第29話 結婚式 -後編―

 カラーン、カラーン……。


 チャペルの鐘の音と共に入口が開く。


 新郎新婦が皆の前に姿を現す。


 花嫁をお姫様抱っこした新郎の顔が、少し引き攣っているのが、皆の笑いを誘う。


 「おめでとう!」


 「お幸せに!」


 「真理、綺麗だよ!」


 「せんせー、顔真っ赤!」


 祝福の声と、振り注ぐ花びらを受けながら、二人が歩いてくる。


 教会の前では参列者が二人を出迎えるために列を作っていた。


 参列者だけではない。


 どこからか聞きつけたのか、清文の学校の生徒や、ヴァリティの常連客までが列をなしていたのには、正直言って驚いた。


 様々な祝福ややっかみの声を受けながら、二人は少し高くなった場所まで歩いてくる。


 所定の位置に真理が立つと、清文が軽く、お礼の言葉を述べる。


 そして、式場の人の誘導に従って、女性が少し前に出される。


 これから行われるのはブーケトスだ。


 花嫁のブーケを受け取ったものは、次の花嫁になれるという言い伝えの、幸せのおすそ分け。


 清文の同僚だろうか?


 妙齢の女性たちの、笑顔だけど、何処か真剣な視線が少し怖い。


 司会の合図とともに、真理が後ろ向きに、ふわっとブーケを投げる。


 ウェディングドレスに合わせて、白を基調に作られたブーケが、空を舞い、一瞬青空に溶け込む。


 落ちてくるブーケを受け止めようと、我先に飛び出す女性たち。


 その中に数人、既婚者のはずのおばさんたちが紛れ込んでいるのは愛嬌と言う者だろう。


 一人の女性の手が伸びる。


 しかし、ブーケをつかみ損ねて、横にはねる。


 何人かに手にはね当たり、最終的に、横で見ていた女の子の手の中に納まる。


「えっと……。」


 少し困った顔で、手の中のブーケを見るまどか。


「おめでとう!よかったねまどかちゃん。」


 真っ先にみやびが駆けつけ声をかける。


「野原が……次の花嫁?」


 言い伝えを真に受けて、どよめく男子生徒たち。


「えっと、えっと、……私にはまだ早いから……みやびちゃんにあげます!」


 顔を真っ赤にしながらそう言って、ブーケをみやびに押し付けるようにして渡すまどか。


 受け取ったみやびはどうしていいか分からずに狼狽えている。



「じゃぁ、少しインタビューしましょう。」


 司会の女性が、みやびとまどかの元に駆け寄りマイクを渡す。


「ブーケ上げちゃいましたけど、良かったんですか?」


「は、はい、私には、結婚とか……まだ早いので……。」


「あららぁ、気になる男の事かはいないの?」


 ノリのいい司会の声に、男子生徒たちがゴクリと息をのむ。


「い、居ま……せん……。」


 顔を真っ赤にしながら俯くまどか。


 司会も心得たもので、それ以上は突っ込まずにみやびにマイクを向ける。


「ブーケを受け取った幸せなお嬢さんは、お相手はいるんですかぁ?」


 この質問は定型文と言っていい。


 ここで相手がいないと答えれば「じゃぁ、すぐにいいお相手が見つかりますよ」と言い、居ると答えれば「じゃぁ、次の花嫁決定ですね、その節はぜひここで式を挙げてくださいね」と締めくくる。


