第11話 過去 その2

「や、やぁ、久し振り。」


 清文を見たライトの第一声がこれだった。


 かなりぎこちなく、何をどう言えば判らないと言った感じで戸惑っているのがよくわかる。


 それは清文も同じで、「久しぶり」と返したまま黙り込んで、動けずにいる。


「二人してぇ、なに見つめ合ってんのよぉ。」


 二人の無言のお見合いは、割り込んできたみやびの声によって終息する。


「みゃーこ、お前もう酔ってんのか?」


 清文は、どこかホッとした感じでみやびに声をかける。


「アンタが遅いからでしょ。それよりぃ、アンタの席はあっち……さっさと真理に謝って仲直りしなさいよ。」


 そう言いながら、みやびはライトとの間に割り込む。


「そう言えば真理とつき合ってるんだって?」


 ライトがからかうような口調で言う。


「何だよ、……悪いかよ。」


 どこか拗ねた様子でそっぽを向く清文。


「いや、良かったなって思って。ずっと真理のことが好きだったもんな。」


「ちょっ、ばかっ、こんなとこで……。」


 いきなり慌てて、ライトの口を塞ごうとする清文だが、一歩遅かった。」


「何、何っ、それどういうこと?詳しくっ!」


 しっかりと聞いていたみやびが、ライトを引き寄せ聞いてくる。


「え~、私も聞きたいなぁ。清くん、そう言う事ぜんぜん言わないのよね。」


 奥から真理も出てきて話に加わる。


 手に持っていた冷酒の入ったグラスを清文の前に置き、やはり二人の間に割り込んで座る。


 二人ともすっかり聞く体勢が出来てますと言った感じでライトを見る。


 ライトは「いいのか?」と清文を見るが、清文は「勝手にしろ」とそっぽを向く。


「ねぇねぇ、焦らさないで教えてよぉ。」


「そうだよ、まぁ、私は1年の頃から好きだったと見てるけどね。」


「うっそー、そんなことあるわけないじゃん。」


「いやいや、見てれば判るよ。もう露骨すぎてバレバレ。」


「えー」


 すでにライトのことは無視して、二人で盛り上がる真理とみやび。


「まぁ、確かに見てれば判るよな。」


 仕方がないので、ライトはその話に乗っかることにする。


「でしょ、でしょー。」


 同意を得たみやびが、嬉しくなったのかライトに寄りかかる。


「ほら、俺が転校してきた当初、清文の奴ヤケに冷たかっただろ?」


「えっ……でもそうね、何かと突っかかっていた気もするわね。」


「アレ、真理の所為だから。」


「えっ、ウソ、何で?」


 ライトがそう言うと、真理は驚いた表情で首を傾げる。


「あの頃、まどかと一緒に俺の側によく来てただろ?」


「あ、うん。でもそれはまどかが、転校生が早く馴染めるようにって……。」


「あぁ、お陰ですぐ馴染めたよ。……なぁ?」


 ライトは清文に視線を向ける。


「えっ、何、今の意味ありげな視線。」


「いや?別にぃ。」


 問いかけてくるみやびに対して、とぼけるライト。


「こらっ、何隠してる、吐け―。」


 みやびが抱き着いてきてライトの首に腕を回す。


「ちょ、ちょっと、待て、落ち着け。」


 ライトは、みやびに密着されて慌てふためく。


 ただでさえ、すぐ傍に寄り添っていたみやびからは甘い香りがしていて、なんとなくドキドキしていたのだ。


 それなのに、ギュっと密着し、見た目よりボリュームのある胸が押し付けられ、耳元で喋られると理性が飛びそうになる。


「た、ただ清文に呼び出されただけだよ。『俺の真理ちゃんに手を出すな』って。」


 ライトがそう答えると、みやびは「なにそれぇ、ウケるぅ~」と言いながら少しだけ離れる。


 惜しい事をした、と思わなくもないが、人前での羞恥プレイよりはましだと思う事にする。


「ちょっ、それは秘密だって言っただろっ!」


