第12話 過去 その3
「おぼえているか?まどかと交わした約束のこと。」
ライトが、カクテルグラスから目を離さないまま、ぽつりと言う。
みやびや真理とは先日似た話をしたばかりだったので、質問というより、話のきっかけに過ぎなかった。
「中学に入って、俺達はバラバラになって、結局真理が危惧してた通りになったんだよな。」
「ウン、私とれーじんは同じクラスだったけど、それでも殆ど話さなくなったもんね。」
「私も……みんなバラバラになって不安で一杯だった。」
「俺は……バスケの事で精一杯だったからな。」
「「「それは想定通り!」」」
清文以外の三人の声が重なる。
「何だよ。」
少し情けない声を出す清文を見て三人から笑いが漏れる。
「中学生になってさ、良くも悪くも世界が変わったんだよな。」
いつも一緒にいた、まどかやみやびや真理が、ただ制服を着てるだけで、全く違った存在に見えた。
いつも教室で「おはよう」と挨拶をしてくるみやびに、挨拶を返すのさえ気恥ずかしく感じてしまい、自然と対応も素っ気なくなる。
クラスメイトのみやびでさえそのような有り様なのだから、クラスの違うまどかや真理と疎遠になっても仕方のないことだった。
それでも、約束した夏の特別な一日は、みんなで集まって、昔のようにハシャぐことが出来たのだと言うと、みやびから物言いが入る。
「いやいや、あの時は三人とも挙動不審だったよね。」
「仕方がないだろ?だいたい何でプールなんだよ。」
「だって、夏って言ったら海かプールでしょ。」
「……思春期に目覚めたばかりの普通の男子に、気になる女の子達が水着姿でいる横で普通に行動しろって、どんな拷問だよ。」
「へぇー、ほぉー。」
みやびがニヤニヤしながら寄り添ってくる。
「それでぇ、思春期のれーじんはぁ、誰の水着姿にドキドキしたのかなぁ?」
腕を絡めながらからかうように聞いてくるみやび。
「ノーコメント!」
「えー、もう時効でしょ?教えてくれてもいいじゃない。」
「ノーコメントだ。」
実は三人全員にドキドキしていたなんてバレたらなにを言われる事やら……。
ライトはそう言いながら、更にしがみついてくるみやびを引き離そうとして、その身体が小さく震えているのに気づいて、やめる。
みやびはそれに安心したのか、もう少しだけ体重を預けてくる。
「まぁ、中学1年ってさ、俺達だけじゃなく、みんな環境の変化に慣れるのに必死だったんだなって事。」
そう、中学に入ったばかりの頃は、みんな自分の居場所を確立するのに必死だった。
悪い言い方をすれば他人に構っている余裕がある奴は少なかったのだ。
それでも1年もすれば、自分の立ち位置が自ずと判ってくる。
今まで以上の他人と比べ競うことで、自信をつける者、逆に自信を失う者もいる。
自分が一番だ、特別なんだ、と思っていた者ほど、井の中の蛙であったことを思い知らされる。
我が身を知って、新たな目標を見つけられた者はいい。その目標に向かって努力すればいいだけのことだから。
しかし、そうでない者は?
