第21話 調査 その2

「だからな、雪乃は高校時代のクラスメイトで……大事な仲間なんだよ。」


 真理とみやびの間に挟まれる格好になったライトが、渋々と白状する。


「ふーん、れーじんはタダのクラスメイトとあんなことするんだぁー。」


「あやちゃんの乱れた学生時代ね。興味あるわぁ。」


 みやびが拗ねたように、真理がからかうように、それぞれ応えてくる。


「違うって!……あの写真の存在も知らなかったよ。大方、合宿の時に撮ったんだろうけどな。」


「でも……。」


「あー、もうこの話は終わり。アイツらがいたから、俺は世界に絶望せずにすんだ。アイツらがいたから、こんな俺でも楽しいと思える学生時代を過ごせた。そう言う大事な仲間なんだよ……お前等と同じ位な。」


 ライトがそう言うと、みやびも真理も黙り込む。


「それより、明後日どこか行かないか?」


 ライトはその場の雰囲気を変えるように、明るい声で言う。


「いきなりどうしたのよ?」


 ライトの思惑を悟ってか、真理も明るい声で応えてくる。


「いや、よく考えたら、俺こっちに戻ってきてから、河原とココとみやびの部屋以外に出掛けたこと無いなって思ってさ。ちょうどみやびもクビになったみたいだし、時間はあいてるだろ?」


「クビ、違うからっ!」


 ライトの言葉にみやびが反論する。


 少しは気が紛れたみたいね、と真理は思いつつ、ライトに答える。


「悪いけど、私はパスね。無職のお二人と違ってお店があるし。」


「無職言うなっ!」


「無職じゃないモンっ!」


 ライトとみやびの声が重なる。


「まぁまぁ、明後日は二人でデートしてきなさいよ。」


 息ピッタリね、とクスクス笑いながら真理がそう言う。


「デートって……そんなつもりじゃ……。」


「……じゃぁれーじん、明後日は10時に駅前で待ち合わせで……いいかな?」


 みやびが、照れたように、それでいてどこか嬉しそうな声でそう言う。


「オイ……待ち合わせって……。」


 マジか?と言いかけたライトの袖を真理が引っ張る。


(バカね、初デートなんだから、素直に頷きなさいよ。)


(いや、そもそもデートするなんて一言も……)


「何?イヤなの?」


「イエ、滅相もゴザイマセン……。」


「ならいいのよ。」


 みやびはそう言うと、席を外す。


「バッカねぇ、あやちゃんて女心分かってないのよねぇ。」


「悪かったな。」


「ウン、でも少し安心した。これじゃぁ、よっぽどあやちゃんに惚れている女じゃないと、初デートで別れることになるでしょうからね。」


「うっ……、いいだろ、別に。」


 真理の言葉に、過去の様々な事が蘇る。


ライト自身、そんなつもりはなかったが、高校時代敦や雪乃たちとつるむようになり、それなりに目立つようになると、それなりに告白などもされるようになった。


もっとも、大半は星夜が事前に潰しており、また、雪乃の存在に恐れをなして、面と向かって告白するほどの勇者はかなり少なかったのだが、それでも両の手の指では足りないぐらいには、告白を受けたり、デートしたりと言った経験はそれなりにあるのだった。


 ただ、真理の言う通り、デートの後しばらくしてから別れる羽目になるのだった。


 ライトとしても、本気で好きだと思って付き合っていたわけではない為、それ程気にはしていなかったのだが……。


実のところ、ライトが付き合った女の子の大半は、ライトの外見だけに惹かれ、実際にデートした時のライトのそっけなさに愛想をつかし、そうでない、残りの数少ない、本気だった女の子は、ライトの抱える心の闇に気付き、自分では手に負えないと諦めたのだったが、もちろん、ライトはそんな事情は分かってない。

