第18話 謎の文章

「これは一体……どう言うことなんだ……。」


 ライトはタブレットを見ながら呻く。


「どうしたの?」


 みやびが横から覗き込んでくる。


 真理も向かい側から覗き込もうとしてくるので、ライトは見易いようにテーブルの上にタブレットを置く。


「ここだよ。」


 ライトは問題の箇所を指し示す。


 そこは、まどかが亡くなった日付のメモ欄だった。


 その日に記入があることを示すマークがついている。


 それはいい、問題なのはだった。


「20……って、これ今年じゃないのっ!?」


 真理が叫ぶ。


 スケジュールの情報欄には、メモが書かれた年月日が自動的に記載される仕様になっている。


 だから、本来ならば8年前になっていなければおかしいのだ。


 なのに書かれた日時が、今年のまどかの命日になっている。


  それに、このタブレットを持っていたのはまどかの母親で、パスワードも知らなかった。


 一瞬嘘を吐いていたのか?と疑いもしたが、直ぐに首を振りソレを否定する。


 タブレットを渡されたとき、うっすらと埃が積もっていた。


 その埃の状況から、少なくともその日はタブレットに触れていなかったことは確かだ。


 じゃぁ誰が?


 あの日タブレットを受け取ったのは清文で、その後保管していたのは真理だが……。


 ライトは真理をみる……さっきの驚き様はとても演技には思えない。もしあれが演技なら俺の人間不信は一生直らないだろうな、とライトは思う。


「あやちゃんどうしたの?私の顔に何か付いてる?」


「いや、無いとは思うけど、真理のいたずらとか……?」


 ライトがそう言うとみやびと真理がそろって大きなため息を吐く。


「「ないわー。」」


「大体、私がどうやって書き込むのよ?パスワードも判らないのに。」


「そうだよ、そもそもなにが書いてあるのよ……。」


 みやびがそう言いながら、その日のメモ欄を開き、中を読み始める。


 遅れて、ライト達も文字を追っていく。



 ………………。

 …………。

 ……。



「なによ、これっ!なんなのよっ!」


 みやびが叫ぶ。


 確かに訳が分からない……ライトも叫びたくなるが、震えているみやび達を見て、心を落ち着かせる。


 ここでライトまでパニックを起こしたら、誰がみやび達を守るのだ?と、その気持ちだけを拠り所にして、みやびを抱き締め、真理を引き寄せてその背中をさすり、落ち着かせる。


 まどかの命日に書かれていたのは、こんな内容だった。



『この日起きたこと……誰かに伝えないとね。


私は、レイちゃんの友達っていう人から呼び出されてあの場所に向かったの……レイちゃんが待ってるからって。でも、そこレイちゃんはいなかった…………。


 ◇


「レイちゃ……春日部君はどこ?」


 まどかは目の前の男に聞く。


「あぁん?春日部の奴来るのかぁ?」


「しらねぇよ。」


「来たくても来れないんじゃねぇの?昨日、あっ君やり過ぎたっしょ?」


「違ぇねえや。」


 ワハハと笑う男達。


 この男達がレイちゃんを虐めてることは間違いないと、まどかは思った。


「そんな事より、俺達と楽しいことしようぜぇ。」


 男の一人が肩を掴む。


 気持ち悪くて、身を捩ったら、指が引っかかっていたせいか、服の肩口が裂ける。


「逃げんなよぉ。」


 男が袖を思いっきり引っ張ると、胸元のボタンが弾け飛び、服が少し裂ける。


 そのため、胸元から下着が露わになってしまう。


 まどかは慌てて両腕で胸を隠す。


「おい、見たか?コイツ意外と大きいぜ?」


「あぁん、よく見えなかったから、その腕引っ張れよ。」


 男達はまどかの腕を掴み、引き離して胸を晒け出させようとする。


 まどかは当然抵抗するが、所詮は女の力で大勢の男に敵うわけがない。


 まどかの両腕は左右から引っ張られて動かせなくなり、下卑た嗤いをしている男達の眼前に晒け出される。


「おー、確かに大きいじゃねえか。っていうか下着邪魔じゃね?」


 男の手がまどかのブラに手をかける。


「イヤっ!イヤァァァ!」


 まどかの叫びも虚しく、下着が引きちぎられる。


 と、その時、どこからか石が飛んできて、まどかを掴んでいる男の一人に当たる。


 まどかは自由になった右腕で必死に胸元を隠す。


「だれだっ…ぐむっ。」


 まどかの左腕を掴んでいた男が殴られ、まどかは自由を取り戻す。


「遅くなってゴメン。」


 そう言ってまどかの肩にパーカーがかけられる。


 一瞬レイちゃんが来たと思ったまどかだったが、目の前にいたのは邦正だった。


「危ないっ!」


 お礼を言おうとしたとき、邦正の頭めがけて振り下ろされる角材が迫るのが見えた。


 まどかの方を向いていた邦正は、それを避けることが出来ずにまともに喰らってしまう。


「邦正っ!」


 まどかの目の前で邦正が倒れる。


 その頭から流れ出た血が、地面を赤く染めていく。


「おい、やり過ぎじゃね?」


「やべぇよ。」


「お、俺知らないっ。」


 邦正がピクリとも動かないせいか、流れ出る血の量が多かったせいか、男達は口々に責任を擦り付け出す。


「誰かっ!救急車呼んでっ!」


 まどかは必死に叫ぶが、その声が引き金となり、男たちは一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。


