第17話 タブレットとパスワード
「お代わりっ!」
みやびがグラスを真理に突き出す。
「ハイハイ、ウーロン茶でいいのね。」
「うぅー、オレンジジュースがいい。」
「なんでそんなに荒れてるのよ。」
真理がオレンジジュースのグラスをみやびの前に置く。
「だってぇ、れーじんは今昔のオンナと会ってるのよ。」
「昔のオンナって……。」
真理は苦笑する。
「まどかの事は受け入れるんじゃなかったの?」
「そうだけどぉ……そうだけどっ!」
みやびはぐっとオレンジジュースを呷る。
「それに、みやびは告白したけど、断られたんでしょ?だったらあやちゃんは今フリーなんだよね?」
「そうなんだけどっ、そうなんだけどぉ……。」
「でも諦める気はないんでしょ?」
真理がお代わりのオレンジジュースを渡す。
「うん、振り向かせるまで諦めないって宣言した。」
「そう、頑張ってね。応援してるから。」
「ウン……でも……。」
「あー、ハイハイ、まだ再会してから2週間も経ってないでしょ。焦らないの。」
「でも……。」
「もぅ、何でこんなに可愛くなっちゃったかなぁ、みやびちゃんは。昔はお姉さま然としていて頼りがいがあったのに。」
「私は変わってないよぉ……たぶん。」
「変わってないって事は、つまり成長してないって事ね?」
「違うよぉ!」
「よしっ!じゃぁ、この真理さんが一肌脱ぎますか!」
真理は立ち上がると、みやびの手を取って店の奥へ引っ張っていく。
「……って、なに?ちょっとぉ、何処連れてくのぉ。」
◇
「ぐすん、汚されちゃったよぉ。」
「バカなこと言ってないの。はいこっち見て。」
パシャッ!パシャ!
真理がスマホでみやびの写真を撮る。
「しかし、驚きだわぁ。」
改めてみやびを見ながら真理が言う。
「クスン……何でこんな格好……。」
「いやいや、あやちゃん見たら、速攻でお持ち帰りされちゃうよ。それくらい似合ってるって。」
「うぅ……でも、この姿見て、れーじんがお持ち帰りしようとしたら、それはそれでヤダ。」
「まぁね、ある意味通報モノだしね。」
カランカラーン
真理とみやびがそんな話をしているとドアベルの音が鳴り響く。
「いらっしゃ……あら、あやちゃん、どうしたのこんな時間に?」
「えっ、うそっ!れーじん!?」
みやびが慌てて隠れようとする。
「いや、ちょっとタブレットの事で……って、みやび?」
ライトがみやびの姿を見て唖然とする。
「いやぁ!見ないでぇ。こんな私を見ないでぇ。」
「……なぁ真理。」
「ん?どうしたのかなぁ?」
「お持ち帰りオーダーいいか?あそこの女子中学生のコスプレした女の子。」
「すんなぁ!」
セーラー服を着たみやびが叫ぶ。
「しかしよく似合ってる……まどかちゃん達に混じっても違和感ないんじゃないか?」
「言うなぁ!」
「でもなんでまたセーラ服?」
「真理に騙されたのよぉ!」
「あら?騙したなんて人聞きの悪い。」
真理とみやびが言い合っている中、ライトはみやびをじっくり観察する。
見れば見るほど女子中学生にしか見えない。
薄っすらと化粧をしている辺り、そこらの女子中学生よりは大人びて見えるのだが、それも「ちょっと背伸びをしている女の子」と見れば納得できる範囲だ。
ただ、そこはやっぱりみやびも成長しているわけで、はたから見れば女子中学生にしか見えないみやびでも、ライトの記憶にある中学時代のみやびとは違って見える。
「ホント、ロリ顔だったんだなぁ。」
ライトはしみじみと感心する。
「うっさい、黙れっ!」
みやびが投げつけてきたおしぼりを、難なく受け止めるライト。
「まぁ、とにかくだ、……真理GJ!」
ライトは親指を立てて真理へ突き出す。
「でしょ♪」
真理も同じ様に応えてくる。
「もぅ!着替えてくる!」
「あーぁ、もったいない。」
みやびが引っ込んだ店の奥を見つめながら、ライトが呟く。
「まぁ、でもいいんじゃない。あのままだったらみやびは補導されるし、あやちゃんは職質されるわよ。……みやびの同僚に。」
