持ってとっとと去りぃや。」

 

ミドリが封筒を不良少女に叩きつける。


「まどか……みどり……。」


突然現れた二人の存在に、忌々しげな表情を見せる不良たち。


「チッ、お前ら行くぞ!」


 不良少女たちは、封筒を掴むと去っていく。



「ネコちゃん、大丈夫?ケガしてない?」


 まどかが駆け寄ってくる。


「まどか……みどり……どうして……。」


「友達やからな。」


ミドリがぶっきらぼうに言う。


「バカぁっ!こんなところに来て怪我でもしたらどうするのよっ!私が黙っていた意味がないじゃないっ!」


「バカなのはアンタやっ!ネコがこんな目に遭ってるのに黙っていられるわけあらへんやろっ!」


まどかと翠とはもう5年の付き合いになる。


境遇が似通っていた私達は、出会ってすぐに気が合い、小学校の頃はいつも一緒になって遊んでいた。


まどかは、何に対しても一生懸命で、よく巻き込まれた。


ミドリは、何だかんだと言いつつ面倒見が良かった。まどかに巻き込まれた面倒事の後始末は、いつもミドリが行っていた。


今年に入ってから、二人とはクラスも別になり、私もバイトを見つける事が出来たので、二人と会うことは少なくなっていたのだけど、昨日久し振りにまどかと会った。


自分ではどうしようもなくなっていたこともあり、つい弱音を吐いてしまったけど、そのことを後になって凄く後悔した。


だけど、あれからすぐ大金なんて用意できるわけでもないし、場所も話していないから、関わることはないだろうと思っていたから、まさか助けに来るなんて思ってもみなかった。



「まどか、みどり……ありがとう……でもお金……。」


3万円なんて普通の中学生にとっては凄い大金だ。

そんなにすぐ用意できるものじゃないはず。


他の子たちなら、お年玉貯金とかあるのかもしれないけど、まどかや翠の境遇でそうそうお年玉なんて貰えるはずがない。

そのことは美音子が一番よく知っている。


「あー、その事で話があるんや。」


「と、取りあえず、ここじゃ何だからウチ行こ?ねっ?」


ミドリとまどかの様子からすると、また厄介な事に巻き込まれそうな予感がしたけど、助けてもらった手前、私に拒否権は無い。そもそも、その厄介ごとだって自分のせいなのは間違いないのだ。


美音子はそう思い、先に行く二人の後を追いかけるのだった。



「おい、お前ら。」


「な、なによ、アンタ。」


ライトは神社の出口で奥から出て来た不良少女達を待ち構えていた。


アロハシャツにサングラスといういかにもな格好で、怪しいことこの上ない。


まぁ、その怪しさが、少女たちの不安を増大させるのに一役買っているのだから問題はないはず。


「恐喝・暴行の現行犯だな、証拠もばっちり撮ってあるぜ。」


 ライトは手にしたカメラを見せる。


この場所をまどかたちに教えたのはライトだ。


ライトが中学の時から変わっていない。

後ろ暗い事をするならここしかない、という場所だ。


「な、なんだよ……何が言いたい……。」


「さぁ、どうするかな。警察に突き出すか、これをネタにお前らがあの女の子にしていた事と同じことをしてもいいしなぁ。」


 ライトがニヤリと笑う。


「お、わ、……私達を脅す気か?」


「それはお前ら次第だな。金を返して、今日の事を忘れちまいな。そして二度とあの子達に近づかないと誓うなら見逃してやるよ。」


「クッ……。」


「チャコ、ヤバいよ……私やだよ。」


「チャコ……。」


「……分かったよっ!」


 チャコと呼ばれた少女が白い封筒を投げ捨てる。


「スマホも出しな。」


 ライトは封筒を拾い上げた後、チャコ達の持つスマホを取り上げる。


 中に保存されていたデータを完全に消去する。


 物理フォーマットをかけ、更には空撮りをしてから再度物理フォーマットをかけるのを、二度三度繰り返す。


 クラウドにバックアップされていないのを確認し、念の為にスマホそのものを工場出荷状態まで戻す。


 ここまでしておけば、サルベージも簡単には出来ないだろう。



「これで良し……と。」


 ライトはスマホを返しながら告げる。


「あの子らは俺が買ったんだよ。傷つけられたら商品価値が下がるからな。もし今後あの商品に何かあれば、お前ら自身の身体で償ってもらうからな。」


ライトは、少女たちの生徒手帳を移した画面を見せる。


そこには顔写真と住所など連絡先がバッチリと写っている。


ライトが「行けよ」と促すと、少女たちは逃げるように走り出していった。



「まぁ、これだけ脅しておけば、大丈夫だろうけど……。クソッ、胸糞悪い。」


美音子が脅されている時、すぐにでも飛び出して行って助けたかった。


だけど、ライトが助けに入ってそれで終わりと言う様な簡単な事じゃないのを、ライトは自分自身の経験から知っていた。


だから、まどか達が辿り着くまで我慢した。……万が一間に合わなかった場合にはすぐに助けに入れるようにしながら。



「一応保険を掛けておくか……。」


 ライトはスマホを取り出しチャットアプリを開く。


 みやびにそれとなくフォローしてもらえるように連絡するためだ。


 こういう時に役に立つのが国家権力だろ?と思いつつ、みやびのアカウントを開く。


「ん?みやびからメッセージ?」


 トーク画面を開くと、そこには一言『バカ』とだけ書かれていた。


「何だってんだ?」


 ライトは首を傾げながらメッセージを打ち込む。


『相談したいことがある。真理の店でいいから会えないか?』


「送信……っと。これでいいのかな?」


 あまり人付き合いをしてこなかったライトにとって、チャットアプリを使うのも一苦労だった。


このチャットアプリのフレンド欄にみやびと真理の二人の他に博多手の指で足りるほどの連絡先しか登録されていない所から見ても、ライトが如何にコミュニケーションをとってこなかったかが分かるというものだ。


