第15話 命日

「ここがまどかのお墓よ。」


 お寺の裏側の、少し小高くなっている場所に多数の墓石があり、そのうちの一つの前まで来たところで、真理がそう言う。


「あやちゃんは初めてだよね?」


「あぁ、そうだな……ん?誰かすでに来てたのか。」


 お墓に供えられている花が綺麗になっているのに気付く。


「たぶん、ご家族の方じゃないかな?」


 みやびがそう言う。


 多分そうなのだろうとライトも思う。


 ただ、1本だけ別に供えられている、時期的には少しだけ早く、お墓には余り似つかわしくない、だけど、元気一杯のまどかを象徴する……夏を代表する黄色の大輪の花は、まどかの大好きな花だった。


 お墓の周りを軽く清め……と言っても殆どやることがなかったので形だけだったが……新しい御線香を供えてみんなで御参りをする。


「まどか、今年も来たよ………今年はあやちゃんもいるよ。」


 真理が静かに語りかけている。


「まどか、余り来れなくてごめん。それから…………ゴメンね。」


 みやびは小声でよく聞き取れなかったが、しきりに謝っていた。


「……………。」


 清文は無言で何かを語りかけている。


 ライトもお墓の前にしゃがみ込み、手を合わせて、軽く目を瞑る。


(まどか、今まで来れなくてごめん。まだ自分の中で整理がつけられてる訳じゃないから、今年も来ないはずだったのにな。……まどかが呼んだのか?来て欲しいって……。だとしたら、今まで来なくてゴメンな。………。)


 ライトは心の中で思い付くままにまどかに語りかけていた。


 ライトが目を開けて立ち上がると、みやびが寄ってくる。


「まどかとお話出来た?」


「どうかな?なんか言い訳ばかりしてたかもな?」


「だったら、まどかは笑ってるね、れーじんは相変わらずだって。」


 ライトは文句を言おうとして……やめる。


 代わりにみやびの頭をクシャッと撫でる。


「だといいけどな。」


「ウン、大丈夫だよ、きっと……。」


 ライト達は、もう一度お墓を見てから、帰る為に背を向ける……1本だけ添えられているひまわりの花がなぜか心に残った。



「あら?真理ちゃん?今年も来てくれたのね、ありがとう。」


 お墓の入口で、壮年の女性と出くわす。


 真理の知り合いみたいでお互いに頭を下げ合っていた。


「見覚えがあるような……。」


 ライトが呟くと、みやびがそっと耳打ちしてくる。


「まどかのお母さんだよ。」


「あぁ、そうか。」


 記憶にある姿とかけ離れていた為、すぐには思い出せなかった。


 ライトの記憶の中では、まどかに似てもっと溌溂とした感じの明るい印象が強かったのだ。


「そちらにいるのは……ひょっとして礼人君?」


「ご無沙汰してます。」


 不意に声を掛けられ、慌てて頭を下げるライト。


「大きくなったわね。……やっと来てくれたのね。」


 まどかの母の言葉に、何も言えずにただ頭を下げ続けるライト。


 そんなライトの姿を見て、小さくため息を吐いたまどかの母は、皆に「後でうちに来てもらえるかしら?渡したいものがあるのよ。」と、一言だけ言って、そのままお墓の方へ向かった。

 