「それもなんだかなぁ。」
「そんな事より、あやちゃんに聞きたいわ。……みやびの告白ことわったんだって?」
ライトが顔を背けるのを見て真理は憤る。
「みやびとは遊びなのっ!」
「違うって、落ち着けよ。そもそも、みやびをもてあそんだつもりはないぞ。」
「でも、断ったんでしょ?みやびの何が不服なの?」
「あー、みやびにはちゃんと言ったんだけどな。」
そう言って、話題を変えようとするが、真理の視線がそれを許してくれそうにはない。
「正直、素面で話すにはちょっとしんどいんだけどな。」
ライトはそういいながらも、真理の圧力に負けて、みやびに話したことをそのまま告げる。
「ハァ……清くんもそうだけど、男って大概めんどくさいのね。そんなあるかどうかもわからない未来より、今ここにある現実が大事じゃないの?」
「昔同じ事言われたよ。」
「誰に?昔のオンナ?」
「生物学的には女だな。」
ライトが溜息を吐いたところでみやびが戻ってくる。
「婦警のコスプレも似合ってるぞ。」
「コスプレ言うなっ!」
これ以上真理に詰問されないように、と話題をみやびのほうに振るが、かなりのマジトーンで怒られた。
「それより、何しに来たの?今日はまどかの日記読んでるって言ってたじゃない?」
「日記帳の方はもう読んだよ。それよりこっちなんだが……。」
ライトは持ってきたタブレットを取り出す。
「それってパスワードかかってるって言ってなかったっけ?」
「かかってるよ、それでお前らに相談……というか確認に来たんだ。」
ライトはコーヒーに口を付けながら説明を始める。
「知っての通り、このタブレットは昔のものの割にはセキュリティーが高くて、パスワードを3回間違えると、ロックが掛かって24時間動かなくなる。そして何度もロックがかかるとメーカーに持ち込んでロック解除して貰わなければいけなくなる。しかし、すでにメーカーはない……となると間違えるわけにはいかないんだよ。」
ライトの言葉に二人は頷く。
「だから二人に聞きたい。生前のまどかと、何らかの会話でパスワードに繋がるような心当たりはないか?」
二人は顔を見合わせ、首を振る。
「残念だけど思い当たることないのよ。」
「れーじんこそ心当たりないの?日記にもソレっぽい事、書いてあったじゃない?」
みやびが拗ねたような口調で言ってくる。
「無くはないんだが……多過ぎで絞り込めない。」
「「ハァ……。」」
二人は同時にため息をつく。
また真理は「コレじゃぁみやびの気持ちも分からないでもないわ。」と小さく呟く。
「取りあえずれーじんの心当たりを話してみてよ。何か思い当たるかもしれないし。」
「……そうだな。」
ライトは頷くと、思い付く数字やキーワードを口にする。
みやびは手帳にそれらを書き留めていく。
「どれもしっくりこないわね。」
手帳に書かれた英数字を見て真理が呟く。
「可能性があるとすれば、コレじゃない?」
真理が指さしたのは「誕生日」と書かれたキーワードだった。
「みんなの誕生日入れるには文字数多すぎるよ。」
「だからあやちゃんの誕生日よ。」
「それだと足りないよ。」
このタブレットのパスワードは6文字以上20文字以下ではあるのだが……。
「なぁ、何で俺なんだ?そこはまどか自身じゃないのか?」
「バカねぇ、こう言うときは好きな人の情報を入れるに決まってるじゃないの。」
真理が呆れたように言う。
そして紙を取り出すとそこになにやら書き込み始め……。
「ねぇ、RaitoとRightどっちだと思う?」
と、みやびに問いかけている。
「んー、Lightかもしれないし、普通にカナで『ライト』かも?」
「そっか、それなら『レイちゃん』の可能性もあるわね。」
みやびと真理の会話に、ライトは引っかかりを憶える。
「ちょっと待て……パスワードにカナをいれれるのか?」
「「知らなかったの?」」
二人の声が重なる。
「あぁ、パスワードだからてっきり英数字だとばかり………。」
カナが使えるとなると……。
ライトの脳裏に一人の名が浮かび上がる。
