第14話 お弁当の日

「はぁ……。」


「どないしたん?見てたら朝からずっとため息ついとるやん?」


授業が終わって、ミドリがまどかのもとにやってくるなりそう言う。


「あ、うん……何でもないの。」


「何でもないって感じじゃないわよ。悩み事なら相談に乗るわよ?」


いつの間にか、やってきた美音子も、まどかの様子を見てそう声をかける。


「あ、うん……。とりあえずお弁当にしよ?」



 今日は月に一度の『お弁当の日』


 なんでも、「中学生にもなれば、お弁当の一つぐらいは作れるようになるべし。そしてお弁当を作ることによって、両親の苦労の一端を知り、両親に感謝するべし。」とかいう、訳の分からない理由で制定された、杏南中独自のイベント?である。


 実際には、まともに料理ができる子が少なく、普段以上に親の負担を強いられるため、PTAからはいつも非難が上がっているという悪しき風習だったりする。



「それで、何悩んでるんや?」


 ミドリが、まどかの作った玉子焼きを摘まみながら聞いてくる。


「そうね、私も気になる……あ、ミドリ、それ私の分っ。」


 ミドリが口に入れようとする唐揚げ(まどか特製)をみて、慌てて自分の分を確保しようとする美音子。


「もぅ、二人とも落ち着いて食べなよ。まだ沢山あるからね。」


 そんな二人を苦笑しながら見るまどか。


 お弁当の日はいつもこんな感じだ。


 ミドリは料理が出来ないわけではないのだが、年相応という事で、それ程上手ではない。


 美音子は、一通りの家事が出来るが、施設で生活しているという事もあり、お弁当は残り物でやりくりしなければならない。


 なので、ある時まどかが提案したのだ。『お弁当の日は3人で手分けしよう』と。


 ミドリが主食(主にお握り)を担当、美音子が副菜、そしてまどかがメインのおかずを作ってくるという事で三人の役割分担を決めて、それからはこうして一緒にお弁当タイムを楽しむようになったのである。


 ちなみに、今日のメニューは、ミドリが作った三種の具(シャケ・おかか・梅干)のお握りと、美音子特製野菜サンド、そして、メインはまどか特製の唐揚げ・ソーセージ・フライドポテトに玉子焼きを添えた、まどか風ミックスグリルだった。

唐揚げはグリル料理ではないので、本来であればミックスグリルと言うのは違うのだろうけど、他になんて言っていいか分からないので、まどかたちは適当にミックスグリルと呼んでいるのだが、そんな些細なことなどどうでもよいと言えるぐらいに、二人はまどかの唐揚げの虜だった。


まどかの料理の腕前は、喫茶ヴァリティのオーナーである真理のお墨付きだ。

まどかの休みの日にはヴァリティを手伝っていることもあり、まどかの料理目当てで来る常連さんもいるぐらいには高い。


そのことを知っている美音子と翠が、いつもおかずの取り合いになるのは仕方のないことだといえる。


 特に唐揚げは、衣にまで下味がしみ込んでいて、それなりに手間をかけている分、美味しいと評判だった。美音子と翠も大のお気に入りで、唐揚げを作ってきた時は大抵取り合いになる。


 まどかもそれを分かっているので、普段より多めに作って持ってきていたのだが……。


(あはっ、私の分がもうないよぉ。)