過去の栄光にしがみつき、今の自分を認めることが出来ない者は、自分より立場の低い者を見つけだし、あるいは作り出して、自分がそれより上にいると思うことで、自我を納得させるのだ。
そう言う奴らがイジメという手段に走るのは、ある意味当然のことなのかもしれない。
「イジメをするにしても、最初は理由が必要なんだよ。」
ライトはそう語る。
理由もなく暴力を振るったり、虐めたりするのは良くないと分かっている。だから理由を探すのだが、その理由はどれだけくだらなくてもいい、ただ自分が言い訳できればいい。
だから「気に入らない」と言うだけで理由としては十分なのだ。
「俺の時も、すごくくだらない理由だったよ。」
ライトはそう言って、カクテルに口をつける。
ここから先は、もっと酔わないと話せないかも知れない、そう思いながらグラスの中身を呷る。
「若菜って知ってるか?」
ライトはスマホをいじってあるサイトを呼び出す。
「最近売り出し中のグラビアアイドル?」
スマホの画面を見ながらみやびが言う。
どうやらあまり知らないらしい。
「コレって若菜ちゃん?」
「真理、知ってるの?」
「ほら、いっこ下の村上若菜ちゃん。知らない?」
「うーん、あまり覚えないけど、この街出身なんだ、頑張ってるね。」
みやびがそんな感想を言う。
「それでこのグラビアアイドルが何なんだ?」
「ソレが俺とまどかがイジメられる原因になったんだよ。」
清文の問いにライトはそう答える。
「キッカケは本当に些細なことなんだよ。」
入学したばかりの若菜が困っていたところを助けてあげた。ただそれだけだった。
しかしそのことで若菜はライトのことが気になり、ある日思い切ってライトに告白する。
しかしライトにしてみれば、可愛いと言ってもろくに知りもしない女の子とつき合う気はなく断ることにする。
今まで、可愛いとチヤホヤされ、自分でも自信を持っていただけに振られるとは思っても見なかった若菜は、大変ショックを受けた。
その事が尾を引き、告白してきた男に「ライトが気にくわない。懲らしめてくれたなら考えてもいい」と言ってしまう。
ソレがキッカケでライトに対するイジメが始まるのだが、言った本人はそんな事は覚えてもいなかった。
「最初はただの嫌がらせだけだったんだよ。」
こんなのは無視してればいい。気にしたら負けだ、と思ったライトは特に気にかけることもなかったが、それが相手の怒りを煽ったらしく、嫌がらせが暴力に発展するまでそれほど時間はかからなかった。
更にまどか達と仲がいいことも災いした。
いつも一生懸命なまどか、男女問わず気さくで明るいみやび、思わず守ってあげたくなる真理の三人は、本人達が思っている以上に男子に人気だったのだ。
その三人と仲がいいライトがイジメられていても、ザマァと思う奴はいても助けようと思う奴はいなかったのだ。
「どうしてその時に相談してくれなかったんだよっ!」
今まで黙って聞いていた清文が叫ぶ。
「脅されていたしな、それにお前等に迷惑をかけたくなかった。何よりこんな惨めな姿をみられたくなかったんだよ。」
暴力に対し、反抗することは出来た。
しかしその場で反抗したとしても、その後でやり返されるのは判っている。なんと言っても多勢に無勢なのだから……。
正直に言えば、清文達に話そうと思ったことは何度もあった。
しかし、喧嘩をしたと言うことで呼び出される邦正、今年こそは全国に行くんだと張り切っている清文を見て、自分のことでこの二人に迷惑はかけられないと、結局は一人で耐えることを選んだ。
「今だから言えることだけどな、俺は当時、クニにだけでも相談するべきだったんだよ。」
ライトはそう言ってグラスの中身を飲み干す。
もっと酔わなきゃ、話せない……そう思って真理に追加の注文をするが、真理は黙って首を振る。
そして、代わりにウーロン茶を持ってくる。
ライトは何かを言おうとしたが、ギュッと腕を抱きしめるみやびを見て、黙ってウーロン茶に口をつける。
「ここから先は、俺が後でクニに聞いたことだから事実と違う部分もあるかも知れない。」
ライトはそう前置きをしてから話し出す。
まどかはちょっとしたことがキッカケで、ライトがイジメられているのを知ってしまった。
まどかの性格からして、そんな事を許せるはずもなく、なんとかしようと動き出していた。
ただ、まどかにとって、この件に関してはとことん運がなかった。
まず、協力してくれる人が必要と考えたまどかが声をかけた友達は、実は少し前までイジメの被害者だった。
その子にとっては、やっと出来た友達が見ず知らずの男子がイジメられてるのを助ける協力をして欲しいと言われて、ハイそうですかと頷けるわけがない。