「渡したいものって、何かな?」


「さぁ、今まではそんな事一度もなかったんだけどね。」


 みやびの言葉に、真理も分らないと首をかしげる。


「まぁ、行けば分かるだろ?それより、先に食事にしようぜ。」


 清文の言葉に全員が頷く。


 ライト達は、軽く食事をとってからまどかの家に向かうことにした。



 ◇



「お呼びだてしてごめんなさいね。」


 仏壇にお線香をあげた後、客間に通されたライト達の前に、まどかの母が座る。


「みんな本当に大きくなったわね。最後に遊びに来てくれたのって、いつだったかしら?10年ぐらいになるのかしらね?」


「それくらいかも知れませんね。」


 真理が静かに答える。


 それからしばらくは、昔話に花が咲いた。


 話題は当然の事ながら小学生の頃の事で、みやびと真理が中心になって話を聞いていた。


 それも当然だろう。二人は小学生の頃はいつもまどかと一緒にいた。この家に泊まりに来たことだって何度もあったらしい。



 暫くして、話題が途切れたところで、まどかの母の声のトーンが変わる。


「みんなにね、話しておきたいことがあるのよ。」


 ライト達は居住まいを正す……なぜかそうしなければならない気がしたのだ。


「おばさん達ね、近いうちにこの町を出て行くわ。暫くはお盆に来るかも知れないけど、お墓もその内遷すつもりでいるわ。」


「そんな……なんで……。」


 真理が理由を聞きたそうにするが、感情が追いつかず、言葉にならない。


「前々から決めていたのよ。あなた達に言っても仕方がないことだし、そもそもあなた達が悪いわけでもないの。でもね……。」


 まどかの母はそこで一旦息を吐く。


「……辛いのよ。あなた達を見ていると、まどかも本当ならこれ位になってたんだって……こうして他愛の無いことで怒ったり笑ったりしてたんじゃないかって……。」


 まどかの母の声がくぐもる。


 みやびも真理も、何も言えず、ただ泣いていた。



「ごめんなさいね。つい……。」


 まどかの母は涙を拭くと、一旦席を外す。


 みやびはライトに、真理は清文に、それぞれ寄りかかって来る。


 そんな彼女たちの頭を撫でてやることしかライト達には出来なかった。



 暫くしてからまどかの母が戻ってくる。


 その手には、小さな箱とノートなどがあった。


「本当はね、もっと早くにこの町を出るはずだったの。でも娘の最後の望みだけは果たしたくてね。」


 そう言って、手に抱えていたものをライトの前に置く。


「俺に?」


「あなたへの誕生日プレゼントだそうよ。貰ってあげて。」


 ライトは震える手で、その小さな可愛らしい包みを受け取る。


「後、こっちはあの子の日記よ。みんなのことばかり書いてあるから、私たちが持っているより、あなた達が持っていた方がいいわ。」


 そう言って数冊の日記帳と、タブレットが手渡される。


「これって……。」


 清文が思わず声を上げる。


「ごめんなさい、おばさん、よく知らないの。ただ中学生になってからはそれに日記をつけていたみたいでね。なんかパスワードとか言うのがあって中は見れないんだけど。」



 清文が手にしたソレは、ライト達が中学生時代に流行ったコミュニケーションツールだ。


 メモ機能、メール機能、スケジュール機能だけがあるスマホといった方が分かりやすいだろうか?


 メール機能と言っても、近くの人と赤外線通信でやりとりする程度ではあるが、当時としては画期的なモノだった。


 時代の最先端を行きたがった当時の校長の一声で、杏南中の生徒は全員購入させられたので、ライトも持っていた。


 勿論他のみんなも。


 ただ、すでに生産中止となって久しく、メーカーも潰れているので、手元に残っているかどうかは怪しかったが。




「やっぱりパスワードがかかってるな。」


 タブレットの電源を入れた清文がそう呟く。


 その横では真理とみやびが日記帳をめくっている。


 ライトは、手渡された小さな箱についていた『Happy Birthday』と書かれているカードを見つめていた。



 リボンを解いて箱を開ける。


 中からはペンダントとカードが入っていた。


 ペンダントは、当時流行っていた、ペンダントトップに写真を入れることが出来るものだった。


 女の子達の間では、そこに好きな人の写真を入れて、そっと身につけていると、想いが叶うというおまじないが流行っていたらしい。


 ペンダントトップを開くと、中には中学3年のまどかの笑顔が出てくる。


 そっと蓋を閉じ、カードを開くと、そこにはこう書かれていた。



『Happy Birthday!! Dear レイちゃん。


 15歳の誕生日おめでとう!


 15歳って言ったらアレだね、元服?


 昔ならもう立派?な大人だよね。


 私を差し置いて大人になるなんてズルいぞ。


 そんなオトナのレイちゃんに、私をプレゼントしましょう……なんてね。


 色々話したい事一杯あるけど、プレゼントを渡すだけで一杯一杯になって、何も話せなくなると困るから、大事な事……一番伝えたいことだけ書いておくね。


 ペンダントのおまじない、レイちゃんは知っているかな?


 入れてある写真は、何回も撮り直してようやく撮れたお気に入りの一枚です。


 レイちゃんは性格が素直じゃないから「重い」っていうかも知れないけど……桐原まどか、一世一代の告白なんだゾ。


 レイちゃん……ううん、礼人君、私、桐原まどかはあなたが好きです。


 私の気持ち、受け入れてくれるなら、明日の夕方いつもの処で待っています。


                   まどか 』



 ライトは、ペンダントとカードを握りしめると、いてもたってもいられずに飛び出していく。


「れーじん!」


 背後でみやびの声が聞こえた気がしたが、ライトは構わず走り続ける。


「うぉぉぉぉぉ…………。」


 叫びながら走り続けるライト。


 どこに行くというわけでもない。ただ、何かしていなければ、何か言ってなければ、心が押しつぶされそうだった。


 ◇


 気づいたら、ライトは河原にいた。


 堤防の片隅に腰掛けてボーッと川を見つめていた。


 この町に戻ってきた時に、まどかちゃんと会った場所。


 幼い頃、この町に来てから、いつも遊んでいた場所。


 気付けばいつも向かっていたお気に入りの場所。


 そして…………。


 まどかと約束していた、まどかが来てほしいと願った


 

 ……どれくらいこうしていたのだろうか?