「えっと、あの、その……れーじん、どうしよぉ……。」


 しかしみやびは、急に話を振られたためか、オロオロしてまともに答えられず、挙句の果てにはライトの姿を探してキョロキョロしだす。


「嬉しさのあまり声も出ないようですねぇ。結婚が決まったら、是非ここで式を挙げてくださいねぇ。」


 司会が上手くフォローをしながら締めくくり、参列者たちを会場へと案内するアナウンスをする。


 式を見に来ただけの人たちは、ここまでなので、清文と真理は丁寧に挨拶をしながら見送る。



 ライトは、撮影を一旦やめるとみやびの元に行く。


「れーじんーーー。」


 ライトの姿を見たみやびが駆け寄ってくる。


「どうしよ、ブーケ貰っちゃった、私が花嫁、お嫁さんだって……どうしよ……。」


「落ち着け!」


 オタオタしているみやびの額を軽く突っつく。


「でもでもでも……。」


 花嫁のブーケを受け取ったものが次の花嫁になる……みやびが、ただの言い伝えを信じ切ってここまで動揺するとは思っておみなかったので、ライトは自然と笑みがこぼれる。


「あら、こちらがお相手だったの?……ハルの彼女ってこの子だったんだ?」


 さっきまで司会をやっていた女性が親しげに話しかけてくる。


「彼女じゃない……と言うか星夜、仕事中じゃないのか?」


「ん?ボクの仕事はココまでと言うか、普段は表に出ないんだよね。今日はハルの友達だっていうから面白そうだと思って。」



「えっと、ライトさん、こちらの方はお知り合いなんですか?」


「あ、あぁ、高校のクラスメイト。」


「えぇー、ボクとハルの仲はクラスメイトなんて言葉じゃ表しきれないでしょー。あんなに熱い夜を一緒に過ごした仲なのにー。」


 ライトの答えを聞いて、星夜が寄り添い、腕を絡めてくる。


 それを見たみやびの表情が固まる。



「あぁ、これいつもの事だから気にしないでね、彼女さん。」


 みやびの表情の変化に気付いた星夜がそう言う。


「たしかに暑い夜だったよな、あの夏合宿。お前だけじゃなく、敦と雪乃もいたしな。」


そう言いながら、星夜の腕を外していく。


「ちぇー、相変わらずツレナイなぁ……っと、挨拶終わったみたいね。……お客様、会場の方へどうぞ。」


 清文たちの挨拶が終わったのを見て取ると、星夜は腕を離し、仕事上の口調になって案内をする。


 みやびは、その急な変化に戸惑い、結局案内に従って会場へと移動する。


「じゃぁ、ハル、後でね。」


 星夜は案内を終えた後、ライトにすれ違いざまそう告げて会場を後にした。


 ◇


「ぶぅ……。」


 会場内ではみやびが席でぶー垂れていた。」


「あとで、ぜんぶ説明するから、いまは笑っとけって。折角綺麗なのに台無しだぞ。」


 ライトの『綺麗』という言葉に機嫌を直したみやびはすぐ笑顔になる。


 ライトはそれを見て、ほっと胸をなでおろし、それからカメラを構えて席を離れる。


 今日のライトはカメラマンを兼ねている。


 今までも何組ものカップルを撮ってきたが、相手が自分の知り合いというのは初めてで、少し緊張している。


「仕事じゃないのに緊張するなんてな。」


 ライトは誰にも気づかれないようにボソッと呟く。


 ここまで緊張したことは、今までになかったが、この緊張感がなぜか心地いいと感じた。


 二人が入場してきてぱぁっと周りが華やぐ。


 お決まりのあいさつの後、乾杯があり、場の緊張感がフッと和らぐ。


 高砂に座る二人を列席者が囲み、話に花を咲かせる。


 ふと、周りを見回すと、まどかとみやびが離れたところから二人を見てるのに気付く。


「どうしたんだ?二人の近くに行けばいいのに。」


「いいんです。お姉ちゃんとはいつでも話せるから、今日は皆さん優先で。」


「そんなこと言わずに、ほら、写真撮るからさ。」


 妙に遠慮がちなまどかを立たせて二人の傍まで連れて行く。


 

「えっと、お姉ちゃん結婚おめでと。凄く綺麗。」


「まどかちゃんっ……。」


「お姉ちゃん、苦しいよぉ。」


 まどかの祝福を受け、感極まった真理がまどかを抱きしめ泣き出す。


 それを見ている周りも女性を中心にもらい泣きをしている。


 ライトはその感動的なシーンを様々なアングルで切り取っていく。


 その後、同僚からのスピーチで清文が揶揄われたり、ケーキカットの後、真っ赤な顔でケーキを食べさせあったりなど、幾つかの演出があり、披露宴は後半へと和やかに進んでいくのだった。