「後はどう時間を潰すか、だな。」


 折角だし軽くロケハンでもしておくか、と思い、河原に向って車を走らせる。


 師匠には「向いていない」と言われたけど、もう一度だけ試してみたいと思う自分がいる。


 まどかに出会って、彼女を撮りたいと、彼女を自分の思い描くイメージ通りに撮影する事が出来たのなら、もう一度やり直せる気がする、とライトは考えていた。


 ◇


「……そう言うわけで、私はあの三人に脅されていたの。」


 美音子は、まどか達に事の一切を話すと、少し冷めたコーヒーに口をつける。


「そうだったんだ……何で黙ってたの。」


「相談したからって、何もできないでしょ?先生に言っても、その後陰湿なイジメに発展するだけだって事、筈でしょ。」


「そうだけど……でも相談して欲しかったよ。」


「そうやで、今回もウチ等がいなかったら、もっとヤバい事になってたって、ネコだってわかってるやろ?」


「それはそうだけど……感謝してる……って、そうだ!あのお金どうしたの。」


「しぃーっ。お姉ちゃんに聞かれたくないから。」


 まどかは店内を見回す。カウンターの奥にいる姉に聞かれてなかったようで、ホッと胸をなでおろす。


「まさか、ヤバい所から借りたりしてないよね?」


美音子も声を潜めながらそう聞いてみる。


「ある意味ヤバいかもなぁ。」


「みどりちゃん、そんな言い方。」


「どういうことなの?ちゃんと説明して?」


「ネコちゃんにも関係あるから、ちゃんと説明するよ。あのね……。」



「モデルぅ?……それ大丈夫なの?」


まどかから話を聞いた美音子は訝し気な声を上げる。


「ウチは信用してへんけど、仕方なかったんや。」


「大丈夫だよぉ、ライトさんはいい人だよ。」


 まどかがライトを庇う。


「ねぇ、まどか。知らない大人をそう簡単に信用しちゃいけないよ。」


「そうやで、アイツはロリコンに違いあらへんで。」


「二人とも酷いよ。ライトさんはいい人だよ。大体、会ったばかりの女の子が困っているからって、普通はそう簡単にお金を貸してくれたりしないってことぐらい私にだってわかるよ。」


まどかは自分が思っている事を、二人に分かって欲しいと訴える。


「それにライトさんは、私達が気にしない様に、アルバイトという形にしてくれたんだよ。アルバイト代は前借りって形になっちゃったけど、ちゃんと働いた報酬なんだから。」


「だけどなぁ、そのモデルっちゅうのが怪しいって思わへんか?ヌードモデルとか言われたらどうするんや?」


ミドリはライトに不信感を持っていた。


「大体、会ったばかりの女子中学生に「服を脱げ」ちゅう奴やで?信用できるかい。」


「ちょ、まどか、そんなこと言われたのっ!本当に大丈夫なの?」


「あ、あれは私が考えなしだったから、ライトさんは親切心で忠告してくれたんだよ。」


 まどかはライトに言われて初めて気づいた、自分が如何に危うい事をしていたのかという事に。


もし、昨日会ったのがライトさんじゃなかったら、別の汚い大人だったら……ひょっとしたら今日のネコちゃんより酷い目にあったかもしれないと思うと、身体の震えが止まらなくなる。


「私は、ネコちゃんの為にって事しか考えてなくて、周りが見えていなかった。自分が如何に危ういかって事に気づいて無かった。ライトさんはそれを教えてくれたんだよ。だからライトさんの事悪く言わないでっ!」


「まどか……。」


「ゴメン。まどか。確かに、そのライトさんのお陰で私が助かったのは間違いないものね。それで、明日だっけ?」


「ゴメン、二人が心配してくれてるの分かってる。……明日会って詳しい事聞くことになってるの。でも、ネコちゃんが本当に嫌だったら断ってくれていいからね。私がお願いしてみるから。」


「まったく……これ以上あなたにだけ迷惑かけられないよ。」


 ホントに、この子は……と、美音子はまどかの頭を撫でながら思う。


 まどかと出会ってから、私を取り巻く世界が変わった……ううん、世界は自分次第だって、自分がどう思うかっていうだけで変わるんだって事を教えてもらった。


いじけていただけじゃ、何も変わらない。何かを変えたければ自分が動く必要があるって、まどかは身をもって教えてくれた。


「いつも助けてくれてありがとうね、まどか。」


だから、大切な親友にそう声をかけると、まどかは嬉しそうな顔でにっこりと微笑み返してくれるのだった。

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