 過去の一端を暴露された清文が慌てるが、自分の保身の為には仕方がなかったんだと、ライトは清文に目で謝る。


「清くんは黙ってて!」


 真理がキュウリを丸ごと清文の口に突っ込む。


 清文は仕方がなく、ぼりぼりときゅうりをかじり始める。


「あれね、真理お手製のキュウリの浅漬け、清文の大好物なんだよ。」


 みやびが小声でそっと耳打ちしてくる。


 だから近いんだって。


「それに、今回の料理、全部清文の好物ばかり……一体いつから仕込んでたのかしらね?」


「い、いいでしょ、別にっ!それよりあやちゃん、さっきの話の続き。」


 みやびに揶揄われ真っ赤になる真理。


 こういう所は案外変わってないものだと、ライトは思う。


「続きって言われてもなぁ……。」


 ライトはあの時の事を思い出しながら、二人に語る。


 --◇--◇--◇--◇--


「なんだよ?」


「お前こそなんだよ!」


「はぁ?用があるって呼び出したのそっちだろ?」


「……そうだけどっ!」


 最近、真理はいつもライトの傍にいる。


 正確に言えば、まどかがライトの傍にいるだけで、真理はそんなまどかについて回ってるだけって事は分かっている。


 分かっていても納得できないのだ。


 だからライトを呼び出したのだが……。


 いざ呼び出してみると、何て言っていいか分からなくなる。


 最初は、真理に近づくな!と言いたかったのだが、よくよく考えると、自分にそんな事を言う資格があるのか?と思ってしまう。


 それに何より、そんな事を言えば、真理に気がある事がバレてしまうではないか。


 そこまで思い至った所で、清文は自分が失敗したことに気づく……だから、ライトを前にしても何も言えなくなってしまったのだ。


「だからもっと考えろって言っただろ?」


 立会人としてその場にいた邦正が口を挟む。


「お前にだけは言われたくねぇよ。」


 今のセリフは、いつも清文が邦正に対して言っている事だった。


 しかし、邦正は気に留めた様子もなくライトと話し出す。


「アヤト、悪いな。清文の奴がどうしても一言言いたいって言ってよ。」


「何を?」


「真理に手を出すなってさ。あいつ、真理が最近お前の傍にいるのが気に食わないんだよ。」


「ば、バカッ、俺はそんな事一言も言ってねぇ。」


 清文の心情を、そのまま暴露する邦正に怒鳴り、否定をする。


「近づくなって言われてもなぁ……あっちから寄ってくるんだぜ?それに鹿島さんは桐原さんと浅岡さんにくっついてるだけだろ?」


 ハッキリ言ってライトに話しかけてくるのは、いつもまどかかみやびで真理とはほとんど会話をしたことが無かった。


 それなのに近寄るなと言われても困る、とライトは思う。


「そんな事は分かってるんだよっ!」


「はぁ……めんどくさいやつなんだな。」


 そんな清文を見てライトは大きくため息を吐く。


「面白いだろ?」


 邦正はニヒヒ、と笑っている。


「うっせぇよ!」


「まぁ、面白いか面白くないかと言われれば面白いかもな。」


「レイ、お前も笑ってんじゃねぇよ。」


「ホント、めんどくさいやつだよ。それより鹿島さんがそんなに気になるなら、清文も一緒に行動すればいいじゃねえか。」


「はぁ?」


 何言ってんだ、コイツ?と言う様な眼でライトを見る清文。


「いや、正直少し参ってるんだよね。桐原さんの気遣いはありがたいんだけど、ほら、あの子達って、その……可愛いだろ?」


 顔を赤らめながらそう言うライトに、頷く清文と邦正。


「それでやっかまれるのはなぁ。」


 こうやって呼び出され、はっきり言われたのは清文だけだが、それ以前に何度も似たような「」は、今までに何度もあった……まだ、転校してきて十日足らずであるにもかかわらず、だ。