 ◇


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。 


 今高砂にはお色直しを済ませた二人が笑顔で談笑している。


 その時、ふと、会場の照明が暗くなり、後方のステージにスポットライトがあたる。


「清文さん、真理さん、この度はご結婚おめでとうございます。当式場の料理はいかがですか?」


「あの人、さっきの……。」


 まどかがそう呟く。


 ステージでスポットライトを浴びているのは式直後に誘導をしていた星夜だった。


「ご歓談中ではありますが、ここからの時間は、お二人と、お二人の大切なゲストの皆さんに楽しんでいただくため、当式場よりささやかなショータイムとなります。短い時間ではありますが楽しんでいただけたら幸いです。」


 星夜はそう締めくくるとステージ脇のキーボードの所へと移動し、緩やかなメロディーを奏でだす。


「この曲……。」


 ミドリが真っ先に気づく……ピアノアレンジしたイントロなのに、すぐ気づくとはさすがファンを自称するだけはあるなと、ライトは秘かに思う。


 イントロが終わりボーカルが流れ出す……歌声は聞こえるのに姿が見えない。


 と、会場入り口が開き、スポットライトが歌いながら入ってくるボーカリストを照らし出す。


 Yukiだ……みどりもまどかも、ぽかんと口を開けたまま一言も発しない。

隣で座っている裕也とエイジは時が止まったかのように微動だにしなかった。


 Yukiはゆったりとしたメロディーの曲をしっとりと歌いながら会場をゆっくりと回る。


 サビの部分では、高砂の二人の傍で、二人の為だけに歌うように……、Yukiの透明感のある声が会場全体に響き渡り、そして曲が終わるころにはYukiはステージに上がっていた。


「皆さん、こんにちわ。突然お邪魔してすみません。Yukiです、一応歌手をやってるんですよ。」


 Yukiの明るい声と軽いジョークを交えたMCが会場を明るく染めていく。


「今日は大事な仲間の、大事な友人の結婚式という事なのでお祝いに駆け付けたんですよ。なのにその本人と来たら目も合わせずに……。」


 Yukiが分かりやすく膨れてみせると会場で笑いが漏れる。


「ほら、ライト!いい加減観念しなさいよっ!」


 Yukiがライトに向かって、ギターを投げる。


「おまっ、ちょっ……。」


 ライトは慌ててギターを受け止める……相変わらず無茶をするやつだ。


 高砂の清文や真理が、そしてみやびたちが驚いた表情をしているが、気にしている暇はない。


 ライトは、カメラを置いて、軽く弦を弾く……チューニングは済んでいるようだった。



「じゃぁ、いくよぉっ!」


 ライトがステージに上がると、星夜の声を合図に、ドラムがビートをはじきだす。


 Yukiの視線を合図にライトはギターを鳴らす。


 キーボードから、いつの間にかベースに変わっていた星夜のリズムラインを辿りながらギターを奏でていく。


 Yukiの弾んだ歌声が耳に心地よい。


 POPな曲調で場の雰囲気も明るく華やかに、会場全体を巻き込んでいく。


 この雰囲気、懐かしいとライトは思う。


 久しぶりのギターなので、多少のミスがあるが、それを星夜がカバーしてくれる。


 それに何より、Yukiの歌声が、少々のミスなどかき消してくれていた。


 そのままノリのいい曲を2曲続けた後、ライトはアコースティックギターに持ち替える。


 ドラムはさり気無く姿を消し、星夜はキーボードの前で腰を下ろす。



「次がラストナンバーです。この曲は、私の大切な人が、大切な人の為に作った曲です。タイトルは……『約束』」


 アコギのメロディーに乗せてYukiが歌いだす。


 途中、星夜のピアノが、優しく入ってくる。


 どこか懐かしくて切ない、出会いと別れの曲。


 ライトが学生時代、捨てたくても捨てられず、忘れたくても忘れられない気持ちを歌にしたもの。


 雪乃が想いをすべて歌ってあげるから、と言ってくれて、そして星夜がキミの想いを表現してみせるよと、請け負って曲をつけてくれて、初めてライトの中にあるカタチないものが、その姿を現したもの。