『鞍馬 槇美』
ライトはメモ用紙にそう書く。
「誰、コレ?」
「新しいオンナ?」
目をつり上げるみやびを無視してライトは話し始める。
「憶えてないか?6年の時、みんなで童話を作ったことがあっただろ?」
あれは確か文部省主催のコンクールか何かだったと思う。
経緯は憶えていないが、みんなで童話を作ろうとなったのだ。
みんなで知恵を出し合って生まれた物語。
それは女の子が病気のおじいさんのために、町まで薬を取りに行くと言うもの。
途中、狼や熊におそわれたり、ウサギやリスを仲間にして困難を乗り越えたりしながら、無事に町に着いて薬を手に入れ、おじいさんも元気になってハッピーエンド、というどこにでもあるようなお話だ。
真理が世界観を考え、みやびが動物達のキャラを作り、邦正がバトル要素を加えて清文が理屈を言う。
それをまとめ上げて文章にするのを、ライトとまどかが行った。
正に6人が一つになって作り上げたものだ。
結果は佳作入賞という、それなりに満足のいくものだった。
総評に「文章にズレを感じる。」とあったので、まどか一人が、あるいはライト一人が書き上げていたらもう少し上を狙えたかも知れない。
だけど、コレでいいと思った。コレが6人が一緒にいたことの証なのだから、と。
「その女の子の名前だよ。」
「えっ、でもあの時は……。」
そう、みやびの言うとおり主人公の女の子に名前を付けなかった。
童話なのだから「女の子」でいいだろうと。
だけどまどかは名前にこだわり、童話を書き上げた後も、ずっと気にしていた。
だから一緒に考えた。
まどかが納得する名前が決まるまで、ずっとつき合っていた。
「そんな事があったんだね……この名前の由来ってあるの?」
真理が聞いてくる。
「平仮名にしてみなよ。」
『くらままきみ』
真理は言われたとおり平仮名で書き直す。
「これが?」
やっぱり気付かないみたいだ。
「俺たちの名前だよ。」
邦正の「く」、ライトの「ら」、まどかの「ま」、真理の「ま」、清文の「き」、みやびの「み」……俺たちの名前の頭の一文字をとって並べ替えた名前。
つまり、まどかにとって『くらままきみ』とは俺たち全員を表す名前だった。
「成る程ね、じゃあパスワードはそれしかないわね。」
「じゃぁ入れてみるね。」
みやびがパスワードを入力する。
ピィー……。
「違うみたいよ?」
みやびが見せてくれた画面にはエラーの表示がでていた。
「これしかないと思ったんだけどなぁ……。」
ライトはみやびからタブレットを受け取って見てみるがエラーの表示が変わることはない。
「ねぇ、れーじん。まどかはこの子の誕生日とか決めてなかった?」
突然みやびがそんなことを聞いてくる。
「ん?あぁ、そう言えば言ってた気がする。」
「いつ?」
「確か10月24日だったはず。」
「そう……やっぱりね。」
ライトが答えるとはみやびは沈んだ顔になるが、そのままタブレットを受け取りパスワードを入力する。
「はい、開いたわよ。」
みやびはタブレットをライトに渡す。
「結局、パスワードは何だったんだ?」
「『くらままきみ1024』よ。…………まどかのバカ……。」
みやびの声は小さくて、後半はよく聞き取れなかった。
ライトはタブレットの画面を見る。
スケジュールに書き込みがあることが記されているので開いてみる。
「ッ!なんだこれっ!」
ライトは思わず声を上げる。
「どうしたの?」
みやびが覗き込んでくる。
ライトは真理にも見えるようにタブレットをテーブルの上に置く。
まどかはスケジュール機能を使って、毎日のスケジュールのメモ欄に日記を付けていた。
それはいい。問題は最後の書き込み……つまりまどかが亡くなった日の書き込みだ。
真理もみやびもソレを見て顔を青ざめさせている。
「一体何が起きているんだ?」
ライトの問いかけに答えることが出来る者はだれもいなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます