第26話 泡沫の夢

「レイちゃんお待たせー……って何聞いてるの?」


「あぁ、Yukiの新曲だよ。メジャーデビューして、すぐにオリコンチャート1位を独走中。すげえよな、俺達と同い年なんだぜ。」


 まどかといつもの店で待ち合わせ。


 待っている間にお気に入りのアーティストの曲を聞いていれば、時間なんてあっという間に過ぎる。


「ところで、今日はどこに行くんだ?」


「スティモール。来週みゃーちゃんの誕生日だからね。プレゼント選びに行くの。」


「みゃーこの誕生日かぁ……。」


 ライトの声に、少し陰りが指す。


「うふっ、会い辛い?」


「まぁな……っていうか、まどかの方こそ気まずくないのか?」


 ライトはまどかにそう訊ねる。


 ライトとまどか、みやびは小学生の頃からの付き合いだ……いわゆる幼馴染というやつである。


 しかし、幼馴染とはいえ、年頃の男女ともなれば、そこに恋愛感情が芽生えてもおかしくはなく、自然の流れによって、みやびとまどかはライトに好意を抱くようになっていた。


 そして、つい先日、ライトはみやびとまどかから告白を受け……そしてライトはまどかを選んだのだった。


「私たちの友情を舐めないでよね。それは、色々割り切れない部分もあるよ?それに結局レイちゃんに選ばれた私がみゃーちゃんには何も言えないしね。でも、レイちゃんに告白する前に、二人で話し合ったし、みゃーちゃんが振られた後も、二人で飲み明かしたしね。みゃーちゃんもすぐには元のようには付き合えないと思うけど、それで距離を置くのもおかしな話でしょ?だから私に出来る事は、今まで通りにみゃーちゃんと付き合って、みゃーちゃんの分までレイちゃんとイチャイチャするのっ。」


 そう言って抱き着いてくるまどか。


「そう言えば、清文が真理にプロポーズするって話聞いた?」


「耳が早いな……俺とクニが相談受けていて、どうするか決まったのがつい先日の事なんだぞ?」


「うん、知ってる。清文が昨日私とみゃーちゃんに話してくれたから。みゃーちゃんなんか「振られたばっかの私に対する当てつけかぁ!こうなったら海でナンパされてやるぅ!」って暴れてた。」


「ははっ、みゃーこらしいな。」


 みやびのその時の姿を想像して、ライトはつい頬が緩む。


「って痛っ!」


 気づけば、まどかがライトの頬を抓っていた。


「ひゃにするんだよぉ。」


 両手で頬を引っ張られてはうまくしゃべる事が出来ない。


「今、想像したでしょ。みゃーちゃんの水着姿。」


「ひてひゃいって。」


「確かにDカップのみゃーちゃんのビキニ姿は私から見ても羨ましいけどぉ。だからと言ってレイちゃんが……あぁ~、想像してるぅ!」


 そんな気はなかったのだが、まどかにみやびの胸のサイズとか水着の事などを具体的に教えられると、つい想像してしまうのは仕方がない事だと思う。


 そう自分に言い訳しながらもまどかに対して謝り倒すライトだった。


「でも、海に沈む夕陽をバックにプロポーズかぁ……やり過ぎじゃない?」


「真理はそう言うベタなのが好きだろ?それに、正直、悪ノリしないとやってられねぇっていうのが俺とクニの共通見解だよ。……まぁ、クニにはお前が言うなって言われたけどな。」


「そうなの?どうして?」


 不思議そうに首を傾げるまどかを見て、コイツ本当にわかってないのか?と訝しむライト。


「……俺の口から言うのもおかしな話だけどな……クニの奴、お前の事が好きなんだぜ?」


「えっ!」


 両手で口元を抑えるまどか。


 その様子からして、本当に気付いてなかったっぽい。


「お前とみゃーこの関係と同じ状態だったんだよ、俺達は。」


 ただ、まどかがライトの事が好きだというのはクニにはただ漏れだったらしく、付き合うことになったと言った時には「仕方ねぇわな」と寂しそうに笑っていた。


 ぎゅっ。


 まどかがいきなりしがみ付いてくる。


「どうしたんだ。いきなり?」


 二の腕に感じる、まどかの柔らかさに動揺しながらも平静さを装ってライトが聞く、


「私が好きなのはレイちゃんだからね。」


 そう言ってまどかは頬を紅く染めながら見上げてくる。


「安心した?」


「何を……。」


「だって、やきもち焼いてたでしょ?」


「焼いてねぇよ。」


「ハイハイ。」


 他愛もない日常、こんな日がずっと続けばいい……。


 そう考えながらもライトの意識が遠くなる……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……今のは……?


 ライトの意識は何もない所で目覚める。


 辺り一面、青一色で何もない。


 自分がどこにいるのか?立っているのか横になっているのか?


 周りの一切の感覚が無く、ただという事だけが分かるおかしな感覚。


(あ、気が付いた?……っていうのもおかしな話だよね?)