ただ結果として、2回目以降のデートに行ったことがない、という事実だけが残るだけだった。


 ライトは誤魔化すかのようコーヒーに口をつけるが、カップの中身は空っぽで、仕方がなく、水の入っているグラスに手を伸ばす。


「みやびは、その『』なんだから、大切にね。分かってるんでしょ?」


「なぁ?」


 ライトはグラスを置くと、呟くように声を出す。


「なぁに?」


「みやびはさ、俺なんかのどこがいいんだろうな?」


「さぁ?あやちゃんはみやびの初恋の相手だからね。思い出補正も入ってるかもしれないけど、それこそみやびに聞いてみたら?」


 真理はそう答えると、「もう一杯飲む?」とコーヒーカップを指して聞いてくる。


 ライトは、軽く首を振ると席を立つ。


 丁度みやびが戻ってくるところだったのだ。


「例の撮影だけど、今月末の土・日で都合がいいか、まどかちゃんに聞いておいてくれよ。」


 ライトは、真理にそう告げて、戻ってきたみやびにてをふってから店を出ていく。


「ハイハイ、毎度ありぃーって、あやちゃんのバカ。」


「れーじんのバカ。」


意図せず二人の『バカ』がハモり、真理とみやびは顔を見合わせて笑い、そしてライトの後を追うようにみやびも店を後にする。



 カランカラーン……。


 ライト達と入れ違いに、まどかが店内に入ってくる。


「お姉ちゃん、ただいまー。……今出て行ったのライトさんだよね?」


 訝し気にまどかが声をかけてくる。


「ライトさんの後を追いかけていたウチの制服着てた子……みやびお姉ちゃんに凄く似てた気がするんだけど……。」


 真理は人差し指を立て、まどかの口の前に持って行って黙らせる。


「いーい、まどかちゃん。大人にはねぇ、色々あるのよ。まどかちゃんもそのうち分かるから、今は見なかったことにしなさい、ネッ?」


 真理の言葉に、コクコクと頷くまどか。


 それを見てにっこりと微笑む真理。


「少しお話しようか?何か飲む?」


「ウン、アイス・オ・レがいいなぁ。」


「了解、ちょっと待っててね。」


 まどかがカウンターに座り、真理は可愛い妹のリクエストに応えるために奥へ引っ込む。


 喫茶ヴァリティの日常がここにあった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「色々調べたんやけどな、当時の新聞に載っとる事以上は分からへんかったわ。」


 ミドリがそう言って、新聞の切り抜きのコピーをスクラップしたノートを広げる。


 夏休みに入ったので、、学校には部活をやっている生徒以外では補修などで出入りする3年生以外の姿はなく、解放されている図書室にもまどかたち以外の生徒の姿は見えなかった。。