 まぁ、それだけあの三人は人気があるって事なんだろうけど、とライトは考える。


「だから、お前らもそばにいてくれた方が、やっかみも減るんじゃないかと思ってさ。」


「乗った!」


 邦正が直ぐに同意する。


「お前なぁ、少しは考えろよっていつも言ってるだろ?」


 清文がいつものセリフを吐く。もう、殆ど条件反射みたいなものだ。


「いいじゃねぇか、面白そうだし。それに、清文だって真理と一緒に居られるチャンスだろ?」


 邦正がそう言うと、清文はそっぽを向いて「分かったよ」と呟く。


「だけどなぁ、仕方がなく、だぞ!レイが困って頼んでくるから仕方がなくなんだぞ!」


 口ではそう言っているが、本心は別にあるというのは、耳まで真っ赤に染まった清文の顔を見れば一目瞭然だった。


「ホント、めんどくさくて面白いやつだなぁ。まぁ、これからよろしくな、クニ、清文。」


 そうしてライト達は握手を交わす。


 今にして思えば、これがライト達の友情の始まりだった。



 --◇--◇--◇--◇--



「………この日を境に清文とれーじんの間に淡い恋心が芽生え始め、清文を巡って真理とれーじんは………ってあたっ!いきなり叩かないでよぉ。」


「お前の妄想に俺を巻き込むな!」


 頭を抱え涙目で見上げるみやびにキッパリと言っておく。


「あやちゃん、いくらあやちゃんでも、清文は渡さないわっ!」


「お前も乗るな!……ほら、あっちで清文とイチャついてこいよ。」


「ハーイ。」


 ケラケラ笑っている真理を、清文の方へ押し出す。


「でも、そんな事があったなんて知らなかったな。」


「当たり前だろ。一応秘密なんだから。」


「秘密っ!秘密ねぇ、怪しいひびきだよねぇ。」


 何がおかしいのか、みやびが笑い出す。


 向こうでは、真理にからかわれているのか、真っ赤になっている清文の姿が見える。


 それぞれ、3杯目のグラスを手にする頃には、最初の違和感もなく、すっかりとあの頃のように打ち解けていた。



 ◇



「何で国語教師になったかってぇ?それをお前がぁ、聞くのかぁ。」


 取り留めのない話をしていて、話題は清文が教師をやっている、と言うことに移っていた。


 清文の前にはすでに7杯目のグラスが空になっている。


 かなり酔ってきているらしい。


「俺が聞くとおかしいのか?俺はてっきり同じ教師でも体育教師かと思ったぞ。」


「体育教師でも良かったんだけどな。」


 ライトの言葉を受け、清文は8杯目のグラスに手を伸ばし真面目な表情になる。



「言葉って重いよな。」


 ボソッと呟く清文の言葉の続きをライトは静かに待つ。


「何気ない一言がさ、相手を喜ばせたり、傷付けたり……時にはずっと縛り付けたり……さ。」


「あぁ、そうだな。」


 清文の言葉にライトも頷く。


「そんな言葉の大事さを伝えたいって思ったんだよ。自分の言葉が相手にどう影響を与えるのか?正しく伝えないとどういう悲劇が起きるのか?などをな。」


 そこで言葉を切り、清文はグラスを呷る。


「そして、人には言葉があるって事も。声に出して言わなければ相手には伝わらないって、相手は話してくれるのを待ってるんだって事を……。」


 清文はグラスの中身を飲み干し、ライトを睨み付ける。


「あの時……、あの時お前は、どうして話してくれなかったんだ!お前だけじゃない!まどかもだっ!……なぜ話してくれなかったんだよ……俺達は仲間じゃなかったのかよ……。」


 清文は空のグラスをグッと握りしめる。


「それは…………。」


 ライトが助けを求めるように周りを見ると、真理もみやびもじっとライトを見ていた。


 それは、清文の言葉が、そのまま二人の言葉だという事を意味していた。



「……酒が不味くなるぞ。」


「いいよ、もう十分飲んだから。」


 ライトが諦めたように言うと、みやびからそんな答えが返ってくる。


「それにね、私が婦警になったのも清文と似たようなものなの。れーじんとまどかの事を知って、何も出来なかったことが悲しくて、自分に力がないことが悔しくて……だから警察官になろうって。自分に力がないなら、力を借りれるようにしようって……単純でしょ?」


 みやびはそう言ってライトの目を見つめてくる。


「でも、ほら、私ってこんなんでしょ。」


 そう言いながら自分の頭の上に手のひらを載せ背が低いことをゼスチャーする。


「中学で背が伸びなくなって、警察の採用基準にギリギリ届いて無かったのよ。でも頑張った。次があるかどうか判らないけど、少なくともそのときが来たら、何も出来なくて悔しい思いをしないで済むようにってね。……だから聞きたい、あの時れーじんとまどかに何があったのかを。」


 じっと見つめるみやびに続いて真理も口を開く。


「私と清文はね、いつもこの時期にケンカするのよ。原因はまどかのお参り……ううん、8年前のことね。いつも同じ事でケンカしちゃうの……私たちの時間は、ある意味8年前で止まってる……それはあやちゃんも同じじゃないのかな?でもね、そろそろ前に向かって歩き出すときが来たんじゃないのかな?あやちゃんが帰ってきたのはその為だったんじゃないかなって思うのよ。きっとまどかもそう思ってるって……。」


 真理のその言葉を聞いたとき、ライトの中で止まっていた秒針が、カチカチと時を刻み始める音を聞いた気がした。


「そうだな……、無意識にこの近くに来たのも、偶然みやびと再会したのも、偶々出会った少女達がお前等の関係者だったのも、全部前に進むための布石だったのかもな。」 


 偶然にしては出来すぎているとライトは思うが、偶然でないとすれば、誰が仕組んだのだろうか?


 そんなのまどかに決まってる、と訳もなくそう思う。


 俺達が立ち止まっているのを歯がゆく思ったまどかが、前に進むためのきっかけを作ってくれたんだと、ライトはそう思うことにした。



「長くなりそうだからな……真理、ブルーハワイを頼む。」


 ライトは、まどかが憧れていたカクテルを頼む。


 そして、その青さを目にしながら、心の奥底の封印を解いていくのだった。

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