 懐かしい声が聞こえる。


 忘れようとしても忘れられない声……。


「……まどか……なのか?……どうして?……ここは?」


(そんなに一遍に聞かれても困るよ。ウン、私はまどかだよ、レイちゃん。そしてここがどこか?とかどうして?って言われても分らないよ。)


「さっきのは夢……なのか?」


 夢にしてはあまりにもリアル過ぎた。


 今でもまどかの感触が残っている。


(夢……だよ。ひょっとしたらありえたかもしれない……そして二度と起こる事のない未来の出来事……。)


「そっか……。」


(もし、今私が居たら、レイちゃんは私を選んでくれた?)


 まどかの声に、みやびの悲しそうな顔がよぎる。


「さぁな……。」


(……ハァ、やっぱりみゃーちゃんには敵わないかぁ。)


 まどかが溜息を吐いたような気がする……姿が見えないのにその仕草が分かるっていうのはどういう事なんだろうか?


(ま、仕方がないよね。なんで今こうしてレイちゃんとお話出来るのかも分かんないしね……だから、この機会に言いたいこと言っちゃうよ。)


 すぅっと息を吸う気配がしたかと思うと、次の瞬間まどかの大きな声が聞こえる。


(レイちゃんのバカぁっ!私だってずっとずっと好きだったんだぞ!)


 何もない空間にまどかの声だけが響き渡る。


(ふぅ、少しすっきりしたかな?レイちゃん、みゃーちゃんのこと好き?)


「……あぁ、たぶんな。」


(はっきりしないなぁ、もぅ!……まいいや、苦労するのはみゃーちゃんだもんね。……みゃーちゃんに伝えてくれる?私の事を気にするなら絶対にレイちゃんを離さないでって。みゃーちゃんなら許せるけど、他のオンナがレイちゃんの横にいるのは、なんか嫌だって、ね。)


「俺の気持ちは無視かよ。」


(当り前じゃない。それとも何?みゃーちゃんじゃ不満?他に好きな女がいるの?)


まどかの問いかけに、雪乃や星夜の顔が浮かぶ。


「そんな事は言ってないだろ?ただ……分からないんだよ。」


(そっかぁ……ひょっとしたら私にも脈はあったのかな? でも、それも今更、だよね。……みゃーちゃんなら納得できるけど……そうじゃなくてもいいよ。レイちゃんが幸せなら……幸せになってね。……約束……だよ?)


「あぁ、……今すぐ答えは出せそうにないけど、頑張ってみるよ。」


(だったらあの子の事も見てあげてね。)


「あの子?」


(もう一人の私。同じ名前の所為か、境遇が似てるせいか、なんか他人のような気がしないのよ。子供だからって切り捨てないで、ちゃんと向き合ってあげてね。)


「……前向きに善処しよう。」


(アハッ、それ何もしない政治家の定型文だったよね。まぁいいよ。それより真理には清文とお幸せにって。清文には素直になりなよって伝えて欲しいな。……後、クニには「ゴメンネ。あの時助けに来てくれてうれしかった、ありがとう。」って伝えてくれると嬉しいな。)


「そんなの……自分で伝えろよ。」


(あはっ、そう出来たらどれだけいいかなぁ。最後に、皆に……集まってくれてありがとう。何年かに1回でいいから、たまには集まって遊んでねって、私はいないけど、ずっと見てるから……。)


 まどかの気配は空間一杯に広がっていく気がした。


「まどかっ!」


(あはっ、そろそろ時間切れみたいね……。レイちゃん……手をいっぱい伸ばして……触れたものをぎゅっと掴んで離さないで。……さよなら、レイちゃん……大好きだったよ。)


「まどかぁぁっ!」




 ライトは薄れゆくまどかの気配を捕まえようと必死に手を伸ばす。


 その手に何かが触れたような気がして、ライトはそれをしっかりと捕まえる。


 身体が何かに引っ張られる感覚がして……そして意識が急速に途絶えて行った……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……さん、……トさんっ!」


 誰かが呼んでいる?……まどか?みやび?


 薄れていた意識が急速に覚醒していくと共に、誰かが呼んでいるのが分かる。


「……。」


 ライトが目を開けると、目の前にはみやびの顔のアップが……というか、みやびがキスをしていた。


 そのみやびと目が合う……みやびの眼に驚愕の色が現れ……次の瞬間大粒の涙が溜まっては落ちてくる。


「れーじん、れーじん、良かったぁ!……私分かる?どこか痛いところない??」


「あ、あぁ……みゃぁちゃん……みゃーこ……。」


「れーじんのバカッ!」


 俺が答えると、安心したのか、瞳に涙をいっぱい溜めたまま抱き着いてくる。


 遠くでサイレンの音が聞こえる……。


 その音で、ライトは何をしていたかを思い出し、ばッと跳ね起きる。


「うっ……。」


 急に起き上がったのがいけなかったのか、頭に鈍い痛みが走り、クラクラする。


「無理しないで。さっきまで溺れて気を失ってたんだから。」


 その言葉を聞いて、あぁそうか、と色々納得する。


 さっきのはキスではなく人工呼吸だったらしい。


「まどかちゃんは無事か?」


「私は大丈夫です。助けて貰ったから……。」


「ウチもおるで。全然目に入って無かった様やけど。」


 そんなことを話していると、担架を担いだ救急隊員がやってくる。


「俺はどれくらい気を失ってた?」


 みやびが救急隊員と話をしている間に、隣に座り込んで動かないまどかちゃんに聞いてみる。


「5分ぐらいじゃないでしょうか?ライトさんが川に落ちて優れ、ミドリと男の方が来て、私は何も出来なかったけど、その人がロープを投げて引っ張り上げてくれたんです。丁度その時みやびお姉ちゃんが来て、ずっと……その……人工呼吸をしていて……。」


 まどかちゃんが顔を真っ赤にする。


 人工呼吸でも、中学生には刺激が強かったらしい。


 まぁ、それも無事だったから言えることなのだが。


「ライトはん、ライダー男の事知っとるん?助けてもろうたお礼、ちゃんと言わんうちにどっか消えてもうたんや。」


「ライダー男?」


「全身黒づくめのヘルメット被った怪しい奴や。ライトはんの事『アヤト』って呼んどったで。」


「それ間違い無いか?」


「間違いあらへんよ……知り合いちゃうんか?」


「いや、知り合いだよ……昔からのね。」


「れーじん、まどかちゃんもミドリちゃんも、一応検査するから救急車に乗ってって……まどかちゃんどうしたの?」


 座り込んだまま動かないまどかちゃんに、みやびが声をかける。


「あはは……、安心したら腰が抜けちゃったみたいで、動けないの……。」


 その言葉を聞いてライトは反省する。


 一歩間違えば死ぬような目にあったんだ、怖く無かった訳がない。


 もっと気遣ってやるべきだった。


「怖い思いさせてゴメンな。」


 ライトはそういうとまどかを抱き上げる。


 いわゆる「お姫様抱っこ」と言う奴だ。


「きゃっ……えっと……降ろして下さい……。」


 まどかが真っ赤になりながらそう訴えてくる。


「歩けないだろ?」


「で、でもぉ……恥ずかしぃ……ですぅ……。」


「あらあら、まどかちゃんいいわねぇ。」


 そこに、からかうような調子で声をかけてくる真理。


 どうやら警察の方は一旦方がついたらしい。


「あやちゃんにも詳しい話を聞きたいからって言ってたけど、明日にして貰ったわ。」


 救急隊員が用意した担架のうえにまどかを寝かせて見送った後、真理がそう言ってくる。


「それは助かる。一応この後病院に行かなきゃいけないからな。」


「ん……お礼を言うのはこっちよ。……まどかちゃん助けてくれてありがとう……あの子までいなくなったら私………。」


「何かあれば互いに助け合う……それが俺達……だろ?」


 真理の頭を撫でながら、ライトが優しく言う。


「うん………うん………。」


 真理はライトの胸に顔を埋めて泣きじゃくる。


 ライトは、真理が落ち着くまで、その頭を撫でてやるのだった。


 病院に行くと言う真理を見送った後、ライトは自分の車まで戻る。


 本来なら、ライトも救急車で病院に行く処なのだが、駐車違反で切符を切られたくないと反論して、残ることにしたのだった。



 まぁ、残ったのにはもう一つ理由があったのだが………。


「よぅ!久し振りだな。」


 ライトは車の蔭に佇む、真っ黒なライダースーツの男に声をかける。


「遅いぞ。」


「こっちにも色々あるんだよ………それより、助けてくれてありがとな………邦正。」


「気づいていたのか………って気づくか。」


 男はバイザーをあげる。


 そこから覗く顔にはかつての、友の面影があった。


「当たり前だ。俺のことを『アヤト』なんて呼ぶ奴はクニしかいないだろ。」


「そんな事無いだろ?日本中探せば1人ぐらい……」


「いねぇよ……お前以外にはそう呼ばせないからな。」


「そっか………。」


 二人の間に沈黙が降りるが嫌な感じはしなかった。


 二人は、そのまま黙って、しばらくの間夜空を見上げていた。


「なぁ、さっき川に落ちた時にな………。」


 しばらくしてから、ライトが口を開く。


「夢だと思うかもしれないけどさ、まどかにあったんだ。」


 クニからの返事はなかったが、聞いてることは分かっているので、そのまま続ける。


「そこでまどかが言ってたよ……「ゴメンネ。あの時助けに来てくれてうれしかった、ありがとう」ってな。」


「そうか……。」


 邦正はバイザーを下ろし、一言そう呟く。


 そしてそのまま立ち去ろうとするので、ライトがその背中に声をかける。


「もう一つ伝言。これは皆にだけど『何年かに一度でいいから皆で集まって遊ぼうね。私はずっと見てるから。』だってさ。」


 邦正は片手を上げて応えると、そのまま闇の中へと消えていった。


「今度は俺が待っててやるよ。」


 ライトは邦正が消えた方に向かって呟いた。


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