「わっ、凄い。ミドリちゃん、これだけ調べるの大変だったでしょう?」


「ま、まぁね、ネコにちょっとは手伝うてもろうたんやけどな。」


「ちょっとって……ほとんど私がやったんでしょうが!」


 自慢げに言うミドリを美音子が睨みつける。


「と、とにかくや、分かったんは、当時、ウチ等の中学の女生徒が川に落ちて亡くなったというのはホンマの事で、それが8年前の出来事やった。」


「その人が、ライトさんやお姉ちゃん達の友達のまどかさん……なんだよね?」


 まどかの言葉を受けたミドリがコクリと頷く。


 まどかは、不意にライトと初めて会った日の事を思い出す。


 …………俺がここで川を眺めていると、さっきのように声かけてきてたから…………


 あの時のライトの言葉が蘇る。


 ライトさんは、いつもあそこで川を眺めていて、その姿を見つけたまどかさんが声をかけて……。


 そこまで考えた時、まどかの胸の奥がチクリと痛む。


「どないしたん?顔色悪いで?」


「あ、ううん、大丈夫。私達と同じ年で亡くなったんだと思ったら、少し……ね。」


「そうね、事故とはいえ、何か心に迫るものがあるわね。」


 まどかの言葉に、美音子も頷く。


「……。」


「ミドリ、どうかした?」


 急に黙り込んでしまったミドリを心配してまどかが声をかける。


「ウン……いや、な、ホンマに事故やったのかなぁって思うて。」


「どういう事?調べた限りじゃ、事件性はないって警察も発表してるわよ?」


 一緒に調べていた美音子がそう言うのだから事故で間違いはないのだろうけど……。


「だってなぁ、ホンマに事故やったら、もう終わった事やで?なのに、何でおにぃや真理姉達が騒いどるんや?」


「それは、ほら、やっぱりお友達だったから……。」


 ミドリの言葉に応えようとして、何の説得力もない事に気づくまどか。


「そうかも知れへんけど、だったらなんでなんや?8年も前のことやろ?それに、警察まで動いとるんやで?まどかの所に来たんやろ?」


「そうなんだけど……でも最初に来てそれっきっりだよ?最近は全然来てないし。」


 まどかがそう答えた時、図書室のドアが開かれ、見知った顔の男子生徒がまどかたちを見つけて近づいてくる。。


「なんだ、お前達ここにいたのか?」


入ってきたのはエイジと裕也だった。


「珍しいわね、夏休みなのにあなた達が学校にいるなんて。九十九君も佐藤君も部活は引退したんでしょ?……試合に負けて。」


 美音子がクスリと笑いながら言う。


「うるさいなぁ、そうだよ、負けたよ!裕也の所為でな。」


「あの時、エイジがPKを決めていれば勝てたんだよ。何で外すかなぁ。」


 二人は、どっちの所為で試合に負けたかを言い合いし始め、それを嬉しそうに美音子が見ている。


 普段は他人に無関心な美音子だけど、この二人に関しては、わざとこういう物言いをして揶揄っているフシがある。


「まぁまぁ、で、二人は何でいるの?」


 まどかは慌てて仲裁に入る。


「あぁ、お前達を探してたんだよ。電話したら学校に行ったっていうから。」


「わたしたちを?なんで?」


美音子が訊ねると、裕也が顔を赤くしながら、アタフタし始める。

それをフォローするかのようにエイジが口を開く。


「裕也がな、またYukiの最新情報を手に入れたって言うから、詳しく話を聞こうと思って。どうせならお前らも一緒にどうかなと……。」


「なんやてっ!さっさと話さんかいっ!」


 Yukiの最新情報という言葉にミドリが反応し、裕也の肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。


「ま、待てっ、話すから落ち着けって……。」


「まぁまぁ、ミドリ落ち着いて。そんな状態じゃぁ佐藤君も話せないよ?」


 興奮したミドリをまどかが抑え、ようやく落ち着いた裕也が話し出す。


「お前らは『セイ』って知ってるか?」


 裕也の言葉に、皆が一斉に頷く。


「あのグラビアモデルだろ?」 


「ちゃうって、知る人ぞ知るカリスマベーシストや。」


 エイジが言うと、とミドリが反論する。


「えっと『気まぐれ天使』のセイさんだよね?」


「テニスプレイヤーじゃなかったっけ?」


 まどかが、一部で有名な漫画のタイトルを挙げると、首を傾げながら美音子がそう言う。


「みんなよく知ってるね、他にもバラエティ番組でお馴染みだったり、NBAで活躍しているチームの専属チアだったりする『セイ』なんだけどね……。」


 裕也が、他にもセイが活躍していたり関わっていたりするものを挙げていく。


 

 セイは、その多才なる才能故に、あらゆる場に顔を出し、それなりの結果を出しては消えてゆく幻のような存在で、彼女の自由奔放な性格と、彼女が描いた漫画のタイトルから『気まぐれ天使』と呼ばれているマルチタレントだ。


 その過去は謎に包まれ……というか、様々な分野に顔を出しているため過去を追いきれないというのが実情だったりするのだが……Yukiとはまた違った意味で人気のある女性だった。



「従妹の姉さんの友達の部活の先輩のお兄さんが、セイの学生時代のクラスメイトの友達の部活の後輩の知り合いでさ。」


「それって、全くの赤の他人やん。」


 ミドリのツッコミを無視して裕也は続ける。


「そこからの情報なんだけど、セイってYukiと学生時代にバンド組んでたんだってさ。」


 どうだ!と言わんばかりのドヤ顔をする裕也。


「霧島からもらったCDあっただろ?あの中の楽曲のいくつかにもセイがコーラスをしてたり、ベースやキーボードを担当してたりするんだぜ。つまり、Yukiとセイは繋がりがあったんだよ。」


「そうなんや、ウチはセイの事はベース弾いとる、という事しか知らんかったけど、Yukiとバンド組んでたなら、少し追っかけなあかんなぁ。」


「そうだろ、そう思うだろ!だからさ、これを……。」


「ばかっ、よせっ!」


 裕也が雑誌を取り出したのを見て、エイジが慌てて止めに入るが遅かった。


「「「…………ふーん。」」」


 その場の空気が凍り付く。


 裕也が取り出した雑誌は、いわゆる「成人向け」の雑誌で、健康美を惜しげもなくさらすセイの水着姿の表紙ではあったが、中身はかなり際どいセクシー系の女性たちが、悩殺ポーズで微笑んでいる。