 いつの間にか、日が傾き始めている。もう少しすると綺麗な夕焼けが見られる筈だ。


 まどかが一番好きと言っていた場所と時間。


 だから告白の答えの場所にここを指定したんだろう。


 OKなら、ライトと一緒に夕焼けを見て素敵な時間を共有するために……。


 Noなら傷ついた心を癒すために…………。



「やっぱりココにいたんだ。」


 不意に声がかけられる……みやびだ。


「隣、いいかな?」


 そう言いながらも、ライトの横に腰掛け、体重を預けてくる。


「……プレゼント、何だった?メッセージ、なんて書いてあったの?」


 みやびは静かに訊ねてくる。


 あのメッセージは、まどかからの精一杯のラブレターだ。


 それをみやびに見せてもいいのだろうか?


 そう思いながらも、気づけばみやびに、ペンダントとカードを渡していた。


 みやびはカードの文字に視線を走らせ、顔を伏せる。


「ズルいなぁ、まどかは。……今になって……ホントズルいよ。」


 ゆっくりと顔を上げるみやびのその瞳からは、陽を浴びてキラリと光る透明な雫が溢れ出していた。


 ライトがみやびの肩に手を回して引き寄せると、みやびはライトにしがみつき、その旨に顔を埋め堰を切ったように泣きだした。


 みやびを抱き留め、その背中を優しく撫でるライトの瞳には赤く染まりだした風景が滲んで映っていた。



 ◇



「ねぇ、れーじん。」


 みやびがライトを背後から抱き締めながら声をかけてくる。


「ん?」


「れーじんが、まどかのプレゼント、ちゃんと受け取っていたらどう返事した?」


 いまでは全く意味を成さない質問だった。


 ひょっとしたらあり得たかも知れない、何かが違えば今ココにいるのは、みやびではなくまどかだったかも……そんなIFの世界。


 しかし現実には、まどかのプレゼントはライトに届くことはなく、今ライトの側にいるのはみやびなのだ。


「みやび、夕焼けが綺麗だぞ。」


 ライトは真っ赤に染まった、川辺の風景を指差す。


「ウン、綺麗だね。」


 みやびは背後からライトの肩に顎を乗せ頬をすり寄せながら答える。


「この場所から見る、この景色がお気に入りだったんだ。これだけは忘れた事が無かった。」


「ウン。」


「そして、まどかも同じだった……俺達はよくココで一緒に夕焼けを見てたんだ。」


「………うん、…………知ってたよ。私も……れーじんと一緒に見たかった。でも、いつも隣にはまどかがいて……。」


「……。」


みやびは背後から、そのままライトを抱きしめる。

背中に顔を押し付けているせいで、今、みやびがどんな表情をしているか判らない。

判らないが、声の感じからすると泣いているように感じる。


「…………私もズルいよね。」


 しばらくしてみやびが呟く。


「ん?」


「今日ね、まどかと話したんだ。まどかの居ないところで悪いけど、って……。まどかが居ないから……、まどかの分も私が貰うよって……。まどかの分も私が支えるからって………。まどかが居なくても、私は……幸せになるって………、そう話したんだ。」


 ライトは何も言わない……言えなかった。


 みやびはライトから離れて正面に立ち、ライトの顔を見つめてくる。


 ライトの目に赤く染まった夕焼けと、同じくらい頬を赤く染めたみやびの姿が飛び込んでくる。


「タイミングとしては、自分でも最悪だと思ってる。でも今言わないと、二度と言えなくなる気がする。すごく後悔する。だから、卑怯でもズルくても、最悪の状況だったとしても、私は私のために告白するね。私はれーじんが好き。愛してる。例え、れーじんの心の中にまどかが居たとしても、まどかを好きなれーじんを愛してる。……………ずっと側にいたいよ。抱き締めていて欲しいよ。もう、どこにも行っちゃヤダよぉ………。れーじんが好き、好きなの。」