自分が作ったものを、おいしいと言って食べてくれる人がいるのは幸せなことだ。困りながらも嬉しさを隠せないまどかだった。


「それで何悩んでるの?話すだけでも楽になると思うわよ?」


「せやで。一人で悩んだらあかん。大体まどかは悩んだ挙句とんでもないことしでかしよるさかい、まずは相談せいや。」


「あはっ、何気に酷いこと言われてる気がする。」


まどかは軽く笑った後、心配そうな顔をしている二人に話し出す。


「んっとね、自分でもよくわからないの。この前ね、ライトさんとみやびお姉ちゃんが来た時のことなんだけど……。」


そういって、まどかは先日あったことを二人に話す。


「……それでね、ライトさんに甘えてるみやびお姉ちゃんを見てると、なんか、こう、胸の中がもやもや~ってするの。」


まどかの話を聞いて、ミドリと美音子はお互いに顔を見合して頷きあう。


二人の気持ちは一致していた……つまり、この話題はこれ以上、こんな場所でするのは危険だと。


周りには噂好きの女の子や、まどかに気があると思われる男子たちがうようよいるのだ。


「わかったで、その話はいったん置いとこう。」


「えっ、なんで?どうしたの?」


まどかが訳が分からないと目を丸くする。


「まぁいいから。週末お泊り会しましょ。そこでゆっくり話を聞くからね。」


「せや、せや。それより、あの件はどうなったんや?」


ミドリがやや強引に話題を変える。


「そうね、私も気になるわね。特に日程とか……バイトもあるから。」


その話題転換に、美音子も乗る。


「ライトさんのバイトのことだよね。えっとね、ライトさんがフォトコンテストに応募するためのモデルとして私達を撮るんだって。ただ、いろいろ細かく煮詰めたいから、撮影の日程についてはもう少し待ってって言われた。」


まどかは二人の態度をいぶかしがりながらも、先日ライトから聞いたことを二人に話す。


「さよか。ウチ結構楽しみにしとるんや。」


 そう、笑顔で言うミドリ。


「あ、でも夏休み中には必ず撮影するって言ってたから。」


「ホンマか?楽しみやなぁ。」


「あれだけ「怪しい」だの「信用出けへん」だのと言ってた癖に、えらい変わりようね。」


 嬉しそうなみどりに対して、美音子がからかうように言うと、ミドリは真っ赤な顔になりながら言い返す。


「初対面の男を信用せぇへんのは、当たり前やんか。でもな、Yukiのアルバム貰うた時に思ったんや、信用できる人やと。なんたってYukiの知り合いやさかい、悪い人な訳あらへんって。それに、おにぃの親友やさかいな、今はごっつぅ信用しとるで。」


 ミドリの熱弁を聞きながら、まどかが俯いてなにやらブツブツ呟く。


「私があれだけ、ライトさんはいい人だって言っても信じなかった癖にぃ……。」


 美音子は、そんな二人を見ながら苦笑する。


「はいはい、わかったから、早く残りを食べちゃいましょ。あっちで隙を伺うハイエナ達が狙ってるわよ。」


 美音子の指す方を見ると、数人の男子が、こちらをチラッ、チラッと様子を伺っているのが見えた。


 みんなまどかのお弁当を狙っているのである。


 以前から、まどかの料理が美味しいと言うのは噂になっていて、実際、家庭科の調理実習や、野外活動の飯盒炊飯でその腕前の程は披露されてきた。


 そして、あるお弁当の日に、美音子が休みだと言うことを知らずに、いつものように作りすぎのお弁当を持って来て困ってたところを、ミドリが近くにいた男子に分け与えて解決をみた、と言うことがあった。


 ただ、その後にその男子が、どれ位美味しかったかと言うことを自慢して回ったため、それ以来、少しでも分けてもらえないかと、男子がさり気なくウロウロするようになったのだった。