「誰か……お願い……。」


 まどかは、よろよろと立ち上がり、周りを見回すが、誰もいない。


「邦正、助け呼んでくるから待っててね。」


 まどかは足元の邦正にそう声を掛けると、来た道を戻る様に駆け出す。


(確か、この堤防を越えた先に公衆電話があったはず。)


 普段使わないので特に気にしていなかった電話ボックスに向けて、記憶を頼りに走って行く。



 ガタッ……ガタッ……。


 途中テトラポットの向こう側から音が聞こえた。


 誰かいるのだろうか?もし大人の人だったら携帯電話を持っているかもしれない。


 そう思ったまどかは、音のする方へ向かって進んでいった。


「誰かいますか?助けてくださいっ!救急車を呼んで欲しいんです。」


 まどかは、少し奥まったところに人影を見つけると、そう声をかける。


 そしてそのまま進んでいった先でまどかが目にしたものは……。


 川で溺れている男を、竿のような長い棒で突っついて上がれない様に邪魔している男の姿だった。


「きゃっ!」


 まどかは最初、助けようとしているのだと思った。


 しかし、川にいる男が棒に掴まろうとすると、棒を持った男は、棒を引き上げ、逆に叩くかのように振り回し、川に沈めるように棒を突き出していたのだ。


 それを見たまどかは、思わず声をあげてしまう。


 棒を持っていた男は、その声にビクッとなり、まどかの方を向く。


 その顔を見た瞬間、まどかは踵を返し逃げ出す。


 男も棒を放り出し、まどかの後を追う。



(何?何だったの今のは?……それにあの男の人、怖い目をしてる……逃げなきゃ……。)


 まどかは足場の悪い堤防をひたすら走って逃げるが、男は慣れているのだろう、まどかとの距離が段々縮まっていく。


 まどかは、逃げる方向を堤防の上から川の方へと切り替える。


 下り坂になっている分、距離が稼げると考えたのだ。


 しかし、相手も条件は同じで、川の近くまで逃げたところでついに捕まってしまう。


「イヤっ、離してっ!」


「見たな?見たんだろうっ!」


 男はまどかを腕を掴み引き寄せる。


 そして暴れるまどかの口と鼻を塞ぐ……静かにさせる為だ。


「んー……んっんー……。」


 まどかは必死になって暴れ、藻掻き、男の拘束を振りほどこうとするが、大の男の前では、無駄な足掻きでしかなかった。


 やがて、息苦しさにまどかの意識が遠くなっていく。


 このまま死んじゃうのかなぁ、と思った時、ふと締め付ける力が弱くなった気がした。


 必死に逃れようとするが、身体に力が入らない……まるで宙に浮かんでいるみたいだ。


 そう思った瞬間、ドッボーンッと水が跳ね上がる音を聞いた気がした、と同時に水が流れ込んでくるのを感じる。 


(川に落ちたんだ……私……。)