私の時は助けてくれなかったのに……と言う奴だ。
その子は、結局まどかをイジメる側に回る事になる。
そうして、自身が嫌がらせを受けながらも、ライトのイジメのキッカケになったのが若菜の言葉にあったことを突き止めたまどかは、若菜に直接イジメをやめさせるように言いに行った。
若菜にしてみれば、そんな事覚えておらず、それどころか、若菜の人気に嫉妬した上級生に脅された、と周りに吹聴してまわる。
まどかが男子にモテるのをよく思っていなかった女子が、この流れに便乗して益々まどかに対しての嫌がらせがエスカレートしていった。
ライト自身が知る由も無かったことだが、ライトをイジメていた連中の一部が、ライトとまどかの中がいいことを知って、まどかを襲おうとしていたこともあった。
しかし、別ルートでその事を知った邦正が、時には力づくで止めていた。
邦正が暴力事件をよく起こしていたのは、すべてまどかを守るためだった。
しかしまどかの不運はそれだけで終わらなかった。
3年になったある日、HRで担任が言いだしたのだ。
「みんな目をつぶりなさい。そしてこの中でイジメを受けている者、イジメの事実を知っている者がいたら手を挙げなさい。」と。
一学年500人もいる中で、イジメ行為が完全に隠せるわけもなく、中には教師に密告する奴だっている。
そう言う声を聞けば事なかれ主義の学校としても、何らかのアクションが必要だったのだが、ソレを現場の教師に一任したのがマズかった。
「ハァ?なんだよソレ。アホじゃないのか?」
そのくだりまで聞いていた清文が声を上げる。
「そう言うアホが、今のお前と同じ教師という職に就いていたんだよ。」
ライトが皮肉混じりに言うと、清文はイヤそうな顔をする。
「悪いな、あの時から『教師』って存在にろくな感情を抱けないんだよ。」
お前が悪いわけじゃない、と、清文の顔を見て、ライトは一応の謝罪をしておく。
清文は複雑な顔をしながらも、続きを促す。
「想像でしかないけど、まどかも相当参っていたんだろうな、アイツらしくないポカをやらかしたんだよ。」
そう、まどかはその場で手を挙げてしまったのだ。
普段のまどかならそんな迂闊なことはしない。
大体中学3年にもなって「めをつぶれ」と言われて素直に目を瞑るのがどれだけいるのか?
そして、たとえ全員が目を瞑っていたとしても、その後に教師が「桐原、後で職員室に来なさい。」等と言えば、誰もがどういう状況なのか丸わかりだった。
そしてその事がキッカケで、まどかに対するイジメが更にエスカレートしたと聞かされた時、ライトの中で教師という職業は、未成年の人生を狂わせる害悪な存在、と言うところまで落ち込んだのである。
だから、清文が教師をやっている、と聞いた時には、期待と不安が混ざり合った複雑な心境だった。
「そして、あの事件が起きたんだよ」
ライト自身はイジメが原因で学校をサボりがちになっていたため、その事件のことは後になってから知った。
自信がイジメにより疲弊していたため仕方が無いことではあったのだが、何故気付いてやれなかったと、ずっと後悔している。
「あの日、まどかは俺をイジメていた連中に呼び出されたんだ。」
まどかはライトの名前で呼び出されたので素直に指定の場所に行ったという。
呼び出した理由は明白だった。
「あのゲスな奴らが考えそうなことだよ。」
ライトは吐き捨てるように言う。
真理の顔は青ざめ、ライトの腕を掴んでいるみやびからは震えが伝わってくる。
別ルートからその事を知った邦正が駆けつけた時、まどかの制服は引き裂かれていたという。
ギリギリだけど間に合った邦正だが多勢に無勢の為、返り討ちにあう。
しかも倒れたときに打ち所が悪くてそのまま意識を失ってしまった。
「そして邦正が意識を取り戻したのは病院で、そこでまどかの死を知らされたんだ。」
清文も真理もみやびも黙り込んでいる。
多分あの時に関わる全容を知っているのはライトと邦正だけだろう。
「れーじんは、まどかのことはクニに聞いたんだよね?」
「あぁ、情けないことにクニが病院に運ばれた事は知っていたけど、その時点ではまどかが死んだことは知らなかったんだ。」
あの時は、イジメによる暴行で受けた怪我の治療で病院にいて、それでクニが病院に運ばれた事を偶然知った。
そして翌日、包帯を換えに病院に行ったついでに見舞いに行き、そこで今までのこと、そしてまどかが亡くなった事を邦正の口から直接聞かされたのだった。
「クニには散々罵られたよ。お前の所為だって……。クニとはその日を境に会っていない。」
罵られ、責められ続けながらも、聞き出したまどかに起きていたこと。