 そして、新しく「今」を始めようと、ライトが過去を振り切る為に書いた曲。


 あの時、敦が、星夜が、そして雪乃がいてくれなかったら、ライトがこうしてこの場にいる事はなかっただろう。


 コイツらには感謝という言葉すら物足りない。


何時かは俺がお前らの力になってやる。雪乃達の為なら苦労を苦労とは厭わない。

そんな言葉が当たり前のように出てくる。


そしてそれは雪乃達も同じであることを今のライトは知っている。


だから、今は目の前の大事な友人のために、お前らの力を借りるよ。


高砂の二人と目があう。


真理は溢れる涙をそのままに、じっとライトを見つめている。

その隣の清文の目にも、光るものがあるのを見逃さない。


客席ではみやびが瞬きもせずに、ライトを見ていた。

やはりその瞳を光る涙で一杯にしながら。


帰る場所があると教えてくれた、かけがえのない友人達。


 ライトはそんな友人たちに届けと、想いを乗せてギターを奏でていく……。


 ◇


 みやびは泣いていた。


 自分でも知らない内に涙が溢れ出していた。


 視線の先には切ないバラードを歌うYukiとギターを弾くライトの姿がある。 


 耳から入ってくる歌は、過去の思い出を様々とよみがえらせる……これは間違いなくれーじんの作った曲だと、みやびは思う。


 そう思ったのはみやびだけだはなく、高砂では真理も号泣し、その肩を支える清文の眼にも光るものが浮かんでいた。 


 その歌は一見ただの切ないバラードだけど、要所要所に、みやびたちだけが……あのメンバーだけが分かるメッセージが隠されていて、ライトがどれだけ、皆の事を、あの頃の事を大切に思っていたかを訴えてくる。


 きっとれーじんは一人で苦しんでいたんだね。


 そしてそれを支えてくれたのがあそこにいるメンバーで……。


 そう思うとみやびは心の奥がきゅっと締め付けられる思いがする。


「れーじんが遠いよ……。」


 今、あそこでギターを弾いているのはライトの筈なのに、まるで知らない人の様に見えるみやびだった。


 ◇


「本日は、お忙しい中、私達の為にお集まりいただき……。」


 楽しい時間は本当にあっという間に過ぎていく。


 まどかは、清文の最後の挨拶を聞きながらそう思う。


 この夢のような時間が終われば、新しい生活が待っている。


 霧島の家では、まどかの為の部屋を作ってくれていて、一緒に住んでもいいんだよと言ってくれている。


 新婚家庭の邪魔をするのはまどかも嫌だったから、その話を受けてもいいかと考えていた。


 だけど、逆にミドリがヴァリティの上に位置するまどか達の家で一緒に暮らしたいと言い始めた。


「家にはおにぃ達が済めばいいやんか。ウチは邪魔にならんようにでていくで。」


 そう言って、霧島家を大騒ぎの渦に巻き込んだのはつい先週の事だ。


 そして、真理が家を下宿にしようと言い出す。


 下宿人第一号はネコちゃんだって言う。


 それで、また霧島先生ともめてたんだっけ。


 まどかはその時の事を思い出しながら、クスリと笑う。



「……私達からの御礼とご挨拶に代えさせていただきます。本日はありがとうございました。」


 いけない、いつの間にか先生の挨拶終わってる。


 まどかがこれからの事を考えている間に、清文の挨拶が終わり、披露宴がお開きとなる。


「まどか、さっき何考えていたの?」


 会場から人が出ていく中、美音子が聞いてくる。


 どうやら、上の空だった事がバレているらしい。


「ウン、ネコちゃんとミドリと一緒に暮らすのも楽しそうだなぁって。」


「その事ね、まだ決めたわけじゃないわよ……高校もどうするか決めてないし。」


「ウン、分かってる。でもね、ライトさんとお姉ちゃん達やYukiさん達見てたら、どういう道を選んでも、ミドリやネコちゃんと、ああして大人になっても笑い合える仲でいたいなぁって、ふとそう思ったの。」


「……そうね、ああいうのは憧れるよね。」


 まどかの言葉に美音子も頷く。


 二人の視線の先には、ライトの腕に掴まるYukiと星夜。それを見て何か叫んでいるみやびの姿があり、それを笑顔で見ている真理と清文の姿、そして、諦めた様に天を仰いでいるライトの姿があった。

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