 朦朧とした意識ではそこまで考えるのが精一杯だった。


 ただ、川に落ちる前、微かに救急車のサイレンが聞こえた気がした……邦正は助かる……ただそれだけが救いだった。


 そしてそのまま意識は遠くなっていく……最後に浮かんだのは大好きな……。


 ◇


 最後まで読み終えた時、ライトの眼には、知らずのうちに涙が溢れていた。


「うっ……うぅっ……。」


 真理が声を押し殺して泣いている。


「酷いよ……こんなのってないよ……。」


 みやびは泣きながら、ぶつける相手のいない怒りを耐えていた。


 8年目にして知った驚愕の事実……にライト達はショックを受けていた。


 誰が書いたとか、いつ書いたとか、そんな事はどうでも良かった。


 ただ、その内容は本当にあったことだというのはなぜか信じられた。

 そして、激しい悲しみと憤りを感じ、何もできなかった自分を責める事しかできなかった。 


 ◇


「落ち着いた?」


 ライトの前にコーヒーが置かれる。


「ありがとう。」


 ライトはコーヒーの香りをゆっくりと吸い込んでから、一口、口をつける。


 あの衝撃から、いち早く立ち直ったのは意外にも真理だった。


 自分の中でも整理はつかないのだろうが、それでも、ボーっとしてる場合ではないと、動き出し、こうして皆を落ち着かせるために飲み物を入れてくれている。


 みやびの前にはホットミルクが置かれたが、みやびはライトにしがみつき、その胸に顔を埋めたまま微動だにしない。


「みやび、ホットミルクがあるぞ。」


 ライトが声をかけるが、動こうとしない。


「今ならショートケーキがつくぞ?」


 みやびがピクッと動くが、すぐに元の体勢に戻る。


「……セーラ服着せてお持ち帰りするぞ?」


 ……コクコク。


 みやびが小さく頷く。


「「いいんかいっ!」」


 ライトと真理の言葉がハモる。



「うぅ……軽い冗談なのにぃ。」


「いや、俺は本気だけど?」


「れーじん、その目、本気で怖いっす。」


 みやびがガクブルしているのを見てライト達は笑う。


 お陰で、先程まで場に張詰めていた空気が、少し和らいだような気がした。



「取りあえず、「何で」とか「誰が」とかは置いといて、この内容が本当かどうかって事ね。」


「たぶん真実だと思うよ。」


 真理の問いかけに、みやびがそう答える。


「その根拠は?」


ライトが問いかけると、「根拠なんてないよ。」という。


「私ね、色々調べたんだよ。当時のこと、マスコミの反応、取り調べの調書とか、一般には知らされてない事までね。」


 

 みやびの話では、まどかの死について、事故と自殺、それと殺人の可能性も含めて調査されていたのだという。


「一般には公開されて無かったから、私も警察に入ってから知ったんだけど、最初は事件性が高い案件として調査していたのね。その理由がまどかの衣服……引き裂かれていて、明らかに襲われたと言う状態だったらしいの。だけど、そこにイジメの実態が明らかにされたものだから、暴行を受けたことを気に病んで自殺したんじゃないかって。でも、その後の調べで、まどかの身体には暴行を受けた痕跡が無かった事が分かって、襲われそうになった処を逃げ出して、途中足を滑らせて落ちたのだろう、と言うことに落ち着いたのよ。」


 みやびはそこまで話してふぅーっと息を吐く。


「ただね、いくつか不審なことが残っているのよ……襲われた場所から、まどかが亡くなった場所へは、普通に逃げる場合、決して通らないルートだったとか、助けようとして溺れたとされている男は、一体どこにいたのだろうとか、足を滑らせたのなら、あるはずの擦過傷が見当たらなかった事とかね。……タブレットに書いてあることが本当だとすれば、調書にあった不審な点に全部説明が付くのよ。……だから私は、これが真実だと思うの。」


 みやびはさっき「根拠はない」と言ったが、話してくれた事が本当なら十分根拠足り得る、とライトは思う。


「取りあえず、これ警察に持って行く?」


 真里がおずおずと聞いてくる。


「持って行っても、……ただの悪戯だと思われそうだけどな。」


 ライトは話を続ける。


「だってそうだろ?誰も触っていないのに、勝手に書かれていた、なんて事誰が信じるんだよ?誰かがパスワードを解除して書き込んだと考えるのが普通だろ?そして状況から考えたら一番疑わしいのは俺だ。このまま警察に行ったところで、事件の調査の前に俺が取り調べを受けるのがオチだろ?」


 ライトの言葉に二人は何も言えなかった。なぜならライトの言う通りになる可能性が高いと思ってしまったからだ。


「それに、警察に持って行って調査が始められたとしても、別の問題が出てくる。」


「別の問題?」


 みやびが怪訝そうな顔でライトを見る。


「あぁ、調査が始まれば、当然まどかの親の処まで話が行くだろ?」


「あっ!」


 真理が小さく叫ぶ。


 ライトが言いたいことが分かったらしい。


 文章はまどかの言葉そっくりに書かれている。


 まるでまどか本人が書いたかの様に……。


 しかし、常識で考えれば、まどかが書けるはずがないのだ。


 と言うことは、書き込んだ誰かは、わざわざまどかの振りをして書いたという事であり、それは親にしてみれば、決して赦せる筈のないことだろう。



「れーじんは、どう思ってるの?」


 みやびが訊ねてくる。


「タブレットの事か?それとも書かれていた内容のことか?」


「諸々含めて……。」


「…………ハッキリ言って分からん。としか言いようがないな。なにが起きているのか?俺は何をするべきなのか?そもそも、俺は何をしたいのだろうか?……全てにおいて分からないよ。」


「そう……なんだ……。」


「俺も混乱しているみたいだ……少し考える時間がほしい。」


「そうね、清君にも連絡しておくから、今夜もう一度集まらない?みやびも、そろそろ戻らないとマズいでしょ?」


 時間がほしいと言うライトに、真理がそう提案してくる。


 確かに、今後のことを話し合うのに清文だけ仲間外れは可哀想だ。


 

 その後、署から連絡が入ったみやびが、慌てて戻ることになり、この場は一度解散、と言う雰囲気になったのだが……。


「どうする?あやちゃん、夜までいる?」


「いや、俺も出直してくるよ。色々考えたい。」


「そう、じゃぁまた夜にね。」


 ライトは真理に見送られながら、喫茶ヴァリティを後にした。

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