ライトは自身を責め、後悔し、そして行動を起こす。
まどかの死は当初事故だと思われていた。
河原を歩いていて足を踏み外したのだろうと。
そして、近くで一緒に見つかった男性の遺体があり、溺れたまどかを助けようとしたのではないか?と報じられていた。
しかし、あるマスコミが、まどかがイジメを受けていたことを報道した為、自殺ではないか?と騒がれ始める。
しかし、学校側はイジメの事実を隠蔽して否認。
当事者も口を噤んでしまった上、警察が事件性はないと発表した為、当初の通りまどかは「事故死」として処理された。
コレが、みやび達が知っている、一般報道された情報だった。
邦正からも、ライトがイジメにあっていたらしいと言うことを後から聞かされたが、まどかについては何も聞かされていなかった。
だから、自殺の可能性があったことを知った時も、そんなに悩んでいるなら、何故話してくれなかったのだろう程度にしか思わなかった。
まさかそんなに酷い状況に追い込まれていたなんて思いも寄らなかったのだ。
「クニも気を失った後のことは知らない。だから俺は奴ら全員に聞きに行ったんだ。」
ライトはイジメていた一人一人を、呼び出し、待ち伏せ、ある時は部屋にまで進入したこともあった。
そして奴らを殴り、ナイフを突きつけて脅し、当日のことを聞き出して回った。
当然そんな事をしていれば、復讐にくる奴もいたが、まどかを失って自棄になっていたライトの様子は普通ではなく、その狂気に恐れをなして逃げていった。
殴られた跡を親が見つけ、警察に訴えられることもあった。
しかし、ライトがイジメを受け長期にわたり暴行を受けていたことが判ると、手のひらを返すように訴えを取り下げる。そんな事が繰り返されていた。
マスコミがイジメ問題を取り上げたのは、ライトの事が警察から漏れたためだった。
その中でライトがもっともショックを受けたのが、友達だと思っていた男が、まどかを襲うグループにいたことだった。
然も、イヤイヤ参加しているのではなく、むしろ積極的だったとの事。
ライトが殴られた後に出くわすと、いつも声をかけくれていた男。
そんな些細なことでも救われていたと思っていたのに、実際は、ライトを見てあざ笑っていたことを知った時は暫く立ち直れなかった。
「結局、そこまでして判ったことは、クニが倒れて気を失った後、ヤバいと思って二人をそのまま放置して逃げ出したってことだけだったよ。」
あの後ライトは親共々呼び出され、子供同士の不幸な諍いにより、多少の怪我を負わせてしまった事をPTA会長より謝罪され、見舞金という名の口止め料を渡される。
そして学校からは、卒業まで後半年あるが、出席扱いにしておくので無理に登校しなくていいと言われる。
高校に関しては希望する学校へ推薦合格を取り付けるので心配ないとまで言われた。
つまり、学校側としてはイジメがあったことをあくまでも認めない姿勢を貫き、その邪魔になるであろう当事者のライトを、学校から遠ざけておこうという腹積もりだった。
この時点で、ライトは大人を、世間を、他人を信用する事は無くなった。
完全な人間不信に陥ったのである。
「だから、高校は県外の遠くを選んだ……ちょっとやそっとでは帰って来れそうにもないところをな。学校は歓迎してくれた上に下宿先まで世話をしてくれたよ。」
ライトの胸に顔を埋め、泣いているみやびの頭を撫でながらそう話す。
厄介な当事者が遠く離れた所に自ら行ってくれる。
しかも選んだ行き先はそれなりに進学校として有名なので、学校の名も上がると言うことで、喜んで手続きをしてくれた。
もちろん、ライトにその学校へ行くだけの学力があればこその話だったが。
「卒業前に、お前達と会っておきたい気もあったけどやめた。」
「なんで……私は会いたかった。あって話を聞きたかったよ。」
みやびが顔を上げずに言う。
「会ったらさ、絶対に口にすると思ったんだ。……お前等がいながらなんでって……。何で助けてくれなかったんだって……。自分の事は棚に上げてな。」
ライトの言葉を聞いて、みやびの身体がビクッと震え、そして強ばる。
「だから会わなかった。会わずに逃げ出して全部忘れることにした。お陰で高校では人並みに「青春の思い出」って奴を作ることも出来たよ。……もっとも、人間不信が治ってない所為で仕事はクビになったけどな。」
ライトは自嘲気味にそう言って、長い話を締めくくる。
清文は何も言わず、真理とみやびが泣きじゃくる声だけが、ヴァリティの中に響いていた。
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