 まどか達三人の視線に気づき、自分の過ちに気づいた裕也だったが、時すでに遅し……だった。


「デカいのが好みなんやね。うちら貧相で申し訳ないわ~。」


 ミドリの蔑む様な声に、項垂れる裕也とエイジだった。


「そ、それより、霧島たちは何してたんだ?……ン?これは……。」


 話題を変えようと、エイジが焦った声を出し、開かれたノートに目を止める。


「ウチ等はその事件の事調べようと思うとったんや。」


「これってアレだろ?8年前のいじめによる自殺ってやつ。」


 ミドリの言葉に、パラパラとノートをめくっていたエイジが呟く。


「なんやねん、その話。詳しく聞かせてぇな。」


 ミドリがエイジに詰め寄る。


「詳しくって言われてもなぁ。俺も母さんからちょっと聞いただけだし。」


「それでもええから!ウチが調べた限りやと、自殺なんて話、どこにも出てへんで。」


 ミドリの迫力に押されて少し後ずさるエイジ。


「霧島落ち着けって。エイジが怯えてるだろ。」


「お、怯えてなんかないやい。」


「震えた声で言われてもねぇ。」


 必死に言葉を出すエイジを美音子がからかう。



「それより、またなんでこんな古い事を調べてるんだ?」


 裕也が聞いてくる。


 ミドリは一度、まどかに視線を向け、まどかが頷くのを確認してから答える。


「その亡くなった人な、おにぃやまどかのお姉さんの友達なんや、」


「霧島先生の?……だったら先生に聞くのが一番早くないか?」


 ようやく立ち直った裕也がそう答えると、ミドリは「アホか」と返す。


「素直に答えてくれるんやったら、調べたりせぇへんって。教えてくれぇへんから調べとるんやろ?」


 それもそうか、と頷く二人。


「まぁ、そう言う事なら、俺達『非公式探偵部』が手伝ってやるよ。」


「ハァ?『非公式探偵部』ってなんやねん。そんなの聞いたことあらへんで?」


 ミドリが聞き返す。


「バカだなぁ。誰も知らないから『非公式』なんだろ?10年前からひそかに受け継がれてきた、由緒ある部なんだぜ。何を隠そう、俺と裕也はその部員だったのだ!」


 参ったか!という様に高笑いをするエイジを冷めた目で見るミドリと美音子。


「……まぁ、手伝いたい、言うなら止めぇへんけどな。」


 ミドリが呆れたようにいうと、「ちょっと待った」と裕也がストップをかける。


「手伝うのはいいが、何か代価が必要になるぞ。」


「はぁ?」


「当たり前だろ?『非公式探偵部はタダ働きをしない!』っていうのが部の決まりじゃないか!」


 何か言いかけるエイジを止めて、裕也がきっぱりと言い放つ。


「別にそこまでして手伝ってもらう気はないんだけどね。」


 疲れたように美音子が言うと、裕也が慌てて言い繕う。


「いや、あのさ、形だけでいいんだよ。俺達も手伝いたいんだ。だけど部の決まりで、その……。」


「あら?無理しなくていいのよ?こちらからお願いしてるわけじゃないし、むしろ、そっちが「手伝わせてください」って土下座する立場じゃなくて?」


 アタフタする裕也に、ここぞとばかりに色々言い出す美音子。


 その姿がとても楽しそうで、ミドリとまどかも少し引いていた。



(なぁ野原、アレ何とかならないか?)


 エイジが小声で聞いてくる。


(何とかって言われても……ミドリ、どうしよ?)


(ネコも楽しんどるさかい、ヘタに手ぇ出しとうないわぁ。)


(そんな……何とかしてくれよ。)


(ねぇ、ミドリ、ここはライトさんの事を教えるって事でどうかな?)


(せやなぁ……まぁ下僕が欲しかったし、丁度ええか。)


(オイ、何か不穏な単語が聞こえたぞ。)


(あはは……。)



「そこまでにしときぃや。」


 話がまとまると、ミドリが二人の間に割って入る。


「代価があったら手伝ってくれるんやな?」


 ミドリがそう聞くと、裕也はブンブンと首を縦に振る。


「もちろん!大船に乗った気で任せてくれればいい。」


「泥船やないやろうな……まぁええわ。でも、この代価は大きすぎて、今回手伝うだけじゃ割に合わへん。だから二人とも文化祭も手伝うって事でどうや?」


 裕也とエイジは顔を見合わせる。


「構わないが、俺達が納得できるだけの対価なんだろうな?」


「CDくれた人、紹介したるわ。この辺りじゃ一番Yukiに詳しい人やで。文化祭にYukiを呼ぶんも、この人の協力ナシでは語れぇへんで。」


「「マジかっ!」」


「マジやで!」


 ミドリがニヤリと笑う。


「勝手にそんなこと言っていいのかなぁ?」


「面白そうだから、ミドリに任せましょ。」


 まどかが心配そうに呟くと、美音子が笑いを堪えながらそう言った。


 向こうでは、話がまとまったのか、がっしりと握手を交わす三人の姿があった。

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