 そこまでするくらいなら、堂々と正面から言ってくればいいと思うのだが、そこは思春期真っ盛りの男の子、気軽に女子に話しかけれるような勇者は一握りだけなのである。



「お前ら、まだ食ってんのか?余っているなら、また貰ってやってもいいぞ?」


 その『一握りの勇者』が降臨する。


「残念や、これが最後なんやで。」


 ミドリがその男子に見せつけるように、唐揚げをパクッと食べる。


「旨いわぁ、まどかの唐揚げは絶品やなぁ。食べられぇへんで残念やなぁ。」


「くっ………。」


 ミドリが煽るようにいうと、遠くから見ていた男子達が残念そうな顔で散っていく。


 それを横目で確認してから、ミドリは男子に向かって問いかける。


「それで何の用や?エイジならお弁当が余らんことくらい判っとったやろ?」


「いや、アイツ等がちょっとウザかったしな、それにさっきYukiがどうとか話していただろ?」


 そう言いながら、ミドリの横に座るエイジ。


「Yukiがどうしたって?」


 そこにタイミング良く割り込んでくる男子。


「あぁ、霧島達がYukiの話をしていたから気になって……って、もっとあっちに座れよ、バカ裕也。」


「いいじゃないかよ。それより、Yukiの最新情報があるんだよ、聞きたい?」


 裕也がにこにこしながら言う……結局二人ともまどか達のそばに座って、一つのグループが形成される。



 九十九エイジと佐藤裕也の二人は、まどか達と比較的仲のいい男子だ。

例のお弁当を分け与えた男子というのがこの二人だったりする。

そして、ミドリにとっては、数少ないYuki信者仲間だったりするのだった。


「最新情報ならウチもあるんやけど、先に聞かせてぇや。」


「霧島の最新情報ってのも気になるけど、まいっか。ほら、あの幻って言われてた『遥かな想い』な、あれが収録されたアルバムが存在するって噂だぜ。」


「本当なのか、それっ!」


 知らなかっただろ、とドヤ顔をする裕也と少し興奮気味のエイジ。


 それを見て複雑な表情になるまどか達。


「あ、お前らその顔信じてないな!これは確かな情報なんだぜ。」


「あ、そう言う事じゃなくて……。」


 どうしよう?とミドリを見るまどか。


 ミドリは黙ってカバンの中からMP3プレイヤーを取り出すとイヤホンを二人に渡す。


 エイジと裕也が怪訝そうな顔をしつつもイヤホンを耳に充てるのを確認してから、再生ボタンを押す。


 しばらく黙って聞いていた二人だったが、その表情が驚愕に変わるのを見て、ミドリは満足そうに頷く。


 1曲が終わったところで停止ボタンを押し「どや?」と二人に訊ねる。


「どやも何も、何だよこれっ!」


「何でこんな綺麗な音源を持ってるんだよ!どこで手に入れたんだ?」


「そやろ、そやろー。普通は驚くさかい………どや、コレが正しい反応なんやで!」


 ミドリは二人の反応に満足しながら、まどか達に向かって熱弁を振るい出す。


「見てみぃ、この二人の反応こそが正しいファンっちゅうもんやで。ウチはこの反応が見たかったんや。ウチが味わった驚愕を知ってほしかったんや。なのにアンタらときたら……。」


 熱く語り出すミドリを困惑しながら見つめるまどか。


「えっと、それはよく分かったから、そろそろ二人に説明して上げないと……。」


 見るとエイジと裕也が、早く説明しろと鬼のような形相でミドリを見ていた。


「しゃぁないなぁ、今説明するさかい、よく聞きぃや。簡単に言えば、裕也の情報は正しいっちゅうこっちゃ。」


 そう言いながら、ミドリはカバンからCDを2枚取り出す。


「これはっ!」


「ウチからのプレゼントや。噂のアルバムやで。あ、出所は堪忍してや。ニュースソースは秘密ちゅうのが一流の情報屋なんやで。」


 まどかは、いつの間にミドリは情報屋になったのだろうと苦笑しながら、ドヤ顔のミドリと、まだ固まっているエイジと裕也を見る。


 ミドリのハシャぎ様はヴァリティにいた時の比じゃなかった。


 よほど嬉しかったのだろうなぁ。


 夢中になってはしゃげる「何か」を持っているミドリが、まどかには眩しく、そして羨ましかった。



 ◇



「あー、よう喋ったわ。ウチは満足やで。」


 学校からの帰り道、ミドリは満足げな表情で歩いている。


「本当にずっと喋ってたもんね。」


「よく話題が尽きないわね。」


 横を歩くまどかはちょっと疲れた表情で、美音子は呆れ顔でミドリと並んで歩いている。



 「お弁当の日」は、午後からHRの時間があるだけで特に授業らしい授業があるわけでもない。


 そして今日のHRの議題は『文化祭に向けて』だった。


 とはいっても、具体的に何を決めよ、というのではなく、ただ単に、希望や要望を述べる程度のものだった。


 夏休み目前のこの時期、授業に身が入る生徒は少ないため、少しでも生徒が興味を持ちそうな話題を提供してお茶を濁そう、という学校側の方針だったらしい。


普段であれば、文化祭何やりたいか?など聞かれ、後は終わるまでの間、ああでもないこうでもないと、非生産的な問答が繰り返されるのだが、今日はミドリ、エイジ、裕也の三人のテンションが上がり過ぎていた。


 三人は、HRが始まるとYukiの魅力について語り出し、文化祭にYukiを呼ぼうとアツく叫んでいた。


 最初は、ノリに合わせていたり、冷ややかな目で見ていたクラスメイト達も、三人の熱に充てられたのか、HRの後半には、皆その気になっていて『Yukiを文化祭に呼ぶために必要な事』が真面目に語られ、黒板に板書されていた。


「でも、まぁホンマに実現できそうな雰囲気やったわぁ。」


 ミドリは満足げに頷いている。


「そうだね、でも、放送室ジャックはダメだからね?」


「なんなの?放送室ジャックって?」


 クラスが違うため、HRでの会話の内容を知らない美音子が聞いてくる。


「Yukiの魅力を伝えるためにな、毎日放送室をジャックして、Yukiの曲を流させるっちゅう計画や。」


「それは、まぁ何というか……やめといたほうがいいわね。」


 美音子が疲れた声でいう。


「ほら、ネコちゃんもこう言ってるし、ダメだからね、絶対。」


「絶対、ウケる思うんやけどなぁ。」


 ミドリは、今一つ納得のいかない顔をしていた。



「それはそうと、現実問題Yukiを呼べると思う?」


 美音子は、これ以上危ない方向に話が行かない様に話題を変える。


「それや、議題でも上がったんやけどな、大きい問題は二つだけなんや。」


「二つだけ?」


「そうや、まずは学校側の許可……これは予算も含んでの話や。もう一つはYuki側の承諾、これも予算によって変わる思うけど。」


「突き詰めればお金って事ね?」


「そや、世知辛い世の中やわぁ。」


 ミドリが大仰に溜息を吐く。


 まどかはそんなみどりに微笑みながら、気になった事を口に出してみる。


「予算って言うけど、実際Yukiさん呼ぶのにいくらかかるんだろうね?」


「せやなぁ……以前芸人さんを呼ぶのに最低50万はかかるって聞いたことがあるで。それでも歌手を呼ぶよりは安いんやて。」


「50万!?途方もない金額だね。」


「せやなぁ、でも、文化祭の為の予算やで、それくらいは確保しとると思うで。」


「そうね、後、こう言っては何だけどYukiさんってメジャーデビューしてない、所謂『無名』の歌手でしょ?だからそんなに高くないと思うわ。」


「かも知れぇへんなぁ。」


「うーん……。」


「なんや、まだ気になるんかいな?」


 はっきりしないまどかの様子を見て、ミドリが声をかける。


「うん、あのね、勝手なイメージかも知れないけどYukiさんってお金で仕事を選ぶような人じゃないと思うの。だからいくら予算があっても、Yukiさんの気が乗らなければ無理かもしれないなぁって。」


「……まぁ、そう言う可能性もあるっちゅうことやな。」


「あのねぇ、まだ呼べるって決まったわけじゃないでしょ?大体ある1クラスの意見が通る可能性ってかなり低いでしょ?なのに今からそんな深刻になってどうするのよ?」


 深刻に悩みだした二人を見て、美音子が声をかける。


「それに学校側の許可が下りなきゃ話にならないでしょ。」 


「ほな、毎日Yukiの曲をかけて洗脳せなかんな。やっぱり放送室乗っ取りやな。」


「「それはダメっ!」」


 まどかと美音子の声が揃って、夕方の街に響いていた。


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