 燃えるように赤く染まった空をバックに、ライトを好きだと言うみやび。


 その姿は、そのまま溶け込んでしまいそうに思えるぐらい、儚く幻想的ですらあった。


 ライトは無意識に手を伸ばす。


 しっかりと捕まえておかないと、消えて無くなりそうで怖かった。


 今、この時が夢でないことを、この手で掴む事で確認したかった。


 それくらい、今のみやびの存在感は儚かった。


 そして、……二度と失いたくないと思った。


 あんな喪失感を味わうのはゴメンだと……。


 だけど……。


 ライトの腕がみやびを掴みかけて、そのまま距離をとる。


「れーじん………やっぱり……ダメなのかなぁ?」


 ライトは何も答えずただ夕陽を見つめる。


「俺もみやびのことが好きだよ……。もちろんまどかのことも好きだ。多分どちらかから告白されたらそのまま二つ返事でOKしていただろうな。」


みやびは黙って聞いている。


「久しぶりに会って、可愛くなっているみやびを見て……そして好きだなんて言われたら、有頂天になってここから飛び込むくらい舞い上がっていただろうな。」


「それなのに……ダメなの?」


みやびが俯きながら聞いてくる。


「……みやびのことは好きだ……だからこそ、その想いに応えることはできないよ。」


「……理由、聞いてもいいかな?」


ライトはみやびの顔を見る。いつになく真剣な眼差しがライトを突き刺す。

ライトはこの想いに正直に答えなければならない……それが最低限の義務だと思う。


「……怖いんだよ。いつか消えてなくなるんじゃないとと思うと、怖くてたまらない。今は好きだと言ってくれているみやびだって、いつ心変わりをして俺の前から消えるかもしれない。」


「そんなこと……。」


「ないって言うんだろ?だけど、人の心は変わりやすいんだよ。心変わりには色々な要因がある。それに、みやび本人がそうと思っていなくても、離れることだってあり得るんだ。悪いけど、今の俺には人を信じることができない。これでも、雪乃たちのおかげでマシにはなったけど、俺の人間不信はかなり根深いんだよ。」


……そのせいで仕事もクビになったしな、と自嘲気味に笑う。


「失うのが怖いなら、何もないほうがいい。何も持っていなければ失うこともないからな。」


だから、みやびの想いに応えることはできない……まどかの想いに応えられないように……。


今はここにいない少女に想いを馳せるように、夕日に視線を向ける。

あれから時間が過ぎたけど、この場所はあの頃と変わらない美しい景色を魅せてくれる。


改めてみやびに謝ろうと視線を戻すと、目の前にみやびの顔が迫っていた。


みやびの両腕がライトの首に回される。


背の高さに差があるため、みやびはつま先立ちだ。


そしてそのまま、ライトはみやびに唇を奪われる。



「そろそろ帰ろうよ。」


 しばらくして、唇を話したみやびがそういう。

 周りを赤く染め上げた陽はすでに沈み、周りは闇に覆われようとしている。


「あ、あぁ……。」


 辛うじて、それだけを声に出すライト。

あまりにも突然のことで思考が追い付いていない。


「私は諦めないよ。まどかに誓ったもん。まどかの分も幸せになるって……、幸せにするって。れーじんが信じられないならそれでもいいよ。信じるとか信じないとか、そんなの関係ないくらい、私はれーじんのそばにいる。そう決めた。」


 そう言ってみやびはライトを見上げる。


「それにね、消えてなくなるのが怖いのは、れーじんだけじゃないんだよ。私もそう……一度は失い、もう取り戻せないと思ってた……でも、れーじんは今、ここにこうしている。だから……今度こそ失わないよ……絶対に。」


 昇ってきたばかりの月明かりが、みやびの顔を薄く染め上げる。


 月の光を受けてきらりと輝く瞳が、みやびの意志の強さを強調している。


 それを見たライトは、懐かしさを覚える。


昔から変わらない、みやびのこうと決めたら何が何でも突き進む。あきらめることだけは絶対しない。そんな意志の強さを表す瞳の輝きだ。


そして、ライト惹かれた……ライトが好きなみやびの表情だ。


「……それでも、応えられないかもしれないぞ?」


「いいよ。れーじんがちゃんと恋愛できるまで……それが私じゃなくても……もちろん私であれば嬉しいけど。とにかく、れーじんが必要なくなるまで、私がそばにいる。そしていつか絶対に「みやびがいないと生きていけない」って言わせてやるんだから!」


「あぁ……そういう日が来るといいな。」


ライトはそうつぶやく。


そんな日が来るのなら……。その時隣にいるのはやはりみやびなのだろうか?


誰でもいい。そんな日が来るなら、それは喜ばしいことだ、とライトは心からそう思うのだった。

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